2020年3月に読んだものメモ

  • 小川洋子『約束された移動』(河出書房新社,2019年11月)
     6つの短編を収録。どこまで意識して編んでいるのか分からないけど、社会の片隅であまり意識されず、しかしプロフェッショナルに働いている人たちが出てくるお話が続く。決して利用者と顔を合わせることのない高級ホテルの客室係、デパートで誰より早く迷子を探し出すエキスパート、超マイナー言語の通訳などなど。抽象的でどこか幻想的にも感じる仕事内容や出来事が、具体的な手順や職業意識の詳細な描写でしっかりと輪郭を与えられていて、現実のほかのお仕事の多くも見ようによってはこんなふうにファンタジックなのかもなあ、と思えてくる。

  • 能町みね子『結婚の奴』(平凡社,2019年12月)
     周囲の人々がやっている「恋愛」なるものがピンと来ない能町さんが、同居人としてはとても相性のいいゲイ男性との事実婚に至るまでの過程を、すごく誠実に言葉を尽くして、読み手に伝えようとしてくださっている。
     私自身はたぶん、物心ついた頃からどっちかというとヘテロ女性だという自認があったし、多少の疑問を抱えつつも、わりとすんなり恋愛が法律婚に結びついたほうだと思うんですよ。だけど、そうであってさえ、世間の「当たり前」と私自身にとっての自然なあり方が相容れないときの、「向こう側には行けない」みたいな絶望感・疎外感を経験したことが、なかったわけではない。なぜ自他双方のなかで、そういう価値観の刷り込みはこんなに強固なんだろうと慄いたことだってある。私の何倍もそういったことを敏感にキャッチして生きてきたであろう能町さんは、本書でそうやって切り裂かれるような思いをしたときの心の動きを平易な文章で克明に言語化していて、そうできるようになるまでにどれだけ突き詰めて考えたのだろうか、と気が遠くなるような心持ちがした。またそのような局面で、ご自身を実験に差し出すような極端な試みをしてしまっていた過去のエピソードも、よくぞここまでというくらいに率直に書かれていて、胸が痛かった。
     胸が痛かったといえばしかし、なんといっても2016年にお亡くなりになった雨宮まみさんについて語った部分です。大切なひとが失われたという理不尽に対する、叩きつけるように熾烈な言葉の連なり。
     この本に書かれているのは、私とはさまざまな点で感覚やスタンスの違うかたの生き方ではあります。ただ、私も含めて多くの人が無意識にしているのであろう、刷り込まれた固定観念的な「幸せ」の指針に身を任せて、わずかな違和感があっても誤差の範囲として踏みつぶしていくようなやり方って、不誠実かもしれないけど、ある意味ラクではあると思うんですよね。少なくとも、効率的ではある。そうはせず、能町さんが自分の正直な気持ちを丹念に模索した結果、いまの生活にたどり着いて、そういうかたちもあるんだと提示してくれていることを、尊いと思いながら読み終えた。


  • 箱崎みどり『愛と欲望の三国志』(講談社現代新書,2019年8月)
     とても正直なことを言うと、別のかたによる書評を読まなかったら、おそらく手には取っていないタイトル。本文中でも使われているフレーズなので、あながち売るための煽情的なキャッチコピーとして編集部が勝手につけたってわけでもなさそうですが。いや、たしかに「愛」はある。たぶん著者的には、欲望も。しかし、タイトルから想像したものとはかなり違ってたんだよー。現役アナウンサーでもある著者は、小学2年生のときに人形劇の三国志に出会って以来、常に三国志について考え続け、東大大学院での研究対象にもしたという筋金入り。本書で中心的に論じられるのは、三国志自体の内容というよりも、この物語がさまざまなかたちを取って、どのように「日本で」受容され親しまれ読み継がれてきたかということ。そういえば、そういう視点で考えたことなかったです。三国志の読まれ方が、それぞれの時代の社会とも密接につながっている(特に、日中戦争のときには「ブーム」になっていたとか)というのが、分かりやすく解説されていて、なるほどなるほど、と思うことばかりで楽しい。各章の最後にまとめられた注釈の文章量が、どんどん増えていくのも熱い。三国志への著者の真面目で真摯な愛が、炸裂している。

  • 北大路公子『ロスねこ日記』(小学館,2020年2月)
     タイトルから想像する内容とはかなり違って、大筋では植物栽培日記なのである。それも原木セットで育つキノコとか水栽培のスプラウトとかヒヤシンスとか、あまりアウトドア趣味にはならない植物栽培。しかしその一方ではまた、たしかに、猫の可愛さ素晴らしさ、そしてその猫の長きにわたる不在が、本書の重要なポイントにもなっている。植物を栽培キットなどで育てるという行為に、これだけスケールが大きかったりディテールが具体的だったりする想像(妄想?)をのっけることができる北大路さんの、イメージを飛躍させる力はやっぱりすごい。そして最後に、あっさりと衝撃の展開が綴られたあげく、連載最終回分のあとに加筆されたおまけの部分では、なんだかほのぼのとしんみりの波状攻撃がやってくる。まさか大豆もやしで、こんな。

  • 円居挽『キングレオの冒険』(文春文庫,2018年4月/親本:文藝春秋,2015年6月)
     すみません、本来は新型コロナウイルス騒ぎで休校中の若者向け企画だったと思われるKindleの期間限定無料公開版で読みました。公的に犯罪捜査をおこなうことができる日本探偵公社なる企業が存在する架空の日本。その本社がある京都を舞台に、花形スター探偵キングレオの活躍を描く。システム的にはちょっと清涼院流水のあれみたいだなって連想していたら、巻末解説でモロに言及があった。語り手でもあるワトソン的なポジションの登場人物が、実は自分自身も推理力と洞察力にかなり優れていて(しかも社会常識もある)、その上で破天荒なホームズ役とのあいだに圧倒的なバックグラウンドの共有と信頼関係が存在するというのが面白い。現実味という点ではどうだろって感じの真相もこの世界観のなかでなら受け入れられてしまって、パズラーとして楽しい。モリアーティ的ポジションの登場人物もちゃんと出てきてサービス精神! って思いました。

  • 村山早紀『かなりや荘浪漫2 星めざす翼』(PHP文芸文庫,2020年1月/親本:集英社オレンジ文庫,2015年11月)
     いくつもの、並び立ち認め合う関係が提示される。違う道を進みながらも互いを大切に思い、互いに対して恥じない生き方をしていく主人公と幼馴染のふたり。それぞれが漫画家の卵を育てている、友情と思い出でも結ばれているライバル編集者ふたり。片方はもうこの世にいない(しかしなぜか成仏していない)、同時デビューの漫画家ふたり。そしてこの本の段階ではまだ名前しか出てきていないけれども、きっと主人公と切磋琢磨していくことになる女の子たち。暑苦しい熱血展開になりそうなものだけれど、主人公が芯は強くてもふんわりと純粋な子で、ほかの登場人物にも悪意のある人がいないので、穏やかにやさしい気持ちで読み進めることができる。あとカフェや本屋さん、ホテルなどの「場所」の描写が好き。


  • 笹生那実『薔薇はシュラバで生まれる 70年代少女漫画アシスタント奮闘記』(イースト・プレス,2020年2月)
     少女漫画黄金期と呼ばれる時代に、漫画家としてデビューしたのち、あちこちでアシスタントもしてらした著者の思い出語り。私が少女漫画を読み始めた頃にはたぶんすでに大御所だった先生がたのお若い頃のエピソードあれこれ。いまもなお世に残る名作の数々が描かれていた現場では、こんなやりとりが……というのはとにかく興味深い。山岸凉子先生の「天人唐草」にまつわるお話など、少女漫画というジャンルにおける新しい道が拓かれていった時代の証言という感じ。そして、そういったことを紹介するのに、各先生それぞれの画風を踏襲してらっしゃるのが、とにかくすごいなー、さすがだなーって。32年ぶりの商業出版とのことですが、すみずみまで気を配って描かれていることが分かる。当時一緒にお仕事されてた先生方への敬意と、漫画そのものへの愛情が伝わってくる、とても暖かい本でした。


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    2020年2月に読んだものメモ

    • 米澤穂信『巴里マカロンの謎』(創元推理文庫,2020年1月)
       帯の「11年ぶり、シリーズ最新刊!」という惹句に戦慄。そうか、もうそんなに。しかし作中の時は進んでおらず主役のふたりも相変わらず「小市民」を目指す高校生です。地名を冠したお菓子をめぐる謎のお話が4つ。番外編集という位置づけになるのかな、季節縛りタイトルの本編シリーズと比べて、冷徹な毒気はほんのちょっぴり垂らす程度。日常に潜むパズル(と、いちいちこねまわされる小鳩くんの理屈)および美味しいお菓子(と、それらに一喜一憂する小佐内さんの可愛さ)を素直に堪能しました。「冬期限定〜」も、気長にお待ちしています。

    • 米澤穂信『Iの悲劇』(文藝春秋,2019年9月)
       一度無人化した集落に、移住者を募って地域をよみがえらせようという、いわゆる「Iターン」企画を担当することになった公務員の視点で進む、謎解きものの連作短編集。新しい住人たちはそれぞれ個性が強く、不可解なトラブルが次々と発生する。飄々としているようで時たま鋭い課長や、有能さは垣間見えるけどお調子者の後輩女性に翻弄されつつ、主人公は真面目に職務を果たそうとしているんだけど、ところどころのなりゆきに、なんとなく違和感が。そして最後に……。復興を謳ってもなかなか理想どおりには行かない地方行政のシビアな現実とか、実際にもこういう問題はあるんだろうなと考えてしまって、しんどさが残る。都会に出ている弟との意見の対立も、双方の言い分が理解できてしまってジレンマに陥る。この主人公は今後どうするのか。理念を持って公務員をやっている善良な彼に幸あれと願う。

    • 梶谷懐+高口康太『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書,2019年8月)
       経済学者と、中国事情に詳しいジャーナリストの共著。あらかじめ白状しておきますが、読んだことをちゃんと理解できてはいないなという自覚はあります。ただ、テクノロジーによる総合的な管理と監視とスコアリングでいろいろ便利かつお行儀のいい社会になりつつあることに、現地の人たちは総じて肯定的で個人情報を取られまくることにも抵抗ないみたいだよなっていうのは、私自身が直接の知り合いのようすから常々感じていることでもあった。
       実際の運用例を読むと、思った以上にガツンといかず緩やかに行動を一定方向に促すような反発を誘引しない巧妙なアルゴリズムが導入されている。一方で、(本書が出てから半年のあいだにまた微妙に事情が変わってきてても不思議はないけど)少なくとも執筆時点では地域行政主導のスコア制の実効性がいまいちだったりという個人的には少し意外な実態も。そして、時に社会秩序を保つための予測的な功利主義が暴走して、現実の人間の尊厳をないがしろにしていないかという「監視を監視」するような仕組みが不足していれば、ウイグル自治区での非人道的なやり方のような問題が生じてくるってことなのかな。
       どこの社会でも、テクノロジーが便利さを連れてくるなら、それは受け入れられてしまうだろうというのは分かる。そして門外漢である一般庶民にとっては、その中身はブラックボックスだというのも。だからこういったことは、かの国のみに特有の対岸の火事のような現象だと片づけてはいけない。
       また本書でも指摘があったけど、たしかに私自身も中国のあれこれのエピソードを聞いてて時に危うさを感じる一方で、問題が出てくればそこで修正すればいいのさ〜みたいなカジュアルさで新しい試みがどんどん実施されていくスピード感に驚嘆する気持ちもあるんですよね(最近のウイルス対策がらみでもちょっと思ってる)。そういった新しくできてしまったものを、なかったことにはできない。しかしそれがどう扱われているかに人々が無関心だといつか怖いところに落ち込みかねないのだろうな、と。どこまで、社会全体でフィードバックをかけていくことができるだろうか。


    • 千葉雅也『デッドライン』(新潮社,2019年11月)
       第162回(2019年下半期)芥川賞の候補作でした。修士論文の執筆が難航しているゲイの青年の、締め切り(デッドライン)までの日々。授業に出たり刹那的な出会いを渡り歩いたり友人たちと交流しつつ少し醒めた目でいたり実家の事情による生活の変化に対処したりといった事柄が、断片を並べていくように綴られる。
       授業で話題になった荘子の逸話が、現実の生活のなかでの出来事と重なるなど、すべての事象がつながっている感じ、自分と他者の視線が交わる・対立する・同化する・入れ替わるような、ぴこーん! と直感が走る感じ(めちゃめちゃ頭悪そうな表現で申し訳ない)を、「生々しい」と感じた。


    • 村山早紀『かなりや荘浪漫 廃園の鳥たち』(PHP文芸文庫,2019年11月/親本:集英社オレンジ文庫,2015年3月)
       行くところのない最悪状態のなか、幸運と自らの気立てのよさの帰結としてたどり着き迎え入れてもらったアパート。ただただ個人的な趣味として絵を描きつづけていて自分の才能に気づいていなかった少女が、そこでの出会いをきっかけに、プロの漫画家を目指すようになる。生きてる人間にも死んでる人間(幽霊)にも、それぞれの思いと抱える過去が。今後は、今回クローズアップされた人たち以外についても、さらに詳しく語られるときが来るのかな。検索したら続編が出ていたので近々読むと思います。主人公が、とても健気でいい子。
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      2020年1月に読んだものメモ

      年明けから早くも1ヶ月が経ちましたが、改めまして2020年もよろしくお願い申し上げます。

      昨年末に抱負として書いたとおり、数日前にこのブログのパソコン版のデザインを変えました。プロバイダからカスタマイズ用に提供されているテンプレートの構成をほぼそのまま流用しているので、前よりは読みやすくなったのではないかと思います。思うんだけどな。どうですか……。

      とりあえず、かねてからの懸念事項であった、右側のサイドバーに月別アーカイブのリストがずらっと並んでいたのを、年単位で折りたたむ方式にできたのでほっとしています。10年以上×12ヶ月分のリストはさすがに長すぎた。

      まあ、たぶん最近は、スマホから見ている人のほうが多いだろうから、あんまり関係ない話かもしれませんね。スマホ版のほうのデザインは、完全にノータッチでデフォルトのデザインのままにしているので(というか、いじり方が分からない)。


      • チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『なにかが首のまわりに』(訳:くぼたのぞみ/河出文庫,2019年7月/原書:Chimamanda Ngozi Adichie "The Thing Around Your Neck" 2009年)
         ナイジェリア出身でアメリカにも拠点を持つ女性作家による12の短編を収録。ナイジェリアという国や、そこから米国への移民が直面する問題を、私は現実にははまったく知らないわけですが、社会的な固定観念がのしかかってくるときの閉塞感や抑圧感には馴染んだ手触りもあり、息をひそめ目を凝らすようにして読んでしまった。そういった状況下で、誰かとともにあっても分断されている感じ、伸ばした手が届かない感じ、納得のいかない感じ……そして時にはそれと裏腹に、なにかがつながりあったような感覚が得られる一瞬。そういったものが、デリケートな筆致で描写されていて、一文一文に引き込まれる。分かりやすくすっきりとした結論が提示されるわけではないが、読み手が放り出されているわけでもない。ともすれば存在しないことにされそうな心の動きに、たしかな光を細くピンポイントに当てられているという充足感がある。
         民族も宗教も社会階層も異なるふたりの若い女性が、街なかでの暴動から逃げてともに廃屋に身を隠し、一晩限りの交流を持つ「ひそかな経験」がとても好き。本当は好きという言葉ともちょっと違うような、ずっしりとした重たい気持ちもあるんだけど。
         ちなみに、表題作「なにかが首のまわりに」は、出版社のサイトで全文公開されています。


      • 東山彰良『小さな場所』(文芸春秋,2019年11月)
         連作短編集。刺青店が乱立したことに由来して紋身街と呼ばれる台北の一角。そこの食堂の息子、小学生の小武(シャオウ)が、周囲の大人たちとのやりとりから、いろんなことを考え成長していった日々を、あとから振り返るかたちで語る。到底、立派とは言い難いところが多々ある大人たちだけど、小武のことは彼らなりに慈しんでいることが言動の端々からうかがえて微笑ましい。ただ、子供である小武にとって猥雑な紋身街は生まれ育った大事な場所だけれども、その外にも世界があるんだという、大人たちにとっては自明の事実を、彼はまだ物語の最初ではあまり分かっていない。そこから徐々に、いずれ自分の未来を選び取っていくのであろう兆しが見えてくるにつれ、なんだか胸が締めつけられる。

      • 服部まゆみ『最後の楽園 服部まゆみ全短篇集』(河出書房新社,2019年11月)
         2007年に亡くなった著者が遺した17の短編を収録。そのうち4編が以前『時のかたち』(1992年,東京創元社)としてまとめられていた以外は、すべてこれまで単行本未収録だったものかな? 耽美的な描写に気を取られているうちに謎の解明が始まってしまっているミステリ作品群のほか、幻想的なホラーや怪奇小説、金田一耕助のパスティーシュもあって、なかなかバラエティに富んでいるけど、ドラマティックで情念的なストーリー、目の前に浮かぶような美しい情景描写などが読み終えてからもあとを引く作風は一貫している。
         銅版画家でもあった著者本人の作品が装画として使用されていて、とても素敵。


      • Cixin Liu "The Wandering Earth: Classic Science Fiction Collection by Liu Cixin"(訳:Holger Nahm/編:Verbena C. W./Beijing Guomi Digital Technology Co. Ltd., 2013年/Beijing Qingse Media Co., Ltd.,2013年)
         劉慈欣(刘慈欣)SF短篇集。中国では2019年の春節映画になった(まあストーリーめちゃめちゃ改変されてましたけど!)表題作をはじめとして、1998年から2009年までのあいだに書かれた11作を収録。題材はさまざまで、いろんなタイプの「発想の転換」が提示される。また複数の作品で、未知のものを知りたい、認識できる世界を広げたいという欲望がストレートに肯定されていたなというのが印象に残った。各作品についてのメモはこちらに。


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        Cixin Liu "The Wandering Earth: Classic Science Fiction Collection by Liu Cixin"

        (訳:Holger Nahm/編:Verbena C. W./Beijing Guomi Digital Technology Co. Ltd., 2013年/Beijing Qingse Media Co., Ltd.,2013年)

        ほかの本の合間合間に、だいぶ長いことかけてちまちまと読んでいた劉慈欣(刘慈欣)の短篇集、ついに最後のお話までたどり着いてしまったので、珍しく各作品について取っていたメモを公開しときます(1編終わるたびに読むのを中断していたので、原題なども含めて覚書を残さないと、どれがどの話だったか忘れそうだったのです)。


        • The Wandering Earth《流浪地球》(2000年)
           かつて『S-Fマガジン』(早川書房)2008年9月号に掲載されたらしい日本語訳のほうは未読です。
           えーと、20世紀にはエコロジー的な視点から「宇宙船地球号」っていう概念が提唱されたりしましたけど(笑)。とにかく大胆な力技的ネタ。果てしない旅を続ける地球に生きる主人公の目に映るさまざまな風景の描写がダイナミックでスケールの大きさを感じさせる一方で、主人公の人生は子供時代から年老いるまで、いくつもの事件を経ながらも流れるように淡々と続き、どこか哀愁のある読後感。
           2019年に中国で春節に公開され大ヒットしたという映画版も観ましたが、そちらは基本設定を除けばまったく違うお話になっていました。正直、原作小説にあった「200年ぶりに開催されるオリンピック」とか、ちょっと映像で見てみたかったです。主人公は凍りついた太平洋を上海からニューヨークまで電動そりで横断する競技に出場するんだ……。


        • Mountain《山》(2006年)
           ファーストコンタクト前に、あらかじめ地球の主要言語各種のデータを解析して意思の疎通可能になっておくうえに、自分たちとはまったく違う地球人のいろんな概念や、科学進歩の歴史、度量衡、比喩に使える重要人物名まで把握して円滑な対話ができるようになってるエイリアン、どんだけ有能!? とツッコミを入れざるを得ない。
           そこに山があれば、たとえ仲間の命を失った過去があってさえもただ登りたいという衝動を抑えられない元登山家と、法で規制されても多大なる犠牲を払っても、どこまでも真理と知識を求めて分厚い分厚い壁を乗り越え宇宙に飛び出したエイリアンたちが、いつしかダブってくる構成、最後に「高みへの希求」だけが残る読後感はけっこう好き。


        • Of Ants and Dinosaurs《白垩纪往事》(2003年)
           蟻と恐竜が相互補完をベースに高度な文明社会を築き上げた大昔の地球。しかし蟻と恐竜間の対立、2国に分かれた恐竜たち同士での対立が、やがて地球全体を揺るがす、とんでもない事態につながり……。とにかく「蟻と恐竜」によって構成される社会とテクノロジーのディテールが楽しかったです。

        • Sun of China《中国太阳》(2001年)
           僻地の農村で生まれ、ろくに教育も受けられなかった少年が、食い扶持を稼ぐため単身で町に出て、そこからさらに大都会へとステップアップしていき、中国の気候コントロールをおこなう壮大なプロジェクトに関与することになり、ついには宇宙へ。知らないことを知りたい、より遠い場所を見たい、俯瞰できる世界を広げたいというシンプルな情熱を肯定している点では、同じ短編集に収録の "Mountain(《山》)" とも通ずるところがあるかも。ちなみに、スティーヴン・ホーキング博士が実名で登場。100歳を超えてなお頭脳明晰でいらっしゃいます(現実世界では2018年に76歳でお亡くなりになりましたが、本作が執筆された頃にはまだまだご活躍中でしたね)。

        • The Wages of Humanity《赡养人类》(2005年)
           この4つあとに収録されている、同じ年に発表された "Taking Care of Gods(《赡养上帝》)" と世界観が共通するお話。タイトルも対になっている。たぶん《赡养上帝》を先に読んだほうが状況がよく分かると思うんですが(日本で発売されたアンソロジーに邦訳があったので私は既読でした)、この短篇集においてなぜこの順番なのか。
           最初のうちは、よそから来た宇宙船が上空に常駐していることを除けばあまりSF要素のないまま(いや、これだけでじゅうぶんSF要素かもしれないんだけど、とにかく主人公が生活していく上でこの宇宙船をほとんど気にしてない)、中国の裏社会に生きる一人の男がプロフェッショナルな殺し屋として少々イレギュラーな仕事を受けることになるまでの経緯が生い立ちから語られるが、やがてそのイレギュラーな仕事の目的が宇宙船の存在と大きく関わっていることが判明する。富める者と貧しい者それぞれの占める割合が極端にアンバランスになった別世界のくだりは、極端さが突き抜けた思考実験になっていて、まるで寓話のよう。


        • Curse 5.0《太原诅咒》(別タイトル《太原之恋》)(2009年)
           恋愛関係のもつれによる恨みつらみを原動力に、とある匿名の女性がこつこつと書き上げたコンピュータウイルスのコード。当初は相手の男への特定的な嫌がらせ以外の悪さをするものではなく、社会にインパクトを与えることもなかったそれが、のちのちほかの者たちによって改変され、感染範囲を広げていく。
           なんと劉慈欣本人が、同じく実在する中国のSF作家、潘海天とともに作中にキャラクターとしてしれっと登場。自信満々で書き上げたハードSF超大作『三千体』(←だよな? 原文は見てないけど英訳で "Three Thousand Bodies")が15部しか売れず、一切合切を手放して路上生活者になっていますが、ネットから隔絶された暮らしをしていたことで……といった役どころ。先生なにやってるんですか(笑)。


        • The Micro Age《微纪元》(1998年)
           急激な環境変化による絶滅の危機にさらされた人類が選んだ道。膨大な年月をかけ入植可能な惑星を求めて太陽系の外をさまよったあげく、たった一人の生き残りとなって、青い色を失い岩と氷に覆われたモノクロの地球に戻った宇宙飛行士が見たものは……。
           宝樹の『三体X』(劉慈欣の公認を受け商業出版された「三体」シリーズの2次創作小説)のとあるネタは、これへのオマージュだったのでは? みたいなことも、ちらっと思ったり。ぜんぜん違うかもだけど。


        • Devourer《吞食者》(2002年)
           ここまでの8つの短編を読んで「あー、なるほどいろんな作品に共通して繰り返し出てくるモチーフがあるんだねえ」と見えてくるものがある。"The Micro Age(《微纪元》)" の読了後に、宝樹のファンフィクションのとある要素はあれへのオマージュではと書いたのですが、むしろ劉慈欣作品にありがちなネタとして出したという感じですね。
           エリダヌス座ε星系から太陽系への「吞食者がやってくる」という警告が届き、地球で検討が始まったが、そのときにはもう遅かった。交渉の努力も虚しく地球は呑み込まれ、人類はエイリアンたちによって家畜化されるかと思われたが――。
           翌年に発表されている "Of Ants and Dinosaurs(《白垩纪往事》)" は、ここで出てきたモチーフをふくらませたものだったのかな、なんて思ったり。手に汗にぎる星間戦争から、急転直下で皮肉な決着、そして地球の新たな未来に思いを馳せることになる終幕。


        • Taking Care of Gods《赡养上帝》(2005年)
           邦訳は、日本で出ている中華SFアンソロジー『折りたたみ北京』(早川書房,2018年/文庫版2019年)所収の「神様の介護係」。
           やっぱりこれ、この短篇集における掲載順がよくないと思うんですよ。このお話の終盤で明らかになる「意外な事実」が、本書前半に入っている同年の作品 "The Wages of Humanity(《赡养人类》)" では最初から大前提になっているので。執筆された順番はどうだったんだろう。たぶんこっちが先だったんじゃないかと思うんですけど。とはいえ、独立した短編として公開されている以上、当時もすべての人が両方を読んだとはかぎらないわけなので、別にいいのかなー。うーん。20億人の、すっかりしおしおになった「神」が、創造主の権利として晩年の面倒を見てもらうために地球に押し寄せてくるっていう、とてつもない規模の老人介護。


        • With Her Eyes《带上她的眼睛》(1999年,2004年)
           旅行などの際、特定の一人に視覚や聴覚をリアルタイムに伝達するデバイス「眼」を携帯し、限られた空間でお仕事している宇宙飛行士たちに対して、自分も地上のさまざまな場所に行ったような気になれるバーチャルな体験を提供する任意活動が推奨されてる時代。
           きつい仕事の息抜きに休暇を取った主人公の女性は、若い女性パイロットの感覚とつながった「眼」を受け取り、ふたりで相談の上、数世代にわたっておこなわれた環境改善が功を奏していまや緑豊かな草原地帯となったタクラマカンへと旅立つ。しかし「眼」の向こう側にいる彼女は、ストレス解消のためのちょっとした娯楽の範疇を超えた、異様な熱意と悲壮感で、実際に旅をしている主人公にあれこれめんどくさい指示をしてくるので……。
           我儘でセンチメンタルな女性として描かれていたパイロットの印象が、後半で一転する。彼女の悲壮感の理由、知らずにいた主人公の衝撃、それらすべてを呑み込む未来への使命感。


        • The Longest Fall《地球大炮》(1998年)
           病魔に侵されるも、治療方法が確立されているであろう未来に望みを託し、妻子を残してひとり冷凍睡眠に入ったシェン博士。数十年後に覚醒させられたとき、記憶のなかでは幼かった息子はすでに亡くなり、さらには人々の怨嗟の対象となっていた。息子の人生を方向づけたという理由で、博士にも世間から憎しみが向けられる。
           これまた、とんでもなくスケールの大きいお話(原題を見よ!)。そして、ひとつの大事業の評価を万里の長城などと引き比べて超ロングスパンで捉える感覚が、中国だなあって思いました。ここまでに収録されていた別作品と同じ世界観だということが途中で判明します。あの彼女は、そういうことだったの……。



        私が読んだやつのほか、同じタイトルで2016年にHead of Zeusからも短篇集が出ていて、収録作もほぼ重なっているようです。翻訳者にはあのケン・リュウをはじめとして複数の人が名を連ねているので、たぶん(本書と同じ人が訳しているものを除いて)別バージョンの英訳でしょう(サンプルをダウンロードして目次を見たら、タイトルの訳し方が微妙に違うものが散見されました)。そして価格は現時点ではHead of Zeus版のほうが安いです……。

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          2019年12月に読んだものメモ

          今月は、途中まで読んで「なんか気分じゃない」とやめてしまった本が複数冊あったり、短編集に入っているお話を休み休み1つずつ読んでいたけどまだ最後までは到達してなかったりしてて、ずっとなんか読んでた記憶があるわりには、「読了」した本としてカウントできるものは少ないです。

          本年も、見に来てくださっていたかたがた、ありがとうございました。来年の抱負としては、えーと、とりあえずこのブログのデザインを手直ししたい……。

          ずーっと何年も何年も同じテンプレートを使っていますが、最近の一般的な環境では見づらいのでは? と思っています。そう思いつつ、気がつけばもう年末になっていました。うん、2020年には、なんとかしたい。



          • ディアドラ・サリヴァン『目覚めの森の美女 森と水の14の物語』(訳:田中亜希子/東京創元社,2019年10月/原書:Deirdre Sullivan "Tangleweed and Brine" 2018)
             童話をベースにした再話集。固有名詞を出さない「あなた」や「わたし」を主語に、もとの物語にひねりを加えたり視点を転換させたりしながら、熱くどろりとした感情を引き出すダークな味付けがなされている。間接的な表現によって深読みを可能にしながら、女性たちが現実の歴史のなかで連綿と抱いてきた怒りや悲しみ、それらに立ち向かう姿を浮き出させていく。

          • スティーヴンスン『宝島』(訳:村上博基/光文社電子書店,2012年2月/底本:光文社古典新訳文庫,2008年2月/原書:Robert Louis Stevenson "Treasure Island" 1883年)
             実は読んだことなかったんですよ。児童書として出版されたものでさえ。そして内容も知らなかった。とにかく "Yo-ho-ho, and a bottle of rum!" って歌うんだよね? くらいの知識しかなかった。あとは、悪役が海賊なんだよね、とか漠然と。そんで宝島というくらいだから、島に宝があるんだろ、と。まあ、そこは合ってた。船に乗って遠くの島へ宝探しに行くお話だった。主人公が大人ではなく少年っていうのは今回初めて知った。
             いちばん予想と違ったのは、悪役のキャラクターかな。こんなにも有名な古典作品のラスボスなら、きっとなんかすごい悪の権化、独特の美学を持つ超人的サイコパスって感じなんじゃないかというようなイメージを勝手に抱いていた。ちょっと違ったね。ジョン・シルヴァーは、思ったよりこすっからい二枚舌、「小物界の大物」みたいなやつでしたね。残忍ではあるけど、血が通っている感じでとても人間味がある。彼に関する最終的な帰結にも意表をつかれた。そうか、古い作品だからって、問答無用で勧善懲悪ってわけではないんだな。
             巻末の訳者あとがきが面白かったです。特に、辞書では「指ぬき」という訳語になってる thimble の形状が分からないため文意が取れない箇所があり苦労した話がけっこうな行数をとって綴られてて。
             私自身は小さい頃から母親が西洋式の指ぬきを使ってお裁縫しているのを実際に見ていますが、いまどきは日本でも手芸店に行けば「シンブル」と片仮名表記で売られてるし、手芸とは無縁でも子供時代に小人さんがあれでお水を飲むシーンがある児童文学の挿絵なんかも見たことあったので、そんな悩むこととは思ってなかったんですよね。お裁縫もせず小人さんが出てくる絵本も読んだことなければ、欧米文化に詳しいはずのプロの翻訳家のかたにとっても馴染みのない知識なんだなあ、と新鮮な思いでした。結局、本書では thimble の訳が「裁縫用の指キャップ」となっています。おお、分かりやすい! たしかに、同じ用途に使う道具ではあっても、日本の指ぬきと違って、thimble は形状的に「ぬいて」ないので、厳密には「指ぬき」じゃないよなあ。


          • 白川紺子『後宮の烏 3』(集英社オレンジ文庫,2019年8月)
             主役ふたりの周囲に、成りゆきで集まり情で留まっているかに思える人々のあいだにも、埋もれていた意外なつながりが見え隠れしはじめ、不穏な予感。宿命として与えられたものに抗おうとする若いふたりの今後を思う。相変わらず、鮮明に描写される服飾や折に触れて出てくる甘味、季節の空気や花々への言及に伴う漢字の選び方が美しくて、読んでいて気持ちがいい。新刊出てるんだよなーと思いつつ気がつけば数か月間、手に取りそびれてしまっていたので、来年になる前に読めてよかった。


          • よしながふみ『きのう何食べた?』第16巻(講談社,2019年12月)
             ケンジのお母さんお姉さんたちや佳代子さんち夫妻など、ふたり一緒の「家族ぐるみのつきあい」が広がってくねえ。日々の炊事に関してはシロさんの貢献のほうが大きいカップルではあるんだけど、その料理担当者へのケンジの対応力が同居人としてすばらしいなって思いました。そしてシロさんもついにお仕事上の立場が。
             佳代子さんと出会って12年ってところで、シロさんと一緒にびっくりしました。そんだけの期間、ただただ伝聞でだけケンちゃんの話を聞いてたら、そりゃ佳代子さんも、いよいよ会うことになってテンション上がるわ。
             ズッキーニの天ぷらは、そういえば20年前に読んだ本にも出てきて、真似してみたいなあと思っていたんでした。忘れてた。夏野菜の時期になったら作ろう(また忘れるのでは?)。
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