虫のいい日々

あぶはち取らずと言われても、極楽とんぼで過ごしたい。
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2017年7月に読んだものメモ
  • いとうせいこう『どんぶらこ』(河出書房新社,2017年4月)
     表題作は、ふたつのケースを交互に追った、かなりきつい感じの老人介護小説。介護される側の状態やつらさはわりと似通っているのに、介護する側のもともとの生活環境とか情報収集力とか外部との連携とかに格差があって、状況がまずいほうに流された人が、さらにどんどんまずい状況になっていくのがリアルでしんどい。
     併録の2作は、1作目のふたりの主人公のうちの片方の人の、過去にさかのぼったファミリーヒストリーのようなもの。海外生活が長くドイツ語翻訳を生業とする彼が、最初にドイツ語や英語で書いたものを日本語に翻訳しているという設定の文体は、ときおり入れ子構造がすごくて二度見・三度見しなければならなかったんだけど、その読みにくさが、望遠鏡を逆さに覗くような「記憶の向こう」的な距離感をもたらしている気もする。


  • 遠田潤子『冬雷』(東京創元社,2017年4月)
     現代的な価値観では推し量れない因習が色濃く残る海辺の町を舞台に、将来を決められがんじがらめになったまま育っていく、結ばれない定めの少年少女が、悲劇に翻弄される。著者インタビュー記事で『嵐が丘』のような物語という発注だったと読んで深く納得。和洋折衷の古い館や神社、鷹、土地に伝わる昔話などの狭間から、どろどろした人間関係がこぼれ出てくる。

  • 円城塔+田辺青蛙『読書で離婚を考えた。』(幻冬舎,2017年6月)
     ウェブ連載はときどき読んでいました。それぞれ自作のジャンルも普段の読書傾向もまったく違う小説家夫婦が、相手に読んでほしい本を交互に指定。容赦のないセレクションと互いへのツッコミ、垣間見えるおふたりの日々の生活などなどから赤裸々に浮かび上がるすれ違いに、読んでるほうもどきどきする。
     初めのうちは、「え、田辺さんって円城さんのことめちゃくちゃ好きだな! 臆面もなくダダ漏れだな! なんだかもう、『じゃれついてる』って感じ! なのに円城さんはクールだな!」って思うんだけど、だんだん「いや円城さんも普通に田辺さんのことすっごい見てるな? 相手を変えようとか思わずそのまま受け入れちゃってるがゆえのクールさなんだな?」って感想になってきた。なんにせよ、違う者同士が違う者同士のままカップルでいるようすに勇気付けられる。
     毎回の課題図書が本気で多岐にわたっており、選書の段階ですでにおもろい。あと円城さんによる、こういう軽めの文体を、私はこの企画で初めて読んだ気がする。新鮮。課題図書以外の文中で引き合いに出された本にもちゃんと注釈が入っているので助かります。


  • 宿野かほる『ルビンの壺が割れた《キャンペーン版》』(新潮社,2017年7月)
     新潮社が異例の発売前全文無料公開キャンペーン(期間限定)を張ってまでプロモーションしていた自信作、らしい(リンク先は8月発売予定の単行本)。過去に婚約関係にあった中年男女の、SNSでのメッセージのやりとり。長い年月を経て突然、過去の女に距離感を詰めた長文を送ってくるおじさんがいかにも書きそうなメッセージの雰囲気がよく出ていてとても気持ち悪い(褒め言葉)が、これに律儀に返信しつづける女性のほうもなんかちょっと……などなどと、違和感を引っ張っていって、やがてタイトルの意味も明らかに、というのは分かるのだけれど、ミステリとしては伏線のないまま出てくる真相がある(よね?)ので推理の余地がないし、普通のお話としてはさらっと表面をありがちになぞりすぎてて(気持ち悪さは巧く出てるんだけどね!←二度言いました)、本当に「タイトル回収してドヤ」だけが主眼なのでは? と、たぶん供給側の意図とは違うところでびっくりしてうまく受け止められなかった。ただ、文学青年崩れの距離感読めないおじさん文体を「あるある」と楽しめるひと、「タイトル回収してドヤ」が好きなひとにはそれだけできっとすごく面白いと感じるんだろうとは思います。

  • 前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書,2017年5月)
     失礼ながらお名前を覚えていなかったんだけど、以前たまにウェブで文章を拝見していた、あのかたかな? と思ったらやっぱりそうで、バッタのためにアフリカまで行っちゃう、こんなノリのいい文章をお書きになる日本人ほかにいないよね!
     言葉も満足に通じないなかで想像以上に過酷で運に左右されるフィールドワークを進めていくさまが、悲壮感を抑えた筆致で語られるけど、事実を並べられただけでも、どんなに大変だったかと……。反面、好きなことに邁進していくエネルギーに畏敬の念が湧いてきます。
     あと、バッタとイナゴの区別を本書で初めて知りました(「相変異」の有無)。そこかよ! いままで、なんか緑色っぽいやつがバッタで茶色っぽいやつがイナゴ、みたいなすごく間違った認識でした。もうひとつ蒙を啓かれたのは、アフリカではバオバブの実の粉末と砂糖で作ったジュースが飲まれているという記述ですね。数年前に、ペプシの「バオバブ味」っていうのが出たとき、「バオバブの味なんか誰も知らんだろうに詐欺飲料だろ」とか言ってすまなかった。
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2017年6月に読んだものメモ
  • 植本一子『家族最後の日』(太田出版,2017年2月)
     写真家でもある著者の、家族についての文章。実母との決別、義弟との死別が語られたあと、本書の大部分はミュージシャンである夫に癌が見つかって闘病サポートと子育てと仕事に追われつつがむしゃらに日々を過ごす話で占められる。
     前作『かなわない』と同様、かなり赤裸々に出来事や心情を、登場人物が特定できるかたちで綴っていて、こんなふうに書かれて困るひとや傷つくひともいるのでは、と心配になる。ただ、有名人でもないのに他人の目に触れるところではそういうことにちまちまと気を回して軋轢や反発を生まぬよう詳細を伏せたりぼかしたりしようとする私のようなタイプの人間には、こういう率直さや強い情動の感じられる文章は書けないんだろうなあ、みたいな諦念と羨慕を伴う爽快感みたいなものもある。
     夫婦それぞれにファンがつき見守っている人たちがいるなかで、夫が病気を公開した直後から、なにも更新してないのに妻のツイッターやインスタグラムのフォロワーがどんどん増えていったというくだりが生々しくてぞわぞわした。そしてまた、それでも夫婦どちらも、日々のことを公開せずにはいられないのだという事実にも打ちのめされた。


  • 宮内悠介『あとは野となれ大和撫子』(角川書店,2017年4月)
     中東の架空の小国の政変と、ふがいなく逃げてしまった大人の政治家たちに代わっての、英才教育を受けてきた少女らによる綱渡り的な建て直し。主人公の、有能なんだけどちょくちょくボケててテンポずれちゃう感じが、漫画のキャラっぽくて、なんだかコマ割が浮かぶ。漫画でよくある演出を文章でやるならこうするのかー、勉強になるなあ、というような。不安定な政情や環境問題をさくさく説明しつつスピーディーにお話が進んでそれぞれのキャラが強烈でほんのりラブコメ要素まであって、すごくエンターテインメント! って読後感。
     第157回(2017年上半期)直木賞候補。発表は7月19日。はてさて。


  • 川上和人『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』(新潮社,2017年4月)
     過酷な野外調査、大きなチャンスを逃した研究者としての一大痛恨事などの裏話に加え、外来生物の問題や生態系の保全に対する真摯な姿勢、そしてなにより鳥という存在の面白さを伝えようとする情熱が、容赦なく挟み込まれる(主にサブカル・オタク系の用語をそこそこ説明なく理解できる人にしか分からないかもしれないとも懸念される)唐突な比喩表現や、勢いのある韜晦表現でくるみ込まれている。真面目な話と「ボケ」の部分のシームレス具合が特徴的な文章で、素人にもとっつきやすく噛み砕いてくれている。

  • 今村夏子『星の子』(朝日新聞出版,2017年6月)
     病弱だった主人公を助けたい一心で、両親がすごい効能があるという特別な水をもらってくる序盤から、もう読んでる側は不穏な空気をびしばし感じるのだけど、やがて一家は新興宗教に嵌り、嵌れなかった姉は出奔し、親戚とは縁が切れ、経済的にも下り坂に……というのが、その状態を客観的には見られない、でも両親と同じ情熱を持って信仰に傾倒しているわけでもない主人公の視点から語られる。親子間の愛情と絆はしっかり存在し、友達と普通に過ごす学校生活もあり、でもやっぱりその宗教の外の世界とは嫌な感じにズレも生じていて、とにかくこの一家のこれからを考えると漠然とした不安な気持ちばかり湧いてくる。しかし語り口は一貫して悲壮感なく淡々としており、不穏な空気が維持されたまま、ラストシーンには静謐な幸福感さえただよっている。不穏なんだけど。
     第157回(2017年上半期)芥川賞候補作。発表は7月19日。
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2017年5月に読んだものメモ
  • Shanna Swendson "Rebels Rising" (NLA Digital LLC, 2017年4月)
     魔法と科学が拮抗する英国統治下の19世紀アメリカが舞台の歴史改変スチームパンク・ファンタジー第3弾。いよいよ、独立に向けての気運が高まる。同時に、1作目でいずれ重要な意味を持ってくるのではと思っていた、主人公の出生の秘密がとうとう明らかに。そしてそれゆえに、否応なしに危険なミッションを引き受けることに。前作でいったん離れ離れになったヘンリーとも再会して共闘するけど、なんだかんだヒロインを守りたがるヒーローの横にあっても、とにかく彼女が前に出て自分の仕事をきっちりやりとげてて凛々しい。あと、著者は最初にこのシリーズ始めたときはそんな意図なかったんじゃと思うけど、異なる種族やさまざまな階層の人々の不満が噴出してデモから革命になだれ込んでいく描写が、現代のアメリカでも争点となっているダイバーシティ関連のあれこれをも妙に連想させる。

  • ピーター・トライアス『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン〈上〉』
    ピーター・トライアス『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン〈下〉』(訳:中原尚哉/ハヤカワ文庫SF,2016年10月/原書:Peter Tieryas "United States of Japan" 2016年)
     第2次世界大戦で日独側が勝利を収め、日本統治下にあるアメリカ。ゲームと巨大ロボットメカに彩られたキッチュで退廃的な世界はなかなか面白い。しかしストーリーの大半が1988年設定な理由がよく分かっていません。現実の2017年にも確立されていないような近未来っぽい技術が、いったいどういうわけで戦勝国が違うだけで80年代(しかも現実より荒廃)に実現しているのか。そんなところに引っかかるせいでなんか気持ちがページの外に引き戻されるのは、私の頭がカタいのか。なにか読み逃しているのか(と、Twitterに書いたら、なんと著者ご本人から、本書の下敷きとも言える、同じく日独側がWW兇脳〕した世界を描く1962年発表の古典SF、フィリップ・K・ディックの『高い城の男』でも、1960年代の技術水準が高度である、というレスポンスがありました……野暮なことを言ってすみませんでした!)。
     とりあえず結局この作品世界でなら、たとえ史実どおりアメリカ側が勝っていても、現実の1988年よりも殺伐としたダークな社会が形成されちゃってるんじゃないか、みたいな拭い去れない虚無感はあって、そういうのはフィクションとして嫌いではない。
     ちなみに、同時発売された単行本(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)1冊バージョンもあります。


  • Colonel Sanders "Tender Wings of Desire" (YUM! Brands, Inc., 2017年)
     KFC米国本社が、母の日キャンペーンの一環で公開したロマンス小説。お母さん食事の支度はいいからフライドチキン食べてロマンチックな空想でもしてゆっくりしてねってことみたい。
     興味を示していた友達に、読んだらどんなんだったか教えてねって言ってたけど、結局自分で読んだ(ヒマ人か!)。その友達が『欲望の柔らか手羽』という邦題を考えてくれたので脳内でそれを採用していたが、残念ながらひどい表紙詐欺(リンク先の書影をぜひご覧ください)で、作中にチキンが登場しない。表紙絵を無視すれば題名から普通に想像される、「箱入りお嬢さんだったヒロインが外の世界に出て自らの欲求に忠実になって羽ばたく」系の話でした。そしてなんかとんとん拍子に八方丸くおさまり大団円。大真面目にテンプレとクリシェてんこもりで、これはむしろ笑いを取りにきていますね?
     ヒーローのラストネームや経営している企業の名前は出てこず、外見描写としては「ほとんど白にも見える明るい色の髪の、眼鏡をかけたハンサムな男性」みたいな感じにぼかしてあります。年齢も不詳。とりあえずカーネルおじさんのファーストネームはハーランド、という知識を得た(ググって確認)。




今月は、あれこれ手を出しては最後まで読み通さず……というのを繰り返してしまった。来月はもうちょっと集中力が戻っていればいいなあ。
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2017年4月に読んだものメモ
  • 川瀬七緒『潮騒のアニマ 法医昆虫学捜査官』(講談社,2016年10月)
     シリーズ5作目。被害者のバックグラウンドのやりきれなさ、犯人の空虚さが印象に残るが、最終的には赤堀先生の強靭なキャラと、岩楯刑事との信頼関係が気持ちを救ってくれる。ウジ描写がいつもより控えめな代わりに別の恐ろしい昆虫が大量出現。

  • 新井素子『そして、星へ行く船』(出版芸術社,2017年3月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1987年)
     シリーズ5作目にして最終巻の改訂版。書き下ろし短編は、まさかのバタカップ(猫)視点がメイン。がんばれバタカップ。いや、がんばらないでバタカップ。元気いっぱいでよきかなよきかな……なのか? というオチ。
     満を持しての種明かし。ティーンが読むにふさわしい前向きヒロイン。再読して、たぶんレーベル的に制約があったなかで、それでもSFマインドがしっかり盛り込まれていたんだなーと改めて感心。それと、あとがきで著者が、さらにこれから自分の代表作を書くと断言してくださっているの心強い。


  • 村田沙耶香『コンビニ人間』(文藝春秋,2016年7月)
     第155回(2016年上半期)芥川賞受賞作。周囲のみんなにはふんわりと理解されている暗黙の了解が、自分にだけ見えてなかったという経験をまったく一度たりとてしたことない人も少ないのではと思うのですが、それを極端に煮詰めて突き詰めたような主人公視点での語りを読んでいくと、彼女の生きづらさや天職と言えるコンビニ店員としての日々の安心感やそこから逸脱したところでの困惑も、そんな主人公に接する人たちが感じる恐ろしさや戸惑いや期待や絶望も、同時に分かりすぎて引き裂かれるような気持ちに。

  • 仁木英之『立川忍びより』(角川書店,2017年2月)
     いろんな要素がてんこ盛りでわちゃわちゃしていて決着ついてないネタもあり(続編があること前提?)、なかなか感想を定めづらい本だった。立川の、昔ながらの街並みが残っている一方で、いまどきのオタ系文化にも親和性があって、ごった煮っぽくなってるあの感じには合っているのかな、と思う。上の世代の思惑に翻弄されてきた若者たちが古いものを一概に捨てるでもなく自分の生き方を諦めるでもない突破口を見出そうとする方向に動く終盤はさわやか。朴訥で適応力高い主人公のキャラにも好感を抱いた。巨大蝦蟇の山王丸がとてもかわいい。

  • 江波光則・手代木正太郎『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 外伝』(ニトロプラス,2017年3月)
     公式外伝。本編では具体的なことが分からなかった、かつて殺無生および刑亥が凜雪鴉になにをされていたのかという前日譚。殺無生編は、彼の剣術に関する哲学のようなものが突っ込んで語られ、戦いの描写も詳細で燃える。しかしせっちゃん(殺無生)悪人とはいえかわいそう。ただ、この過去を踏まえて本編を思い返すと、一度は雪鴉に根こそぎ剥ぎ取られた矜持を、無生は雪鴉本人への直情的な復讐より優先するものを見つけたことで、最終的に少し取り戻してから死んだことになるのかも。
     刑亥編は……えーと、これ非公式の2次創作でコミケとかで売られていたらR-18マークが付いて購入時に身分証明書の提示を求められたりするやつなのでは(汗)。コミケ行ったことないけど。うっかりなんか規格外の人間たちと交流してしまった妖魔の刑亥さんが案外、純情であった。そしてその純情を踏みにじられたわけなので、やっぱりそりゃ本編みたいになりますわ。雪鴉ああああ! というわけで、毒をもって毒を制す(いや、制してない、むしろ煽ってる)的なお話2つでした。本当にひどい主人公だよ凜雪鴉。物語のブースト力という点では素晴らしいキャラなのだが。
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2017年3月に読んだものメモ
  • 乾石智子『紐結びの魔道師』(創元推理文庫,2016年11月/表題作のみ『オーリエラントの魔道師たち』〔2013年〕初出)
     数年前の短編集から表題作だけ独立させて、さらに続編を足したもの。思えば初めてこの作者の本を読んだときには、キャラ立ちよりも世界の構築で読ませる、「世界萌え」させるタイプの人かなーという印象を受けたんだけど(そしてそこが好きだったんだけど)、その後けっこうキャラの個性でも読ませるなあと感じ出して、そしてこの連作短編集では、とにかく主人公の、魔道師に見えない物理的な戦闘能力がやたら高い魔道師が魅力的。ただ、それはやっぱり、土台になる世界観とか、魔道のしくみとかがしっかりと存在感を持っているからこそですよね。

  • 岸政彦『ビニール傘』(新潮社,2017年1月)
     表題作は社会学者である著者が初めて発表した小説作品にして第156回芥川龍之介賞候補作。似通っているけど少しずつ違ういくつもの人生を重ね合わせて、多層構造にして見せられた感じ。最終的には個々の層が一体化してたゆたいながらどこかへ吸い込まれていったような印象。生活のなかの質感や匂いがありありと感じられる描写と、大阪の街の具体的な地名が生々しい。
     併録「背中の月」は妻に先立たれた主人公視点で、本当によいカップルだったふたりについての回想と、残された彼の過ごす日々がゆっくり、淡々と薄まってほろほろと崩れていくさま。大阪弁での夫婦の会話が地に足のついた幸せをかもし出していて、喪失感が胸に迫る。


  • 松田青子『おばちゃんたちのいるところ』(中央公論新社,2016年12月)
     生と死の境目があっけらかんとぼやけて、明るくパワーがあって前向きな死者たちと、なにかと息苦しい世の中でもなんとか頑張ってる生者たちが共存する世界。独立したひとつひとつの短いお話が、時にははっきりと、時にはゆるい一点でさりげなくつながっていて、リンク箇所を探しながら読むのも楽しい。それぞれの短編には落語などの「元ネタ」があるんだけど、私の教養のなさのせいで全話についてアレンジ具合を味わいつくすことができず申し訳ない。でも元ネタ分かってなくても面白いです。

  • 米澤穂信『いまさら翼といわれても』(角川書店,2016年11月)
     久々の「古典部」シリーズ。きっと見過ごされたままでも表向きにはなんの波紋も生じなかったかもしれない小さな矛盾だけど、当事者の心は深くえぐるようないくつかの真相。青春はしんどい。これ、ここまで読んできてこのメンバーと彼らの学校生活にすでに愛着があるから余計にしんどいんだろうなあと思ったりした。みんなのこれからを読者が見届けることは、果たして許されるのだろうか(つまり、著者はどこまで彼らの今後の人生を書いてくださるおつもりなのだろうか)。

  • 岸政彦・雨宮まみ『愛と欲望の雑談』(ミシマ社,2016年9月)
     去年、読みそびれているうちに雨宮さんの訃報があって、ショックでますます保留しちゃっていたのですが、今月は岸先生の『ビニール傘』を読んだので、その勢いが残っているうちにと手に取りました。互いに尊重しあっていて、言葉を大事にする仕方の方向性が近しいおふたりだから、時に意見が合わなくても、真摯に語り合うことで和やかかつ刺激的な対談として成立しているのかなと思った。
     雨宮さんは、私にとっては、いつも途中までは「分かる分かる分かるめっちゃ分かります!」ってうなずくんだけど、そこから「え、それでそっちへ行く!?」みたいになっちゃう作家さんという印象で、でもそこをなんとか理解したいと思わせられる文章をお書きになるかたでした。この対談を読んでも、「あ、私とは根本的にタイプが違う人だ」ってとこがいくつも出てきて、でもすごく魅力的なんですよね。たぶん私には、雨宮さんみたいに自分を追い詰めるほどとことん突き詰めて考える素質がなくて、しかも考えずに動いて人生なんとかなってきちゃったんだよな。雨宮さんが送り出す鋭く繊細で硬質な(と私には思える)言葉を、岸先生がやわらかく受け止めて投げ返している雰囲気がよかった。


  • 獸木野生『PALM 39 TASK IV』(新書館,2017年3月)
     アンディ奪還のため暴走するジェームスを中心に、さまざまな人々のそれぞれの思惑が動く巻。そしてここまで来ても本当に今後の展開が読めない。ひとつ思ったのは、「オールスター・プロジェクト」のラスト(1991年初出、PALM 14)で、作中時間における主要キャラのずっと先の未来が語られたとき、アンディの最期があんなふうだったのは、今回のこの巻で受けた仕打ちのせいなのでは? ってこと。本来ならこの時点で彼は死んでいたのが、分け与えられた命のおかげで生きながらえていたけど、とうとうストックが尽きて、その時間のなかでは謎とみなされる過去の死因で息絶えることになったのでは? いや、ぜんぜん違ってて、今後そのへんの説明も作中でなされるかもしれないんだけど。
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