虫のいい日々

あぶはち取らずと言われても、極楽とんぼで過ごしたい。
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2018年6月に読んだものメモ
後半から、古典新訳文庫の消化キャンペーンでした(って、3冊ですけど)。


  • 王谷晶『完璧じゃない、あたしたち』(ポプラ社,2018年1月)
     間隔の空くウェブ連載は毎回楽しみにしていたのに、全部まとめてさらに書き下ろしを追加した単行本は読了にずいぶん長くかかってしまった。バラエティ豊かすぎて1編ごとに頭がインターバルを要求するので。私、短編集読むのヘタクソだわあ……。さまざまな語り口、さまざまなジャンルで書かれた23の短編すべて、メインに据えられているのが女同士の関係。ストーリーがことごとく予想外な方向に転がっていくと感じるのは、もちろん着想自体が斬新に飛躍しているからなんですけど、同時に、いかに自分がこれまで、男女で物語が構成される既存パターンに染まっていたかってことでもあるのではないかって思いました。ウェブで読んだときいちばん好きだった「友人スワンプシング」が、再読してもやっぱりすごく好きで、なんだろうこの若い女の子ふたりがかもし出す潔さとせつなさとハードボイルドな感じ。

  • 山口恵以子『食堂メッシタ』(角川春樹事務所,2018年4月)
     店主がたったひとりで切り盛りする、こぢんまりとした本格イタリア料理店。こんなお店があったらいいよねっていう、夢と理想が詰め込まれている感じ。学生時代に偶然チェーン店でアルバイトしたことをきっかけに、本格的な料理人への道を邁進しはじめた女性が、惚れ込んだ師匠のもとで学び、彼の片腕となり、初めて自分のお店を持ち、そこからさらに先のステップに進む直前まで。ストーリー的には王道なので喰い足りない印象もないではないのだけれど、とにかく出てくるお料理がひとつひとつ詳細に説明されており、どれもとても美味しそうなので、そっちで満腹感。終盤になって、お店の常連のなかに本書の出版元の社長である角川春樹氏がいるという記述があり、こういったお遊びには好き嫌いが出るでしょう(私は実はちょっと引いた)。しかしやはりこの著者は、才能ある女性が突き進むさまを書くとき筆致に勢いがありますね。

  • 張愛玲『傾城の恋/封鎖』(訳:藤井省三/光文社古典新訳文庫,2018年5月)
     1943〜1944年に発表されたエッセイ3編と小説2編。1941年の日本軍による香港への侵攻が背景として色濃い。表題作タイトルの「傾城」には敢えて一般的読みとは違う「けいじょう」というルビが振ってあり、読んでみるとたしかに、いわゆる傾城(けいせい)の恋という言葉で想像するような、その恋によって城が傾くといった物語ではなく、逆に城市(街)が壊れていくことで初めて完成形になる恋愛といったような話なのだった。意地と欠落を抱えた者同士の保身的なやりとりがひりひりする。少女時代からの家族との確執を綴った苛烈で感傷的なエッセイ「囁き」の随所に挟まれるアイテムの選択も巧いなあと思う。巻末の解説も充実。
     〔収録作品:「さすがは上海人」《到底是上海人》1943年/「傾城の恋」《傾城之恋》1943年/「戦場の香港――燼余録」《燼余録》1944年/「封鎖」《封鎖》1943年/「囁き」《私語》1944年〕


  • ジェローム・K・ジェローム『ボートの三人男 もちろん犬も』(訳:小山太一/光文社古典新訳文庫,2018年4月/原書:Jerome K. Jerome "Three Men in a Boat: To Say Nothing of the Dog" 1889年)
     原書は1889年発表。新訳が出ていたので久々に。日本語で通読するのは初めてです。久々に読んでも、こいつらほんと自己中なことばっか言ってぐだぐだしてんなー。でも旅はなんとかなっちゃうんだよなー。
     前に英語で読んだときには、なにか元ネタがあるんだろうけどと思いつつスルーしていた事柄に訳注がしっかり入っていてありがたい。巻末の解説や年表も。この著者は、これまで作品だけ読んで、いったい19世紀イングランドにおいて、どのあたりのコミュニティにいた人なんだろうかと、不思議に思うことが何度かあったんですよね。解説で経歴を初めて詳しく知って納得。けっこう激しいクラス移動人生だった。あと、本作で「僕」がモンモランシー(犬)を飼っているということ自体が、執筆当時の現実の著者よりも上の階級に属するキャラとして主人公を位置づけるための設定だったという話など、わりと目からウロコな感じ。彼が本当にペットを飼い始めたのは、もっとずっとあとなんですね。
     それと、この新訳版の翻訳者のかたがあとがきで、丸谷才一先生による旧訳版へ思いをなかなか熱烈に語っていらっしゃるので、いまさらですがそっちも読んでみたくなりました(実は旧訳版もかれこれ20年くらい家にある)。


  • C・S・ルイス『ナルニア国物語 阻盻兒佞里い〜』(訳:土屋京子/光文社古典新訳文庫,2016年9月/原書:C. S. Lewis "The Magician's Nephew" 1955年)
     1960年代から読み継がれてきた旧訳版の個性が、古いということを差し引いても強いので、どう訳してもすごく雰囲気変わるのは予想していましたが、最初は読んでる途中でどんどん脳裏に旧訳の記憶が湧いてきて二重写しみたいになって大変でした。
     いちばんインパクトが強いのは、主役の子供たちの言葉遣いが、かなり現代寄りになっていること。ただ、このお話自体が、もともと「昔のできごと」なんですよね。作中でもほかの巻で老人として登場する人の少年時代だし、いまの読者から見ればなおさら時代設定が昔なわけだし。旧訳版に引きずられているだけかもしれないけど、個人的には、微妙に古臭いくらいがイメージだったなあと。そこはちょっと好みが分かれるかと思いました。あのですね、旧訳の「とっかえ!」が新訳で「チェンジ!」だったことに、正直ショックを受けました(笑)。でも新訳も、きびきびとした読みやすい文章。いまのお子さんには、こちらのほうがとっつきやすいでしょう。
     新しく付いたイラストも、どこかユーモラスな動物たちの表情やダイナミックな構図が印象的で、原書の緻密で美麗な挿絵をそのまま使っていた旧訳版とはまた違った魅力が。
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2018年5月に読んだものメモ
今月は読了できたものがとても少ないのですが、下旬に入ってから現在の視力に適合する新しい眼鏡を作ったので、来月はもうちょっと読める……かもしれない。


  • 阿部公彦『史上最悪の英語政策 ウソだらけの「4技能」看板』(ひつじ書房,2017年12月)
     大学入試の英語関連で予定されている改変については、私の視界に入る範囲ではプラスに評価している人がいなくて、私も詳しい変更内容は覚えていなかったものの、民間試験の導入という話だけでも、すごい混乱と不公平感を招きそう……という素人考えを抱いていたのですが、本書では具体的にどの辺がダメかという著者の意見が、有識者会議の議事録なども引用してツッコミを入れつつ解説されています。私は教育や受験産業については門外漢で、口出しする資格もないんですが、お若い人たち振り回されて大変だなあ、なんとかならんかなあという思いを新たにはしました。ただ語り口が、痛快で読みやすいけど、なんかこう「煽っていくスタイル」的な感じなので、しんどいときもあった(笑)。あと語学習得には本当に地味な努力が必要なんですよね、分かってるんですけどねって、ちくちく刺さってくるような記述も……。

  • 鳩見すた『アリクイのいんぼう 家守とミルクセーキと三文じゃない判』(メディアワークス文庫,2017年8月)
     印鑑の作成を請け負いつつ店主の手作りスイーツも提供している「有久井印房」に引き寄せられてくるいろんなお客さんと、ハンコのエピソード。この店にはなにか特殊な磁場でも働いているのか、各話の登場人物同士があまりにも相関していて、誰もが誰かの知り合いだったりするものすごく世間が狭い世界です。
     第1話の、お前も実印を作れば分かると言い残して会社を辞めた同僚……ってところから「印鑑を登録しようと役所へ行ったらすでに自分名義の実印が!? それは社員の名前を不正使用する会社ぐるみの犯罪だった!」みたいなのを思い浮かべてたら、全然違ってさわやかに前向きな話だったので自分のデフォルト発想の殺伐具合を思い知ったのですが、かといって実際の本書がほんわか一辺倒というわけでもなく。みんなそれぞれ背負うものがある。
     ここ最近、書店の平台を観察しているかぎりでは、ラノベを読みなれた大人向けっぽい感じのレーベルで「お店」を舞台にした連作短編集みたいなのやたら多いなって感じているんですが、そのなかでこれを手に取ったのは、まあカバーのアリクイおじさんのインパクトですよね。しかし読み進めているうちにだんだん気になってくるのはアリクイよりもむしろ、なぜこの地域はやたらカピバラの影がちらついているのかということです。続編で明らかになるのでしょうか?


  • 鳩見すた『アリクイのいんぼう 運命の人と秋季限定フルーツパフェと割印』(メディアワークス文庫,2018年2月)
     ……と、いうわけでさらに読んでみたシリーズ第2弾。相変わらずこのお店の周辺は、すごい偶然で誰かが誰かの知り合いである。まあそれはともかくカピバラそしてカピバラ。やっぱり本人(本カピバラ)は淡々と地味な仕事してるように見せかけつつ、実はこの地域で暗躍してると思うんだ。
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2018年4月に読んだものメモ
  • ケン・リュウ編『折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー』(訳:中原尚哉・他/早川書房,2018年2月/原書:"Invisible Planets: Contemporary Chinese Science Fiction in Translation" Translated and edited by Ken Liu, 2016)
     表題作の英訳版のみ読んだことがあった。あと劉慈欣「円」のもとになった長編『三体』英訳と。日本語だと固有名詞に漢字が使えるので分かりやすくていいですね。英語からの転訳ということだったので、どうなんだろと思っていたけど、中国当局の検閲対策で入れなかった記述を、英訳版で補って作者が本来意図したかたちにした作品もあると知って、考えを改めた。
     7人の作家による13の短編と、収録作家3名によるエッセイ、自らも評価の高いSF作家である編者の序文が入った、バラエティ豊かな構成。どれもアプローチの角度がさまざまで、これまであまり紹介されてなかっただけで中国でのSF文化がいま、すごく楽しいことになっているのだということが垣間見える感じ。英語版のほうの表題作だった郝景芳「見えない惑星」がすごく好みです。子供視点で遠隔操作ロボットがいる生活を描いた夏笳「童童の夏」も印象的。夏笳の3作品はどれもたいへん面白く感じたので、もっと読みたいなー。「円」は、ああ、この回路を作るとこを切り取って短編にしたのか、と。長編のほうを読んだときも(計算対象や登場人物や帰結が違うけど)インパクトが強かった部分でした。


  • 若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』(河出書房新社,2017年11月
     あらすじ紹介文を読んだときにはまったく想像もしなかった面白さで、どきどきした。独り暮らしの74歳女性の日々の生活描写と人生振り返り、そしてモノローグが、こんなにも苛烈で饒舌で繊細かつ豪快で、たたみかけてくるような迫力がありつつユーモアと終末を見据えた静かで力強い明るさにも彩られているなんて。しかし作中で多用されている東北弁のリズム感が肝要な気がして、脳内で一文、一文、音読しながら読み進めざるを得ないのだけれど、その東北弁を関西出身者の私は本当は正しく脳内再生できてないはずなので、そこは悔しい。第158回(2017年下半期)芥川賞受賞作。

  • 三浦しをん『広辞苑をつくるひと』(岩波書店,2018年1月〈非売品〉)
     先に白状しておきますが、非売品で、借り物です。『広辞苑 第七版』紙バージョン(上記タイトルからのリンク先はこれにしました)の予約特典だったそうです。こんなの付いてたんだ! 辞書作りに携わる人々を描いた小説もヒットした三浦さんが、『広辞苑 第七版』が完成するまでの語釈の見直し、製函、製本など5つのジャンルの現場を取材。前々からこの著者の「お仕事の裏側レポート」的なノンフィクション作品が、私はとても好きなのです。軽やかな文体と、インタビュー相手への敬意が両立していて。今回も広辞苑の裏側にそれぞれの専門分野でトップクラスのプロ意識を発揮する個人の存在が感じられてとても面白かったです。国語辞典としての内容だけでなく、めちゃくちゃ分厚く重く長持ちして隅々まで作りこまれた本という「モノ」としてのすごみも分かってきた(とはいえ、実際に使うことを考えるとやっぱり自分は電子版がいいなあとも思ってしまうのですが……申し訳ない)。

  • 中島京子『樽とタタン』(新潮社,2018年2月)
     子供の頃、学童保育代わりに毎日通っていた喫茶店で、指定席の「樽」から見た、常連だったりそうでなかったりする大人たち。ちょっと不思議で不可解なやりとりも、幼い心に刻み込まれた遠い記憶の回想という衣をまとえば、本当のことなのかそうでないのかの境界もあいまいに。あえて明快な種明かしをしないのが心憎い。大人たちと、主人公のあいだの、暑苦しく干渉するわけではなく、しかし見守ってはいる距離感もなんかよい。

  • コリン・ジョイス『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(訳:鍛原多恵子/NHK出版新書,2018年1月)
     もとはNHK「ラジオ英会話」テキストに掲載されていたコラム。かつて日本に長く住んでいた英国人の著者が2つの国をフラットに評価し率直かつ気楽に愛を込めて、先入観やイメージで捉えていると見逃すようなことをちょこちょことコメント。日本在住時に、日本で暮らす上で不満な点などに言及すると、日本を嫌っていると短絡的に誤解されることがあったという話には、同じ日本人ながらひどいなと申し訳ない思いがしました。日本人だって日本での生活のなかで愚痴くらい言うよねえ。
     本書で紹介されている1974年の子供向けテレビ番組『Bagpuss』、初めて知ったけど、YouTubeで観られるとあとがきに書いてあったので探してみたら、すっごい可愛かった。こんな手間隙かかりそうなストップモーションアニメーションを毎週放送してたんか。


  • 井上純一『中国嫁日記』第7巻(KADOKAWA,2018年3月)
     書き下ろしとウェブ掲載分の時期がすごいずれてて戸惑う(笑)。月さんのご家族との交流、故郷への訪問、その故郷での子供時代の思い出話などの比重が大きくて、月さんのバックグラウンドがよく分かって興味深い。ここからジンサンと出会うのって、奇跡的よね。

  • あしべゆうほ『クリスタル☆ドラゴン』第28巻(秋田書店,2018年3月)
     もう本当にどっかできちんと時間を取って、全巻まとめ再読しないと。話についていけてなくていろいろ読み損なってる自信がある。しかしグリフィスの苦労人っぷりが不憫。この人、どんどんヤバい感じになってってる故郷に戻ってやっていけるの?

  • 獸木野生『PALM 40 Task V』(新書館,2018年3月)
     これまでの大前提だったジェームスとアンディの超自然的な関係性が方向転換しているとはっきりしたことに衝撃があった。今後これがどういう意味を持ってくるのか……。物語の舞台はいまよりだいぶ前の時代なんだけど、ジェームスが目指す世界はむしろいまの視点で見て現代的な課題であり未来志向でもあり、しかし実はこの時代からすでに、問題はたぶん見る人が見れば社会に表出していたのだなというようなことも考える。「アリス」の存在とかは、SF的でもあるよね。改めて、すごく不思議な感覚がもたらされる作品であると思う。

  • 益田ミリ『今日の人生』(ミシマ社,2017年4月)
     ともすれば見過ごしてしまいがちな日常のちょっとした気持ちの動きの記録、という意味では、ツイッターの140字みたいなものに近いかも(まあツイッターの使われ方も人によってさまざまですけれど)。そういったものをすくいあげて、共感が得られるように表現していくにも技術がいるよねってことを考える。あと、著者ご本人にとってはすごく大事な人であるはずの「彼氏」さんまでもが棒人間として描かれているのが、勝手な投影かもしれないけど照れを感じて微笑ましかった。序盤と終盤のお父さんネタの対比にちょっとしんみり。
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2018年3月に読んだものメモ
ときおり改めておことわりしておかなきゃと思いますが、出版年月は奥付に記載されているのを書き写しています。実際の発売日とはずれていることがあります。今月ので言うと、『STOP劉備くん!! リターンズ!』は実際に書店に並んだのは2月20日だったはず。

今月は、買ったはいいけど読まずに積んでる漫画本をがんがん消化しようと思っていたのですが、最終的には漫画も活字メインの本もあまり読まない月として終了しました。いつのまにか漫画すら積むようになってしまった自分にがっくりだよ。


  • ソフィア・サマター『図書館島』(訳:市田泉/東京創元社,2017年11月/原書:Sofia Sumatar "A Stranger in Olondria" 2013年)
     書物と物語と、物語を文字で残していく行為への強い憧憬が心を刺してくるハイ・ファンタジー。作り込まれた言語体系、緻密な視覚的描写、次々と背景のなかに浮上してきてちらちらと片鱗を見せる別の物語の存在を前提とした語り口が、世界の奥行きを感じさせる。

  • いとうせいこう『小説禁止令に賛同する』(集英社,2018年2月)
     2036年、小説が禁止された敗戦国の獄中で、検閲を受けながら書かれた「随筆」(という体裁の小説)。この作中世界からは、私たちが生きている「いま、ここ」が「戦前」という位置づけになるため、かなりの毒と、薄ら寒さ、焦燥を感じざるをえない構造になっている。いろんな趣向が凝らされさまざまなレイヤーでの解釈が可能な多重的作品。小説という形式の否定を主張しながら綴られていく文中から、小説への思い入れや可能性への模索が伝わってくる。


  • 白井恵理子『STOP劉備くん!! リターンズ!』第1巻(潮出版社,2018年3月)
     約7年ぶりのシリーズ新刊。出版社を変えて(あ、昔のとこに戻ったんだっけ?)ウェブ連載が始まってからだいぶ経っているのですが、そのときどきの時事ネタをちょこちょこ絡めていく芸風なので、話題になってた事柄の記憶がおぼろげになっててオチの意味理解がちょっと遅れたギャグもあったり。なんでここまで本にまとめず寝かせちゃったんだろ(笑)。しかしそれはそれで、そういえばそんなのあったなあ、と懐かしくもあったりはしました。懐かしいと言えばもちろん、もうとにかく久々に読んで記憶どおりのブレない白井三国志の彼らで嬉しかった。人間離れしたお馬鹿さんなせいで決して死なない(死んでも生きてる)馬超、イメージトレーニングが裏目に出て泣きつつも無双な姜維、ついにドローンや3Dプリンターまで使いこなしはじめた雑兵A、みんなみんな可愛い。〔初出『Webコミックトム』2014年9月〜2015年6月〕

  • 竹田昼『ヒャッケンマワリ』(白泉社,2017年9月)
     内田百里遼椶鮹寧に読み込み、さらにはその生涯や周囲の人たちとの交流について思いを馳せつつテーマ別に語ってくれるコミックエッセイ。端正でどこかユーモラスな絵柄が内容にすごく合ってる。律儀にさまざまな資料に当たっていることが明白な一方、百里随筆中で「猫の死骸」のようだと描写した鞄が言葉どおりネコ型に描かれていたりと、ときにマンガ的な表現も盛り込まれていて楽しい。絵と文章からの情報量がとても多くて、少しずつ味わいながらゆっくりページをめくっていると、百寮萓犬虜酩覆魄柄阿茲蠅舛磴鵑汎匹鵑任澆燭なってきた。〔初出『楽園』第1号(2009年10月)〜24号(2017年6月)〕

  • 井上純一『中国工場の琴音ちゃん』第2巻(講談社,2018年2月)
     連載はチェックしてなかったので、最初のほうで東莞が注目を浴びてた時期だと分かるネタが出てきて、ああ、これが今頃やっと単行本に入るってことは、ずいぶんまとまるのに時間がかかったんだな、と。この巻では、社長の中さんのモデルになった実在のかたのコメントが各ページに入っており、漫画キャラとしてはとっても可愛い琴音ちゃんのドジっ子ぶりに本気で困っておられたようすも伝わってきたりして、読後感が分裂した感じになって正直なところちょっと戸惑いました。フィギュア製造は知らない世界なんだけど、塗料の配合の話とか、版権元とのやりとりの話とか面白かったです。中国の情勢がどんどん変わっていって、現地で工場を経営していく側としての対応なども変えていかざるをえない激動の時期が反映されている巻。身もフタもないようなオチには、現場のリアリティを感じる。

  • いなだ詩穂『悪夢の棲む家 ゴーストハント』第1巻(原作:小野不由美/講談社,2013年6月)
  • いなだ詩穂『悪夢の棲む家 ゴーストハント』第2巻(原作:小野不由美/講談社,2014年4月)
  • いなだ詩穂『悪夢の棲む家 ゴーストハント』第3巻(原作:小野不由美/講談社,2016年10月)
     前の「悪霊」シリーズのコミカライズとしての『ゴーストハント』はとても好きで全巻読んでいたのに、続編のこっちも漫画化されてたってずっと知らなかったのです。相変わらず情報量の多い原作を、ちゃんと分かりやすくそして恐く描いてて素敵。広田さんこんな感じかー。レギュラーキャラたちにも、久々に会えた! という嬉しさがあった。3巻目のカバーイラストの、ナルとジーンが並んでるの、なんかしみじみします。もう原作の続きが書かれることはないんだろうけど、当初はどう決着をつけるおつもりだったんだろうなあ。ジーンはあのまま放置でよいはずないから、続きの構想はあっただろうとは思うのですが。
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2018年2月に読んだものメモ
今月はオリンピックがあったのでけっこうテレビ観戦に時間を取られていました。まあ、ほぼフィギュアスケートのみなんですけど。そういえばこのわたくしがスポーツ観戦をするなど、数年前には考えられないことでした。世の中、なにが起こるか分からん。


  • 竹宮惠子『少年の名はジルベール』(小学館,2016年2月)
     去年の暮れに『風と木の詩』を読んだ際、よくもまあこんなとんがった作品が1970年代に発表できていたものだなあと思ってて、そうしたら竹宮先生がご自分の若い頃のことを書いた本が出ていると知ったので手に取ってみました。
     少年向け漫画で許されることが少女向けでは許されなかったというような黎明期に、竹宮先生をはじめとする大御所のひとたちが新しい表現を求めて戦ってくださったからこそ、いまの豊かな女性向け漫画の文化があるのだな、みたいなことを考えました。あと、いわゆる「24年組」の話でよくお名前が出てくる増山法恵さんのことをよく存じ上げずにいたので(ボーイソプラノのCDのライナーノーツによく文章を寄せてらした人、みたいな認識だった)、そんなにも竹宮先生に対して強烈な影響力を持ったかただったのか、とか。
     その一方で、この本では非常に率直に、竹宮先生が萩尾望都先生というタイプの違う才能のかたまりに出会って、さらには一時期同居までして、埋められない溝を感じさまざまに葛藤し苦しんでいたことが吐露されており、これ萩尾先生サイドから見るとどうなんだろうと思ったりもしました。萩尾先生は萩尾先生で、過去に読んだエッセイ集などを思い返すと、ご両親が漫画家という職業を理解してくれないことなど、同じ時期に人間的な苦悩があったはずなんだけど、とにかく竹宮先生視点で見た当時の萩尾先生の人物像が、なんだかものすごく浮世離れしていて。


  • 新保信長『字が汚い!』(文藝春秋,2017年4月)
     自分が書く文字に自信が持てない著者が、同じく字が汚い人や、逆に達筆の人、書道家やペン字教室の先生などに取材しつつ自分でもトレーニングをしてみたりして、手書き文字についての考察を深めていく。いわゆる完成された美文字とは違うけど味のあるいい感じの字、なんてのもたしかにあるなあ。私も決して自慢できるような文字は書けていないので、いろいろ身につまされながら読んだ。しかし草書でなく楷書が世の中の主流になった時点で、美文字というのは必然的に「丁寧に書いたもの」とイコールで、読み手に対してあなたのためにこれだけの時間をかけましたという表明になる……というのは、思いも寄らぬ視点であった。まあ私も、お手紙を書く際には意識してこれまでより丁寧に書いてみようという気になりました。あと、筆跡診断の先生が、文字だけを判断材料に書いた人の性格などを当てていくくだり、すごく面白かった。私も診断してみてほしい(笑)。右下がりの文字を書く人は「わりと斜に構えた批評家タイプ」とか説明されていて、えええ……ってなりました(私の字、微妙に右下がり気味なので)。

  • 『中国が愛を知ったころ 張愛玲短編選』(訳:濱田麻矢/岩波書店,2017年10月)
     1920年に上海で生まれ1995年に米国で亡くなった中華圏の有名作家の短編3つ。最初に入っている1943年の「沈香屑 第一炉香(原題《第一爐香》1943年)」はデビュー作。退廃的な生活を送る裕福な伯母の屋敷に引き取られた少女の視点での、きらびやかな世界の微細な描写の鮮やかさに溜息がもれ、報われない愛情や当時の女性としての人生における閉塞感の生々しさが胸を打つ。
     あとの2編「中国が愛を知ったころ(《五四遺事 羅文濤三美團圓》1957年)」「同級生(《同學少年都不賤》2004年〔1973〜78年頃に執筆〕)」は、巻末の訳者あとがきを読めば著者本人の人生が大きく反映されているのだろうと分かるけど、筆致がとても客観的だったり分析的だったり。
     張愛玲という作家は、名前はちょくちょく目に入っていても、いままでどういう人だったのか知らなかったので、あとがきで具体的な経歴を読んで、ご本人も激動の時代にあってこんなにも強い意思を持って人生を切り開こうとした人だったのかと驚嘆。


  • 妹尾ゆふ子『翼の帰る処 番外編 ―君に捧ぐ、花の冠―』(幻冬舎,2018年1月)
     一貫してヤエト視点で進んでいた本編と違って、すべてほかのキャラ視点の作品集。最初の短い3作は、以前ウェブでも読んでいたもの。第二皇子と伝達官のやりとりを描いた「剣の誓い」が公開当時からとても好きでした。
     表題作、本編ではさほどクローズアップされていなかったタナーギンが抱える秘密を中心に展開する、まさかのせつないお話。ヤエトのログアウト中も現世は現世で、複雑な事情と心情の絡まりあいやぶつかりあいがあり、それが本筋にきちんと噛みあって収まっているのが、物語の悲哀や皮肉とは別のところで気持ちいい。
     あと、こんな凝った口絵(電子書籍では再現無理な仕掛けあり)初めて見ました。巻末の登場人物紹介もボリュームがあってキャラ愛にあふれていて。しかしこれで本当の本当に最後だからこその大盤振る舞いなのかしら、と思うと読み終えてしまってちょっと寂しい感じも。


  • 植本一子『降伏の記録』(河出書房新社,2017年10月)
     日々のことを淡々と赤裸々に綴った3冊目。前作で病気が発覚したご夫君「石田さん」(ミュージシャンのECDさん)はさらにじわじわと弱っていき、それを見ている著者もどんどん精神を削られていきながらも、仕事やお子さんや周囲の人たちとの交流で浮上し、また沈み、こじれているお母さんとの関係にも苦しみつづけ……といった毎日が、やはり暴力的なほど率直に、しかし切実さの伝わる鋭利な美しい文章で綴られている。ご夫婦ともに、凡人には計り知れない感性と倫理で生きていてそこに傷つく人もいるだろうけど、もうそこは仕方ないんじゃないかな、だって、同じとこにどうしようもなく惹きつけられる人もきっと多い。読む前から、石田さんが先月お亡くなりになったことを知ってしまっているので、本書で告白されているすれ違いについて植本さんは折り合いをつけることができたんだろうか、あるいはこの件について最終的に石田さんと通じ合えたと思える時間はあっただろうか……とか、ついつい考えてしまうけど、そんなこと読者が詮索する権利はないんだ。ただ、もしも、もしも植本さんが書きたくなったら書いてくださればいいし出たらたぶん読みます、とは思う。

  • 田辺青蛙『人魚の石』(徳間書店,2017年11月)
     アメリカ旅行記とか、円城塔さんとご夫婦で共著の読書エッセイとかは楽しく読んでいたのに、そういえば本業の小説作品を拝読したことなかった! と思って。
     田舎の山寺の住職だった祖父のあとを継ぐと決めて子供時代の一時期を過ごした古いお寺にやってきた主人公が、得体の知れぬ生き物と遭遇してからの日々を描いた連作短編集。どこか気が抜けるようなかわいらしさもある言動をする人魚「うお太郎」のキャラクターや、最初のほうのお話のそれなりにほのぼのとした読後感に、「あれ? ホラー作家さんじゃなかったっけ?」と少々意外に感じつつ読み進めると、だんだんじわじわと主人公視点での認識が塗り替えられる部分があって、ふと足元が不安になるようなぞわっとする空気も。主人公だけが見出すことができるさまざまな「石」の存在が奇妙で面白い。
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