虫のいい日々

あぶはち取らずと言われても、極楽とんぼで過ごしたい。
<< July 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
 
ここはなに?
ウェブサイト「虫の居所」の一部です。
管理人ならのが、そのときどきに考えたことや興味を引かれたもの、読んだものなどについて、心のおもむくままに、だらだらと綴るところです。心がおもむかないときは、更新停止しています。
これまでの日々
コメントされた日々
トラックバックされた日々
MOBILE
qrcode
 
2019年7月に読んだものメモ
  • 陳浩基『ディオゲネス変奏曲』(訳:稲村文吾/早川書房,2019年4月/原書:陳浩基《第歐根尼變奏曲》皇冠文学出版有限公司,2019年1月)
     一発ネタのショートショートも含めて全部で17の作品が入った短編集。物語の舞台もジャンルもさまざまだけど、バラエティ豊かなようでいて、一定の方向性も感じられる1冊。なにかこう、本当に書くという行為そのものを楽しんでいる人の本、という感じがした。あと、ひねりのあるパズラーへの純粋な愛。作品の並び順にまで神経が使われていて、大切に編み上げた本。満を持してトリを飾った「見えないX」は、前に電子版のネット上での評価がとても高いのを見ていたのに、読みそびれていた。評判に違わず、すごく面白かった。物語内の現実においても事件は起こらず、理屈を突き詰めること自体によって成立するミステリ。余談ですがコナンや金田一少年へのあっけらかんとした言及がちょっと新鮮でした。むしろ日本の小説のほうが、いくらメジャーでもこういった他作品のキャラ(特に脇役)を注釈なしでたとえに使ったりはしづらいのでは。最近はそうでもない?

  • 今村夏子『父と私の桜尾通り商店街』(角川書店,2019年2月)
     6つの作品からなる短編集。表題作は最後。まあいつものことだがどれもこれも不穏な空気よな。一見、日常のほのぼのひとこまという感じで始まっても、どこか一般的なボリュームゾーンからずれてる人が、それでも自分をおかしいとは思わず確固とした自分自身の感覚で突き進む。突き進んだ先には、カタストロフィが待っているのか、それともずれてる本人は、ずれたまんまで幸せに暮らしていくのか。ずれてる側のビジョン、なんだか楽しそうだったりもするからね。楽しそうというか、少なくとも不幸ではないのかな、と。傍にいる人の戸惑いの言動も明確に書き込まれているけど、それが戸惑いだとは、戸惑わせている側には伝わらないという断絶込みでの描写で、読んでる側のなかでは可笑しさと哀しさがブレンドされる。

  • 西村友作『キャッシュレス国家 「中国新経済」の光と影』(文春新書,2019年4月)
     モバイル決済が普及しまくって社会が大きく変わった中国で実際に生活してらっしゃる大学の先生のレポート。今年の4月に出た本ですが、前書きで日本でこれから登場予定の決済サービスとして7Payの名前も挙がっており、「ところが今月スタートしたら、大変なことになりましたね」と、思わずページに語りかけそうになった。まあ、それはともかく。国内だけですごい規模になるからとはいえ、2強であるアリババも微信も中国独自企業なわけで、一時的に旅行で訪れる人間にとっては、ここまで物理的な現金が排除されていると、いまのところはかえって不便そう……と思ってしまうのですが、この辺は対処されていくのかな。あとやっぱり、旧弊な感覚と言われてしまえばそれまでだけど、便利さと引き換えに個人情報を詳細に取られているのって、なんとなく気持ち悪いというか。でも世界的に、そういう流れになっていくんだろうな。買い物すらできないような状況に陥らないよう、せいぜい、しがみついておくしかないのか。それとしばらく前には知人から、中国ではアリババの「芝麻」という買い物などで付与される信用ポイントがとても重要で、婚活などでも開示は必須、この点数で相手の生活水準や金銭感覚、ひいては価値観そのものを推し量る、みたいなことを言われ、「え、そんな一企業の評価数値で」と思ったのですが、本書ではそういった個人信用情報を制御する事業に、私企業の情報囲い込みを許さず政府が介入し始めていることなどについても触れられており、「あー、やっぱり政府主導になりますよね! それはそれで! それはそれで抵抗が!」という気持ちが湧いた。そうやって相互信用度を数値として可視化して賞罰を与えていくことによって、ある程度は社会の治安やみんなのマナーがよくなっていくという理屈も一応分かるっちゃ分かるんですけどねえ。

  • ヤマザキマリ『パスタぎらい』(新潮新書,2019年4月)
     イタリア留学中の節約生活時代に食べつづけたせいでもはやパスタに食欲が湧かなくなったという著者が、世界各地での食べ物に関する思い出を綴る。「病人食」のパートがすごく面白かったです。これは通常の観光では、あるいは行く先々でダウンするようなことがなければ、あまり味わう機会のないやつ。でもヤマザキさん、滞在先で出されたものをしっかり食べることでコミュニケーションっていう考え方にはすごく納得だけど、けっこう無茶もなさっているので、お願いです、ちょっとだけご自愛を、とも思ってしまった……。

  • 辻村深月『傲慢と善良』(朝日新聞出版,2019年3月)
     ジェーン・オースティンの古典小説を彷彿させるタイトルで、失踪した婚約者を探す青年と、探される婚約者のお話。それまで見えていなかったことが次々と見えてきたりするあたりはかなり不穏だったり、身も蓋もない婚活のいかにもありそうな本音が語られて殺伐とした気持ちになったりするし、題名にある善良さと傲慢さが地続きな感じが、論理立てて語られるあたりも容赦ない。一方で、主役ふたりの弱さ、いじらしさ、ナイーヴさ、そこからだんだんと現れてくる前を向こうという姿勢、見ていなかったものに向き合おうという姿勢、たしかに弱点でもあるんだけど取っ払えない根っこのところの真面目さがあるので、読みながらどちらも応援したくなった。

  • 劉慈欣『三体』(訳:大森望,光吉さくら,ワン・チャイ/監修:立原透耶/早川書房,2019年7月/原書:刘慈欣『三体』重庆出版社,2008年)
     ヒューゴー賞で話題になってから、実に4年を経ての出版ですが、ちゃんと売れているようでなによりです。2015年に英訳版を読んだときは、固有名詞がアルファベット表記だったために、"Mozi" が「墨子」だと理解するのにしばらくかかったりなどの弊害があったので、漢字表記が使える日本語訳はさくさく読めて嬉しい。ありがとうございます。あと、同著者の旧作品の内容を踏まえた部分が、英訳版ではカットされていたことを初めて知りました。本作ではあまり活躍しない脇キャラだけど、『球状閃電』の丁儀博士すごくかっこいいので、こっちもいつか邦訳が出ることを祈ります。いや、まずはこの三体シリーズの続きですけど。2冊目は来年に出るって、訳者あとがきで明言されていた。やったね。


  • 杜康潤『孔明のヨメ。』第10巻(芳文社,2019年7月)
     ついに三顧の礼まで進みました。初回の応対をしたのが林ちゃんになってたー。本作における私の最推し士元さんとはいったんお別れして、舞台は新野に。巻末に、今月から東京国立博物館で始まる「特別展 三国志」の事前取材レポートが。研究員さんのお話から、この展覧会に対する気合のほどが伝わります。私が見たい曹操の墓から出た白磁の壺は「罐」なんですね。この巻には割引券も付属しているのですが、これを実際に使うためには帯に鋏を入れる必要があり、なんか自分には使えなさそうな予感がする。

  • ヤマザキマリ『それではさっそくBuonappetito!』(講談社,2008年8月)
     『パスタぎらい』で、過去に出した食べ物エッセイ漫画として言及されてて、「あれ? 私これ買ったような気がする、でも読んでない気がする……」と積み本のなかを探したら、あったよ、11年前の初版第1刷が。きっと、いま読む運命だったんだ、うん。イタリアやポルトガル、帰国中の日本、旅先のブラジルなどで食べたいろんな美味しいもののお話、レシピ付き。『パスタぎらい』と共通するエピソードも、漫画で読むとまた違った楽しさ。留学中のルームメイトや結婚後のご家族とのやりとりに躍動感がある。

  • 細川貂々『生きづらいでしたか? 私の苦労と付き合う当事者研究入門』(平凡社,2019年2月)
     まず「当事者研究」という概念を知らなかったので、いきなり「当事者」って言われても、なんの当事者なんだ? と戸惑いました。「当事者研究」というひとくくりで固有名詞なんですね。正直ちょっと、いいのか? って感じはした。なんかこう、リンゴの品種名を「くだもの」にしちゃった的な……(すみません)。あと、このタイトルの、意味は通じるのになんとなく引っかかる表現に敢えてしているのが、面白いなあと思って。この引っかかり自体が、日々の社会生活がまるっきり滞るわけではないんだけど、かといってスムーズではない状況と、イメージがダブる。当事者研究団体への取材記であるとともに、しんどい気持ちがあったりする人が、「人」と「問題」を分けて考えて「問題」にフォーカスしたら……など、少しだけ気楽になれるような、発想の転換アドバイス的な内容も。
Posted at 16:40 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark
2019年6月に読んだものメモ
  • 川上亜紀『チャイナ・カシミア』(七月堂,2019年1月)
     4つの短編を収録。実家に顔を出しにいく一人暮らしの女性の物語だったはずが、点と点でつないだような記述を追っていくうちにいろんなものが渾然として山羊の群れと灰色猫のイメージに集約されていく表題作は、捉えどころがないストーリーのなかに、自分も気がつくとこんなふうに知らないルールに翻弄されているかもしれない、みたいな手触りが感じられてインパクト強い。いちばん小説として分かりやすく読者に親切な「靴下編み師とメリヤスの旅」は、編み物をする左利きの主人公の実感のこもった述懐が興味深く、ミステリ好きの老婦人との偶然から始まる交流がしみじみと素敵。
     寡聞にして存じ上げない作家さんだったのですが、どうやら詩人としての活動のほうが多いかただったのでしょうか。タイトルに目を引かれ、巻末解説が笙野頼子さんと気付いて読んでみたら、実は「遺稿集」だったので愕然としました。長く闘病なさったことは作品内容からも察せられましたが、没年に誕生日を迎えていらっしゃらなければ50歳手前でお亡くなりになったはずというのはあまりに早い。いまは「雲の上」(と、本書の著者略歴ページに書かれていた)で安らかに楽しく過ごされていることと信じます。


  • 北山猛邦『千年図書館』(講談社ノベルス,2019年1月)
     カバーの裏表紙部分に堂々と「全てはラストで覆る!」と書いてあるのでネタバレにはならないと判断しますが、この惹句どおり、5つの短編どれも、どういうことかな? と雲をつかむような心持ちで読んでいくと最後の最後に「そこに落とすかー」ってなるタイプのやつ。読み終えてから、思わずページを逆にめくって記述の周到さを確認しちゃうような。ただ共通点はそこだけで、物語の傾向は、切ないものからユーモラスなもの、よかったねえと思えるものまでいろいろ充実のラインアップ。なんとなくお得感があった。

  • Jinkang Wang "Pathological"(訳:Jeremy Tiang/Amazon Crossing, 2016年12月/原書:王晋康《四级恐慌》江苏凤凰文艺出版社,2015年5月)
     バイオセーフティーレベル4の施設で厳重保管されているはずの病原体が、密かに持ち出されていたというところから始まるお話。現時点から見て過去の時代から近未来までが描かれる。流出経路は2つあり、ウイルスを手にした2グループの人々は、それぞれの思想、そして信念と執念に従いそれを活用しようとする。結果的にメイン登場人物側は、イスラム過激派によるバイオテロに対抗することになるんだけど、単純に「正義の味方」かというと、やってること自体はなかなかドラスティックで、実は本質的には変わらない部分もあったり。もともと天然にあったものを、人間が罹患する病気の原因になるからと完全に自然界から排除することが傲慢であるなら、ある程度のコントロール下に置きつつ意図的に存続させようとすることもまた、傲慢と言えはしないのだろうか――というようなことを、ぐるぐると考えながら読むことになった。あと、大局を見た判断が個人の犠牲を伴ってしまうことについてとか。狂信的ですらある不屈の精神で自らの使命と思い定めた道に突き進むヒロインは、一方ではとても理性的かつ愛情深い魅力的な人で、感情移入したくなっちゃうんだけど。

  • 高山羽根子『居た場所』(河出書房新社,2019年1月)
     異国の地から、そもそもは実技実習留学生としてやってきた働き者の妻。その故郷の島で発見された遺跡。タッタという小動物。ネット上で見られる地図ではないことにされている、かつての妻の居住地。読めない看板の文字。どこにでもいる微生物。妻がかつて初めて親元を離れて暮らしていた思い出の町を訪ねる夫婦の旅行の記録としては、夫にしてみれば周囲の事象に理解が及ばないもどかしい感じまで含めてとても具体的で現実味がある一方で、そのなかにするりと入ってくる非日常的な要素がもたらすつかみどころのなさがそこにオーバーラップして、なんとも不思議な味わいのお話に。
     一緒に入っている「蝦蟇雨」「リアリティ・ショウ」も短いなかにいろいろ想像を喚起させる要素があって面白い。特に前者は、主人公が淡々と自分のいる場所に適応している日々の生活の、地に足のついた描写と、徐々に垣間見えてくる状況との対比が鮮やかで印象的。


  • 柚木麻子『マジカルグランマ』(朝日新聞出版,2019年4月)
     70代半ばにして、一度は「かわいいお婆ちゃん」枠で女優として再デビューを果たした主人公が、その後バッシングに晒され不遇をかこち、しかしたくましく欲望に忠実に、意識をアップデートしながら道を切り開いていく。そして本人が常に自分にふさわしい次の場所を探してあがいている一方で、周囲の人たちは巻き込まれていくうちにどんどん適材適所に納まって自然に道が開けていく可笑しみ。我が強く自らの気持ちに素直なヒロインは、もちろん迷惑な存在として嫌われることがあるのも分かるんだけど、視点人物として読み手がその思考を追っていくかぎりにおいては、そのバイタリティ、および「あとがない」という気持ちあってこそのアグレッシブさやポジティブなドライさは切実でもあるし、それまでの人生でふつふつと積み重ね溜め込まれてきたものがあるからこそのエネルギーの噴出でもあるんだと思うと痛快。

  • 酒井順子『家族終了』(集英社,2019年3月)
     ご両親に続きお兄さんまで亡くなって、生まれ育った家庭のメンバーが自分ひとりになったという話から始まる、家族にまつわる多角的な考察。若い頃に読んだこのかたのエッセイからは、世代を考えるとかなり進歩的で優しい親御さんのもとで、すくすく聡明に育ったお嬢さんというイメージを抱いていたのですが、ご家族がいなくなって初めて書けたというエピソードを読むと、多感な年頃にけっこうハードな経験もしてらしたんだな、と少し驚きました。あくまでも淡々と、いつもどおりのシニカルさのある筆致で書いてらっしゃるけど。
     私は酒井さんより年齢的には少し下なんですが、たぶん親の生まれ年はそんなに変わらないんですよね。それで、あの世代が中心となって動かしてた頃の社会の影響をがっつり受けつつ育った一方、いまの時代の空気もびしばし感じていて、新しい価値観を肯定する気持ちがありつつどこかコンサバな感覚も自分の中から抜け切らないという、その葛藤はなんかとても分かるなあ、と。そして「家族」や「パートナー」の定義がどんどんゆるやかになっていくんじゃないかっていう展望、私は酒井さんと同じく、息苦しさの減少につながる明るいものとして見ています。
Posted at 09:55 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark
2019年5月に読んだものメモ
  • 三浦しをん『愛なき世界』(中央公論新社,2018年9月)
     洋食屋店員の青年が、近所の大学で植物学を研究する院生に恋。しかし彼女は、ヒトに対して恋愛感情を持つことはないのだった。登場人物が、個性は突出しているけどことごとくいい人ばっかりという、やさしい世界。そんなやさしい世界でも、ままならぬこと、噛み合わぬことはあって、でもみんな腐らない。そんなやさしい世界を舞台に、一方では綿密に取材したのに違いない植物研究者の毎日が、他方では真摯に食のことを考える料理人修行の日々がいきいきと語られる。なんかこう、人間と人間の性愛に限定しなければ、愛はちゃんとそこにあるのだ、という幸せな気持ちで読み終えた。主役のふたりが、恋愛関係にはならないけど、人間同士としては互いに好感を抱き信頼を積み重ね、それぞれまったく違う専門的な世界で研鑽を積みながら、認めあい敬意を払いあうさまがとてもよかった。

  • 杉原里美『掃除で心は磨けるのか いま、学校で起きている奇妙なこと』(筑摩書房,2019年3月)
     素手による公共トイレ掃除を感染症予防など度外視で精神修行の一環として推進されたり、生まれつき髪色の薄い子が強制的に黒染めさせられたり、道徳教科書の裁定が道理に合ってなかったり……個々の事例はここ数年以内にネットで見たなって話ばかりなんだけど、たしかに改めて列挙されると、やはりなんとなく大きな流れとして、教育の場が一定の方向に動かされ始めているのかという感じになりますね。ただ本書にあるように、私らが子供の頃よりも随分と踏み込んだ部分にまで介入する学校が増えていると同時に、反発する子供は昔より減っているのだとしたら、子供たち自身にとっては「そんな理不尽なこと受け入れてていいの?」っていう私らの疑問は、めんどくさい口出しに過ぎず、老害の意見と感じられてしまうのかもしれない、とも。一方で、そういった全体的な趨勢に溶け込めない子供、溶け込むことが正しいと思えない子供だってきっといるだろうから、そういう子が疎外されず声を消されず生きていけるとよいという祈りの気持ちもある。そのためには、余計なお世話と思われても、世間には違和感を表明する者もいるからね、というかたちで小さな風穴をあけていく意味はあると思いたい。

  • 白川紺子『後宮の烏』(集英社オレンジ文庫,2018年4月)
  • 白川紺子『後宮の烏 2』(集英社オレンジ文庫,2018年12月)
     中華文化圏の架空王朝が舞台。特殊な能力を持つヒロインと、時の皇帝とが中心になって、さまざまな人々の感情に起因する怪異の謎を解いていく。メインのふたりがそれぞれに背負うものと、彼らが共有する秘密が徐々に明らかになっていくにつれ、ふたりのあいだの信頼や友情、あるいはそこからさらに芽生えているかもしれないなにかが、かけがえのないものとなっていく、その気持ちの動きの描写が丁寧。脳裏に浮かぶビジュアル的なイメージがとても美しい。今後の展開への緊迫感も強くて、次が楽しみ。

  • 甘木サカヱ『アラフォーになってようやく気づいたんだけど、私、たぶん向いてない。生きることに…… メンタル編』(KADOKAWA,2019年3月)
     常日頃から面白くてワードチョイスにパンチのある発言が大人気の、多くのフォロワーを抱えるいわゆるアルファツイッタラーのかたが、反響を呼んだツイートをピックアップしてさらに掘り下げてくださっているエッセイ集。
     まあ時折リツイートで回ってくるのを拝見していても、根っこは真面目なかただよなあと思っていたけど、本当に真面目で心やさしいかただ。そして謙虚でいらっしゃる。一貫して、「こんなふうに不器用で生きづらさを抱えている人間も、なんとかかんとか暮らしていますよ、だからみんなも頑張ろう?」って言ってくれるスタンスなのである。
     なんかさ、読んでいるうちに、「逆に客観的に褒められるとこのないこの私、なんでこんなに迷いなく自分のことが好きなんだろう??」って疑問が湧いてきたよ。第三者100人に訊けば100人全員が、この著者と私を比べたら私のほうが断然、生産性皆無のダメ人間だと判定するに違いないんですけど、私この人ほど謙虚になったことないような気がするよ。不器用の自覚も、生きづらさの自覚もあるけど、だからいろんな葛藤や失敗エピソードに「あるある!」と共感するんだけど、それが自己否定の方向に行ったことがないの、逆にヤバくね?
     ――と、だんだん不安になってきたところで、283ページ中272ページ目になって突然、自分を好きなのはいいことだよって肯定してくれる内容が出てきて、びっくりした。かゆいところに手が届いている構成というか、まんまと手のひらで転がされた感というか。お釈迦さまか! 鬱病に苦しんだときのことも克明に書いてくださっていて、特に駅のホームでのお話は、あまりにも臨場感のある表現力の高さだった。本当に怖かった。マジで涙出た。奇跡のような偶然に助けられて、いま生きていてくださって、本当によかった。


  • 米澤穂信『本と鍵の季節』(集英社,2018年12月)
     高校の図書委員ふたりが、なぜか持ち込まれる謎を、淡々と解いていくんだけど、依頼者の当初の思惑からは離れたところに着地していく連作短編集。つかず離れずの微妙な距離感を保つコンビはどちらもそれぞれ別の視点を持ちつつ優れた洞察力を発揮し、見なければ安穏としていられたようなことを見てとってしまう。でも、気づいてしまったからと言って、どこまで相手に介入すべきか。していいのか。なにを伝えればいいのか。伝えるだけならいいのか。どのお話でも、デリケートな部分が最後までデリケートなまま温存される。それゆえに、敢えてすっきりとさせないビターな読後感。一方で、けっこう真面目に委員会活動をしているふたりが、「本」や「図書館」にまつわる知識を適用し、小さな部分に着目して進めていく謎解きには、とても興趣を感じる。
Posted at 17:37 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark
2019年4月に読んだものメモ
  • フランシス・ハーディング『カッコーの歌』(訳:児玉敦子/東京創元社,2019年1月/原書:Frances Hardinge "Cockoo Song" Macmillan Childeren's Books, 2014年)
     語り手の少女の記憶がおぼろげでなにがなにやら、というところから始まり、序盤はずっと異常な状況下で不穏と不安がわだかまるような息苦しい雰囲気が続いていくけど、事情が見えてくるに従い、物語はどんどん加速していく怒涛の展開に。よくあるパターンだと脇役ポジションに置かれるような子の視点で話が進むのが目から鱗で「そう来たか!」って思った。懸命に粘り強く事態を打開しようとがんばる姿が健気で応援したくなる。最初は主人公への態度が酷かった奔放な妹ちゃんも、だんだんその率直さが好きになってくる。主役を含めて、どの登場人物にも最初に出てきたときの印象とは違う側面があり、その部分に対して作中では善悪のジャッジがくだされない。すべてを切り分けず切り捨てず、包括していく感じ。日常のすぐ隣にある異形のものたちの暮らす場所の存在がまざまざと脳内で映像化されて背筋がぞわっとするんだけど、同時に、恐ろしく不気味なものの向こう側を見据えた奥には、それでも目をそらすことのできない魅力的ななにかがあるのだ、そういった多層性の提示が世界を豊潤にしているのだというようなことを読みながら考えていた。

  • 小野秀樹『中国人のこころ 「ことば」からみる思考と感覚』(集英社新書,2018年12月)
     あいづちやあいさつなど、ちょっとした言葉の使い方に潜む考え方や感性について、具体的な実例が多く挙げられていて面白かったです。そこそこ心当たりのある話も。特に終盤の「有点儿」の用例について説明したくだりで、これまでずっと少し疑問に思っていて複数の中国人のひとに質問したけどいまいち納得いく答えがもらえてなかった(時には、なにに引っかかっているのかすら分かってもらえなかった)、まさにその点がすっきりと整理され説明されており、ひとまず私のなかで決着がつきました。日本語ネイティブスピーカーが中国語学習中にそこはかとなく感じる戸惑いへの答えは、日本語ネイティブな中国語達人に教えてもらうのが近道だったんだ。ありがとうございます。

  • 絲山秋子『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社,2019年1月)
     一組の男女の、24年間にわたる夫婦であったりなかったりの軌跡。惹かれあうところ、歯車が合わないところ、それぞれの抱える欠落と特別さ、タイミングの皮肉といったものがただ静かに提示され、互いに大切な存在でありつつ分かりやすい関係には落ち着けない流れに、一抹の寂しさ、そして開放感が。ふたりのうち一方が鬱病になったときの描写にやたら説得力があったのと、舞台となるさまざまな場所に関するうんちくが詳しくて興味をかきたてられたのが印象深かった。

  • 絲山秋子『絲的ココロエ 「気の持ちよう」では治せない』(日本評論社,2019年3月)
     この著者の小説やエッセイ集をちょこちょこ読んではいたけど、本書を手にとるまで絲山さんご自身がASDの特性を有し、双極性障害とつきあいながら生活してらっしゃるというのは知らなかったのです。平易な文章でいろいろ書いてくださっていて、現時点でメンタル不調の診断を下されていない者にも、コンディションを整えるために実践してらっしゃるノウハウなどはかなり参考になるのでは。また、当事者周囲の人間がどういうスタンスでいればいいのかのヒントも与えられたように感じます。カウンセリングでかえって混乱がもたらされ体調改善にはつながらなかったという記述なども、なるほどそういうこともあるのか、使いどころを見極めないといけないんだなと勉強になりました。「躁」のときの状態を当人の視点から語ることの難しさが吐露された部分では、その、プロの作家さんでも難しいのだという事実そのものに蒙を啓かれる思いが。

  • 原武史+三浦しをん『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』(角川書店,2019年2月)
     個人的には思いも寄らなかった組み合わせのおふたりによる、5回にわたる対談(「遠足」1回を含む)。ちょうど「生前退位」の意向が発表された2016年夏から、いよいよ平成の終わりが見えてきた2018年夏の時期の企画で、天皇家の歴史を研究している原さんに三浦さんがどんどん率直な疑問をぶつけていく流れに。ぽやぽやした私などは、最初に「お気持ち表明」の話が出たときも、「そりゃまあ、そろそろ隠居したいお歳でしょうしね」くらいの感想しかなかったんですが、原さんは直後から、事態の特異さ、このことが政治利用される可能性など、すごい脳味噌高速回転って感じで思い至ってらして、それを三浦さんが、うまく噛み砕いた言葉で引き出すように持ってってる。三浦さんってほんとインタビューお上手ですよね……。昭和天皇の政治的立ち回りとか、過去の皇后たちのポジションとか、いままで正直あまり考えてなかった視点が得られて興味深かった。そしてその合間合間に挟まれる、原さんの鉄オタトーク、団地オタトーク。これもお相手が三浦さんだったからこそ拾えているんじゃないかな。こういう発言がしっかり収録されてることで、対談の記録がぐっと活き活きする感じ。

  • 植本一子『フェルメール』(ナナロク社 BlueSheep,2018年10月)
     欧米各地のフェルメール全作品を、可能なかぎり所蔵している美術館のある現地に行って鑑賞し撮影するという贅沢な企画(反面、かなりの強行軍なのでせっかく海外の街を訪れたのにほぼ美術館しか見ずに離脱してる日もあって、もったいなくもある)。作品たちが普段どんなところで、どんなふうに人々の視線を受けているのかといったことは、そういえば絵画そのものにばかり意識が行ってて、深く考えたことなかったかも。掛けられた壁の色は? 窓からの光はどう入る? 日本のよくある美術展示とは照明センスが異なる施設も。たしかに、日本で作品が集められ開催される展覧会とはまた、見え方が違いそうです。
     いつも直感に牽引される繊細で奔放な筆致が印象的な植本さんが、撮影とコメントを両方担当。敢えて予備知識を仕入れないまま作品と対峙するのだけれど、さすがプロの写真家、構図や光の描写などについて初見でもツボを押さえた感想が。一方で、あの「真珠の耳飾りの少女」を観て、タイトルにある真珠に着目せずに外に出てしまったことにあとで気付いたりと豪快なエピソードも。まあ、あの少女は印刷物で見ても目力が強すぎですもの! 視線が合ったらもうそこばっかりになる感じは分かる。一般公開されていないバッキンガム宮殿内の作品を観に行くときは、撮影者として入るだけでもドレスコードがある、なんていうこまごまとした話も面白かった。


  • 中島恵『日本の「中国人」社会』(日経プレミアシリーズ,2018年12月)
     タイトルどおり、近年ますます増えている日本で生活する中国人に取材。具体的に突っ込んだ話がたくさん出てきて興味深い。同じ場を共有する一方で、評価の高い中華料理店がまったく重ならなかったりと、同じ街にいても日本人同士、中国人同士で固まりがちである面などにも指摘が。全体的に、どんどん経済的に発展しつつある中国から来た人たちは、ほぼ皆さんすごくパワーとバイタリティがあって、お子さんの教育にも(一般的な日本人感覚で言えば極端にも思えるほど)熱心で。休む暇もなく努力と研鑽を続けコネクションを作っていくのが当たり前のような価値観で。圧倒される。中国が、人口が多いなかでの競争社会なのだということがよく分かる。ただ最後のほうで、社交的な性格ではなく一人で静かにお茶することで英気を養うタイプの人が、だから日本のほうが暮らしやすいと言っている例なども紹介されており、ですよね、中国広いし、そういう人もいますよねって、なんかホッとした(笑)。もちろんその人だって国境と言語の壁を越えて居場所を確保できるだけの優秀さは備えているわけだけど。そして接するときにはお互い、中国人はこう日本人はこうといった一括的な捉え方をせず個人として対話していこうという、著者による締めくくりが身に沁みた。
Posted at 16:05 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark
2019年3月に読んだものメモ
  • フィリップ・リーヴ『移動都市』(訳:安野玲/創元SF文庫,2006年9月/原書:Philip Reeve "Mortal Engines" 2001年)
     映画がすごく面白そうだったのですが近場でやってなくて機会を逃してしまったので、とりあえず原作小説を読んだ。とにかく都市が疾走し都市を喰らうというイメージが強烈。これに尽きる。機械仕掛けのなかに、現代の現実の町並みの特徴が混じり込むのも読んでてテンション上がる。主役の少年少女たちが、よい子すぎず、かといってひねくれすぎてもおらず、自然に肩入れしたくなる。大人キャラもアクが強く面白い。映画版も、トレイラーを見たかぎりでは、かなり気合を入れて映像化してるみたいだし、大画面で観たかったなあ。

  • 山口恵似子『おばちゃん介護道 独身・還暦作家、91歳母を看る』(大和出版,2018年11月)
     以前読んだ同じ著者の小説のヒロインが、このお母さまをモデルにしてるということで、それ読んだときも思ったんだけど、本当に著者はお母さまのことが大好きなんですね。だからこそ頼りにしていた相手が弱ってきて、どんなにか心細かったことだろう。気丈に献身的に介護を続ける日々の記録にも、体調不良に気を揉み、少しでも食事ができれば心から喜び……といった気持ちが切実ににじみ出ている。その一方で、自分がそんなふうに母娘で仲良しなのは、あくまでも相性によるもので、距離をあけたほうがいい親子関係だってあって、それもぜんぜん悪くないんだということを真摯に語っているくだりもあり、これまでの人生経験でいろいろ見てきてらっしゃるんだろうなーって感じ。ちょこちょこ入る「DV猫」さんたちのお話は、振り回されていても悲壮感なくてホッとする。

  • 飛浩隆『零號琴』(早川書房,2018年10月)
     初めて出会うようでいてどこか懐かしいような遥か未来の宇宙で、鮮やかなイメージがこちらに向かってぶつかってくるのに圧倒され押し流される感覚を味わった。作中の音楽や概念に、なんだか手で触れているかのごとき質感や重量感を覚えて、言葉に言葉が二重写しになって隠されていたものが顕現していく過程をわくわくしつつも息詰まる心持ちで読んだ。いくつもの層が積み重なった世界を、キャラクターたちは軽妙にたくましく生き抜いていて、彼らみんなのこれまでやこれからがとても知りたくなったけど、知らずにいるのもそれはそれで……という気もする。

  • Cixin Liu "Ball Lightning"(訳:Joel Martinsen/Head of Zeus, 2018年8月/底本:Tor Books, 2018年8月/原書:刘慈欣《球状闪电》四川科学技术出版社,2005年6月)
     14歳の誕生日に、突如発生した球電現象に伴い不可解な状況で両親を失った主人公・陈は、この特異な自然現象の正体を知るため研究の道に進むが、やがて武器を手にすることに異様なほどこだわる軍属の女性・林云に出会ったことをきっかけに、単なる気象研究の域を超えて、国の兵器開発プロジェクトに巻き込まれていく。試行錯誤を繰り返しながらこの世の法則を新たに見出そうとしていく際の、目指すところにたどり着けないのではという絶望が、光明が見えたときの興奮に変わっていくプロセスに引き込まれつつ、一方では「知りたい」という単純な欲求の成果が人殺しに転用されてしまうことや、惹かれた相手が殺戮行為に「美」を見出していることに対する陈博士の葛藤もトレースすることになる。全体的には殺伐とした世界なんだけど、最後にはロマンティックで感傷的な余韻も。
     一応、電子書籍内の情報だとこの英訳版は最初2016年にTor Booksから出版されたことになっているんですが、Torのウェブサイトによると、初刊行も2018年のようです。


  • チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(訳:斉藤真理子/筑摩書房,2018年12月/原書:조남주(Cho Nam-joo)『82년생 김지영(Kim Jiyoung Born in 1982)』Minumsa Publishing Co., Ltd., 2016年)
     真面目に堅実に生きてきた女性が、社会からの「女性」へのプレッシャーにじわじわやられていく過程が淡々と語られる。ひとつひとつの事例が、ああ日本でもあるよね、ありうるよね……と驚くほど似通っていて、自分の過ぎ来し方のあれこれも想起してしまう。
     私は作者やこの主人公よりも上の世代で、まあ隣接する国同士とはいえ前提条件は違うだろうけど、でも主人公の母親や女性上司が、娘や部下がやりたいことをやろうとするのを応援する姿勢を見せているのは、心強いよねって読んでる途中では思っていました。私自身は若い頃、性別を理由に活動に制限をくらった場合に、上の世代の女性からそういうふうに個人としての意思の存在を肯定されたという実感は正直あまりないので。でも結局この作品のなかでも、がんばってたはずのほかの女性たちだってしんどい状況に追いやられていくし、主人公をサポートしてくれようとした善良な男性たちにだって理解の限界があったりする。そして最後の一文にこめられた、いっそ小気味よいくらいの皮肉。
     現在の私はもう、自分自身のためにはすでに戦うことをほぼ諦めてしまってぬるま湯に浸かっている自覚がある臆病者だけど、せめて下の世代に古い価値観を継承することだけはしないよう、ここで断絶できるよう目の届く範囲では心がけなければと、現状ではさほど状況改善に貢献できていないうしろめたさとともに、改めて考えました。作中の、はっきりと過酷で理不尽な環境を生き抜いてきた上の世代の女性たちが、決してそれを若い世代にも押し付けようとはしていないところに作者の抱く希望を見るのは楽観的に過ぎるだろうか。少しずつだけど時代は動く。こういう作品が世に出て広く読まれることも含めて。
     あと、キム・ジヨン氏が作中冒頭のような状況になるのって、一見「壊れて」いるんだけど、その周囲を困惑させる壊れ方自体が、それまでの積み重ねへの反撃になっており、フィクションとしては軽妙さが感じられてちょっと痛快でもあるんだよな。


  • 西岡文彦『語りたくなるフェルメール 教養としての名画鑑賞』(角川書店,2018年12月)
     現存する作品を、たとえば登場人物の顔で分類して、同じ顔立ちの女性が何度も出てくることを確認し、さまざまな背景要素からフェルメールとの関係を推測したり。題材へのまなざしや構図、光の当て方から、この時代の新しい思想や生活感覚を読み解いたり。「こういう作品がありますよ」という入門段階からもう少し踏み込んだ感じの、初心者向けガイダンス。図版の入れ方が異様に親切(話題に上るたびに同じ図が出てきたりもするので最初は重複しすぎでは? って思ったけど、たしかに分かりやすいのは分かりやすい)。


  • よしながふみ『きのう何食べた?』第15巻(講談社,2019年3月)
     よそんちの子に久々に会うと一気に大きくなってて「文章でしゃべった!」ってすごい分かる(笑)。つい最近自分も入学祝い問題で悩んだので筧先生に超共感です。お菓子作りに目覚めた千波さんはこの巻でも自分が作ったおかずは不味いと思ってるんだなとか、ケンちゃん担当の夕食は自制したバージョンでもやっぱり筧先生のメニューよりは微妙にこってりしてるよなとか、相変わらずキャラと紹介されるレシピが矛盾しないのが好き。よそんちの子が大きくなっていく一方で、自分の親もだんだん歳をとっていって、今後のことを真面目に考えざるをえなくなっていく流れとか、もう本当にそうですよねって感じで。1巻のまだ若々しかった頃から考えると、ここまで来たか、と主役のふたりを近所の知り合いみたいに思ってしまう。

  • あしべゆうほ『クリスタル☆ドラゴン』第29巻(秋田書店,2019年3月)
     アリアンロッドのなかに秘められた力は、どう発現していくのかまだまだ分からんですね。グリフィスは、薄々やばいことを分かっていてもバラーへの忠誠は揺らがないのだなあ。どんどん、あちこちにちらばってた物語の要素が集結していく感じ。

  • 獸木野生『PALM 41 Task VI』(新書館,2019年4月)
     存在そのものが薄れてきているジョゼからの、フロイドへの信頼が切ない。ふたりで幸せになってほしいけど無理っぽいよう。そしてその謎の化学物質は、どう物語に絡んでいくんですか、その最後のページはなんなんですか、というところでたぶん1年後に出る次の巻へ。
Posted at 16:19 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark