虫のいい日々

あぶはち取らずと言われても、極楽とんぼで過ごしたい。
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2017年10月に読んだものメモ
  • 鴇澤亜妃子『宝石鳥』(東京創元社,2017年8月)
     最初はそれぞれ関係がないように見えた人たちが、とある儀式の場に向かって集結し、つながっていくまでの過程がまったく予想できなくてわくわくした。タイトルにもなっている宝石鳥という存在やその伝説が生きる神秘的な島のエキゾチックな文化の描写がとても美しい。第2回創元ファンタジイ新人賞受賞作。

  • キャスリーン・フリン『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』(訳:村井理子/きこ書房,2017年2月/原書:Katherine Flinn "The Kitchen Counter Cooking School: How a Few Simple Lessons Transformed Nine Culinary Novices into Fearless Cooks" Viking Penguin, 2011)
     いろんな事情で料理という作業を身近に感じられないまま大人になった女性たちを集めて基本的な考え方のところから教えていくというプロジェクトの経過を綴ったノンフィクション。
     自信がなく調理に手を出せず出来合いのものに頼っていた生徒たちが、どんどん厨房に居場所を見つけ、食材や調味料の質を気にする「意識の高い」料理人になっていく。ただし、それぞれ自分が無理なくできる範囲で。必要なのは、ちょっとした後押しだったんだね……という、すごく「いい話」。
     読みながらアメリカと日本では、かなり状況が違うだろうな、というようなこともつらつら考えていた。そもそも日本だと、TVディナー売ってないしなあ。冷蔵庫小さいしなあ。小学校から男女ともに家庭科の授業があるのも、たぶん大きいよね。
     個人的には、「料理ができない女性=ダメ女」みたいに取れちゃう邦題がちょっと意地悪だな、と思いました。原題には "Culinary Novices(料理初心者)" という表現しかないし、ここに出てくる人たちは料理にエネルギー割いてこなかっただけで、そのほかの分野ではすごくがんばって生きてきたということがちゃんと語られていて、著者もぜんぜんダメ女なんてこと思ってない(だからこそ、生徒たちも素直にレクチャー受けることができてる)。翻訳書のタイトルは出版社側に権限があると伝え聞くので、翻訳者のかたには責任ないとは思いますが。
     あと、これも個人的な好みの問題なんですが、文章が途中で頻繁に太字になって強調されているのが、かえって気が散る感じで、少なくとも私にとっては読みづらかったです。電子書籍の英語版サンプルを確認したところ、原文ではそういうフォントいじりみたいなことはしてなくて、引っかからずにするっと読める。本当はそんな小細工なしでも文脈でじゅうぶんに伝わっている「ここが注目すべき面白いところですよ」っていうのを、わざわざ教えてあげなくちゃと出版社側に思われるくらい、日本語の読者が信頼されてない?
     まあそれはそれとして基本的には登場人物たち全員に肩入れしながら温かい気持ちで読みました。


  • 北大路公子『私のことはほっといてください』(PHP文芸文庫,2017年7月)
     基本的に日常エッセイ集なんだけど、ときおり言葉がぽーんと予想外の空想側に寄っていってずんずん進んでいく疾走感、ふっと力を抜いて可笑しみをかもしだすタイミング、すべてが心地よく、無意識の領域に達した熟練のわざって気がする。

  • 春日武彦『鬱屈精神科医、お祓いを試みる』(太田出版,2017年7月)
     前作『鬱屈精神科医、占いにすがる』の続きといえば続きなのだけれど、全体を通して、相続したマンションを大幅に改築してそこで暮らし始めるという話を中心に展開している感があるので、構成的に前よりもすっきりした印象を受ける。私小説とエッセイの狭間というか、立派な功績もあるお医者さまがよくぞここまでさらけ出してと思ってしまうような赤裸々な内面の吐露であると同時に、すごく周到に演出もされているような筆致。前作と同じく、ところどころにハッとするような鮮烈な情景描写があって、それは大事件でも超常現象でもなんでもない、日々のなかのひとこまなんだけど、そこに強い情動が発揮されるという点に、なぜだか深い共感を喚起される。
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2017年9月に読んだものメモ
  • 温又柔『真ん中の子どもたち』(集英社,2017年7月)
     第157回芥川賞候補作でした。同著者のエッセイ集『台湾生まれ 日本語育ち』はとても面白かったです。事前に見た作品紹介文では、類似するテーマを扱っているようだったので、フィクションとしてはどう料理するのだろうという興味がありました。
     ルーツの半分または全部が台湾や中国にありながら日本で育ち母語は日本語な3人がメインの、中国への短期留学中でのできごと。エッセイで読んだ話とも共通する要素がありつつ、未熟さの残る若者たちがとてもいじらしくかわいらしく青春小説としてさわやか。もともと仲良しだった咪咪(ミーミー)と玲玲(リンリン)の女の子ふたりが留学先で出会う舜哉という男の子の、とらえどころがないようで芯は通っている感じが魅力的。
     ただ、主題的な部分での心の揺さぶられ度は、どうしてもエッセイのほうがファーストインパクトだったこともあって強烈だったなーと、少し寂しく感じてしまったりも。でも将来的に、きっとフィクションならではの強みを活かしてうならせてくれるような新たな作品も読めるんじゃないかなーとか勝手な期待も湧いてきたり。
     あと、芥川賞選考委員のひとりが「日本人の読み手にとっては対岸の火事」と評して話題になった件については、そんな、日本人は日本人にとって身近な話題しか読めないみたいなこと言われても困るわとしか。直接関わりのないテーマに読者を引き込む力の有無ではなく、テーマの選択そのものをマイナス評価するのは納得いかない。この選考委員の昔の作品でめっちゃ好きなやついくつかあって、とても気持ちが複雑。


  • 星野博美『今日はヒョウ柄を着る日』(岩波書店,2017年7月)
     この著者の本を読むのは久々だったので、いまは戸越銀座でご両親と一緒に暮らしているんだなってことも初めて知った。親や自分が歳を重ねていくこと、そのなかで過去に思いを馳せること、目の前のことに観察眼を発揮すること、他人が敢えて突っ込まない部分にこだわっていくこと、などについて、ぼんやりと自分のことも連想しつつ読んでいた。戸越銀座の町のイメージがもうちょっと自分に備わっていればよかったと残念に思った。

  • Shanna Swendson "Criminal Enchantment (Enchanted Universe)" (NLA Digital LLC, 2017年8月)
     <(株)魔法製作所> シリーズの、ガーゴイルのサムを語り手とする番外編、第2弾。今回は、ケイティがまだMSIに入社してない頃の話。街に出回って悪用されている怪しくも微妙にヘボいまじないの出どころを突き止めるため、サムがオーウェンと一緒にがんばる。その過程で、なにやら魔法がぜんぜん効かないっぽい、明らかに地元民じゃない若いお嬢さんを見かけたんだけど……? というわけで、本編第1巻冒頭につづくわけですね。いろいろと、にまにまできて楽しい。

  • 佐藤正午『月の満ち欠け』(岩波書店,2017年4月)
     表面をなぞれば純愛ものとも言えるんだけど、筆致がホラー寄りのような。発端となる関係が決して世紀の大恋愛的なものではない書かれ方なのもあり、そこから超常現象にまで至る感情の強さとのコントラストに恐ろしさを感じさせる。また状況的にも手放しハッピーエンドにはなりようがないので、一貫してすごく不穏な雰囲気が漂う。さらに最初の視点人物が新たに認識した現象を素直に受け入れるか、それとも常識の範疇に押し込めるかは、彼の自由なんだけど、可能性を示唆されてしまえば意識せざるを得ないので、今後の彼の人生も地獄っぽい。そういった堂々巡りの当事者たちが、みんな一見して特殊な運命をたどるようなふうではない、地味に日常生活を送る平凡な人物として描写されているところに怖さが際立つ。第157回直木賞受賞作。

  • 三浦しをん『ぐるぐる♡博物館』(実業之日本社,2017年6月)
     全国のいろんな博物館を訪問して学芸員さんなどのお話も聞いてレポートしてくれてる。三浦さんは、初心者・素人視点での取材本を何冊も出していらっしゃるけど、いつも楽しくユーモラスな表現と、取材対象への敬意や配慮が両立されていて感心する。今回は、よく話題になってるのを見かける有名どころから「そんなテーマの博物館が存在するのか!」みたいなところまで全部で10館が紹介されてるけど、期待を裏切らず、どれも分かりやすく面白くまとめてくれてる。三浦さんご自身が、知らなかったことについて突っ込んだところまできちんと知ろうとする意欲がすごく強いかたなんだろう。自分もそうありたいけど、常日頃いろいろ見逃しがちなのを反省。特に、大阪から東京に移転する予定らしい「ボタンの博物館」は、完全予約制みたいなのでふらっと気軽に立ち寄ることはできないけど、再オープンしたらぜひ行ってみたい。

  • 北大路公子『流されるにもホドがある キミコ流行漂流記』(実業之日本社文庫,2017年6月)
     世間の流行にまったく興味のない著者が流行をテーマに書くというコンセプトのウェブ連載をまとめたもの。第1回冒頭の、流行とは深い水底に座っていると頭上の水面近くをキラキラしながらさっとよぎっていく影、みたいな比喩があまりにも「まさしく!」って感じで素晴らしく、一気に心をつかまれた。そんな北大路さんなので、最初のうちはせっかく買った高機能な体重計を使わなかったり『アナ雪』未見のまま憶測で1本書き上げてしまったりと期待を裏切らない距離の置き方なんだけど、やがてちゃんと北陸へカニを食べに行ったりポケモンを集めたりし始めるので、なんだアグレッシブじゃん! 流行追えてるじゃん! とちょっぴり裏切られたような気持ちになりつつ、やっぱり追えてない部分についてはありがとうありがとうとも思うのだった。


  • よしながふみ『きのう何食べた?』第13巻(講談社,2017年9月)
     山田さんは筧先生への新レシピ提供元レギュラーとして定着したのか。3月の、合同お誕生日メニューは、雛祭りっぽくもある。ついにふたりとも50代。変わらないようで、初期の単行本を改めて見ると、絵柄のうえでもちゃんと歳をとっているのすごい。
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2017年8月に読んだものメモ
  • 東山彰良『僕が殺した人と僕を殺した人』(文藝春秋,2017年5月)
     台湾の布袋劇が出てくるみたいだよっていう予備知識を得て軽い気持ちで手に取りましたが、なにかもう、なにかもう!!(興奮)それぞれ過酷な家庭環境にありながらもせいいっぱい生きてる3人の少年たちが、少年らしい一途さでエクストリームな計画を立ててしまうところから歯車が狂って、一緒に大人になることはできなくて。やるせなさで胸がいっぱいになった。不穏な空気を孕みながらも成長していく少年たちの日々がすごく生き生きしていて、大人になってからの話がしんどくて。でも読後感はむしろどこかさわやか。とにかくよかった。

  • 住野よる『君の膵臓をたべたい』(双葉文庫,2017年4月/親本:2015年6月)
     若者のあいだで流行ってる本なんでしょ、とスルーしてきたが、最近になって(文庫化したから?)、けっこう大人のひとも読んでるなー、しかも評価されてるなーというのが目につくようになって、興味が湧きました。面白かったです。わりと分かりやすい、メッセージ性のある前向きな結末に至る物語で好感持てる。ただそれだけに、その普通に健やかで若者らしい結論を主人公が得るために、わざわざ女子高生が死ぬ必要はあるのか……みたいなもどかしさがあることも否定できない。それを言ったらドラマを作ることの意義がなくなるのかもしれないけど。
     まあ、このへんの「人死に」を誰かの成長のための機会として爽やかに描くことへの拒否感は、私自身が若い頃、人付き合いのうえで「お母さんを早くに亡くしたから人間ができている」的なお言葉をもらって内心「うるせえ、ママンが生きてたとしても俺は俺だ」とイラついていた経緯があるという個人的な病理かもしれず(そして、そういうイラつき方をしている時点で、まったく人間ができてなどいなかった)。


  • 柚木麻子『BUTTER』(新潮社,2017年4月)
     第157回直木賞候補作でした。なんというか、タイトルどおりすごくこってりとした、胸焼けするような描写の連続。がんじがらめになって息苦しい感じ、自分が否定する立場の存在に惹きつけられ、からめとられる感じ、理不尽への怒り、もどかしさが一丸となって胸中に去来する。でも一方で、追い詰められた主人公が底力を見せて風穴を開いてくれるので、絶望せずに読了できた。ただ、メタなことを言うと、まだ事件が記憶に新しい、実在の犯罪容疑者をモデルにしていることが明白な登場人物の内面を、作品のテーマに恣意的に沿わせてすごく深いところまでえぐるように推し量るので、そのこと自体が私自身の倫理的感覚とは拮抗していて、フィクションとしては読んでてかなり居心地が悪い面も。三十年後くらいには心穏やかに再読できるかも(心穏やかであっては意味がないのかもしれないが)。

  • 萩尾望都『ピアリス』(河出書房新社,2017年7月/初出:『The Sneaker Special』1994年〜1995年,角川書店,木下司名義)
     巻末に、初出時に別名義で小説として出ることになった事情についても語られているインタビュー収録。たぶんこれ、たとえ萩尾さんご自身の挿絵がついてなくても(ついてるんだけど)、読んでてすごく萩尾さんがお作りになりそうな物語だと感じたに違いないと思う。文章もやっぱり、視覚情報を重視する筆致になってる気がして、あくまでも「絵」のかたなんだろう、とも。あと、連載途中で雑誌が廃刊になったために、物語も途中でぶった切られてしまっており、萩尾さんご本人はもうこの続きを書く気はないとのことなので、ぽーんと放り出された気持ち。でも故郷の星を追われ逆境のなかにある子供たちの行く末については、各自が想像するしかないんでしょう。


  • 杜康潤『孔明のヨメ。』第7巻(芳文社,2017年7月)
     徐庶兄さんがんばる。それぞれの人が、それぞれの立場で、守るべきものを守ろうとしているさまが同時進行。権力や武力の運営には知力が不可欠なんだよなーと実感させてくるエピソードが多い。この巻で羽扇が初登場。本作の孔明のキャラに似つかわしい出し方。

  • 荒川弘『銀の匙 Silver Spoon』第14巻(小学館,2017年8月)
     私は、初めて登場したときからずっとずーっと相川くんを応援しつづけているのですが、まだまだ応援しなくてはならないようだな! 彼は頑張ってますよ! どんどん卒業が視野に入ってきてて、みんなの将来が決まっていくんだなーと思うとどきどきする。八軒くんには報われておめでとう&新たな試練。それぞれの登場人物が、もともとのキャラをしっかり保ちつつ、はっきりと以前より成長はしているのが説得力をもって描かれていて眩しい。しかしやはりこれ、卒業したあたりでお話は終わってしまうのかなあ?
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2017年7月に読んだものメモ
  • いとうせいこう『どんぶらこ』(河出書房新社,2017年4月)
     表題作は、ふたつのケースを交互に追った、かなりきつい感じの老人介護小説。介護される側の状態やつらさはわりと似通っているのに、介護する側のもともとの生活環境とか情報収集力とか外部との連携とかに格差があって、状況がまずいほうに流された人が、さらにどんどんまずい状況になっていくのがリアルでしんどい。
     併録の2作は、1作目のふたりの主人公のうちの片方の人の、過去にさかのぼったファミリーヒストリーのようなもの。海外生活が長くドイツ語翻訳を生業とする彼が、最初にドイツ語や英語で書いたものを日本語に翻訳しているという設定の文体は、ときおり入れ子構造がすごくて二度見・三度見しなければならなかったんだけど、その読みにくさが、望遠鏡を逆さに覗くような「記憶の向こう」的な距離感をもたらしている気もする。


  • 遠田潤子『冬雷』(東京創元社,2017年4月)
     現代的な価値観では推し量れない因習が色濃く残る海辺の町を舞台に、将来を決められがんじがらめになったまま育っていく、結ばれない定めの少年少女が、悲劇に翻弄される。著者インタビュー記事で『嵐が丘』のような物語という発注だったと読んで深く納得。和洋折衷の古い館や神社、鷹、土地に伝わる昔話などの狭間から、どろどろした人間関係がこぼれ出てくる。

  • 円城塔+田辺青蛙『読書で離婚を考えた。』(幻冬舎,2017年6月)
     ウェブ連載はときどき読んでいました。それぞれ自作のジャンルも普段の読書傾向もまったく違う小説家夫婦が、相手に読んでほしい本を交互に指定。容赦のないセレクションと互いへのツッコミ、垣間見えるおふたりの日々の生活などなどから赤裸々に浮かび上がるすれ違いに、読んでるほうもどきどきする。
     初めのうちは、「え、田辺さんって円城さんのことめちゃくちゃ好きだな! 臆面もなくダダ漏れだな! なんだかもう、『じゃれついてる』って感じ! なのに円城さんはクールだな!」って思うんだけど、だんだん「いや円城さんも普通に田辺さんのことすっごい見てるな? 相手を変えようとか思わずそのまま受け入れちゃってるがゆえのクールさなんだな?」って感想になってきた。なんにせよ、違う者同士が違う者同士のままカップルでいるようすに勇気付けられる。
     毎回の課題図書が本気で多岐にわたっており、選書の段階ですでにおもろい。あと円城さんによる、こういう軽めの文体を、私はこの企画で初めて読んだ気がする。新鮮。課題図書以外の文中で引き合いに出された本にもちゃんと注釈が入っているので助かります。


  • 宿野かほる『ルビンの壺が割れた《キャンペーン版》』(新潮社,2017年7月)
     新潮社が異例の発売前全文無料公開キャンペーン(期間限定)を張ってまでプロモーションしていた自信作、らしい(リンク先は8月発売予定の単行本)。過去に婚約関係にあった中年男女の、SNSでのメッセージのやりとり。長い年月を経て突然、過去の女に距離感を詰めた長文を送ってくるおじさんがいかにも書きそうなメッセージの雰囲気がよく出ていてとても気持ち悪い(褒め言葉)が、これに律儀に返信しつづける女性のほうもなんかちょっと……などなどと、違和感を引っ張っていって、やがてタイトルの意味も明らかに、というのは分かるのだけれど、ミステリとしては伏線のないまま出てくる真相がある(よね?)ので推理の余地がないし、普通のお話としてはさらっと表面をありがちになぞりすぎてて(気持ち悪さは巧く出てるんだけどね!←二度言いました)、本当に「タイトル回収してドヤ」だけが主眼なのでは? と、たぶん供給側の意図とは違うところでびっくりしてうまく受け止められなかった。ただ、文学青年崩れの距離感読めないおじさん文体を「あるある」と楽しめるひと、「タイトル回収してドヤ」が好きなひとにはそれだけできっとすごく面白いと感じるんだろうとは思います。

  • 前野ウルド浩太郎『バッタを倒しにアフリカへ』(光文社新書,2017年5月)
     失礼ながらお名前を覚えていなかったんだけど、以前たまにウェブで文章を拝見していた、あのかたかな? と思ったらやっぱりそうで、バッタのためにアフリカまで行っちゃう、こんなノリのいい文章をお書きになる日本人ほかにいないよね!
     言葉も満足に通じないなかで想像以上に過酷で運に左右されるフィールドワークを進めていくさまが、悲壮感を抑えた筆致で語られるけど、事実を並べられただけでも、どんなに大変だったかと……。反面、好きなことに邁進していくエネルギーに畏敬の念が湧いてきます。
     あと、バッタとイナゴの区別を本書で初めて知りました(「相変異」の有無)。そこかよ! いままで、なんか緑色っぽいやつがバッタで茶色っぽいやつがイナゴ、みたいなすごく間違った認識でした。もうひとつ蒙を啓かれたのは、アフリカではバオバブの実の粉末と砂糖で作ったジュースが飲まれているという記述ですね。数年前に、ペプシの「バオバブ味」っていうのが出たとき、「バオバブの味なんか誰も知らんだろうに詐欺飲料だろ」とか言ってすまなかった。
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2017年6月に読んだものメモ
  • 植本一子『家族最後の日』(太田出版,2017年2月)
     写真家でもある著者の、家族についての文章。実母との決別、義弟との死別が語られたあと、本書の大部分はミュージシャンである夫に癌が見つかって闘病サポートと子育てと仕事に追われつつがむしゃらに日々を過ごす話で占められる。
     前作『かなわない』と同様、かなり赤裸々に出来事や心情を、登場人物が特定できるかたちで綴っていて、こんなふうに書かれて困るひとや傷つくひともいるのでは、と心配になる。ただ、有名人でもないのに他人の目に触れるところではそういうことにちまちまと気を回して軋轢や反発を生まぬよう詳細を伏せたりぼかしたりしようとする私のようなタイプの人間には、こういう率直さや強い情動の感じられる文章は書けないんだろうなあ、みたいな諦念と羨慕を伴う爽快感みたいなものもある。
     夫婦それぞれにファンがつき見守っている人たちがいるなかで、夫が病気を公開した直後から、なにも更新してないのに妻のツイッターやインスタグラムのフォロワーがどんどん増えていったというくだりが生々しくてぞわぞわした。そしてまた、それでも夫婦どちらも、日々のことを公開せずにはいられないのだという事実にも打ちのめされた。


  • 宮内悠介『あとは野となれ大和撫子』(角川書店,2017年4月)
     中東の架空の小国の政変と、ふがいなく逃げてしまった大人の政治家たちに代わっての、英才教育を受けてきた少女らによる綱渡り的な建て直し。主人公の、有能なんだけどちょくちょくボケててテンポずれちゃう感じが、漫画のキャラっぽくて、なんだかコマ割が浮かぶ。漫画でよくある演出を文章でやるならこうするのかー、勉強になるなあ、というような。不安定な政情や環境問題をさくさく説明しつつスピーディーにお話が進んでそれぞれのキャラが強烈でほんのりラブコメ要素まであって、すごくエンターテインメント! って読後感。
     第157回(2017年上半期)直木賞候補。発表は7月19日。はてさて。


  • 川上和人『鳥類学者だからって、鳥が好きだと思うなよ。』(新潮社,2017年4月)
     過酷な野外調査、大きなチャンスを逃した研究者としての一大痛恨事などの裏話に加え、外来生物の問題や生態系の保全に対する真摯な姿勢、そしてなにより鳥という存在の面白さを伝えようとする情熱が、容赦なく挟み込まれる(主にサブカル・オタク系の用語をそこそこ説明なく理解できる人にしか分からないかもしれないとも懸念される)唐突な比喩表現や、勢いのある韜晦表現でくるみ込まれている。真面目な話と「ボケ」の部分のシームレス具合が特徴的な文章で、素人にもとっつきやすく噛み砕いてくれている。

  • 今村夏子『星の子』(朝日新聞出版,2017年6月)
     病弱だった主人公を助けたい一心で、両親がすごい効能があるという特別な水をもらってくる序盤から、もう読んでる側は不穏な空気をびしばし感じるのだけど、やがて一家は新興宗教に嵌り、嵌れなかった姉は出奔し、親戚とは縁が切れ、経済的にも下り坂に……というのが、その状態を客観的には見られない、でも両親と同じ情熱を持って信仰に傾倒しているわけでもない主人公の視点から語られる。親子間の愛情と絆はしっかり存在し、友達と普通に過ごす学校生活もあり、でもやっぱりその宗教の外の世界とは嫌な感じにズレも生じていて、とにかくこの一家のこれからを考えると漠然とした不安な気持ちばかり湧いてくる。しかし語り口は一貫して悲壮感なく淡々としており、不穏な空気が維持されたまま、ラストシーンには静謐な幸福感さえただよっている。不穏なんだけど。
     第157回(2017年上半期)芥川賞候補作。発表は7月19日。
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