虫のいい日々

あぶはち取らずと言われても、極楽とんぼで過ごしたい。
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ここはなに?
ウェブサイト「虫の居所」の一部です。
管理人ならのが、そのときどきに考えたことや興味を引かれたもの、読んだものなどについて、心のおもむくままに、だらだらと綴るところです。心がおもむかないときは、更新停止しています。
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2018年12月に読んだものメモ
2019年もよろしくお願い申し上げます。


  • 多和田葉子『穴あきエフの初恋祭り』(文藝春秋,2018年10月)
     自分がいる「いま、ここ」に、うまく馴染めていなくて、ずれた位相のとこで暮らしている登場人物の視点で、主観的に入ってくる外界認識を言葉に置き換えて、その言葉でジャグリングをしているような短編集。私には説明が難しいが、たしかに存在する面白さ。

  • 三浦しをん『ののはな通信』(角川書店,2018年5月)
     足掛け27年にわたる、「のの」と「はな」の書簡集(後半はメール)。同級生として毎日のように顔を合わせていた多感な少女期の文通から、それぞれの道が分かれて直接会うことはない大人の女性同士としてのやりとりまで。ふたりのうち、むしろ無邪気なお嬢さま気質と思われた「はな」のほうが、最終的にその核の部分にあった強靭さを発現させて苛烈な選択に向かい、「のの」は「のの」で真摯にプロフェッショナルに自分の力で人生を歩む。思春期のごく短い期間に最高に純粋で曇りない輝くような恋愛を共有したふたりの、その後おそらく死ぬまで上書きされることのない、強烈で濃密な精神的つながりと、それでもともにあることはできない/しないやるせなさ。物語の始まりのところ、1通目の少女時代のお手紙のなかで『日出処の天子』最終回への言及があるのは、最後まで読むと暗示的なものを感じて、なるほどと思う。

  • 呉明益『自転車泥棒』(訳:天野健太郎/文藝春秋,2018年11月/原書:吳明益『單車失竊記 The Stolen Bicycle』,麥田出版社,2015年7月)
     父親が自転車とともに失踪したことをきっかけに古いモデルの自転車を収集し復元するマニアとなった主人公のもとに、20年の時を経てその父が乗っていた自転車が現れる。家族の過去と現在、自転車を媒介に知り合った人々の記憶、戦時下の凄まじい体験、蝶に関する思い出、ゾウがつなぐ縁……さまざまな物語が詳細だけど淡々とした筆致で、しかし時にがつんと鮮烈なフレーズを伴い、次々と繰り出され展開する。個人的な視点で綴られつつも、台湾の複雑な歴史的・民族的背景がぶわっと浮き上がってくる。そして最後には静謐な美しいものを堪能したという心持ちに。
     ここから読書感想じゃないんですけど、翻訳をなさった天野健太郎さんが、本書の刊行直後の11月12日に急逝されたという報道があり、ご病気だったことも存じ上げなかったので、とても驚きました。こういった読み応えのある小説から絵本まで幅広く手がけておられて、直接やりとりさせていただいたことはなかったけど、私がツイッターに書いた拙い読書感想メモに「いいね」をつけてくださって「ひええ、お目汚しを」と、おののいたりしたこともありました。これからも台湾を中心に中国語圏の面白い本をいっぱい紹介してくださるものだと思い込んでいたので、とても残念です。ご冥福をお祈りします。


  • 島本理生『ファーストラヴ』(文藝春秋,2018年5月)
     父親殺害で逮捕された女子大生と面会を重ねる臨床心理士の女性が主人公。殺人者の心理を探っていくはずが、自身のなかにあった問題とも向き合うことになっていく。異性であっても恋愛とは違う部分で同じ心を分かち合う同志のような存在と出会うのって奇跡的なことかもしれないけど、その同じ心というのが歪みを含んでいて傷つけあう結果になり、しかしそこをすべて包み込んで健やかで穏やかな方向に引っ張ってくれる別個の存在もいて、というの希望を感じる構図だなー、と思ったり。第159回(2018年上半期)直木賞受賞作。
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2018年11月に読んだものメモ
  • 川端裕人(著)・海部陽介(監修)『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス,2017年12月)
     かつては多様な「人類」がいたことが判明しているのに、なぜ現在地球にはホモ・サピエンスしかいないのかって、言われてみればそうだね不思議だね! って思うのにこれまで考えたことがなかった。なんせ、中学校で習った「ピテカントロプス・エレクトス(私の教科書での表記はたぶんエレクトゥス)」が、いまは使われていない旧称であることすら、ずっと知らずにいたのである。それくらいのド素人である私が、アジアで見つかった化石に基づく最先端の研究などについての話を、読む端から抜けていくわ! と焦る部分もありつつ、終始わくわくしながら読み進められたって、すごくないですか。こういったアプローチが、いかに多角的な技術や発想でおこなわれているかを垣間見ることができて楽しかったです。2018年の科学ジャーナリスト賞を受賞なさったそうで、遅ればせながらおめでとうございます。

  • 乾石智子『白銀の巫女 紐結びの魔道師供戞陛豕創元社,2018年9月)
     すごいクリフハンガーで終わってるぞ。これ3部作でしたっけ。あと1巻? 状況としては深刻なんだけど、この著者の作品では随一でない? っていうくらい主人公である魔道師のお兄さんが、どっしりと安定感や包容力はありつつ、基本的に明るいキャラなところに救いを感じる。あと、一見、作品の舞台は、異世界ファンタジーの王道らしい、わりとオーソドックスな価値観で動いている一方で、作品自体の根底にある価値観はとても現代的だな、みたいに感じるので、読んでてホッとする。

  • 北大路公子『すべて忘れて生きていく』(PHP文芸文庫,2018年5月)
     これに収録されてる、新聞連載の書評を褒めてらっしゃるかたがいたので。新刊書に限定せず紹介してるのがまず嬉しいし、毎回同じ文章量で、筆者本人のお人柄をうかがわせつつ、ときにツッコミ混じりに、「どんな本だよ」って読んでみたく思わせるのも巧い。しかし私は、最後に入っている短編小説2つが印象的だったです。いつものエッセイではなんてことない日常生活を文章の力で面白おかしく描写している北大路さんが、同時にその同じ脳内でこんなふうに、日常からふっと立ち位置がずれたような世界を展開しているのか、という。

  • 花田菜々子『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社,2018年4月)
     ウェブの連載は、面白いなーと思いつつ、部分的にしか読めてなかったので。とにかく、すごいバイタリティのかたで、いろんな出会いをきちんと糧にして、プライベートでのしんどいことも、この活動を続けていくうちに、心の整理がつけられてしまうし、人生において自分がなにを主眼に置きたいのかが見えてきてしまう。心に響いたものをほかの人とも共有したいと強く思える人は素敵だな。私にとっては、読書は最近、どんどん超個人的な経験として狭まっていく感じなので。勝手ながら私がこの著者の人に、なにか本をお勧めしてもらったら……という想像をしてみたんだけど、まず自分がオープンマインドにならなきゃ無理だ、という結論が出てきただけだった。お勧めされる側にも、スキルが要るのだ。

  • 彩瀬まる『不在』(角川書店,2018年6月)
     縁が切れていた父親の死後、名指しで生家を相続したことをきっかけに、家族や人間関係の捉え方のいびつさや無意識下の抑圧が顕在化してくる過程が突き刺さる。自分の人生を作品に反映させてきた漫画家の主人公の、創作と連動する問題との向き合いが力強い読後感につながる。

  • 上田早夕里『破滅の王』(双葉社,2017年11月)
     倫理や理想や純粋な探究心が、戦時下の異常事態に飲み込まれていく無力感と、そんななかでも、ひとりひとりの力の及ぶ範囲でできることをやろうとする者たちがいるという希望。綿密に調べ上げた史実と科学的事実に、フィクションを織り交ぜて重い題材を書き上げた力作。
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2018年10月に読んだものメモ
  • 谷崎由依『鏡のなかのアジア』(集英社,2018年7月)
     東洋のいくつかの場所を舞台とした、時に幻想的な、それぞれテイストの違う短編5つ。とりわけ主に本来は言語ではない純粋な「音」の表現において、異なる言語間の境界がゆらいだり重なったりするような表記方法が面白い。大都会クアラルンプールの場面から始まり、遠い遠い昔に巨大な樹木であった男性の遍歴を語る最後の物語が圧巻。京都でのお話「国際友誼」は、実際にそういう発音上の行き違いを著者が経験しているのかもと思わされて(いや、ご自分でお考えになったのかもしれないんだけど)、ほんのり楽しい。

  • 乃南アサ『六月の雪』(文藝春秋,2018年5月)
     ちょうど無職になったタイミングで祖母が台南生まれだということ、そして台湾がかつて日本の植民地だったということを初めて知った32歳の女性が、少女時代を懐かしむ入院中の祖母のために台湾に渡って彼女の生家を探す。
     それまでまったく台湾とその歴史に興味のなかった人が、予備知識もさほどないまま渡航してみて、知らない土地に飛び込んで新しい体験をしたいというような意欲も強くない状態で出会う、さまざまな事象への新鮮かつ往々にしてうしろ向きな反応がリアル。
     旅を続けるうちにだんだんと実感されてくる歴史に、素直かつ真摯に向き合おうとするさまには好感を抱くのだけれど、現地で案内役をしてくれる台湾の人たちのうちのひとりと主人公の相性がとても悪く、私はどっちかというとその主人公にドン引きされてる側の人のほうに感情移入しちゃうタイプかも、そこまではいかずともこの主人公ほどいちいちむかついたりしないかもと思うので、ところどころで差し挟まれる内心の声に「え、そこでそんな感想!?」とびっくりすることがたびたびで、なんだか自分が主人公に嫌われているような気持ちになってつらかったです。終盤までそのギスギスした感じを引きずる、ストーリー上の理由はあるんですけど、それはそれとして!
     そして日本でも台湾でも、うまく歯車が回らない家族・親子の問題がクローズアップされる一方で、その土壌となった従来の価値観から孫娘を逃がそうとする祖母、台湾で助けれてくれた人たちとのつながりなど人間関係の上で力強く前向きな要素もあり。しかしとにかく「私この主人公と行動を共にしたら絶対ギクシャクするうううう」という怯えの気持ちが強くてちょっと読みながら居心地が悪かった(笑)。


  • 川瀬七緒『紅のアンデッド 法医昆虫学捜査官』(講談社,2018年4月)
     シリーズ6作目。この巻から、赤堀先生が、警察に正式雇用され、犯罪心理学を専門とするプロファイラー、技術開発部の研究員とともに科捜研の分室的な支援センターの職員というポジションを与えられる。警察組織の中では微妙な立ち位置のこの3人が、今後は連携を取って頭の固い上層部の先入観をぶっつぶしていくことになるのかな。特にプロファイラーの広澤先生との、まったくタイプ違う女性同士の遠慮会釈ない会話がいい感じ。これまで赤堀先生、同性の対等な仕事仲間には恵まれていなかったので。また、ここに来て初めて、赤堀先生の過去の一端と、単なる能天気な研究馬鹿ではない屈折した部分が明かされる。それを黙って受け止めるのはずっと彼女の仕事ぶりを見てきた岩楯刑事で、このふたりの互いを気にかけつつ絶対にウェットにならない(ようにコントロールしている)関係性もやっぱり好きだなあ。そして、やけど虫ことアオバアリガタハネカクシ、めちゃめちゃ怖い。いくら謎解きのきっかけになると言っても、文章で描写を読んでるだけで怖すぎる。

  • 陸秋槎『元年春之祭』(訳:稲村文吾/早川書房,2018年9月/原書:陆秋槎《元年春之祭 巫女主义杀人事件》新星出版社,2016年3月)
     前漢字代の中国を舞台に、現代とは異なる常識と倫理感に基づいて行動する人たちのあいだで起こる連続殺人。真相解明に挑むのは、潔癖で熾烈な少女たち。登場人物のとんがりかたから、次々と繰り出される衒学的な要素、理屈として因果関係がつながってはいても決して普遍性があるとは言えない特異な結論まで、なんかすごく、ここしばらく個人的に遠ざかり気味だったけどかつては慣れ親しんでいた新本格の雰囲気が! って感じだったのですが、それが中文からの「翻訳物」であるという事実に、ああこのジャンルは気がつけばもう別に「新」ではないのか、と感慨を覚えたりも(そもそも私自身が「この感覚、久々に味わうけど懐かしい」と感じている時点で……)。でもそうだ、私はこういうのが、好きだったのだ!
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2018年9月に読んだものメモ
  • 温又柔『空港時光』(河出書房新社,2018年6月)
     空港が出てくる短編10作は、どれも淡々と細やかな筆致で、ちょっとした出来事を切り取る感じ。台湾と日本を行き来する、さまざまな背景を持ちさまざまなシチュエーションに置かれた老若男女が順繰りに主人公になっている。まさにこの著者だからこそ、このすべての視点に立って、きっとこういう人は本当にいるな、と思えるような物語を作れるのだろう。最後に収録されたエッセイは、読みながら著者の旅路を一緒にたどるような気持ちで複雑な歴史に思いを馳せ圧倒されるとともに、同行したご友人たちとのやりとりが暖かい。

  • JYYang "Waiting on a Bright Moon"(Tor, 2017年)
     これはいわゆる「シルクパンク」というジャンルになるんだろうか。中華要素てんこもりSF短編。スペースコロニーで政府のために働く主人公女性は、遠方にいるパートナーと漢詩を同時に詠唱することにより感応を同期させ両者間に亜空間トンネル的ななにかを開いて物質を転送できる能力者。最初あまりにも普通になんの注釈もなく中国語が分かること前提の記述が混じってくるので困惑したが、著者名で検索したらシンガポールの人だったので納得。本来、英語だけを読む人に向けて書かれた作品ではなく、たぶん「英語も読む華人」がターゲットなんですね。視点人物が常に二人称youで語られ、一貫して現在形しか使われない特徴的な文章が、臨場感とともに、どこか語り手から主人公が突き放され乖離したような不穏な雰囲気もかもし出している気が。厳然とした無情感が漂う一方で、漢詩の響きともあいまって場面によっては描写に濃密な美しさを感じる。
     余談ですが、中国語理解前提っぽいところは、たとえば、とある集団メンバーがJia, Yi, Bing, Ding……と呼ばれてるとか。これが甲・乙・丙・丁……であることを知らない読者は、単なるニックネームと受け止めて、個性を剥ぎ取られた呼称、みたいな解釈はしないのでは。あと漢詩はそのまんま簡体字で引用。ちなみに作中で使われているのは、岳飛(1103-1142)「満江紅」と、蘇軾(1037-1101)「水調歌頭」です。(←ググったので自分用にメモ)


  • 宇佐美まこと『骨を弔う』(小学館,2018年7月)
     小学校時代に5人が共有したとある体験を、そのうちのひとりが40歳になって思い出し、ほかの面々を訪ね歩くことで、徐々に明らかになってくる、最初に思っていたのと違う真相。単に謎が解けていくだけでなく、当時に立ち返ることによって、登場人物たちのある意味それぞれに停滞していた現在が、よい方向かどうかは未知数ながら動き始めたところで終わる。正直、当時小学生だったなかでいちばんクズいのはみなを訪ね歩く男性(そして作中いちばんの良キャラは彼の父親)なのではって思うんですが、彼が子供の頃のことが、子供の頃のことだからって物語全体でなんか許される感じになってるの、もやっとするんですが、彼が動いてあれこれ掘り返すことがきっかけでほかのみなの人生も動いてさわやかなラストに導かれるのでもやっとはしながら飲み込んで読み終えてしまうのだった。お父さんいいキャラだし、そのお父さんの息子だし。

  • 阿川佐和子+大石静『オンナの奥義 無敵のオバサンになるための33の扉』(文藝春秋,2018年1月)
     対談集。ちょうど阿川さんがご結婚されたしばらくあとから始まっているので、ご夫婦の幸せそうなお話とか微笑ましい。ずっと自分の名前を世間に出して表現に携わるお仕事をしてこられたおふたりなので、その辺の強さが見えるやりとりもかっこいい。ただ、両者ともここまでそうやって生き延びてこられたわけだから、ある程度はマッチョな考え方でいらっしゃるのも自然なことかもしれないけど、パワハラやセクハラ、ぶっ倒れるほどのブラックな働かされ方があってこそ面白いものが作れる、みたいなことを普通に思ってらっしゃることがうかがえる対話を読んでいると、胸がきゅーっと苦しくなった。そんなものがあると明るみに出た時点でコンテンツの受け手側は素直に楽しめないし、なくてもちゃんと面白いものは生まれていくんだ、いまはその過渡期なんだと信じたい。私よりだいぶ上の世代であるこのおふたりのような感覚が、私より下の世代に波及しないように、私らのような名もない庶民であっても、あいだに立って身近なところからの草の根運動で食い止めていかねばならんのだなという思いを新たにした。だいたい、よく分かってないおじさんたちにセクハラの説明をするとき、よく「上司の娘さんに向かってできないことはほかの女性にもやっちゃ駄目」みたいなことが言われるじゃないですか。阿川さんなんかは、常に背後に、お父さまという周囲の年上の業界人にとっての「上司」的な存在があったから、小娘時代にも、人間としての尊厳をとことんずたずたにされるような経験を回避しやすかったんじゃないですかね(ひがみっぽい感想でごめんなさい)。もちろん、阿川さんご本人がお父さまとの関係にご苦労なさったのは、この対談でもほかで読んだ文章でも分かってるんだけど。

  • 八島游舷『天駆せよ法勝寺』(東京創元社,2018年6月)
     第9回創元SF短編賞受賞作。『年刊日本SF傑作選 プロジェクト:シャーロック』に収録されたなかの1編。電子書籍ではバラ売りしてました。
     「佛理学」に基づいて開発されたお寺が祈祷で推力を得て「中有(宇宙)」へと飛び立つ。だいたいもうイメージで押し切られて読んじゃってるんですが、仏教に支えられたテクノロジーと社会のありようがとても面白いしこの短い物語の周囲に奥行きと広がりを感じる。
     発売直後の話題になってたときに買ったまま読みそびれていましたが、このところの災害続きでツイッターのみんながしきりに大仏造立が望ましいとかハイブリッド大仏がよいとか言いはじめたので「そうだ! いま読むのは!」ってひらめいて開きました。
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2018年8月に読んだものメモ
  • 石井遊佳『百年泥』(新潮社,2018年1月)
     流されるように南インドのチェンナイに日本語教師として放り込まれた主人公の女性が、100年に1度の大洪水で出現した泥の山の中から出現するさまざまなものたちを媒介に過去や現在を語る。巻末のプロフィールによれば実際にインドで暮らしているらしい著者が書いた現地生活のこまやかなリアリティが、人を喰ったような大法螺とシームレスにつながって、あれよあれよと違うところへ連れていかれる疾走感。主人公にとっては扱いづらく厄介だけど、未経験なまま体当たりで進める授業を成立させるには不可欠な生徒でもある、ヒネた美青年ディーヴァラージが、どんどん魅力を増していく。第158回(2017年下半期)芥川賞受賞作。

  • 小田嶋隆『上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白』(ミシマ社,2018年3月)
     なんというか、理屈としてはとても分かりやすく順を追って筋が通るように第三者に向けて説明してくださっているのに、心情としてはほとんど追体験できないという読書を久々にした。アルコール依存症、大変。とはいえ、自分が連続飲酒しないのは、あくまでも体質的な制約による面が大きいという自覚はある。最終章でのネットを介したコミュニケーション依存の話でもそうだけど、お酒以外のものに過度にリソース取られて人生削っちゃってる人はいくらでもいるよな。ただ、なににも依存せずに生きていくということは、果たして可能なのだろうか、健康被害や社会的破綻が生じて初めて問題になるだけで、誰しもなにかにバランスを欠いた入れ込みようをしてしまうことはあって、しかし境界を見定めることの難しさは本書にすでに書いてある……とかなんとか考えているうちに、どんどん心がぐるぐるしてくるのであった。

  • ジョー・イデ『IQ』(訳:熊谷千寿/2018年6月,ハヤカワ文庫HM/原書:Joe Ide "IQ" 2016年)
     日系アメリカ人の著者58歳のデビュー作という情報はいったん頭の外に置いたほうがいいかもしれない、ラップとバイオレンスに彩られた、ロサンゼルスの黒人コミュニティを中心に回る物語。しかし主人公の黒人青年アイゼイア(IQ)は、そんな環境にあって古いジャズを好み暴力より知力で問題解決に当たる物静かなシャーロック・ホームズ型の探偵というのが、こちらのステレオタイプなイメージを崩してくれる。ワトソンっぽいポジションに入るギャング上がりの元同居人との、相棒と言っていいのかすら分からない殺伐とした腐れ縁だけど一蓮托生な過去を共有する複雑な距離感も面白い。ある出来事さえなければ、その頭脳を活かして裏社会とは無縁の人生を歩んでいたかもしれないIQの、現在のスタンスの根底にある倫理感が、その出来事によって補強されているという皮肉。短いエピローグは最初、「いまさらだよね」みたいなどうしようもない話をぽーんと出して諸行無常感を余韻として残す文学的構成なのかと思ってしまったんだけど、巻末解説を読んでそうではないと知り、次の巻が楽しみになった。


  • 白井恵理子『STOP劉備くん!! リターンズ!』第2巻(潮出版社,2018年5月)
     第1巻が出たとき、連載開始から単行本刊行までずいぶんかかったなと思ってたら、今度は続きが2ヶ月で出てるじゃないか。気付いてなかったぜ! 夏侯惇が「とんとん」って呼ばれるの可愛くない!? 可愛くない!? 諸葛瑾と馬超の組み合わせ新鮮。個人的に、白井先生が雑兵Aのこと「なんでも中途半端にできる」とコメントしてたの、ちょっと意外。なんでもできる超有能兵で、ときおりの失敗は周瑜をおちょくるためってイメージだった。そうか本気で偽りなく中途半端なんだ!〔初出『Webコミックトム』2015年7月〜2016年5月〕

  • 白井恵理子『STOP劉備くん!! リターンズ!』第3巻(潮出版社,2018年7月)
     劉備の玄ちゃん並みに孫子の兵法とか知らないので勉強になるわあ。そして第2巻の感想メモでは瑾さんとの組み合わせに受けてたけど、やっぱり馬超は姜維と一緒のときがいちばん好きかも。姜維くんみたいに「愚者がまた愚考を!」って私も誰かに言ってみたい(やめなさい)。あとがきで、白井先生が認知症のご家族を介護なさっていたと知り、そんな大変ななかで、のーてんきな武将たちの漫画を描けていた精神力に感服する思いです。あと表紙の剣舞する周瑜たんかっこいい。一枚絵のキャラの決めポーズがいつもすごく好き。〔初出『Webコミックトム』2016年6月〜2017年4月〕

  • 瀧波ユカリ『ありがとうって 言えたなら』(文藝春秋,2018年3月)
     瀧波さんのお母さまの末期癌が分かってからの経緯を描いた作品で、読むとつらくなるんじゃないかなって覚悟していたんですが、とにかくお姉さまとともに、体力も感情も振り絞ってやり切った感のある看取りで、胸が痛くなると同時にこういう言い方は失礼かもしれないけど、さわやかささえある読後感であった。お母さまの個性がとても強くて、きれいごとでない話も率直に語られているにもかかわらず、全部ひっくるめて人間味があって魅力的なかただったことが分かるようになっているのが、愛だなあって。〔初出『CREA WEB コミックエッセイルーム』2016年5月〜2017年10月〕
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