虫のいい日々

あぶはち取らずと言われても、極楽とんぼで過ごしたい。
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2016年10月に読んだものメモ
  • ヘスター・ブラウン『逃げ出したプリンセス〈上〉』
  • ヘスター・ブラウン『逃げ出したプリンセス〈下〉』(訳:今泉敦子/創元推理文庫,2016年2月/原書:Hester Brown "The Runaway Princess" Havercroft Ltd., 2013)
     偶然出会った欧州小国のプリンスと、英国田舎出身のガーデナー。奇跡のように意気投合してすぐに相思相愛、ロマンチックなプロポーズで迷いなく婚約、しかし……。
     婚約後の「しかし」の部分がシビアにリアルに。いまのネット社会ならそうなるよねー、というようなこともたくさん。家族や仕事への影響も多大。しかもプリンスとそれをめぐってすれ違いまで。ヒロインの本業に対する姿勢と情熱の描写がとてもよかったので、このくだりは胸が痛む。主役ふたりがすごい良識派かつ穏健派なので安心感はあるのだが、意地悪してきた相手が作中で報いを受けることもなく、むしろ欲しいもの与えて喜ばせて「はいはい」とスルーして終わったのはなかなか新鮮かも(そしてここで「え? それだけ?」と思った私は性格が悪いかも)。本来社交的なタイプでなくていちいちあわあわする主人公のキャラには好感と共感。


  • 小前亮『天下一統 始皇帝の永遠』(講談社,2016年8月)
     秦の始皇帝の生涯を小説形式で。聡明な素質はありながら人質の子として自己評価低く育ち呂不韋の導くまま王位につくが、やがて李斯と出会って自ら政治を動かすことに興味を持っていくという流れで内面含めて描写して、天下統一までの過程を重点的に。登場人物の性格設定が明解で話が整理されているので分かりやすい。序章で死期の近づいた晩年の始皇帝を出したあと幼年期から語りはじめ、天下を取ったあとの不老不死に執着する段階を経て、残るものと残らないものへの言及につなげる構成もすっきりしている。

  • 川瀬七緒『女學生奇譚』(徳間書店,2016年6月)
     いわくつきらしい古本の取材を依頼されたフリーライター。犯罪の匂いがする本の内容、現実とのリンク、主人公の特殊事情などが絡み合って、やがて追っていた謎とはさらに別の枠組みが現れる。作中作自体も面白い。振り回された主人公たちの今後を応援したくなった。

  • 中島京子『彼女に関する十二章』(中央公論社,2016年4月)
     50歳の女性の平凡なようで案外と驚きに満ちた日々のできごと。可愛げとたのもしさをかもし出せるこういう人いいなあ。作中で引用される伊藤整の随筆の真摯なレビューにもなっている。夫婦のときにかみ合わないが最終的に長年の連れ添いを感じさせる会話もよい。

  • 山口恵以子『恋するハンバーグ 佃はじめ食堂』(角川春樹事務所,2016年7月)
     去年出た『食堂のおばちゃん』の舞台だったお店の、一世代前のお話。大手ホテルに勤めていた先代(前作ではすでに故人)が仕切っているのでメニューもだいぶ前作と違う。本格フレンチにこだわっていた店主が、妻や地元のお客さんたちの意見を聞いて「白いご飯に合う洋食」にシフトしていくくだりや、修行時代の仲間が大きな賞をとって国際的にシェフとして認められていくくだりはちょっと切なかったけど、店主本人はすっぱり前を向いているし、とにかく出てくるお料理がすごく美味しそう。本作のヒロインが、前作のあのたのもしいお姑さんになって、本作ではまだ小学生の息子くんが、前作のヒロインと結婚するんだなー……とか、のちのちのことを考えながら読めるのも楽しい。

  • 浅野里沙子『藍の雨 蒐集者たち』(ポプラ社,2016年8月)
     実力あるジュエリーデザイナーで、骨董商だった父の跡継ぎとしても仕込まれており、さらには元ミス・ユニバースという、「どんだけ」的な高スペック主人公が家事万能な男性秘書とともにクールに生活しながらさまざまな場面で出くわす犯罪の裏を推理。登場する美しいジュエリーや古美術品などの描写がとても詳細で鮮やかに浮かぶのが楽しい。連作短編集だけど、主人公父の死のいきさつという、最初のエピソードで大前提として出された最大の謎が最終話まで解かれないままだったので、今後シリーズ化するのかな。

  • ミュリエル・スパーク『あなたの自伝、お書きします』(訳:木村政則/河出書房新社,2016年7月/原書:Muriel Spark "Loitering with Intent" 1981)
     20世紀半ばのロンドンで、自伝協会なる怪しげな団体と関わりを持った、作家を目指す女性が、自分の未発表作品を現実が模倣しているかのような奇妙な事態と、デビュー作出版に対する執拗な妨害を乗り越えていく。アクの強い登場人物が次々と出てきて、主人公が書いている小説とリンクした言動をとり始め、事実として書かれたものも虚構と入れ替わりうるのだと提示されていくさまは悪夢っぽくさえあるが、全体の筆致はむしろユーモラスで引き込まれる。

  • 宮下奈都『羊と鋼の森』(文藝春秋,2015年9月)
     今年(第13回)の本屋大賞作品。新米ピアノ調律師のお話。音楽的には決して恵まれた環境では育っていない彼が、こつこつとピアノに向き合い、先輩調律師たちのそれぞれのスタイルの違いに触れながら感覚を研ぎ澄ませて自分なりに解釈していく音の描写が繊細で、作品全体にどこか世俗を離れたような雰囲気も。


  • Thunderbolt Fantasy Project『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 アンソロジー』(KADOKAWA ビーズログコミックス,2016年10月)
     9月末まで放送していた日本・台湾コラボの伝統人形劇から派生したコミックアンソロジー。本編最終回のネタバレがあるので注意。旅の道中や敵方の日常など、軽い感じで読める短いお話が11個。お泊り会にテンション上がる殺無生とか、ちょっと噴いてしまった。どれも絵がきれいで楽しい。個人的には、本編では出番6分だった丹衡兄上が丹翡ちゃんの回想や夢で登場する作品が複数あって嬉しかった。一人称が「俺」になってた作品には少し驚いた。人生で最高最悪にテンパッてた瞬間にもあんな古式ゆかしい口調で啖呵を切った兄上が妹の前では「俺」を使うという発想はなかった。でもこれはこれで萌える。
    〔執筆陣・敬称略:高山しのぶ(カバーイラスト)・岩崎美奈子(口絵イラスト)・秋月壱葉・餅岡望・海月孝・菊野郎・桧村タキ・甲斐・柳ゆき助・篁アンナ・林マキ・平未夜〕


  • 中村光『聖☆おにいさん』第13巻(講談社,2016年10月)
     私が贔屓しているルシファーが名前しか出てこなかったが、相変わらず堕天使のくせに面倒見がよくてほんわか。次の巻ではぜひまた直接の再登場を。ブッダの母とイエスの母が互いへのコンプレックスを乗り越えママ友になれてよかった(息子たち的には大変なのか)。

  • よしながふみ『きのう何食べた?』第12巻(講談社,2016年10月)
     登場人物の時間が容赦なく進んでいくぞ。そこが面白さではあるんだけど。最後に出てくる新しい事務員さん好感度高いな! 末永く居ついてほしい。さつまいもご飯、子供の頃に亡母が作ってくれてたのに、これ読むまで忘れてた。今度やってみる。

  • 細川貂々『それでも母が大好きです』(朝日新聞出版,2016年5月)
     いつも以上にシンプルな絵柄で、亡くなったお母さんとの関係を分析した作品。これまでの夫婦や子育てについての作品と違って、故人である当事者の了承を得られていないというのもあるんだろうけど、実話としてではなく架空のキャラに託して語らねばならなかったこと、お母さんの呪縛に気付いて逃れるところで話が終わっており、そこからタイトルにつながる具体的描写がいっさい出てこないことに、現在進行形の生々しさを感じる。実際にはもう、ここに描かれているところからさらに状況は前に進んでいるのかもしれないのだけれど。
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2016年9月に読んだものメモ
  • 新井素子『ダイエット物語……ただし猫』(中央公論社,2016年7月)
     表題作のほか人間の健康問題を扱ったお話も2つ入ってます。「大腸ポリープ物語」はウェブで一度読んでいたが、補足あり。新作なのにとても懐かしいこの感じ、この締めのフレーズ。ご夫妻と猫さんたちがいつまでもお元気でいらっしゃいますように。

  • ジェーン・スー『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』(文藝春秋,2016年5月)
     世間的イメージの「女性」と自身との乖離を強く意識しつつ、いろいろ模索したり分析したり世界が広がったりそうでもなかったりを率直に。世間の動向を意識しているだけでも、偉いなあ、みたいな感想……。でも自分の感覚とは遠い部分もありつつ、漠然と感じていたことが具体的に言語化されていたりもして面白かった。

  • 妹尾ゆふ子『翼の帰る処 5 蒼穹の果てへ〈上〉』(幻冬舎,2015年3月)
     そろそろ下巻が出るみたいなので、いまならすごい引きで終わってても数日待てば大丈夫! と去年発売直後に買った本を出してきました(結局は予約していたネット書店からの発送が遅れて発売日からさらに数日待つことになったんですけどね)。皇女の宣言でヤエト先生が驚いていて「あれ?」ってなった。私の頭の中では、もうとっくに「この姫さま、天下取りにいくよね、先生も承知してるよね」みたいな気持ちになってた(笑)。「罅」をふさいでしまったあとの世界は、ずいぶんと様相が変わってしまうのだろうか。いよいよ大詰め。

  • 妹尾ゆふ子『翼の帰る処 5 蒼穹の果てへ〈下〉』(幻冬舎,2016年9月)
     シリーズ完結。いろいろ同時進行してるなかで、どれかの要素はオープンエンディングにするんだろうなあと思ってたけど、そう来たかー。そして「罅」はそういうことに。上巻を読み終えた時点では、これどうやってあと1冊で終わるんだろうと思っていたけど、私の凡庸な各種予想をさらっと裏切ってくれつつ見事にきれいなかたちでまとまりました。1冊目から8年も経っていたとは驚き(月日が経つのは早いねえ)。シリーズ全体を通して、シリアスな展開が続くなかでも視点人物であるヤエトの生真面目な一方で切羽詰るとヤケクソ気味にユーモラスにもなってくる語り口が、全体のトーンを軽くしつつ物語の重厚さをも損なわずにいて、とても独特かつ魅力的であったと思います。

  • 葉真中顕『ブラック・ドッグ』(講談社,2016年6月)
     動物の権利を訴える過激団体によるテロに見舞われたイベント会場。パニックを数人の視点から多角的に。さまざまな観点から、人間とは、ヒトとは、どこまでも矛盾をはらむ存在よなあ、という内容に。どこまでその矛盾を内包しつつ未来へと進んでゆけるのか。


  • 佐久間結衣『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀』第1巻(原案:虚淵玄/講談社,2016年9月)
     同タイトルの日台コラボ伝統人形劇のコミカライズ版。敵の陣営の印象がだいぶ違う。人形劇のほうは、人形の美麗さ可愛さが顕著なのと、尺の関係か一般人に悪さをしたりするシーンがないので、ともすればうっかり肩入れしてしまいかねない感じなんですが、コミック版ではしっかり悪の組織だった。基本的に絵柄があっさり系なので、本来は美形のキャラも正直あまり美形には見えないのですが、人形であることを差し引いてもずっとすまし顔イメージだった凜雪鴉のきょとんとした表情とかはなんかかわいい。
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2016年7月〜8月に読んだものメモ
なんかこの夏はあんまり本読みモードじゃなかったです。

  • 山口恵以子『早春賦』(幻冬舎,2015年11月)
     明治維新後に成り上がった実業家の娘が公家華族に嫁いだものの、典雅をよしとする家風のなかで疎外され、夢見た結婚生活とはほど遠い境遇に置かれ、しかし不屈の精神で自分の地位を確立していく。とても強いヒロインなのだけれど、最初の天真爛漫なお嬢さまが最後には目的のために冷徹な計算もする、どこか歪んだ倫理観さえ持った絶対君主的な女性になっているので、幸せとは……みたいな読後感に。しかしその歪みを「痛ましい」とは感じさせず、主人公はひたすらに気位高く凛として描かれる。とにかくドラマティック。昭和の昼ドラっぽい娯楽性がある。

  • ケン・リュウ『蒲公英(ダンデライオン)王朝記 巻ノ二 囚われの王狼』(訳:古沢嘉通/早川書房,2016年6月/Ken Liu "The Grace of Kings" 2015)
     かつては肩を並べ志を同じくしたふたりが、敵対する間柄に。権力を持つことの重みと人間としてのあり方、歴史に名前が残る意味などに思いを馳せつつ、所詮は高みにおわす神々の戯れや慰みであるとも描写されることですべては悠久の時間の流れの一部なのだという達観も湧いてくる。前の巻では、どうせ私は詳しくないしとあまり「元ネタ」を意識せず書かれているストーリーに没頭していたが、この巻では否応なしに「こう来たか! こうアレンジするか!」と要所要所で下敷きになっている故事を突きつけられて舌を巻かざるを得ない感じ。そして前回も言及したのでしつこいようだが、武侠モノっぽい荒唐無稽なノリやけれん味やお約束感が苦手で敬遠してる人には、裏表紙に「武侠小説」と書いてあるけどあれ気にしなくていいから、とお伝えしたい(私はそういうのも好きで期待しちゃったので初め戸惑ったんだけど)。

  • Shanna Swendson "Rebel Magisters (Rebel Mechanics Book 2) "(NLA Digital LLC, 2016年7月)
     まだイギリスから独立できてない19世紀アメリカが舞台の歴史改変スチームパンクファンタジー、シリーズ2冊目。史実からだいぶ遅れたけどボストン茶会事件、来たーー! 魔力を持つ上流階級に蒸気機関技術で対抗する平民たちによる地下組織の活動メインだった前作に対して、今回は生まれたときから個人の資質を無視して自由意志なく進む道を決められ重税にあえぐ、上流階級のなかに潜む各地の若き反乱分子たちの事情が描かれる。ともに革命を希求するが立場を異にする者たちの接点になるのは、今回も両者の狭間に立ち位置がある主人公のヴェリティ。この主人公がさりげなく有能キャラでしかもがんばっちゃうおかげで、ものごとがどんどん進んでいってあっけないほどなのだが、その「がんばり」の部分が真摯なので素直によかったねと思える。著者としてはこの作品のターゲットを「ヤングアダルト」と想定しているようなので、他シリーズよりも話の流れがさくさくしていてピンチのあとわりとすぐにスカッとする展開になっているのはたぶん意図的。


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2016年6月に読んだものメモ
  • 呉明益『歩道橋の魔術師』(訳:天野健太郎/白水社,2015年5月/原書:呉明益『天橋上的魔術師』夏日出版社,2012年12月)
     台北のいまはもうない商業施設で育った人々が、子供時代を回想する連作短編集。その思い出の風景のなかに、マジック用品を売る「魔術師」がさまざまなかたちで登場して、現実と幻想の境界線をほんの少しのあいだだけ曖昧にする。知らない場所なのに、文章だけでノスタルジックな気持ちが湧いてくると同時に、その「境界」が薄れる心もとない感じも切実。実在する映画の実在するシーンと本書の舞台が重なることで、さらに物語内の現実と非現実だけでなく、書物の中と外の境界もまた揺らいできて虚をつかれた。

  • ケン・リュウ『蒲公英(ダンデライオン)王朝記 巻ノ一 諸王の誉れ』(訳:古沢嘉通/早川書房,2016年4月/Ken Liu "The Grace of Kings" 2015)
     巻ノ二が出てからようやくの「一」読了。今年のローカス賞First Novel部門受賞おめでとうございます。神々に見守られる諸島の7つの国を舞台とした戦記もの。下敷きとなっている中国史のとある時代はあるみたいだけど、さほど詳しくないのもあり、ときたま「あ、これはあれを踏まえてる?」などと思いつつも全体的にはほぼ意識せず。違うタイプのふたりの主人公を中心として描かれる、架空の歴史が動いていくさまを面白く読みました。ただ、裏表紙に武侠という文字がありますが、これで「え?」ってなる人いるかも。私はなった(笑)。なんだろう、神々パート以外はすごく堅実に地に足がついてて、リアリティ重視の、容赦なく激動の時代を淡々と冷徹に描く歴史小説の体裁だよなーという感じがして。「武侠巨篇」って言われたらもっと破天荒なこってり娯楽小説! 的なものを予想しませんか、あの惹句はあれでいいのか、みたいな。

  • 山口恵以子『食堂のおばちゃん』(角川春樹事務所,2015年8月)
     東京の佃で営業している人情味ある定食屋さんを舞台にした連作短編集。銀座からさほど遠くないが庶民的な街並み、でも最近は高級マンションが建つように……という立地で、いろんなタイプの人が訪れる巧い設定。出てくるお料理の描写が美味しそう。巻末のレシピ集(というのが付いているのだ)には載ってないけど、登場したなかでいちばん試してみたいのは、鶏挽肉を入れた筍ご飯です。これまでずっと油揚げ派で、そういう発想がなかった。来年、旬になったときまで覚えていますように……と、ここにメモ。

  • Robert J. Sawyer "Quantum Night [Kindle Edition]"(SFWRITER.COM Inc., 2016年3月/底本:Ace, 2016年3月)
     2020年が舞台の近未来もの。2016年現在の世界情勢を踏まえて、けっこうありうるかもしれない社会に、いつものぶっとび珍要素(失礼、でも好きよ)をプラス。今回のネタの一部は、たとえばTwitterで「私のタイムラインではみんなこれに反対してるのに世間の大多数は賛成なの!?」と思ったり、スポーツの試合の勝敗などがきっかけで発生した暴動に参加して破壊活動してしまうフーリガンたちの内面ががさっぱり推測できなかったりといった経験のある人には、かなり心情的にぞわっと迫るものがあるんじゃないだろうか。しかしそこで、この作品のような仮説を立ててしまうと、ミもフタもないというか。理解しあえない人たちは永遠に理解しあえないという、ある意味とても殺伐とした話になってくるので、後味は悪い。
     テーマ的には、以前の "WWW" 三部作と通ずるところが大きいかも。ただ、"WWW" の超越した非生物知性体Webmindがやっていたことを、本作では一介の生身の人間がやろうとして、しかもWebmindと違って「最大多数の最大幸福」追求のために少数の者をばっさり切り捨てることを肯定する思想の人が主人公で、なおかつ作品全体としてもその決断が肯定されるので、やはり後味は悪い。そこへ行くまでの科学的・倫理的な筋道立てのアクロバットは(私の頭では理解しきれてない部分も多いだろうけど)面白いし、SFの意義ってそういう思考実験的なとこでしょ、とは思いつつ。
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2016年5月に読んだものメモ
  • 林綾野『ミッフィーの食卓 なにを食べているの?』(講談社,2016年2月)
     ディック・ブルーナのミッフィー(うさこちゃん)シリーズで食べ物が登場するシーンを拾って紹介。絵本の中ではどれもシンプルにデザイン化されているけど、オランダの食生活などを絡めて具体的にイメージさせる。さらっと読めて、ちょっとだけ物知りになれたような楽しさが。

  • Hao Jinfang "Folding Beijing"(訳:Ken Liu/"Uncanny Magazine Issue Two" 2015年1月掲載/原文:郝景芳《北京折叠》)
     7月に発表される2016年ローカス賞Novelette部門および8月に発表される2016年ヒューゴー賞Best Novelette部門の候補作。膨大な人口を抱えるひとつの都市が時間を区切って物理的に折りたたまれたり展開したりすることで運営されており、市民の生活がはっきりぱっきり分けられた社会。夜間しか活動できない最下層の「第三空間」住人である主人公が、養女を幼稚園に入れる費用を稼ぐため不法に第二空間から第一空間まで手紙を届けにいくことになり、階層間の分断と格差、社会構造の矛盾を垣間見る。現代のアナロジー的に読めちゃう部分が多すぎてなんかどぎまぎする一方で、テクノロジーによって実現している「折りたたまれる都市」のイメージがダイナミックで面白い。中国語の原文もウェブ上で公開されています。

  • 酒井順子『子の無い人生』(角川書店,2016年2月)
     10年以上前に出た同著者のベストセラー『負け犬の遠吠え』を読んだときに、酒井さんは既婚者を即ご自分たちとは別の世界へ行った人みたいに言うけど実際には結婚してても子供がいないと既婚者グループに入れてもらえない場面は多いんだよなあって、少し釈然としないところがあったのです。でも話を単純化するためにそのへんは敢えてスルーしたんだと思ってた。本書の冒頭を読んで、「マジで当時はお分かりじゃなかったんだ!」と愕然とした。でもいまの酒井さんの認識はまた違うんだと知ったことでちょっと胸のつかえが取れた気持ちに(笑)。
     もとから身近なとこでの「子なしあるある」ネタに留まらず、あちこち自発的に取材にも行っていて民俗学的なアプローチもあったりして面白かった。ただ基本、酒井さんはいまのこの時代に子供を持たずに生きていくことについて、最初から「自分はそれ以外ありえなかった」と結論は出ていて、そのうえでの俯瞰的で冷静な社会考察なんだよね。私はまだ「どこで人生が分岐してしまったんだろう」みたいなもやもやを払拭しきれてない修行の足りない段階なわけですよ。少子化ダメと言っても世間が求めているのは健康な若い人が何人も産むことであって、そうじゃない者が医療費を注ぎ込んでがんばって一人だけ産むことじゃないよね(要約)みたいな記述には、深くうなずきつつも涙目なわけですよ。でも折り合いはつけなくてはいけないということは理解しているし、さすがにこの歳になると現に折り合いはついてきて納得できはじめているんだとも、本書を読んでいて自覚が湧いてきました。


  • ケン・リュウ『紙の動物園』(編・訳:古沢嘉通/早川書房,2015年4月/Ken Liu "The Paper Menagerie and Other Stories")
     日本で独自に編纂されたもので、のちに米国で同じタイトルで出た短編集とは収録作が少し違います。刘慈欣の『三体掘抉儻貳任待ちどおし過ぎて、ついに翻訳している人の短編集に手を出しました。
     これ英語で書かれて米国で発表された作品群だけど、向こうの人たちは私たち以上にエキゾチシズムを感じているのでは。予想よりずっと、中国生まれ米国育ちという作者のバックグラウンドが作品に反映されていた。元来、小説を読むときに作者の経歴を念頭に置くのはあまり好きじゃないんだけど、一見、中華要素のない「選抜宇宙種族の本づくり習性」(これすごい好き!)なんかも、語彙がどんどん増えていく年齢の頃に多重的な文化・言語環境に置かれたことが遠くから影響してるんじゃないかなあとか思ってしまう。
     表題作をはじめとして、いくつかは「これを包含できるんだからSFというのは懐の深いジャンルだわ」と、いい意味で呆れつつ感心しながら読んだ。登場人物の目に映る世界の境界線のゆらぎが作品構成のゆらぎとも呼応するようなところに実験的な精神も感じる、ような気もして(自分が受けた印象をうまく説明できている自信がないけど)、そういう部分はたしかにSFであるとも思う。


  • Alyssa Wong "Hungry Daughters of Starving Mothers"("Nightmare" Issue 37 2015年10月15日号掲載の短編)
     2015年ネビュラ賞(選考発表は今月)のShort Story部門受賞作。SFというか、百合ホラー? 人間の精神というか感情を糧にしないと生きられない主人公の女性が殺人鬼の濃厚な感情を摂取したことでほかの希薄な感情では飢えが満たされなくなってしまう一方で、常に清らかでポジティブな感情しか発していない同性の友人への憧れがつのるあまり、わざと疎遠に、しかし……みたいな(雑な説明)。この作者はファミリーネームを見るに中華系なのかな。実家に帰るとお母さんが台湾ドラマを見てるってシーンがあるので、このヒロインは台湾系? 英文のなかに唐突に説明なしに出てくるアルファベット表記の「○○○○」は中国語の「□□」(ネタバレ回避のため伏字)ってことでいいんだよね?
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