Cixin Liu "The Wandering Earth: Classic Science Fiction Collection by Liu Cixin"

(訳:Holger Nahm/編:Verbena C. W./Beijing Guomi Digital Technology Co. Ltd., 2013年/Beijing Qingse Media Co., Ltd.,2013年)

ほかの本の合間合間に、だいぶ長いことかけてちまちまと読んでいた劉慈欣(刘慈欣)の短篇集、ついに最後のお話までたどり着いてしまったので、珍しく各作品について取っていたメモを公開しときます(1編終わるたびに読むのを中断していたので、原題なども含めて覚書を残さないと、どれがどの話だったか忘れそうだったのです)。


  • The Wandering Earth《流浪地球》(2000年)
     かつて『S-Fマガジン』(早川書房)2008年9月号に掲載されたらしい日本語訳のほうは未読です。
     えーと、20世紀にはエコロジー的な視点から「宇宙船地球号」っていう概念が提唱されたりしましたけど(笑)。とにかく大胆な力技的ネタ。果てしない旅を続ける地球に生きる主人公の目に映るさまざまな風景の描写がダイナミックでスケールの大きさを感じさせる一方で、主人公の人生は子供時代から年老いるまで、いくつもの事件を経ながらも流れるように淡々と続き、どこか哀愁のある読後感。
     2019年に中国で春節に公開され大ヒットしたという映画版も観ましたが、そちらは基本設定を除けばまったく違うお話になっていました。正直、原作小説にあった「200年ぶりに開催されるオリンピック」とか、ちょっと映像で見てみたかったです。主人公は凍りついた太平洋を上海からニューヨークまで電動そりで横断する競技に出場するんだ……。


  • Mountain《山》(2006年)
     ファーストコンタクト前に、あらかじめ地球の主要言語各種のデータを解析して意思の疎通可能になっておくうえに、自分たちとはまったく違う地球人のいろんな概念や、科学進歩の歴史、度量衡、比喩に使える重要人物名まで把握して円滑な対話ができるようになってるエイリアン、どんだけ有能!? とツッコミを入れざるを得ない。
     そこに山があれば、たとえ仲間の命を失った過去があってさえもただ登りたいという衝動を抑えられない元登山家と、法で規制されても多大なる犠牲を払っても、どこまでも真理と知識を求めて分厚い分厚い壁を乗り越え宇宙に飛び出したエイリアンたちが、いつしかダブってくる構成、最後に「高みへの希求」だけが残る読後感はけっこう好き。


  • Of Ants and Dinosaurs《白垩纪往事》(2003年)
     蟻と恐竜が相互補完をベースに高度な文明社会を築き上げた大昔の地球。しかし蟻と恐竜間の対立、2国に分かれた恐竜たち同士での対立が、やがて地球全体を揺るがす、とんでもない事態につながり……。とにかく「蟻と恐竜」によって構成される社会とテクノロジーのディテールが楽しかったです。

  • Sun of China《中国太阳》(2001年)
     僻地の農村で生まれ、ろくに教育も受けられなかった少年が、食い扶持を稼ぐため単身で町に出て、そこからさらに大都会へとステップアップしていき、中国の気候コントロールをおこなう壮大なプロジェクトに関与することになり、ついには宇宙へ。知らないことを知りたい、より遠い場所を見たい、俯瞰できる世界を広げたいというシンプルな情熱を肯定している点では、同じ短編集に収録の "Mountain(《山》)" とも通ずるところがあるかも。ちなみに、スティーヴン・ホーキング博士が実名で登場。100歳を超えてなお頭脳明晰でいらっしゃいます(現実世界では2018年に76歳でお亡くなりになりましたが、本作が執筆された頃にはまだまだご活躍中でしたね)。

  • The Wages of Humanity《赡养人类》(2005年)
     この4つあとに収録されている、同じ年に発表された "Taking Care of Gods(《赡养上帝》)" と世界観が共通するお話。タイトルも対になっている。たぶん《赡养上帝》を先に読んだほうが状況がよく分かると思うんですが(日本で発売されたアンソロジーに邦訳があったので私は既読でした)、この短篇集においてなぜこの順番なのか。
     最初のうちは、よそから来た宇宙船が上空に常駐していることを除けばあまりSF要素のないまま(いや、これだけでじゅうぶんSF要素かもしれないんだけど、とにかく主人公が生活していく上でこの宇宙船をほとんど気にしてない)、中国の裏社会に生きる一人の男がプロフェッショナルな殺し屋として少々イレギュラーな仕事を受けることになるまでの経緯が生い立ちから語られるが、やがてそのイレギュラーな仕事の目的が宇宙船の存在と大きく関わっていることが判明する。富める者と貧しい者それぞれの占める割合が極端にアンバランスになった別世界のくだりは、極端さが突き抜けた思考実験になっていて、まるで寓話のよう。


  • Curse 5.0《太原诅咒》(別タイトル《太原之恋》)(2009年)
     恋愛関係のもつれによる恨みつらみを原動力に、とある匿名の女性がこつこつと書き上げたコンピュータウイルスのコード。当初は相手の男への特定的な嫌がらせ以外の悪さをするものではなく、社会にインパクトを与えることもなかったそれが、のちのちほかの者たちによって改変され、感染範囲を広げていく。
     なんと劉慈欣本人が、同じく実在する中国のSF作家、潘海天とともに作中にキャラクターとしてしれっと登場。自信満々で書き上げたハードSF超大作『三千体』(←だよな? 原文は見てないけど英訳で "Three Thousand Bodies")が15部しか売れず、一切合切を手放して路上生活者になっていますが、ネットから隔絶された暮らしをしていたことで……といった役どころ。先生なにやってるんですか(笑)。


  • The Micro Age《微纪元》(1998年)
     急激な環境変化による絶滅の危機にさらされた人類が選んだ道。膨大な年月をかけ入植可能な惑星を求めて太陽系の外をさまよったあげく、たった一人の生き残りとなって、青い色を失い岩と氷に覆われたモノクロの地球に戻った宇宙飛行士が見たものは……。
     宝樹の『三体X』(劉慈欣の公認を受け商業出版された「三体」シリーズの2次創作小説)のとあるネタは、これへのオマージュだったのでは? みたいなことも、ちらっと思ったり。ぜんぜん違うかもだけど。


  • Devourer《吞食者》(2002年)
     ここまでの8つの短編を読んで「あー、なるほどいろんな作品に共通して繰り返し出てくるモチーフがあるんだねえ」と見えてくるものがある。"The Micro Age(《微纪元》)" の読了後に、宝樹のファンフィクションのとある要素はあれへのオマージュではと書いたのですが、むしろ劉慈欣作品にありがちなネタとして出したという感じですね。
     エリダヌス座ε星系から太陽系への「吞食者がやってくる」という警告が届き、地球で検討が始まったが、そのときにはもう遅かった。交渉の努力も虚しく地球は呑み込まれ、人類はエイリアンたちによって家畜化されるかと思われたが――。
     翌年に発表されている "Of Ants and Dinosaurs(《白垩纪往事》)" は、ここで出てきたモチーフをふくらませたものだったのかな、なんて思ったり。手に汗にぎる星間戦争から、急転直下で皮肉な決着、そして地球の新たな未来に思いを馳せることになる終幕。


  • Taking Care of Gods《赡养上帝》(2005年)
     邦訳は、日本で出ている中華SFアンソロジー『折りたたみ北京』(早川書房,2018年/文庫版2019年)所収の「神様の介護係」。
     やっぱりこれ、この短篇集における掲載順がよくないと思うんですよ。このお話の終盤で明らかになる「意外な事実」が、本書前半に入っている同年の作品 "The Wages of Humanity(《赡养人类》)" では最初から大前提になっているので。執筆された順番はどうだったんだろう。たぶんこっちが先だったんじゃないかと思うんですけど。とはいえ、独立した短編として公開されている以上、当時もすべての人が両方を読んだとはかぎらないわけなので、別にいいのかなー。うーん。20億人の、すっかりしおしおになった「神」が、創造主の権利として晩年の面倒を見てもらうために地球に押し寄せてくるっていう、とてつもない規模の老人介護。


  • With Her Eyes《带上她的眼睛》(1999年,2004年)
     旅行などの際、特定の一人に視覚や聴覚をリアルタイムに伝達するデバイス「眼」を携帯し、限られた空間でお仕事している宇宙飛行士たちに対して、自分も地上のさまざまな場所に行ったような気になれるバーチャルな体験を提供する任意活動が推奨されてる時代。
     きつい仕事の息抜きに休暇を取った主人公の女性は、若い女性パイロットの感覚とつながった「眼」を受け取り、ふたりで相談の上、数世代にわたっておこなわれた環境改善が功を奏していまや緑豊かな草原地帯となったタクラマカンへと旅立つ。しかし「眼」の向こう側にいる彼女は、ストレス解消のためのちょっとした娯楽の範疇を超えた、異様な熱意と悲壮感で、実際に旅をしている主人公にあれこれめんどくさい指示をしてくるので……。
     我儘でセンチメンタルな女性として描かれていたパイロットの印象が、後半で一転する。彼女の悲壮感の理由、知らずにいた主人公の衝撃、それらすべてを呑み込む未来への使命感。


  • The Longest Fall《地球大炮》(1998年)
     病魔に侵されるも、治療方法が確立されているであろう未来に望みを託し、妻子を残してひとり冷凍睡眠に入ったシェン博士。数十年後に覚醒させられたとき、記憶のなかでは幼かった息子はすでに亡くなり、さらには人々の怨嗟の対象となっていた。息子の人生を方向づけたという理由で、博士にも世間から憎しみが向けられる。
     これまた、とんでもなくスケールの大きいお話(原題を見よ!)。そして、ひとつの大事業の評価を万里の長城などと引き比べて超ロングスパンで捉える感覚が、中国だなあって思いました。ここまでに収録されていた別作品と同じ世界観だということが途中で判明します。あの彼女は、そういうことだったの……。



私が読んだやつのほか、同じタイトルで2016年にHead of Zeusからも短篇集が出ていて、収録作もほぼ重なっているようです。翻訳者にはあのケン・リュウをはじめとして複数の人が名を連ねているので、たぶん(本書と同じ人が訳しているものを除いて)別バージョンの英訳でしょう(サンプルをダウンロードして目次を見たら、タイトルの訳し方が微妙に違うものが散見されました)。そして価格は現時点ではHead of Zeus版のほうが安いです……。

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    2019年12月に読んだものメモ

    今月は、途中まで読んで「なんか気分じゃない」とやめてしまった本が複数冊あったり、短編集に入っているお話を休み休み1つずつ読んでいたけどまだ最後までは到達してなかったりしてて、ずっとなんか読んでた記憶があるわりには、「読了」した本としてカウントできるものは少ないです。

    本年も、見に来てくださっていたかたがた、ありがとうございました。来年の抱負としては、えーと、とりあえずこのブログのデザインを手直ししたい……。

    ずーっと何年も何年も同じテンプレートを使っていますが、最近の一般的な環境では見づらいのでは? と思っています。そう思いつつ、気がつけばもう年末になっていました。うん、2020年には、なんとかしたい。



    • ディアドラ・サリヴァン『目覚めの森の美女 森と水の14の物語』(訳:田中亜希子/東京創元社,2019年10月/原書:Deirdre Sullivan "Tangleweed and Brine" 2018)
       童話をベースにした再話集。固有名詞を出さない「あなた」や「わたし」を主語に、もとの物語にひねりを加えたり視点を転換させたりしながら、熱くどろりとした感情を引き出すダークな味付けがなされている。間接的な表現によって深読みを可能にしながら、女性たちが現実の歴史のなかで連綿と抱いてきた怒りや悲しみ、それらに立ち向かう姿を浮き出させていく。

    • スティーヴンスン『宝島』(訳:村上博基/光文社電子書店,2012年2月/底本:光文社古典新訳文庫,2008年2月/原書:Robert Louis Stevenson "Treasure Island" 1883年)
       実は読んだことなかったんですよ。児童書として出版されたものでさえ。そして内容も知らなかった。とにかく "Yo-ho-ho, and a bottle of rum!" って歌うんだよね? くらいの知識しかなかった。あとは、悪役が海賊なんだよね、とか漠然と。そんで宝島というくらいだから、島に宝があるんだろ、と。まあ、そこは合ってた。船に乗って遠くの島へ宝探しに行くお話だった。主人公が大人ではなく少年っていうのは今回初めて知った。
       いちばん予想と違ったのは、悪役のキャラクターかな。こんなにも有名な古典作品のラスボスなら、きっとなんかすごい悪の権化、独特の美学を持つ超人的サイコパスって感じなんじゃないかというようなイメージを勝手に抱いていた。ちょっと違ったね。ジョン・シルヴァーは、思ったよりこすっからい二枚舌、「小物界の大物」みたいなやつでしたね。残忍ではあるけど、血が通っている感じでとても人間味がある。彼に関する最終的な帰結にも意表をつかれた。そうか、古い作品だからって、問答無用で勧善懲悪ってわけではないんだな。
       巻末の訳者あとがきが面白かったです。特に、辞書では「指ぬき」という訳語になってる thimble の形状が分からないため文意が取れない箇所があり苦労した話がけっこうな行数をとって綴られてて。
       私自身は小さい頃から母親が西洋式の指ぬきを使ってお裁縫しているのを実際に見ていますが、いまどきは日本でも手芸店に行けば「シンブル」と片仮名表記で売られてるし、手芸とは無縁でも子供時代に小人さんがあれでお水を飲むシーンがある児童文学の挿絵なんかも見たことあったので、そんな悩むこととは思ってなかったんですよね。お裁縫もせず小人さんが出てくる絵本も読んだことなければ、欧米文化に詳しいはずのプロの翻訳家のかたにとっても馴染みのない知識なんだなあ、と新鮮な思いでした。結局、本書では thimble の訳が「裁縫用の指キャップ」となっています。おお、分かりやすい! たしかに、同じ用途に使う道具ではあっても、日本の指ぬきと違って、thimble は形状的に「ぬいて」ないので、厳密には「指ぬき」じゃないよなあ。


    • 白川紺子『後宮の烏 3』(集英社オレンジ文庫,2019年8月)
       主役ふたりの周囲に、成りゆきで集まり情で留まっているかに思える人々のあいだにも、埋もれていた意外なつながりが見え隠れしはじめ、不穏な予感。宿命として与えられたものに抗おうとする若いふたりの今後を思う。相変わらず、鮮明に描写される服飾や折に触れて出てくる甘味、季節の空気や花々への言及に伴う漢字の選び方が美しくて、読んでいて気持ちがいい。新刊出てるんだよなーと思いつつ気がつけば数か月間、手に取りそびれてしまっていたので、来年になる前に読めてよかった。


    • よしながふみ『きのう何食べた?』第16巻(講談社,2019年12月)
       ケンジのお母さんお姉さんたちや佳代子さんち夫妻など、ふたり一緒の「家族ぐるみのつきあい」が広がってくねえ。日々の炊事に関してはシロさんの貢献のほうが大きいカップルではあるんだけど、その料理担当者へのケンジの対応力が同居人としてすばらしいなって思いました。そしてシロさんもついにお仕事上の立場が。
       佳代子さんと出会って12年ってところで、シロさんと一緒にびっくりしました。そんだけの期間、ただただ伝聞でだけケンちゃんの話を聞いてたら、そりゃ佳代子さんも、いよいよ会うことになってテンション上がるわ。
       ズッキーニの天ぷらは、そういえば20年前に読んだ本にも出てきて、真似してみたいなあと思っていたんでした。忘れてた。夏野菜の時期になったら作ろう(また忘れるのでは?)。
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      2019年11月に読んだものメモ

      • ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー The Real British Secondary School Days』(新潮社,2019年6月)
         アイルランド人と結婚してイングランドで暮らす日本人の著者が、地元の公立中学に通う息子さんのスクールライフを観察して綴ったエッセイ。とても面白く、ちょっと胸が痛く、でも前向きでさわやか。
         胸が痛いのは、この子がとても細やかで豊かな感受性と、まっすぐにものごとを見通す洞察力を持った少年で、それはもちろん、もともとの資質とかご両親の育て方のよさがベースにあるんだろうけど、同時に、もしや10代前半にして、この子は「聡明でなければ生きていけない」人生を送っているのでは……みたいなことも思ってしまうからかな。
         また、著者の力量あってこそだけど、さまざまな状況に置かれた生徒たちが通ってくる学校生活を描写するだけで、こんなにも英国の「現在」が浮き彫りになってしまうのだな、というのも感慨深い。この本に出てくる子たち、そしてすべての子たちの未来が明るいものでありますように。
         互いの靴を履いてみること、シンパシーよりもエンパシー。思わず湧いてくる共感ではなく、もっと能動的な、他者への想像力。そういったものを培っていこうという意志があるならば、きっと彼らが大人になる頃には、いまよりもう少し世界がよいところになっているはず、という希望を垣間見た。


      • 益田ミリ『かわいい見聞録』(集英社,2019年7月)
         日々の生活のなかにある、ちょっとしたささやかな「かわいい」ものたちを、ひとつひとつ取り上げ、改めて詳しく調べたり考察したり。ともすれば見過ごしてしまいそうな「かわいい」さえもすくいあげて気に留めている、益田さんご自身もなんだかかわいい。

      • 吉野万理子『イモムシ偏愛記』(光文社,2019年9月)
         とある下心込みで近所の大きな屋敷に住む老婦人と親しくなった中学生の少女。しかし老婦人はイモムシを捕獲してはホームステイさせちゃう大の虫好きで、お手伝いしてくれる子を求めていたのだった……。最初はいちいち悲鳴を上げたりと動揺していた主人公が、出会う虫たちについて詳しい説明を聞いたりしていくうちに、だんだんと興味を抱き、かわいさを見出していく過程が楽しい。そしてまた、家族や友人との関係、学校生活のこと、老婦人側の思惑などなど、ままならぬ展開に翻弄されつつもまっすぐに受け止め成長していくさまが愛おしい。

      • 砥上裕將『線は、僕を描く』(講談社,2019年7月)
         両親を亡くして虚無の日々を送っていた大学生男子が、たまたま出会った水墨画の大家に半ば強引に弟子入りさせられることになり、しかし大家が見抜いたとおりに資質を発揮し、寝食を忘れるほどにのめり込み、やがて周囲の人々との関わり、そして自然とのつながりを意識するようになって、身のうちに抱えた空洞が満たされ、目指すべき方向を見出すことができる。そのプロセスが、水墨画を描くという行為を通じて、効果的なドラマとして、繰り広げられている。なにより、水墨画の描写、それを描くときの感覚の描写が、秀逸。文字しかないのに、主人公の目の前にあるそれぞれの作品がどういう水墨画なのかが、もともとの知識皆無で読んでても鮮明にイメージできてる気がしてしまう。著者はご自身も水墨画家だそうですが、門外漢の人間をも強烈に引き込むような言語化ができるのすごい、と感嘆しました。

      • 遠田潤子『廃墟の白墨』(光文社,2019年9月)
         病床の父のところに届いた謎の手紙の指示に従い訪れた古いビルで、待ち受けていた男たちの話に耳を傾けるうちに、父の過去そして忘れ去っていた自分自身の記憶と向き合うことになる主人公。世間の「普通」から取り残され排除された人々が、現実的な生活から乖離してふわふわと暮らす一人の女性の周囲に寄り集まって生活していた自堕落な日々と、そのなかに放り込まれていた小さな子供、やがて起こる悲劇。歪んだノスタルジーと退廃と憧憬の入り混じったイメージが美しい印象を残しつつ、救いがあるのかないのか分からない物語を成立させている。


      • 荒川弘『百姓貴族』第6巻(新書館,2019年12月)
         荒川先生のご実家が乳牛部門をやめたのは、たしか当時、ローカル新聞記事のウェブ版がネットで話題になってて読んだような気がします。そのあとで去年9月の北海道の大地震が起こり、酪農家では断水や停電で牛の世話や搾乳などに支障が出て損害が大きかったが、荒川農園ではすでにやめていたので救われた部分も……というのは、あの時点では結び付けて考えていなかったので、そうかーって思いました。「牛社会のいじめ」ネタが興味深かった。同じ環境にいても、意地悪な牛が出てきちゃうくらいには、牛にもそれぞれの個性と性格があるんだなあ。お父さまの半年で4回のICUという入院話、恐ろしい。元気に退院なさってなによりです。荒川先生のご家族が病気になって、産休すら取らなかった先生がお仕事を絞っておられた時期のことにもさらっと言及があり。先生も皆さんも、いつまでもお元気でいてください。
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        2019年10月に読んだものメモ

        • 川瀬七緒『スワロウテイルの消失点 法医昆虫学捜査官』(講談社,2019年7月)
           シリーズ7作目、でいいのかな。前作で赤堀先生といいコンビだったプロファイラー広澤先生は今回裏方仕事に徹して、同じ捜査分析支援センターの技術開発担当である波多野さんが現場に同行。また岩楯刑事の相棒ポジションにつく警察官が、今回はかなり癖のある若者。この、もともとは法医昆虫学に疑念を抱いているふたりが、それを認めるようになっていく。
           このシリーズは、犯罪現場で採取された虫たちを調査することによって真実が追究されていくプロセスと同時に、この新しい捜査方法が、この作品世界のなかで徐々に支持を得ていくプロセスを描くものでもあるのだなと改めて。あと赤堀先生が、ときに常識はずれな言動をとり、目的のためには打算や駆け引きも辞さないタイプではあるんだけど、根底の倫理はちゃんとしていてマッドサイエンティスト的ではないところに安心感がある。
           本作では通常の捜査で歩き回る刑事班と、昆虫から推理を進める支援センター班の行動があまりクロスせず平行線で同じ方角へ……という感じなのがちょっと寂しい気もしたけど、これはこれで、それぞれ別のアプローチで同じ真相に近づいていく構成がスリリング。


        • 川上弘美『某』(幻冬舎,2019年9月)
           誰でもない、未分化な者としてあるときから存在しはじめた語り手が、さまざまな「人」に成り代わりながら変遷し、時代の移り変わりのなかでも存在しつづけ、挙句の果てにはだんだんとその「何者でもなさ」からさえも変容していく。途中までは伴走していた人間たちも、いつのまにか置き去りにされる。異質な者としての複数の「人生」を経て、ようやく出会った仲間としての異質な者たち同士のあいだですら、さらに生じる異質。どこか寂しいような、暖かいような、しんとした読後感。

        • 綾瀬まる『森があふれる』(河出書房新社,2019年8月)
           抑圧されてきた感情、とりわけ「怒り」が、身体のなかからの発芽そして森の形成として具現化するというのが、感覚としてすごく分かるし、ビジュアル的にも惹かれるものがある。社会的な規範やステレオタイプの刷り込みが膜のように作用して気持ちが届かないもどかしさに共感し、しかしそれでも相手を諦めきれない、愛情を手放さない意志と、双方からの歩み寄りへの希求があるところに希望を感じる。美しい。

        • 新井素子『星から来た船(上)』(出版芸術社,2019年5月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1992年)
           「星へ行く船」シリーズ番外編、麻子さん視点による前日譚。太一郎さんとレイディ(この頃はまだそうは呼ばれてないけど)のなれそめ編でもあるわけで、本編でその後のことを知っているので、いま読み返してもちょっとせつないね。
           リライト版恒例のおまけ巻末短編は、太一郎さんが地球にいたとき、養育係(?)として雇われていた女性が語り手。少年時代の太一郎さんの聡明さと不器用さ、注がれていた愛情について。


        • 新井素子『星から来た船(中)』(出版芸術社,2019年6月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1992年)
           27年を経てリライトされた新版の続き、思い込みとうっかりと偶然の一致が重なってどんどん事態が混迷を極めていく中巻。かなり内容を忘れてましたが、そうそうこんな話でした。巻末書き下ろし短編は、事件が片付いた約半年後、料理に関することがからっきし駄目な太一郎さんと所長を麻子さんが語る。こういった、仕事では有能だけど家庭内での生活能力のない男性を可愛く思って甘やかすように受け止め、誇らしそうにする女性像っていうのは、いまどきのヒロインにはあまり見られない、わりと昭和な感じがあって(この話は平成に入ってから出てるけど)、いくら綿密にいまどきの若い人にも話が通じるように未来社会の設定をリライトしても、根本的な価値観みたいなのは同じ物語世界で同じキャラなんだから継承されるし、やっぱりノスタルジーとともに読むことになるよねってしみじみしたり。
           それと、太一郎さんと真樹子さん(レイディ)のラブストーリーは、最終的に太一郎さんと結ばれるあゆみちゃんを裏切ることになるから書けないという、あとがきでのお話、とても新井さんらしいと思いました。若かりし頃のこのふたりはこのふたりで、すごく痛快なエピソード満載の最強カップルではあったはずなんですけどね、仕方ないね。


        • 新井素子『星から来た船(下)』(出版芸術社,2019年7月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1992年)
           あれよあれよとあっちもこっちも丸く収まる下巻。巻末おまけ短編は、「星へ行く船」シリーズ全体を俯瞰してのおまけ短編とも言える内容、でもやっぱりシリーズ番外編である本作のさらなる番外編としても成り立つ麻子さん視点。
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          2019年9月に読んだものメモ

          • ジョー・イデ『IQ2』(訳:熊谷千寿/ハヤカワ文庫,2019年6月/原書:Joe Ide "Righteous" 2017年)
             前作の最後で出てきた手がかりをもとに、兄が轢き逃げされた事件の真相について改めて探っていく過程と、生前の兄の恋人だった女性の依頼で、トラブルに突っ込んじゃった彼女の妹を助けに行く話が、交互に語られる。主人公アイゼイア・クィンターベイ(IQ)の人生を大きく捻じ曲げた兄の死がクローズアップされることもあり、前作よりもIQの人間的に頑なまま固まった部分、強い憎しみに突き動かされるような部分も克明に描かれる。一方、ムショ帰りのちゃらちゃらしたチンピラだった相棒のドッドソンが、堅気な伴侶を得て更生し、なかなか安定感のあるキャラクターになっていて、コンビの印象が入れ替わるかのよう。反発したり張り合ったりしながらも、ふたりの掛け合いはやっぱりテンポよくて、対等な相棒感が板についてきたところで、今後も一緒にやっていきそうな流れになって、これはもうシリーズどんどん続けていくんですね?

          • 高山羽根子『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』(集英社,2019年7月)
             主人公が子供の頃に目にしたものが、長じるにつれ再度現れ意味を持ち、うまく捉えきれず表出させられずにいた感情が、そのたびにだんだんとしっかりとした輪郭を帯びていくさまが、静かできれいで強いイメージを伴う言葉で綴られていた。※第161回(2019年上半期)芥川賞候補作のひとつでした。

          • 山崎ナオコーラ『ブスの自信の持ち方』(誠文堂新光社,2019年7月)
             タイトルの印象とは違って、別に心のコントロール法を指南するようなハウツー本ではありません。主にルッキズムへの反論に絡めて、社会の風潮に対する疑問や過去の納得いかない体験の吐露など。著者についてはデビュー時にインパクトあるペンネームだなーとびっくりした記憶はあるんだけど、当時ここに書かれているようなことがあったとはまったく知らなかった。でも、いかにもである……あの頃(いまもか?)のネットの空気なら。そういうのはつぶしていかんといかん。人の尊厳は守られる必要がある。著者が社会を変えたいっていうのは、正しい。自分が変わっても仕方ないんだよ。自分がいまの社会で攻撃されない存在に変化しても意味がない。実質的には誰にも迷惑かけてない相手を寄ってたかって攻撃するのはよくないことだという空気が形成されなくてはならない。収録されてるエッセイは、とても真面目で、ちょっと堅苦しく抹香臭いところも感じられる。でも、真面目に論じなければならないテーマでもあるんだろう。そして本書全体の感想としては「公平を期して中庸を目指すこと、意識してニュートラルであること、それ自体もまた思想的だな」ということを再確認した。

          • 植本一子『台風一過』(河出書房新社,2019年5月)
             石田さんが亡くなってからの公開日記。途中に空白期間も。植本さんは、お葬式後のほうがかえって石田さんのことを静かに深く考えているようにも思う。あんなにも魂がもつれあったような複雑な関係の人を喪うというのが、いかに大変なことであるか。そして、新しい出会いも。もともと、とても人に対する感情の動きが豊かなかたなんだろうな。だからこそ、シングルマザーとなった植本さんとそのお子さんたちを、さまざまな人たちがサポートしようとしているんだろうな。
             お嬢さんたちは、血のつながらないたくさんのクリエイター気質の大人たちに囲まれて、世間一般からすれば珍しいと言われる環境で育つことになるし、小さいうちは、お友達の多くと違う生活に葛藤することもあるかもしれないけど、これだけ周囲に慈しまれているのだから、きっと大丈夫だろうなと思える。半ば祈りも込めて思うことだけど。
             今年の4月に読んだ『フェルメール』の撮影旅行中の日記が入っていて、あのとき撮影終了後はこんな感じで街歩きしていたのか、と興味深かった。お子さんたちを預けて海外出張に出たら初めて涙を流せるようになったくだりに胸を衝かれた。


          • Baoshu "The Redemption of Time: A Three-Body Problem Novel"(訳:Ken Liu/Head of Zeus, 2019年7月/原書:宝树《三体X:观想之宙》重庆出版社,2011年)
             前書きでの経緯説明によると、日本でも今年ようやく第1部の邦訳が出て話題になってる劉慈欣『三体』シリーズが本国でついに完結してしまった2010年、まだまだこの世界に浸っていたかったファンのひとりがネットで公開し、大反響を呼んだ2次創作小説。著者のかたは現在はご自分もプロのSF作家として活躍中らしい。
             原作者が公認し、原作と同じ出版社から刊行され、原作の1部と3部の翻訳を手がけたケン・リュウが英語に訳して世界に紹介って、ファンフィクションの扱いとしては恐ろしいような最高待遇なのでは。でも著者は、ほかの『三体』ファンはこれを解釈違いだと思ったら受け入れなくていいし、本書が正式に原作の続編になったと主張するつもりはない、と謙虚な断り書きを入れています。
             最初のうちは、雲天明×艾AAかー、個人的には萌えない組み合わせなんで具体的に描写されるとしんどいんだよねー、ぶっちゃけ私は艾AA×程心(百合)推しだしー、などとカプ厨的なことを考えながら読んでましたが、天明がどんどん超人化していってびっくり。この作者さん、天明が大好きで、程心(原作第3部主人公)のことは、わりと嫌いなのでは!?
             ――と、いうようなことはさておき。ストーリー的には、原作を独自の発想で補完して、さらにその後のことを語るもの。原作内で提示された事象の見え方をがらりと変えてしまう大胆な解釈も。そしてどんどんスケールを大きくしていって、最終的にはアクロバティックでありつつも、ある意味王道的とも言える帰結に落ち着いたのではないでしょうか。あらすじをひたすら説明していくっぽい急ぎ足の筆致だなーと感じたところもあったけど、とにかく「あ、原作で語られずに終わったあそこの欠落を埋めていくのか!」という驚きと、大風呂敷の広げ具合を評価すべき作品かと。全体としてはとても楽しかったです。これを(商業出版が決まってから手直しはしただろうけど)原作の第3部が出てから1ヶ月ほどで書き上げたって、どんだけの熱量だ……と、もうそれだけで感嘆。
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