2020年7月に読んだものメモ

  • 松田青子『持続可能な魂の利用』(中央公論社,2020年5月)
     非現実的かつ挑発的なシチュエーションを突き付けられたあと、一転して現代日本で女性たちがリアルに経験しているさまざまなしんどい状況が克明に語られ、同時に鮮烈な個性を放つアイドル(どうやら、モデルとなった実在の人がいるみたい?)の存在が大きな意味を持ち、いったいこれはどう収拾がつくんだ? と思ってたら、「そう来たかーーー!」って膝を打つような展開に。怒りと絶望を経て最終的には、やけっぱちかもしれない希望を受け取ったけど、そこまでで描写される絶望部分は、この本を読んでる側にとっては普通にリアルなままっていうのが、なんとも皮肉な。でも、このリアルを生き抜くみんなのなかでふつふつと湧き起こり蓄積されていく怒りが、「おじさん」的なるものへの個々の意趣返しをそこで終わらせず、いつか世界をデフォルトから変える原動力にもなりうるのではと思えるような爽快さも。

  • 篠田節子『恋愛未満』(光文社,2020年4月)
     短編が5つ。きれいごとで済まない率直な、しかしともすれば本人すら無自覚になかったことにしちゃうかもしれないような微妙な心の動きが、巧みに言語化されている。夫の交友関係が気になる妻視点のお話「マドンナのテーブル」では子供の頃の記憶を刺激され、海外駐在員妻集団のなかで浮いちゃった亡母がイラッとした顔になってたのを思い出して、恐ろしかったです。アメリカで働く娘に会いにいく世間知らずなママさんが駅でなかなか来ない列車を待つ「六時間四十六分」は、うっすらとせつなく、おっとりとかわいらしく、ささやかに痛快な読後感。

  • 永江朗『私は本屋が好きでした あふれるヘイト本、つくって売るまでの舞台裏』(太郎次郎社エディタス,2019年12月)
     一時期やたらめったら刊行されていた、いわゆる「ヘイト本」(特定の民族に属する人などへの差別を煽るような本)が目に余ると感じた著者が、そういった書籍がお店に並ぶまでのプロセスを取材。その後ヘイト本のブームは去って、なりふりかまわぬ「日本礼賛」系に替わっているらしいのですが、根っこはたぶんほぼ同じですよね。
     取次から書店へ、選んでいない商品がお任せで配本されてしまう、そしてそれが返本されるせいで出版社側は次々となにかを出しつづけなければ経営が成り立たない、みたいなシステム上の悪循環も要因として大きいのだな。確固としたイデオロギーに基づいてそういうのを出しているとこは実は少なくて、なかには嫌韓本と韓流本を両方出してるとこもあったり。そもそもネトウヨ的な本を出したつもりはなくて、「ちょっと新しいものの見方」という認識だったり。書店は書店で、コスト削減の結果、並べる本やその置き方を吟味する余裕がなくなっている。とにかく往々にして、関係者には主体的に作っている/選んでいるという意識が希薄なまま、その手の本が売り場に出ているというのは分かった。
     ただ怖いなと思ったのは、そういうのが置かれ無責任な煽りPOPを付けられたところに、まさにその理不尽なヘイトの対象カテゴリーに入るようなお客さんも来るだろうという想像力もまた、書店側に希薄だったりする場合があること。そんなのが目立つようにまとめられ否応なしに視界に入ったらめちゃくちゃきついと思うんですが。そしてさらに怖いのは、最初は単なる商売としてその手の本を作っていた人が、いつしかその思想に染まっていたっていう話。そこまで行かなくても、麻痺することって、絶対あると思うんですよね。最初は刺激的だったかもしれない言説が、日々接しているうちに、過激とは感じられなくなっていく。怖い。


  • ケン・リュウ編/劉慈欣・他著『月の光 現代中国SFアンソロジー』(訳:大森望・中原尚哉・他/早川書房,2020年3月/原書:"Broken Stars: Contemporary Chinese Science Fiction in Translation" translated and edited by Ken Liu, 2019)
     ケン・リュウ編纂のシリーズ第2弾。前回と違って、1人当たりの作品数は基本1つに絞り、紹介する作家の数を増やしている(14名、16篇)。
     2次創作じゃないオリジナル作品を読んでみたいと前から思ってて、いちばん楽しみにしていた宝樹の「金色昔日」は、もともとは違う完成図だったジグソーパズルのピースが実はゴムでできていて、巧みにぐりんぐりんと捻じ曲げながらはめ込まれつなげられていってる、みたいな面白さ(あとがきで政治的主張はないと書いてあるものの、この内容を中国で発表できたのって、もしやすごいことなのでは? と思ったら初出情報が英訳版しか載ってない……)。
     日本語版の表題作、劉慈欣「月の光」は、ひねりの効いてるところまで含めて、収録されてるなかでは最も安定感のあるSFらしいSFというか、さすがの貫禄。馬伯庸「始皇帝の休日」は、それかーーー! ってオチに笑った。ネット小説の流行りジャンルにおける「あるある」を逆手にとってるっぽい張冉「晋陽の雪」も好みです。


  • 雪野紗衣『永遠の夏をあとに』(東京創元社,2020年4月)
     ノストラダムスの予言によれば世界が滅びるはずだった、小学6年生男子の夏休み。田舎町のはずれの豊かな緑から立ちのぼる、濃厚な夏の気配が、読み終わったあともまとわりつくような感覚。欠落した幼少期の記憶、どこから来たとも知れない年上の少女。大人びた主人公の少年の、大人びているからこそ自覚する、子供としてのもどかしさがせつない。いったいなにが起こっているのか、かつてなにがあったのか、つかみどころのないまま、読み進めるうちにどんどん不吉な予感がつのってくるのだけれど、喚起されるイメージは常に美しい。主人公が、最初からずっと待ち続けた少女とふたりきりの世界に入っていたわけではなく、この特別な夏を同い年のほかの少年少女たちとも共有しており、またそれを尊重できる大人が存在していたことに、救いを感じた。理屈の上ではすべてすっきりと噛み合いはしないまま物語が終わることそのもののなかに、こちら側とあちら側の境界がさりげなく曖昧に薄れ、いとも簡単に踏み越えられてしまう世界におけるリアリティがあるようにも思う。

  • 宇佐見りん「推し、燃ゆ」(『文藝』2020年秋季号掲載/河出書房新社,2020年7月)
     巻頭中編。文藝賞受賞第1作だそうです。推してる男性アイドルがファンを殴って炎上というニュースが入ったところから始まる。ティーンの女の子の一人称で、テンポよい語り口。公開されている情報から推しの人物像をどんどん掘り下げて理解を深めようとしても、本当のところは永遠に分からない。多大なリソースを割いて応援しつづけて推しの存在が生活の中心にあっても、それはこの子の現実の人生のしんどさをなんとかするのには、まったく役立たない。推しもこの子も、それぞれ別々の人生を歩んでいて、なんの関係もなく、推しはやがていなくなり、これからもしんどい人生は続いていくという重く圧倒的な現実。しかし読んでいる私の側には、その一方的な愛情、推しがキラキラと輝いて見えた瞬間の記憶が、なんらかのかたちで、彼女のなかに意味あるものとして残っていってほしいという祈りのような気持ちがあるのだった。

  • 千早茜『透明な夜の香り』(集英社,2020年4月)
     生活に対するバイタリティがなくなってしまっていた主人公が、生きづらいまでに超人的な嗅覚を持つフリーの調香師に雇われ、家事と秘書的業務を担当することになる。さまざまな香りの描写に、文字を読んでいるだけなのに嗅覚が刺激される気がする。調香師の鋭敏な嗅覚ゆえに、衣食住のすべてをコントロールしなければならない、淡々と感情の大きな起伏なく過ごすことがよしとされる毎日。その淡い色彩でイメージされる日々の暮らしのディテール描写に、こちらの心まで凪いでくるよう。しかしそんななかでも新たに生まれる関係性、ゆるやかでどこか不穏かもしれない変化はあって、停滞していたものは開放され、次のステップがやってくる。主人公がだんだんと健やかさを取り戻していく過程がみずみずしく感じられる。

  • 王谷晶「ババヤガの夜」(『文藝』2020年秋季号掲載/河出書房新社,2020年7月)
     「覚醒するシスターフッド」特集の一環として掲載の中編。武芸とは違う生粋の暴力を極めた女が孤高に戦うバイオレンス描写の生々しさ、読みながら呼吸がシンクロしていくようなリズム感に引き込まれる。まったく違う境遇で育った「お嬢さん」と徐々に距離が縮まっていくさまに心がゆるみかけたところで、ハードに叩きつけられる急展開、そして名付けられない関係の完成。痛快でかっこよくて、ほの明るいのと薄暗いののあわいのところにいるような、せつない感じも。読み返してなるほど、とうなる構成の妙。


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    2020年6月に読んだものメモ

    • ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』(訳:岸本佐知子/講談社,2019年7月/原書:Lucia Berlin "A Manual for Cleaning Women: Selected Stories" 1977, 1983, 1984, 1988, 1990, 1993, 1999)
       2015年に出た同名の短篇集に入っていた43の短編から、24篇を訳出したもの。すべて2004年に68歳で亡くなった著者本人の人生が題材にされている。ひとつひとつは短い物語で、そこだけを切り取れば作中でものすごく大きな転換を伴うドラマはなかったりもするのだけれど、波乱万丈で多面的な生涯を送った人なので、さまざまに特異なシチュエーションが次々と出てくる。そういうちょっとしたところが記憶に残ることってたしかにあるよね……というようなリアルさとユニークさが両立している情景描写の、細やかさ鮮やかさに引き込まれる。そして世間を渡っていくなかで、どこか歯車が噛み合わない乖離した感じと、ままならないけどままならないまま生きていく強さみたいなものが、共存しているところにも。

    • 三浦しをん『のっけから失礼します』(集英社,2019年8月)
       雑誌『BAILA』に2014年から2019年にかけて連載されていたエッセイをまとめたもの。書かれてある言葉だけを見るとちょくちょくご自分を下げる表現を入れることで笑いを取る方向に行ってるんだけど、楽しく親しみやすいばかりで「卑屈」な感じは皆無というのは、すごい文章技術なのでは? というようなことを考えながら読んでいた。
       でもたとえばさ、このかたは自分のだらしなさとかをすごいアピールするけど、手帳に前年12月のページは要らないから予定を書き込むのに翌年1月分のページのある手帳がほしい、という意見を主張してる回で、なぜなら12月に新しい手帳をおろしたくないからと書いてらっしゃるのなんか見ると、「おお! 区切りを大切にする、きっちりした人だ!」って思いますよね(いつも前年から新しい手帳に移行してて、新しい年に合わせて新品をとかまったく発想になかった自分が恥ずかしい)。
       ハマったものに対する愛の炸裂具合の表現も強くて素敵。古くからのお友達との親しい交流がずっと続いているところや、こういう雑誌連載のなかで実家のご家族にずばっとツッコミ入れられる関係にも心がほんわかします。


    • コリン・ブッチャー『モリー、100匹の猫を見つけた保護犬』(訳:杉田七重/東京創元社,2020年2月/原書:Collin Butcher "Molly & Me" 2019年)
       ペット捜索専門の探偵社所属の探知犬モリーについて相棒の人が語ったノンフィクション。ちなみにエピローグの時点で発見済みの猫は74匹だ(原題は猫の数には触れてませんが)。でもまあこのペースでお仕事していたら本書が出版された頃には余裕で100匹超えていたでしょう。
       読む前は、タイトルだけ見て安直に犬は鼻がいいから猫も探せるんだなーなんて思ってましたが、そんな単純な話ではなかった。専門家にも猫を対象とした探偵犬なんてありえないと切り捨てられるなか、すごく才能のある犬との出会いおよび不屈の精神があって初めて実現したのが、この最強の信頼でつながるペット探偵コンビなのだ。さまざまな背景がありそれぞれにかけがえのない失踪ペットと飼い主のエピソードが出てきます。彼らに親身になって寄り添い、再会のために尽力する著者の真摯な姿勢も素晴らしい。
       出版社のウェブマガジンに、モリーの写真とか動画へのリンクとかあるので見てください……。


    • 岸本佐知子『ひみつのしつもん』(筑摩書房,2019年10月)
       漠然とした共感も覚えるような日常的な話題が、どんどん煮詰められて最終的にはこの著者の脳味噌からしか出てこない具体的ななにかの話になっている疾走感が好き。年賀状が返送されて称号がもはやスリではなかったり。「ぬ」が世界征服を目指したり。
       あとがきに雑誌『ちくま』でのエッセイ連載が18年目と書いてあって、もうそんなに! と、びっくりしましたが、たしかに自分の読んだもの記録メモを見ても、シリーズ1冊目を13年前、2冊目を8年前に読んでいるのだった。これからもずっと続けてほしいです。


    • 北大路公子『いやよいやよも旅のうち』(集英社文庫,2020年4月)
       旅嫌いを自認する非行動派の著者が、編集者による企画に従い、一道五県で自発的には絶対にやろうとしなかったであろうような体験をする。私自身がとてもめんどくさがりで出不精な小心者なので、これ全部やりきったんだ、すごいなあ、と感心しきりです。つらつらと語られる億劫さ、往生際の悪さ、そしてぬぐえぬ不安、そこから時折繰り出される発想の飛躍。何度かぷっと笑ってしまいつつ、身につまされもしてどきどき。いや、私がこの状況に置かれたらもっとずっと悲惨でうしろ向きな結末を迎えそうな気がするうえ、それをひとさまに楽しく読ませる文章に仕上げることもできないだろうから、共感などおこがましいのですが。
       (初出『小説すばる』2017年5月号〜2019年11月号)


    • 獸木野生『PALM 42 Task VII』(新書館,2020年6月)
       ああ、ジョゼが……。そしてジェームスがアフリカに拠点を移す道筋がいよいよはっきり見えてきた。この「Task」のエピソードも7冊目に入りましたけど、30年くらい前に作中で明かされた最期に向かって彼が淡々と歩んでいくのを読者はなすすべもなく見守る感じ。

    • 荒川弘『銀の匙 Silver Spoon』第15巻(小学館,2020年2月)
       うっかりタイミングを逃して読むのが遅くなってしまった最終巻。ついに大学受験、そして卒業。いつもなんかしら不憫な事態に見舞われる八軒くんをはじめ、みんなそれぞれにわちゃわちゃとしながら、当初の予定とは違うこともありつつ落ち着くところに落ち着いて。さまざまなかたちで、若者が現実を見据えることと、夢を持ちそれをかなえていくこととを両立させていく過程を詳細に見せていただきました。そしてそういう姿勢が、次の若者の後押しにもなっていく。みんながんばれー! という気持ち。

    • ひかわきょうこ『彼方から』(白泉社・マンガPark版/底本:花とゆめコミックス,1992年12月〜2003年4月〔全14巻〕)
       アプリの期間限定無料公開で。15年くらい前に単行本で読んでるので、再読です。いまではラノベなどで定番の、異世界転生ものなんですが、ヒロインが転生後も、数奇な運命を背負いつつ本人は特別な力を得たりはせず、地道に現地の言葉をこつこつと覚えていったりする描写が丁寧。主人公は普通の女の子だけど、自分にできる精一杯を常に模索している。セーブしない。ためらわない。とにかく、受け入れてくれた集団のなかで自分だけが特殊技能を持たないと分かっていても、自分にできることはなんでもやる。前向き。こう、出会う人、出会う人みんなに好かれることに、説得力がある。こういう人ですよね、最終的に強いのは。そして、運命として外部から提示されたのとは別に、自分の意志で選び取れる道がきっとあるというメッセージ。
       改めていま読むと、とにかく画力がすごかったんだなあ、と感嘆。アクションシーンがやたらとかっこいいね。構図とか、アングルが切り替わるシーケンスとか。ヒロインの顔の絵柄が、この当時としてもすでにわりと古い部類だったと記憶するクラシックな少女漫画の雰囲気なので(しかしとても可愛い)、目をくらまされそうになるけど、美醜にかかわらず老若男女すべてのキャラの造形がかちっと嵌っている。昔の少女漫画って、特に男性キャラについては、あんまり体格に気合を入れては描かれていないことが多かったという印象があるのですが、この人の描く身体的に優れているという設定の男性キャラクターは、しっかり骨格があってその上に筋肉が乗っているというのがはっきり分かる。それがちゃんと、古典的少女漫画ヒーローとしての美しさと両立している。

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      2020年5月に読んだものメモ

      • 陸秋槎『雪が白いとき、かつそのときに限り』(訳:稲村文吾/早川書房,2019年10月/原書:陆秋槎《当且仅当雪是白的》新星出版社,2017年3月)
         共学の高校が舞台だけど、メインになるのは少女たち。それと、同じ学校の卒業生でもある、まだ若い学校図書館の司書の先生。パズラーなので、きちんと手掛かりが提示され、それに応じた謎解きがおこなわれる。でも、印象的なのは、この年頃の少女が抱く、未来への不安、自分という存在の重さへの疑念、とんがった心もとなさ。平凡であることに対する忌避と、平凡であることに対する希求。中国の学園生活の、日本と似ていそうなところ、違ってそうなところに着目して想像をめぐらせながら読むのも面白い。

      • ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』(訳:友廣純/早川書房,2020年3月/原書:Delia Owens "Where the Crawdads Sing" 2018年)
         1969年のノースカロライナ州で、古い火の見櫓から落ちたと思われる死体が発見されたのを起点に、亡くなった男性と一時期かかわりがあったひとりの女性の数奇な半生の振り返りと、男の死に関する警察の捜査が進むさまが交互に語られ、やがてふたつの時間が合流する。この、だんだんと作中時間の差が狭まっていくところに、サスペンスを感じる。家族にも見捨てられ、たったひとり湿地の小屋で暮らしてきた少女が、わずかな出会いから生きるすべを吸収し、向学心を開花させて本来持っていた知性を羽ばたかせ、湿地の自然とともに、たくましく魅力的な女性として生き抜いていく過程に心惹かれる。


      • 那洲雪絵『ここはグリーン・ウッド』(白泉社・マンガPark版/底本:花とゆめコミックス,1987年1月〜1991年10月〔全11巻〕)
         前々から名作としてたびたびタイトルが挙がっているのを見かけていたけど読んだことなかったのが、出版社のアプリで期間限定無料公開されていたので。初めて読むのに、なんだか懐かしく感じたのは、絵柄とテンポのせいか。
         男子校の寮を舞台に、個性的な男の子たちが繰り広げるてんやわんや。あれもこれもアリのてんこもりでさまざまな趣向のエピソードが。
         10代の子たちが家族のもとを離れ、限られた期間を限られた空間で同世代の子たちとともに過ごす。現実にはけっこう大変だろうなとは思いつつ、私もティーンの頃は、親元を離れてみんなでわいわい暮らすって状況に、ちょっとロマンを感じてたよな。こういう漫画は、あの頃読んでいたら、そのロマンを求める心を満たしてくれたのかもしれない。
         それぞれになんらかのかたちで、ほかから突出した人生を歩んでいる、そして自分の居場所を模索している、大人になりかけの発展途上の子供たち。最終回のあと、この子たちは、どんなふうに生きていったんだろうな、と思いを馳せずにはいられない。高校の3年間なんて、あまりにも、人生全体のなかで見ると短いんだけど、でも、あの頃の3年間って、「濃い」よねえ。たぶん誰にとっても、あの時期は、1年1年が、「濃い」。で、少女がメインターゲットである掲載誌において敢えて舞台を「男子寮」にすることで、読む側にとってはほどよく生々しさが薄れていたのかもしれないな、とも。
         いま読むと、ちょこちょこ引っかかる表現もあって、30年前はまだこれがギャグネタとして茶化していいものだったんだな、などと改めて時代の流れを感じるところもあったりしたけど、悪ノリすることもありつつ押しなべて基本は善良なメインキャラクターたちを愛おしく思えて、楽しかったです。


      • 由貴香織里『天使禁猟区』(白泉社・マンガPark版/底本:花とゆめコミックス,1995年2月〜2001年2月〔全20巻〕)
         これも期間限定で無料公開されてたやつ。やはりちょくちょくタイトルだけは聞くんだけど、読んだことなかった。厨2系オタク女子の基礎教養をようやく履修できた、みたいな達成感がありました。さまざまな同人作品で見かけまくった要素が、これでもか、これでもか、と波状攻撃で来た。貫禄を感じた。そして絵が美しい。グロテスクなものですら描線が美しい。

      • 羅川真里茂『赤ちゃんと僕』(白泉社・マンガPark版/底本:花とゆめコミックス,1992年3月〜1997年9月〔全18巻〕)
         さらにこれも期間限定無料公開のやつです。この機に乗じて長編少女漫画をどんどん読んだぜ。小学5年生のときにお母さんを事故で亡くし、仕事で忙しいお父さんをサポートして、歳の離れた弟の面倒を見なければならなくなった男の子が主人公。大人になってから読むと、小学生がしょっちゅう独りで赤ちゃんの命に対する全責任を負うことになる状態を放置するなんて、周囲の大人はそれでいいのかと、もどかしい気持ちにもなるんだけど(とはいえ、じゃあどうすればっていうのもなかなか難しく、結局家庭内の自助努力でなんとかできるならなんとかするしかない、というのがいまでも現実なのかも……30年近く前ならなおさら、経済力が落ちないこと前提で考えられていた父子家庭に対する公的支援はいまよりさらに薄かっただろうし、お父さん仕事削れないよねえ)、とにかくこの子が、すごーく頑張る。時に癇癪を起こし、時に周囲を羨みながらも、とにかくプレッシャーに耐えて頑張るし、弟を心の底から全力で可愛がる。そして彼の周りのほかの小学生たちも、さまざまな家庭に育ち、さまざまな事情を抱えているということが、作者の視点でそこに優劣が付けられたりすることなく、活き活きとした小学生ライフのなかで自然にフラットに語られるのがよかった。
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        2020年4月に読んだものメモ

        • 凪良ゆう『流浪の月』(東京創元社,2019年8月)
           今月発表があった、2020年(第17回)本屋大賞受賞作。第三者の目には「加害者」と「被害者」でしかないふたりが、一度は引き離されても年月を経てふたたび出会い、しかしやはり一方的な糾弾にさらされる。当事者にしか分からない「真実」を拠りどころに、世間を遮断して逃げ続けるような彼らは、この出会いがなければきっと双方、生き延びることはできなかった。繊細で美しい話ではあるけれど、同時に、危うくもあるな、という感想もぬぐえない。この物語の彼らの言い分を認めるなら、間違ったものなんて、この世にはなにもない、ということになってしまう。すべては当事者の主観の問題だ。でも、本当に? そう感じてしまうのは、たぶん読み手である私が、確実にこの主人公たちによって、背中を向けられる側であるからなんだけど。決して入れてもらえない世界を持つ彼らに、拒絶される側。たとえどれだけ、彼らを好きになったとしても、手を差し伸べようとしたとしても、入れてもらえない。一方で、逃げると決めたその先にある、自分たちの真実だけを本当にしていていい世界が提示されているこの作品で、救われるひと、呼吸がしやすくなるひとも、絶対にいるだろうということは分かる。

        • 尾崎俊介『ハーレクイン・ロマンス 恋愛小説から読むアメリカ』(平凡社新書,2019年12月)
           アメリカ文学研究者が、ペーパーバックの出版史を調査していくなかで有名な女性向け恋愛小説の叢書に着目した成果を一般向けの新書にまとめたもの。このジャンルでは代名詞のようにさえなっているハーレクインですが、私はロマンス小説を系統立てて読んだことはないので、初めて知った事実がたくさんありました。そもそも、いまではアメリカのものというイメージがあるハーレクインが、もともとカナダの会社で、初期はずっとイギリスで書かれた作品ばかりを出版していたことも本書を読むまで知らなかった。「量産型商品」としての小説にも、というかそういう小説だからこそかもしれないけど、時代をくっきりと反映した歴史が脈々と存在するのだなあ。あと導入部分で、男性である著者が四半世紀ほど前に書かれた女性向けロマンスを初めて読んでみて、ストーリー展開にいちいち驚くくだり笑いましたが、愛読者たちの熱意にシンクロはできないながらもこのジャンルを独自の文化として尊重する姿勢は一貫しており、好感を持ちました。

        • 妹尾ゆふ子『翼の帰る処 番外編2 ことば使いと笑わない小鬼』(幻冬舎コミックス,2020年4月)
           1冊目の番外編集と同じく本編で脇役だったキャラ視点のお話が2つと、最後はすべての締めくくりになるような、「帰って」きたヤエト視点の短いお話。最初の表題作は、砂漠の国の古くからの言い伝えと、後世の者たちによる意味の見出し方に関する問答のくだりがとてもよかった。
           皇女と、1作目の主人公ファルバーンは時系列順に並ぶ3編すべてに登場。生い立ちと置かれた状況から、最初はツッコミ力の高いドライな思考パターンの陰でどこか自己否定気味で所在なさげでもあったファルバーンが、能力を発揮できる役割と居場所を得て落ち着いていったようすがあとの2作で垣間見られてホッとします。個性的な学友たちに囲まれたキーナンの学園生活を描く2作目も楽しかった。彼も真っ当さとしたたかさを兼ね備えた末頼もしい若者だ。
           それと改めて、シリーズ全体を通じて皇女の屈託ない心根の明るさや強靭さと、ヤエト先生の隠居したいと言いつつやるべきことに手を抜けない誠実さが、なんだかんだと周囲の人たちの気持ちを巻き込んで物語を進めていったのだなあ、みたいな感慨が。みんなヤエト先生大好きだよね。どこまでその好意が伝わっているのか心もとない感じまで含めて。


        • パオロ・ジョルダーノ『コロナの時代の僕ら』(訳:飯田亮介/早川書房,2020年4月/原書:Paolo Giordano "Nel contagio" 2020年)
           発売前にネットに出ていた期間限定無料公開版で読了。2月から3月にかけてイタリアで書かれたものが4月には日本で商業出版されるというのは、かなりスピード感がありますね。日常生活を中断され空白のなかに置かれた作家のなかで流れる思索が、リアルタイムで項目ごとに実況されていくのを一緒に追いかけていくように読んでいると、静かな筆致のおかげでちょっと心が落ち着いてくる気がする。いまのこの世界を、個人の置かれた状況、地球規模の因果のめぐり、グローバルな社会の転換などさまざまな切り口で多角的に捉えて整理していく視点。そしてまた、事態が収束したあとの世界のあり方についての視点。高をくくって楽観視することで手遅れになったあれこれを覚えておくこと、これをきっかけに前進と言える方向に動いた価値観の変遷を巻き戻さないことの大切さの確認。自信はなくても考えつづけていこう、という決意表明まで読んで、襟を正すような心持ちになった。まさにいまのこの特異な時期の世界を切り取る書物なので、まさに「忘れない」ためにも持っておきたいような気持ちになって書籍版も買いました。



         新型感染症COVID-19をもたらすウイルスSARS-CoV-2のせいであれこれと予定がキャンセルされたので、空いた時間でもっとがんがん本を読むかと思いきや、実際にはさほど読めてはいないのでした。とにかく気持ちが落ち着かなくて活字に集中できなかったり、外出自粛が叫ばれていることを受けてネットで公開されたさまざまなコンテンツに食いついてしまったり。まさかこの時代に、世界中が翻弄されるようなこんな事態を経験するとは思わなかった。ここをご覧になっている皆さまもどうか、ご安全に。

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          2020年3月に読んだものメモ

          • 小川洋子『約束された移動』(河出書房新社,2019年11月)
             6つの短編を収録。どこまで意識して編んでいるのか分からないけど、社会の片隅であまり意識されず、しかしプロフェッショナルに働いている人たちが出てくるお話が続く。決して利用者と顔を合わせることのない高級ホテルの客室係、デパートで誰より早く迷子を探し出すエキスパート、超マイナー言語の通訳などなど。抽象的でどこか幻想的にも感じる仕事内容や出来事が、具体的な手順や職業意識の詳細な描写でしっかりと輪郭を与えられていて、現実のほかのお仕事の多くも見ようによってはこんなふうにファンタジックなのかもなあ、と思えてくる。

          • 能町みね子『結婚の奴』(平凡社,2019年12月)
             周囲の人々がやっている「恋愛」なるものがピンと来ない能町さんが、同居人としてはとても相性のいいゲイ男性との事実婚に至るまでの過程を、すごく誠実に言葉を尽くして、読み手に伝えようとしてくださっている。
             私自身はたぶん、物心ついた頃からどっちかというとヘテロ女性だという自認があったし、多少の疑問を抱えつつも、わりとすんなり恋愛が法律婚に結びついたほうだと思うんですよ。だけど、そうであってさえ、世間の「当たり前」と私自身にとっての自然なあり方が相容れないときの、「向こう側には行けない」みたいな絶望感・疎外感を経験したことが、なかったわけではない。なぜ自他双方のなかで、そういう価値観の刷り込みはこんなに強固なんだろうと慄いたことだってある。私の何倍もそういったことを敏感にキャッチして生きてきたであろう能町さんは、本書でそうやって切り裂かれるような思いをしたときの心の動きを平易な文章で克明に言語化していて、そうできるようになるまでにどれだけ突き詰めて考えたのだろうか、と気が遠くなるような心持ちがした。またそのような局面で、ご自身を実験に差し出すような極端な試みをしてしまっていた過去のエピソードも、よくぞここまでというくらいに率直に書かれていて、胸が痛かった。
             胸が痛かったといえばしかし、なんといっても2016年にお亡くなりになった雨宮まみさんについて語った部分です。大切なひとが失われたという理不尽に対する、叩きつけるように熾烈な言葉の連なり。
             この本に書かれているのは、私とはさまざまな点で感覚やスタンスの違うかたの生き方ではあります。ただ、私も含めて多くの人が無意識にしているのであろう、刷り込まれた固定観念的な「幸せ」の指針に身を任せて、わずかな違和感があっても誤差の範囲として踏みつぶしていくようなやり方って、不誠実かもしれないけど、ある意味ラクではあると思うんですよね。少なくとも、効率的ではある。そうはせず、能町さんが自分の正直な気持ちを丹念に模索した結果、いまの生活にたどり着いて、そういうかたちもあるんだと提示してくれていることを、尊いと思いながら読み終えた。


          • 箱崎みどり『愛と欲望の三国志』(講談社現代新書,2019年8月)
             とても正直なことを言うと、別のかたによる書評を読まなかったら、おそらく手には取っていないタイトル。本文中でも使われているフレーズなので、あながち売るための煽情的なキャッチコピーとして編集部が勝手につけたってわけでもなさそうですが。いや、たしかに「愛」はある。たぶん著者的には、欲望も。しかし、タイトルから想像したものとはかなり違ってたんだよー。現役アナウンサーでもある著者は、小学2年生のときに人形劇の三国志に出会って以来、常に三国志について考え続け、東大大学院での研究対象にもしたという筋金入り。本書で中心的に論じられるのは、三国志自体の内容というよりも、この物語がさまざまなかたちを取って、どのように「日本で」受容され親しまれ読み継がれてきたかということ。そういえば、そういう視点で考えたことなかったです。三国志の読まれ方が、それぞれの時代の社会とも密接につながっている(特に、日中戦争のときには「ブーム」になっていたとか)というのが、分かりやすく解説されていて、なるほどなるほど、と思うことばかりで楽しい。各章の最後にまとめられた注釈の文章量が、どんどん増えていくのも熱い。三国志への著者の真面目で真摯な愛が、炸裂している。

          • 北大路公子『ロスねこ日記』(小学館,2020年2月)
             タイトルから想像する内容とはかなり違って、大筋では植物栽培日記なのである。それも原木セットで育つキノコとか水栽培のスプラウトとかヒヤシンスとか、あまりアウトドア趣味にはならない植物栽培。しかしその一方ではまた、たしかに、猫の可愛さ素晴らしさ、そしてその猫の長きにわたる不在が、本書の重要なポイントにもなっている。植物を栽培キットなどで育てるという行為に、これだけスケールが大きかったりディテールが具体的だったりする想像(妄想?)をのっけることができる北大路さんの、イメージを飛躍させる力はやっぱりすごい。そして最後に、あっさりと衝撃の展開が綴られたあげく、連載最終回分のあとに加筆されたおまけの部分では、なんだかほのぼのとしんみりの波状攻撃がやってくる。まさか大豆もやしで、こんな。

          • 円居挽『キングレオの冒険』(文春文庫,2018年4月/親本:文藝春秋,2015年6月)
             すみません、本来は新型コロナウイルス騒ぎで休校中の若者向け企画だったと思われるKindleの期間限定無料公開版で読みました。公的に犯罪捜査をおこなうことができる日本探偵公社なる企業が存在する架空の日本。その本社がある京都を舞台に、花形スター探偵キングレオの活躍を描く。システム的にはちょっと清涼院流水のあれみたいだなって連想していたら、巻末解説でモロに言及があった。語り手でもあるワトソン的なポジションの登場人物が、実は自分自身も推理力と洞察力にかなり優れていて(しかも社会常識もある)、その上で破天荒なホームズ役とのあいだに圧倒的なバックグラウンドの共有と信頼関係が存在するというのが面白い。現実味という点ではどうだろって感じの真相もこの世界観のなかでなら受け入れられてしまって、パズラーとして楽しい。モリアーティ的ポジションの登場人物もちゃんと出てきてサービス精神! って思いました。

          • 村山早紀『かなりや荘浪漫2 星めざす翼』(PHP文芸文庫,2020年1月/親本:集英社オレンジ文庫,2015年11月)
             いくつもの、並び立ち認め合う関係が提示される。違う道を進みながらも互いを大切に思い、互いに対して恥じない生き方をしていく主人公と幼馴染のふたり。それぞれが漫画家の卵を育てている、友情と思い出でも結ばれているライバル編集者ふたり。片方はもうこの世にいない(しかしなぜか成仏していない)、同時デビューの漫画家ふたり。そしてこの本の段階ではまだ名前しか出てきていないけれども、きっと主人公と切磋琢磨していくことになる女の子たち。暑苦しい熱血展開になりそうなものだけれど、主人公が芯は強くてもふんわりと純粋な子で、ほかの登場人物にも悪意のある人がいないので、穏やかにやさしい気持ちで読み進めることができる。あとカフェや本屋さん、ホテルなどの「場所」の描写が好き。


          • 笹生那実『薔薇はシュラバで生まれる 70年代少女漫画アシスタント奮闘記』(イースト・プレス,2020年2月)
             少女漫画黄金期と呼ばれる時代に、漫画家としてデビューしたのち、あちこちでアシスタントもしてらした著者の思い出語り。私が少女漫画を読み始めた頃にはたぶんすでに大御所だった先生がたのお若い頃のエピソードあれこれ。いまもなお世に残る名作の数々が描かれていた現場では、こんなやりとりが……というのはとにかく興味深い。山岸凉子先生の「天人唐草」にまつわるお話など、少女漫画というジャンルにおける新しい道が拓かれていった時代の証言という感じ。そして、そういったことを紹介するのに、各先生それぞれの画風を踏襲してらっしゃるのが、とにかくすごいなー、さすがだなーって。32年ぶりの商業出版とのことですが、すみずみまで気を配って描かれていることが分かる。当時一緒にお仕事されてた先生方への敬意と、漫画そのものへの愛情が伝わってくる、とても暖かい本でした。


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