虫のいい日々

あぶはち取らずと言われても、極楽とんぼで過ごしたい。
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2017年5月に読んだものメモ
  • Shanna Swendson "Rebels Rising" (NLA Digital LLC, 2017年4月)
     魔法と科学が拮抗する英国統治下の19世紀アメリカが舞台の歴史改変スチームパンク・ファンタジー第3弾。いよいよ、独立に向けての気運が高まる。同時に、1作目でいずれ重要な意味を持ってくるのではと思っていた、主人公の出生の秘密がとうとう明らかに。そしてそれゆえに、否応なしに危険なミッションを引き受けることに。前作でいったん離れ離れになったヘンリーとも再会して共闘するけど、なんだかんだヒロインを守りたがるヒーローの横にあっても、とにかく彼女が前に出て自分の仕事をきっちりやりとげてて凛々しい。あと、著者は最初にこのシリーズ始めたときはそんな意図なかったんじゃと思うけど、異なる種族やさまざまな階層の人々の不満が噴出してデモから革命になだれ込んでいく描写が、現代のアメリカでも争点となっているダイバーシティ関連のあれこれをも妙に連想させる。

  • ピーター・トライアス『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン〈上〉』
    ピーター・トライアス『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン〈下〉』(訳:中原尚哉/ハヤカワ文庫SF,2016年10月/原書:Peter Tieryas "United States of Japan" 2016年)
     第2次世界大戦で日独側が勝利を収め、日本統治下にあるアメリカ。ゲームと巨大ロボットメカに彩られたキッチュで退廃的な世界はなかなか面白い。しかしストーリーの大半が1988年設定な理由がよく分かっていません。現実の2017年にも確立されていないような近未来っぽい技術が、いったいどういうわけで戦勝国が違うだけで80年代(しかも現実より荒廃)に実現しているのか。そんなところに引っかかるせいでなんか気持ちがページの外に引き戻されるのは、私の頭がカタいのか。なにか読み逃しているのか(と、Twitterに書いたら、なんと著者ご本人から、本書の下敷きとも言える、同じく日独側がWW兇脳〕した世界を描く1962年発表の古典SF、フィリップ・K・ディックの『高い城の男』でも、1960年代の技術水準が高度である、というレスポンスがありました……野暮なことを言ってすみませんでした!)。
     とりあえず結局この作品世界でなら、たとえ史実どおりアメリカ側が勝っていても、現実の1988年よりも殺伐としたダークな社会が形成されちゃってるんじゃないか、みたいな拭い去れない虚無感はあって、そういうのはフィクションとして嫌いではない。
     ちなみに、同時発売された単行本(新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)1冊バージョンもあります。


  • Colonel Sanders "Tender Wings of Desire" (YUM! Brands, Inc., 2017年)
     KFC米国本社が、母の日キャンペーンの一環で公開したロマンス小説。お母さん食事の支度はいいからフライドチキン食べてロマンチックな空想でもしてゆっくりしてねってことみたい。
     興味を示していた友達に、読んだらどんなんだったか教えてねって言ってたけど、結局自分で読んだ(ヒマ人か!)。その友達が『欲望の柔らか手羽』という邦題を考えてくれたので脳内でそれを採用していたが、残念ながらひどい表紙詐欺(リンク先の書影をぜひご覧ください)で、作中にチキンが登場しない。表紙絵を無視すれば題名から普通に想像される、「箱入りお嬢さんだったヒロインが外の世界に出て自らの欲求に忠実になって羽ばたく」系の話でした。そしてなんかとんとん拍子に八方丸くおさまり大団円。大真面目にテンプレとクリシェてんこもりで、これはむしろ笑いを取りにきていますね?
     ヒーローのラストネームや経営している企業の名前は出てこず、外見描写としては「ほとんど白にも見える明るい色の髪の、眼鏡をかけたハンサムな男性」みたいな感じにぼかしてあります。年齢も不詳。とりあえずカーネルおじさんのファーストネームはハーランド、という知識を得た(ググって確認)。




今月は、あれこれ手を出しては最後まで読み通さず……というのを繰り返してしまった。来月はもうちょっと集中力が戻っていればいいなあ。
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2017年4月に読んだものメモ
  • 川瀬七緒『潮騒のアニマ 法医昆虫学捜査官』(講談社,2016年10月)
     シリーズ5作目。被害者のバックグラウンドのやりきれなさ、犯人の空虚さが印象に残るが、最終的には赤堀先生の強靭なキャラと、岩楯刑事との信頼関係が気持ちを救ってくれる。ウジ描写がいつもより控えめな代わりに別の恐ろしい昆虫が大量出現。

  • 新井素子『そして、星へ行く船』(出版芸術社,2017年3月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1987年)
     シリーズ5作目にして最終巻の改訂版。書き下ろし短編は、まさかのバタカップ(猫)視点がメイン。がんばれバタカップ。いや、がんばらないでバタカップ。元気いっぱいでよきかなよきかな……なのか? というオチ。
     満を持しての種明かし。ティーンが読むにふさわしい前向きヒロイン。再読して、たぶんレーベル的に制約があったなかで、それでもSFマインドがしっかり盛り込まれていたんだなーと改めて感心。それと、あとがきで著者が、さらにこれから自分の代表作を書くと断言してくださっているの心強い。


  • 村田沙耶香『コンビニ人間』(文藝春秋,2016年7月)
     第155回(2016年上半期)芥川賞受賞作。周囲のみんなにはふんわりと理解されている暗黙の了解が、自分にだけ見えてなかったという経験をまったく一度たりとてしたことない人も少ないのではと思うのですが、それを極端に煮詰めて突き詰めたような主人公視点での語りを読んでいくと、彼女の生きづらさや天職と言えるコンビニ店員としての日々の安心感やそこから逸脱したところでの困惑も、そんな主人公に接する人たちが感じる恐ろしさや戸惑いや期待や絶望も、同時に分かりすぎて引き裂かれるような気持ちに。

  • 仁木英之『立川忍びより』(角川書店,2017年2月)
     いろんな要素がてんこ盛りでわちゃわちゃしていて決着ついてないネタもあり(続編があること前提?)、なかなか感想を定めづらい本だった。立川の、昔ながらの街並みが残っている一方で、いまどきのオタ系文化にも親和性があって、ごった煮っぽくなってるあの感じには合っているのかな、と思う。上の世代の思惑に翻弄されてきた若者たちが古いものを一概に捨てるでもなく自分の生き方を諦めるでもない突破口を見出そうとする方向に動く終盤はさわやか。朴訥で適応力高い主人公のキャラにも好感を抱いた。巨大蝦蟇の山王丸がとてもかわいい。

  • 江波光則・手代木正太郎『Thunderbolt Fantasy 東離劍遊紀 外伝』(ニトロプラス,2017年3月)
     公式外伝。本編では具体的なことが分からなかった、かつて殺無生および刑亥が凜雪鴉になにをされていたのかという前日譚。殺無生編は、彼の剣術に関する哲学のようなものが突っ込んで語られ、戦いの描写も詳細で燃える。しかしせっちゃん(殺無生)悪人とはいえかわいそう。ただ、この過去を踏まえて本編を思い返すと、一度は雪鴉に根こそぎ剥ぎ取られた矜持を、無生は雪鴉本人への直情的な復讐より優先するものを見つけたことで、最終的に少し取り戻してから死んだことになるのかも。
     刑亥編は……えーと、これ非公式の2次創作でコミケとかで売られていたらR-18マークが付いて購入時に身分証明書の提示を求められたりするやつなのでは(汗)。コミケ行ったことないけど。うっかりなんか規格外の人間たちと交流してしまった妖魔の刑亥さんが案外、純情であった。そしてその純情を踏みにじられたわけなので、やっぱりそりゃ本編みたいになりますわ。雪鴉ああああ! というわけで、毒をもって毒を制す(いや、制してない、むしろ煽ってる)的なお話2つでした。本当にひどい主人公だよ凜雪鴉。物語のブースト力という点では素晴らしいキャラなのだが。
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2017年3月に読んだものメモ
  • 乾石智子『紐結びの魔道師』(創元推理文庫,2016年11月/表題作のみ『オーリエラントの魔道師たち』〔2013年〕初出)
     数年前の短編集から表題作だけ独立させて、さらに続編を足したもの。思えば初めてこの作者の本を読んだときには、キャラ立ちよりも世界の構築で読ませる、「世界萌え」させるタイプの人かなーという印象を受けたんだけど(そしてそこが好きだったんだけど)、その後けっこうキャラの個性でも読ませるなあと感じ出して、そしてこの連作短編集では、とにかく主人公の、魔道師に見えない物理的な戦闘能力がやたら高い魔道師が魅力的。ただ、それはやっぱり、土台になる世界観とか、魔道のしくみとかがしっかりと存在感を持っているからこそですよね。

  • 岸政彦『ビニール傘』(新潮社,2017年1月)
     表題作は社会学者である著者が初めて発表した小説作品にして第156回芥川龍之介賞候補作。似通っているけど少しずつ違ういくつもの人生を重ね合わせて、多層構造にして見せられた感じ。最終的には個々の層が一体化してたゆたいながらどこかへ吸い込まれていったような印象。生活のなかの質感や匂いがありありと感じられる描写と、大阪の街の具体的な地名が生々しい。
     併録「背中の月」は妻に先立たれた主人公視点で、本当によいカップルだったふたりについての回想と、残された彼の過ごす日々がゆっくり、淡々と薄まってほろほろと崩れていくさま。大阪弁での夫婦の会話が地に足のついた幸せをかもし出していて、喪失感が胸に迫る。


  • 松田青子『おばちゃんたちのいるところ』(中央公論新社,2016年12月)
     生と死の境目があっけらかんとぼやけて、明るくパワーがあって前向きな死者たちと、なにかと息苦しい世の中でもなんとか頑張ってる生者たちが共存する世界。独立したひとつひとつの短いお話が、時にははっきりと、時にはゆるい一点でさりげなくつながっていて、リンク箇所を探しながら読むのも楽しい。それぞれの短編には落語などの「元ネタ」があるんだけど、私の教養のなさのせいで全話についてアレンジ具合を味わいつくすことができず申し訳ない。でも元ネタ分かってなくても面白いです。

  • 米澤穂信『いまさら翼といわれても』(角川書店,2016年11月)
     久々の「古典部」シリーズ。きっと見過ごされたままでも表向きにはなんの波紋も生じなかったかもしれない小さな矛盾だけど、当事者の心は深くえぐるようないくつかの真相。青春はしんどい。これ、ここまで読んできてこのメンバーと彼らの学校生活にすでに愛着があるから余計にしんどいんだろうなあと思ったりした。みんなのこれからを読者が見届けることは、果たして許されるのだろうか(つまり、著者はどこまで彼らの今後の人生を書いてくださるおつもりなのだろうか)。

  • 岸政彦・雨宮まみ『愛と欲望の雑談』(ミシマ社,2016年9月)
     去年、読みそびれているうちに雨宮さんの訃報があって、ショックでますます保留しちゃっていたのですが、今月は岸先生の『ビニール傘』を読んだので、その勢いが残っているうちにと手に取りました。互いに尊重しあっていて、言葉を大事にする仕方の方向性が近しいおふたりだから、時に意見が合わなくても、真摯に語り合うことで和やかかつ刺激的な対談として成立しているのかなと思った。
     雨宮さんは、私にとっては、いつも途中までは「分かる分かる分かるめっちゃ分かります!」ってうなずくんだけど、そこから「え、それでそっちへ行く!?」みたいになっちゃう作家さんという印象で、でもそこをなんとか理解したいと思わせられる文章をお書きになるかたでした。この対談を読んでも、「あ、私とは根本的にタイプが違う人だ」ってとこがいくつも出てきて、でもすごく魅力的なんですよね。たぶん私には、雨宮さんみたいに自分を追い詰めるほどとことん突き詰めて考える素質がなくて、しかも考えずに動いて人生なんとかなってきちゃったんだよな。雨宮さんが送り出す鋭く繊細で硬質な(と私には思える)言葉を、岸先生がやわらかく受け止めて投げ返している雰囲気がよかった。


  • 獸木野生『PALM 39 TASK IV』(新書館,2017年3月)
     アンディ奪還のため暴走するジェームスを中心に、さまざまな人々のそれぞれの思惑が動く巻。そしてここまで来ても本当に今後の展開が読めない。ひとつ思ったのは、「オールスター・プロジェクト」のラスト(1991年初出、PALM 14)で、作中時間における主要キャラのずっと先の未来が語られたとき、アンディの最期があんなふうだったのは、今回のこの巻で受けた仕打ちのせいなのでは? ってこと。本来ならこの時点で彼は死んでいたのが、分け与えられた命のおかげで生きながらえていたけど、とうとうストックが尽きて、その時間のなかでは謎とみなされる過去の死因で息絶えることになったのでは? いや、ぜんぜん違ってて、今後そのへんの説明も作中でなされるかもしれないんだけど。
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2017年2月に読んだものメモ
  • 新井素子『通りすがりのレイディ』(出版芸術社,2016年9月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1982年)
     シリーズ2作目の改訂版。巻末書き下ろし短編は同僚の中谷くん視点。本編中では(主人公の眼中にあまりないせいで)キャラの見えづらかった彼の、けっこうめんどくさい規範に縛られめんどくさい思考に陥っている側面が語られる。
     先月、シリーズ1作目の改訂版を読んだときに「価値観が昭和なのでメタ的に読んでしまう」という話をしたんだけど、本作でもちょくちょく引っかかりはする。そして、初めてこれを読んだときには特に引っかからなかったんだよなあというところに、時の流れと社会の変遷、自分の意識の転換を見る。いっそ、旧バージョンではビデオテープだったのを「超小型ディスク」に変更するとかしないで、当時のまま残して、はっきり古い作品だといま初めて読んだ人にもすぐ分かるようにしたほうが全体のバランスよかったかもしれない(異論はあると思いますが)。今後ディスクも廃れそうな気がするし。


  • 新井素子『カレンダー・ガール』(出版芸術社,2016年11月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1983年)
     シリーズ3作目の改訂版。書き下ろし短編は、熊谷さんが水沢総合事務所に入るまでの経緯。本編では最も常識人のように見えていた最年長の彼もなかなか頑固かつマイペースでそれゆえ属する場所を選ばねばならぬ人であった、という。
     ずっと言ってる、登場人物の感覚が昭和っぽい問題については、だんだんむしろ、現在の情勢に鑑み、日本社会が未来に向けて古い価値観へのバックラッシュを推進しつつガラパゴス状態を続けていく展開も完全否定できないのでは? 世界的にもどんどん民族的な分断が進んで、このシリーズ内のように、21世紀初頭の東京ですら比較の問題で人種のるつぼに見えちゃうほど日本人で固められたコミュニティが、宇宙進出後にも存在しうるのでは? この作品世界は一周まわってSF小説的にアリなのでは? という気持ちさえ湧いてきた。
     それに思い出せ私、これはもともと、80年代にハタチかそこらだった著者がドリームを詰め込んだ、コバルト文庫の少女小説だったんだぞ。当時のマジョリティな乙女の萌えツボは、当時の世間一般的な恋愛・結婚観に沿ったかたちでないと、刺激できなかったであろうよ。少なくとも当時少女だった私はこのシリーズが大好きだった。


  • 新井素子『逆恨みのネメシス』(出版芸術社,2017年1月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1986年)
     シリーズ4作目の改訂版。書き下ろし短編の主役は麻子さん。「レイディ」事件の前日譚部分の時期、太一郎を失った(と思われた)所長のためにご飯を作る話。多彩多芸で有能かつ一途な彼女にかかると、どんどんスケールが単なるお料理の範疇を逸脱していく。
     初出の年を確認して、本編が前作からわずか3年後の発表であったことに驚いた。記憶では、3巻と4巻のあいだはもっともっと長く期間が空いたような気がしてた。というか、当時はまさか4作目が出るとは夢にも思っていなかったほどだった。若い頃の体感時間ヤバいな! ここまでの3作の伏線回収が始まる巻。
     最初にこれとあとに続く最終巻を読んだときは、前3作での、若年向け作品にありがちかもしれない主人公にとって妙に都合のいい展開や、主人公の天然おひとよしな性格そのものをストーリー上のキー(しかもSF的な)にしてしまうという、ある意味「開き直りかよ!」ともとれる力技に、やられたなーと思ったことを覚えている。


  • 今村夏子『あひる』(書肆侃侃房,2016年11月)
     第155回芥川賞候補だった表題作のほか「おばあちゃんの家」、「森の兄妹」の計3篇を収録。いずれの作品も、明確には口にされない暗黙の了解的な人とのつながりや相手への期待が、暗黙のままであるが故にすれちがっていく不条理へのもどかしさや物悲しさ、そしてそれらに対する淡々としたほの明るい受容の話として記憶に残った。

  • J. K. Rowling, Jack Thorne, John Tiffany "Harry Potter and the Cursed Child (Special Rehersal Edition Script) [Kindle Edition]"(Pottermore, 2016年7月)
     去年わりと発売直後に買ったんですが、結局、日本語訳が発売されたあとになっても放置してしまっていた。や、その……なんか怖くて(なにがだ)。
     さて、読了後の感想は。萌えどころはたくさんあるんですが、すごく正直なことを言うと、最初に思ったのは「ここ十数年間ファンフィクライターたちが鋤や鍬でちまちまと耕していたところを原作者が公式展開という名のブルドーザーでドドドドドーッと掘り返してガーーーッと巨大ローラーでならし固めていったわ!」でした。ハリーの息子アルバスとドラコの息子スコーピウスが親友同士に、しかも周囲から疎外されて追い込まれ親世代のハリーとロンなどよりずっと互いに依存的な親友同士になっていったりとか。「父親のお手本」を持たないハリーが息子との断絶に悩み、あのヘタレな意地悪キャラだったドラコのほうがむしろはっきり愛情を示せる父親だったりとか。そもそもドラコが完全に「いいやつ」側だったりとか。時間を逆行して改変された世界を生きる(そして大人気キャラだったあの人の再登場)とか。大人になったドラコが少年時代のハリーたちへの羨望を吐露するとか。いろいろいろいろ何度も「あ、これファンフィクのアーカイブサイトにありそう」って思った。あと、旧作で、セドリック・ディゴリーの死の扱われ方がずいぶんあっさりしてるよな、実際ハリーはどう思っていたの? っていうところも、多くのファンが自由な妄想の入る隙間を見出してきた部分であったかと思うのですが、そこも原作者ががっつり埋めてきたよ!
     しかしそうやってツッコミ入れつつ、作者がいまでもこの世界にこんなにも深い愛情を抱いているのだということが伝わってきて嬉しくもあった。
     〔和訳版『ハリー・ポッターと呪いの子 第一部・第二部 特別リハーサル版』(訳:松岡佑子)〕
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2017年1月に読んだものメモ
  • Shanna Swendson "Paint the Town Red (Enchanted Universe Book 1) " (NLA Digital LLC, 2016年12月)
     「(株)魔法製作所」シリーズのスピンオフ短編。電子書籍で無料配布中でした。MSIのセキュリティ担当、ガーゴイルのサムによる一人称で、ケイティのミッションを支援してないときのお仕事中のひとこま。なかなかハードボイルドな語り口。

  • 新井素子『星へ行く船』(出版芸術社,2016年9月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1981年)
     改訂版。巻末に猫のバタカップがどうやってあゆみちゃんに飼われるようになったかが判明する書き下ろし短編あり。この短編はシリーズ最後までの展開を知ってる人だと「ああ、なるほど」って思うやつですね。宇宙移住が実現している未来の話なのに、いろんな価値観とかがやっぱり「昭和」だよなって思う部分が目について、なんだかメタっぽい読み方をしてしまった。コバルトで読んでた頃のこととかも思い出されて懐かしい。

  • 植本一子『かなわない』(タバブックス,2016年2月)
     写真家の日記その他(主にブログ再録)。ご夫君はミュージシャンで、小さいお子さんふたり。日々の暮らしのこまごまとした話の率直で繊細な描写に共感するところと、芸術家夫婦だからか知らんけど破天荒だなーと感じるとこと。しかし切実さも伝わる。特に途中からは終盤にかけて予想外の展開になっていって、ここまで公開しちゃって大丈夫なのかと心配になるほどなんですが、奇妙な迫力で読ませる。今月末発売の新刊の試し読みページを見てみると、また大変なことになってるみたいで。

  • 温又柔『台湾生まれ 日本語育ち』(白水社,2016年1月)
     最も自在に使えるのは日本語だけど法的な日本での立場は外国人で、大きくなってから学校で中国語(普通话)を習い、ご両親は台湾語(閩南語)と中国語(台湾國語)を混ぜて話し、しかしお祖父さんお祖母さんは歴史的経緯の結果として日本語が堪能という複雑な言語環境にいる著者が、国や言語について突き詰めて考察していくエッセイ。さまざまな葛藤を乗り越えてのものだというのは踏まえつつ、軽やかかつ柔軟にボーダーラインを越えて自分だけの言語を獲得している感じがちょっと羨ましい。私はちっちゃい頃、日本語のなかに英単語が混じると、ものっすごい叱られたんですけど、どうせ日本で暮らし始めたら日本語環境に染まるんだから、ママンは当時あんなしつこく怒ることなかったんでは? って思ってしまった(そこかよ)。複数の言語の表記の仕方が面白い。同じひとまとまりの文章のなかでも、著者が学校で習った中国語を活用して話す場面でのセリフは簡体字なのに対して、(おそらく)台湾人である自分を意識しての中国語での発話は繁体字で書かれていたり。ピンインや、台湾語をあらわすときにはカタカナも駆使される。それらが功を奏して、すごく場面を想像しやすい。


  • 井上純一『中国嫁日記』第6巻(KADOKAWA,2016年12月)
     ブログ再録と描き下ろしの進みがそろってないので、時系列面で少し混乱(5巻で決裂した人と仲良し)。今回の描き下ろしはつらいお話だけど、男性側視点で描かれたものはあまりないのでは。作者のお母さんが泣きながらも冷静におっしゃった言葉に重みがある。

  • モンズースー『生きづらいと思ったら親子で発達障害でした』(KADOKAWA,2016年5月)
     ブログで連載されてたエッセイ漫画の書籍化(書き下ろしもあり)。あまりにも周囲と足並みがそろわない子育て上での不安、わけが分からないことによる絶望と、一方で揺るぎないお子さんへの愛情、お子さんに療育が必要と判明しご自分にも診断が下って対処の道筋が見えてきたときの心の動きなど、かわいい絵柄で正直に吐露されている。主観的な語りだけど門外漢にも伝わるよう分かりやすく整理されており、作中でおおやけにすることとしないことの線引きも一貫していて、著者はとても聡明なかたなのだと思った。

  • あしべゆうほ『クリスタル☆ドラゴン』第27巻(秋田書店,2016年9月)
     去年出てたのいまごろ知って慌てて買った。冷徹な戦士として登場したはずのグリフィスが、旅の過程でじわじわと本当に人間味のあるひとになったねえ。でもこの巻の冒頭で、たぶんずっと未来のことが少し言及されていて、なんだか寂寥感。とにかく、26巻を読んだときにも似たような感慨を覚えたけど、1980年代からずっと読んでいるお話が、ファンも諦めていた中断期間を経て、いま「終わらせよう」という明確な意思を感じさせるように動いているということ自体に、感謝の念がある。
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