虫のいい日々

あぶはち取らずと言われても、極楽とんぼで過ごしたい。
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2018年9月に読んだものメモ
  • 温又柔『空港時光』(河出書房新社,2018年6月)
     空港が出てくる短編10作は、どれも淡々と細やかな筆致で、ちょっとした出来事を切り取る感じ。台湾と日本を行き来する、さまざまな背景を持ちさまざまなシチュエーションに置かれた老若男女が順繰りに主人公になっている。まさにこの著者だからこそ、このすべての視点に立って、きっとこういう人は本当にいるな、と思えるような物語を作れるのだろう。最後に収録されたエッセイは、読みながら著者の旅路を一緒にたどるような気持ちで複雑な歴史に思いを馳せ圧倒されるとともに、同行したご友人たちとのやりとりが暖かい。

  • JYYang "Waiting on a Bright Moon"(Tor, 2017年)
     これはいわゆる「シルクパンク」というジャンルになるんだろうか。中華要素てんこもりSF短編。スペースコロニーで政府のために働く主人公女性は、遠方にいるパートナーと漢詩を同時に詠唱することにより感応を同期させ両者間に亜空間トンネル的ななにかを開いて物質を転送できる能力者。最初あまりにも普通になんの注釈もなく中国語が分かること前提の記述が混じってくるので困惑したが、著者名で検索したらシンガポールの人だったので納得。本来、英語だけを読む人に向けて書かれた作品ではなく、たぶん「英語も読む華人」がターゲットなんですね。視点人物が常に二人称youで語られ、一貫して現在形しか使われない特徴的な文章が、臨場感とともに、どこか語り手から主人公が突き放され乖離したような不穏な雰囲気もかもし出している気が。厳然とした無情感が漂う一方で、漢詩の響きともあいまって場面によっては描写に濃密な美しさを感じる。
     余談ですが、中国語理解前提っぽいところは、たとえば、とある集団メンバーがJia, Yi, Bing, Ding……と呼ばれてるとか。これが甲・乙・丙・丁……であることを知らない読者は、単なるニックネームと受け止めて、個性を剥ぎ取られた呼称、みたいな解釈はしないのでは。あと漢詩はそのまんま簡体字で引用。ちなみに作中で使われているのは、岳飛(1103-1142)「満江紅」と、蘇軾(1037-1101)「水調歌頭」です。(←ググったので自分用にメモ)


  • 宇佐美まこと『骨を弔う』(小学館,2018年7月)
     小学校時代に5人が共有したとある体験を、そのうちのひとりが40歳になって思い出し、ほかの面々を訪ね歩くことで、徐々に明らかになってくる、最初に思っていたのと違う真相。単に謎が解けていくだけでなく、当時に立ち返ることによって、登場人物たちのある意味それぞれに停滞していた現在が、よい方向かどうかは未知数ながら動き始めたところで終わる。正直、当時小学生だったなかでいちばんクズいのはみなを訪ね歩く男性(そして作中いちばんの良キャラは彼の父親)なのではって思うんですが、彼が子供の頃のことが、子供の頃のことだからって物語全体でなんか許される感じになってるの、もやっとするんですが、彼が動いてあれこれ掘り返すことがきっかけでほかのみなの人生も動いてさわやかなラストに導かれるのでもやっとはしながら飲み込んで読み終えてしまうのだった。お父さんいいキャラだし、そのお父さんの息子だし。

  • 阿川佐和子+大石静『オンナの奥義 無敵のオバサンになるための33の扉』(文藝春秋,2018年1月)
     対談集。ちょうど阿川さんがご結婚されたしばらくあとから始まっているので、ご夫婦の幸せそうなお話とか微笑ましい。ずっと自分の名前を世間に出して表現に携わるお仕事をしてこられたおふたりなので、その辺の強さが見えるやりとりもかっこいい。ただ、両者ともここまでそうやって生き延びてこられたわけだから、ある程度はマッチョな考え方でいらっしゃるのも自然なことかもしれないけど、パワハラやセクハラ、ぶっ倒れるほどのブラックな働かされ方があってこそ面白いものが作れる、みたいなことを普通に思ってらっしゃることがうかがえる対話を読んでいると、胸がきゅーっと苦しくなった。そんなものがあると明るみに出た時点でコンテンツの受け手側は素直に楽しめないし、なくてもちゃんと面白いものは生まれていくんだ、いまはその過渡期なんだと信じたい。私よりだいぶ上の世代であるこのおふたりのような感覚が、私より下の世代に波及しないように、私らのような名もない庶民であっても、あいだに立って身近なところからの草の根運動で食い止めていかねばならんのだなという思いを新たにした。だいたい、よく分かってないおじさんたちにセクハラの説明をするとき、よく「上司の娘さんに向かってできないことはほかの女性にもやっちゃ駄目」みたいなことが言われるじゃないですか。阿川さんなんかは、常に背後に、お父さまという周囲の年上の業界人にとっての「上司」的な存在があったから、小娘時代にも、人間としての尊厳をとことんずたずたにされるような経験を回避しやすかったんじゃないですかね(ひがみっぽい感想でごめんなさい)。もちろん、阿川さんご本人がお父さまとの関係にご苦労なさったのは、この対談でもほかで読んだ文章でも分かってるんだけど。

  • 八島游舷『天駆せよ法勝寺』(東京創元社,2018年6月)
     第9回創元SF短編賞受賞作。『年刊日本SF傑作選 プロジェクト:シャーロック』に収録されたなかの1編。電子書籍ではバラ売りしてました。
     「佛理学」に基づいて開発されたお寺が祈祷で推力を得て「中有(宇宙)」へと飛び立つ。だいたいもうイメージで押し切られて読んじゃってるんですが、仏教に支えられたテクノロジーと社会のありようがとても面白いしこの短い物語の周囲に奥行きと広がりを感じる。
     発売直後の話題になってたときに買ったまま読みそびれていましたが、このところの災害続きでツイッターのみんながしきりに大仏造立が望ましいとかハイブリッド大仏がよいとか言いはじめたので「そうだ! いま読むのは!」ってひらめいて開きました。
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2018年8月に読んだものメモ
  • 石井遊佳『百年泥』(新潮社,2018年1月)
     流されるように南インドのチェンナイに日本語教師として放り込まれた主人公の女性が、100年に1度の大洪水で出現した泥の山の中から出現するさまざまなものたちを媒介に過去や現在を語る。巻末のプロフィールによれば実際にインドで暮らしているらしい著者が書いた現地生活のこまやかなリアリティが、人を喰ったような大法螺とシームレスにつながって、あれよあれよと違うところへ連れていかれる疾走感。主人公にとっては扱いづらく厄介だけど、未経験なまま体当たりで進める授業を成立させるには不可欠な生徒でもある、ヒネた美青年ディーヴァラージが、どんどん魅力を増していく。第158回(2017年下半期)芥川賞受賞作。

  • 小田嶋隆『上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白』(ミシマ社,2018年3月)
     なんというか、理屈としてはとても分かりやすく順を追って筋が通るように第三者に向けて説明してくださっているのに、心情としてはほとんど追体験できないという読書を久々にした。アルコール依存症、大変。とはいえ、自分が連続飲酒しないのは、あくまでも体質的な制約による面が大きいという自覚はある。最終章でのネットを介したコミュニケーション依存の話でもそうだけど、お酒以外のものに過度にリソース取られて人生削っちゃってる人はいくらでもいるよな。ただ、なににも依存せずに生きていくということは、果たして可能なのだろうか、健康被害や社会的破綻が生じて初めて問題になるだけで、誰しもなにかにバランスを欠いた入れ込みようをしてしまうことはあって、しかし境界を見定めることの難しさは本書にすでに書いてある……とかなんとか考えているうちに、どんどん心がぐるぐるしてくるのであった。

  • ジョー・イデ『IQ』(訳:熊谷千寿/2018年6月,ハヤカワ文庫HM/原書:Joe Ide "IQ" 2016年)
     日系アメリカ人の著者58歳のデビュー作という情報はいったん頭の外に置いたほうがいいかもしれない、ラップとバイオレンスに彩られた、ロサンゼルスの黒人コミュニティを中心に回る物語。しかし主人公の黒人青年アイゼイア(IQ)は、そんな環境にあって古いジャズを好み暴力より知力で問題解決に当たる物静かなシャーロック・ホームズ型の探偵というのが、こちらのステレオタイプなイメージを崩してくれる。ワトソンっぽいポジションに入るギャング上がりの元同居人との、相棒と言っていいのかすら分からない殺伐とした腐れ縁だけど一蓮托生な過去を共有する複雑な距離感も面白い。ある出来事さえなければ、その頭脳を活かして裏社会とは無縁の人生を歩んでいたかもしれないIQの、現在のスタンスの根底にある倫理感が、その出来事によって補強されているという皮肉。短いエピローグは最初、「いまさらだよね」みたいなどうしようもない話をぽーんと出して諸行無常感を余韻として残す文学的構成なのかと思ってしまったんだけど、巻末解説を読んでそうではないと知り、次の巻が楽しみになった。


  • 白井恵理子『STOP劉備くん!! リターンズ!』第2巻(潮出版社,2018年5月)
     第1巻が出たとき、連載開始から単行本刊行までずいぶんかかったなと思ってたら、今度は続きが2ヶ月で出てるじゃないか。気付いてなかったぜ! 夏侯惇が「とんとん」って呼ばれるの可愛くない!? 可愛くない!? 諸葛瑾と馬超の組み合わせ新鮮。個人的に、白井先生が雑兵Aのこと「なんでも中途半端にできる」とコメントしてたの、ちょっと意外。なんでもできる超有能兵で、ときおりの失敗は周瑜をおちょくるためってイメージだった。そうか本気で偽りなく中途半端なんだ!〔初出『Webコミックトム』2015年7月〜2016年5月〕

  • 白井恵理子『STOP劉備くん!! リターンズ!』第3巻(潮出版社,2018年7月)
     劉備の玄ちゃん並みに孫子の兵法とか知らないので勉強になるわあ。そして第2巻の感想メモでは瑾さんとの組み合わせに受けてたけど、やっぱり馬超は姜維と一緒のときがいちばん好きかも。姜維くんみたいに「愚者がまた愚考を!」って私も誰かに言ってみたい(やめなさい)。あとがきで、白井先生が認知症のご家族を介護なさっていたと知り、そんな大変ななかで、のーてんきな武将たちの漫画を描けていた精神力に感服する思いです。あと表紙の剣舞する周瑜たんかっこいい。一枚絵のキャラの決めポーズがいつもすごく好き。〔初出『Webコミックトム』2016年6月〜2017年4月〕

  • 瀧波ユカリ『ありがとうって 言えたなら』(文藝春秋,2018年3月)
     瀧波さんのお母さまの末期癌が分かってからの経緯を描いた作品で、読むとつらくなるんじゃないかなって覚悟していたんですが、とにかくお姉さまとともに、体力も感情も振り絞ってやり切った感のある看取りで、胸が痛くなると同時にこういう言い方は失礼かもしれないけど、さわやかささえある読後感であった。お母さまの個性がとても強くて、きれいごとでない話も率直に語られているにもかかわらず、全部ひっくるめて人間味があって魅力的なかただったことが分かるようになっているのが、愛だなあって。〔初出『CREA WEB コミックエッセイルーム』2016年5月〜2017年10月〕
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2018年7月に読んだものメモ
  • ケイト・フォックス『イングリッシュネス 英国人のふるまいのルール』(訳:北條文緒・香川由紀子/みすず書房,2017年11月/原書:Kate Fox "Watching the English: The Hidden Rules of English Behaviour" 2nd Edition, 2004/2014年)
     各種の社会的区分に依存しないイギリス人全般における言動パターンの共通項を抽出しようという試み。会話の潤滑油としてのお天気話や、お約束としての謙遜などは、日本人同士でも「あるある」だよなーと思う一方で、やっぱり外部の者には永遠に分からんなーというような言葉の使い分けなんかもあったりして興味深い。序文のあとテーマ別に論考が進められるんですが、特に総括とかなく突然終わるなーと思ったら、なんとこれ前半部分(アマゾンのカスタマーレビューによれば正確には全体の約3分の1)のみの翻訳なのでした。最初に表紙とかで言っといてくれよそういうことは! 原書の無料サンプルをダウンロードして目次をチェックしてみたら、むしろ翻訳されなかった部分に(私にとって)面白そうな項目があるような気もするし、最後にちゃんと全体のまとめに割いた章もあるみたいなので、余裕があるときに読んでみたいかも。

  • 乾石智子『赤銅の魔女 紐結びの魔道師機戞陛豕創元社,2018年5月)
     最初は短編集のなかの1編の主人公だったのが、まるまる1冊が彼を主役にしている連作短編集が出て、今度はついに長編3部作開幕。著者にとってもリクリエンス(エンス)はよほどお気に入りなんでしょう。実際、結んだ紐で発動する魔術の設定なんてすごく面白いと同時に説得力があるし、エンスの魔道師らしからぬ身体能力や豪快な性格も魅力的。前の短編集では物語がいろんな時代にわたっていたけど、今回は祐筆のリコが存命の頃のお話で嬉しい。お爺さんだけど耄碌とは程遠く口の達者なリコとエンスのコンビ好きです。タイトルロールの魔女も荒んでいるけど強くて美しくてかっこいいぞ。エンスたちに出会って変わり始めたとこで、まだ彼女の思惑の全貌も分からないわけですが、続きが楽しみ。ほかの女性キャラも印象強烈で、今後お話のなかでどういう役割を果たすのか気になる。
     ところで、これを読むにあたって、前作の連作短編集『紐結びの魔道師』も再読したんだけど、リコが亡くなったあとのお話でヒロインポジションにいるニーナに、エンスは今回の長編に出てくる赤銅の魔女の面影を見たりとかしたんだろうか(髪の色が同じ)。


  • いとうせいこう+星野概念『ラブという薬』(リトルモア,2018年2月)
     いとうさんと、いとうさんのカウンセリングに当たっている精神科医の星野さんが、両者の合意のもと診察内容にも触れて公開前提の対談をするという企画。身体の傷を負ったときと同じように心に傷を負ったときにも病院に行こうよっていう導入から、認知行動療法の考え方や、精神科医と心理士の違いなどを紹介してくれたうえで、傾聴や共感というキーワードを経て、最終的には、いまの世の中の不寛容な相互監視の風潮、ネット上のとげとげしい言葉などにも触れ、「現実がきつい」すべての人によりそうような内容になっている。

  • 鴻巣友季子『翻訳ってなんだろう? あの名作を訳してみる』(ちくまプリマー新書,2018年6月)
     取り上げられている作品の傾向がバラバラで、それぞれの押さえるべきポイントも違っていて、あらためて言われると目の前がどんどんひらけていくようでとても面白い。たとえばエドガー・アラン・ポー作品の怖さは(ストーリーそのものだけでなく)文体に宿っているという解説にぞくぞくした。どの章もスリリングです。文芸翻訳を勉強した経験はないのだけれど、「翻訳とは“体を張った読書”」という表現は、ものすごく納得がいく、ような気がして膝を打った(しかし所詮は素人なので気がするだけかも)。あと、昔よく似た形式の別ジャンルのワークショップに参加していたときの空気が脳裏によみがえって、じたばたしたりした(羞恥で)。この本からうかがえる講師としての鴻巣さんは、とっても器が大きく徳が高いかたという感じがします。そして受講者の皆さんも優秀なのだな。

  • 倉数茂『名もなき王国』(ポプラ社,2018年8月)
     8月4日発売予定のものを、期間限定ウェブ公開で読みました。太っ腹PR企画。そしてその後、同じくウェブで公開されていた、本作品の舞台裏についての文章を読んで、もともとは個々の短編として書かれていた複数の物語をまるっとくるみ込んでしまう大枠を作ってつなげてしまうという本作の構成は、編集者のかたによる提案だったことを知りました。なるほど、プロの判断だと、そのほうが一般的な希求力は強くなるんだな、と不思議な感じがしました。というのは、私個人としては、鉱物標本のような粒よりの、幻想的だったり内省的だったりする物語たちは、互いに干渉しあうことなく標本箱にしっかり区切られて並べられているほうが、断然好みだったからです。標本箱のフレームそのものの上面に模様が描けるほどの面積って、必要かなあ、みたいな感想だったのです。
     ただ、大きな枠組みを伴い長編として完成したこの作品はこの作品で、互いに響きあうイメージ、ひとつのお話から別のお話にまたがる伏線など、緻密な計算に基づいて配置されていることがうかがわれ、楽しく翻弄されました。最後に向かって物語が突き進みはじめたときも、もしや欠けてるように見えたピースをきっちり理詰めで嵌めてきちゃうんだろうか、それかえって興醒めになるかも……と心配していましたが、読み終えてみたら脳裏には濃密かつ美しい情景が残りました。しかしやっぱり本音を言えば、初稿から削られたという4本(めっちゃ読みたい!)をも含めた「掌編集」として、第5章を独立させた書籍が欲しいです……。


  • よしながふみ『きのう何食べた?』第14巻(講談社,2018年7月)
     自分は炊飯器のおかゆモードで充分と思っていても、休日の朝食にはケンちゃんの乙女心を満たすためにビジュアル重視して土鍋で白がゆを作ってあげる筧先生すごくないですか!? 猛暑の日に読むと余計に心に響くわあ(って、たぶん作中ではそこまで暑い日じゃない、ふたりとも半袖だけど)。佳代子さんちのお孫さんが来年は小学生だったり、お墓の話題が出てきたり、ほんと容赦なく月日が読者と同時進行ですね。ズッキーニを浅漬けにして和風の一品として食べるって発想はなかった、やってみたい。
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2018年6月に読んだものメモ
後半から、古典新訳文庫の消化キャンペーンでした(って、3冊ですけど)。


  • 王谷晶『完璧じゃない、あたしたち』(ポプラ社,2018年1月)
     間隔の空くウェブ連載は毎回楽しみにしていたのに、全部まとめてさらに書き下ろしを追加した単行本は読了にずいぶん長くかかってしまった。バラエティ豊かすぎて1編ごとに頭がインターバルを要求するので。私、短編集読むのヘタクソだわあ……。さまざまな語り口、さまざまなジャンルで書かれた23の短編すべて、メインに据えられているのが女同士の関係。ストーリーがことごとく予想外な方向に転がっていくと感じるのは、もちろん着想自体が斬新に飛躍しているからなんですけど、同時に、いかに自分がこれまで、男女で物語が構成される既存パターンに染まっていたかってことでもあるのではないかって思いました。ウェブで読んだときいちばん好きだった「友人スワンプシング」が、再読してもやっぱりすごく好きで、なんだろうこの若い女の子ふたりがかもし出す潔さとせつなさとハードボイルドな感じ。

  • 山口恵以子『食堂メッシタ』(角川春樹事務所,2018年4月)
     店主がたったひとりで切り盛りする、こぢんまりとした本格イタリア料理店。こんなお店があったらいいよねっていう、夢と理想が詰め込まれている感じ。学生時代に偶然チェーン店でアルバイトしたことをきっかけに、本格的な料理人への道を邁進しはじめた女性が、惚れ込んだ師匠のもとで学び、彼の片腕となり、初めて自分のお店を持ち、そこからさらに先のステップに進む直前まで。ストーリー的には王道なので喰い足りない印象もないではないのだけれど、とにかく出てくるお料理がひとつひとつ詳細に説明されており、どれもとても美味しそうなので、そっちで満腹感。終盤になって、お店の常連のなかに本書の出版元の社長である角川春樹氏がいるという記述があり、こういったお遊びには好き嫌いが出るでしょう(私は実はちょっと引いた)。しかしやはりこの著者は、才能ある女性が突き進むさまを書くとき筆致に勢いがありますね。

  • 張愛玲『傾城の恋/封鎖』(訳:藤井省三/光文社古典新訳文庫,2018年5月)
     1943〜1944年に発表されたエッセイ3編と小説2編。1941年の日本軍による香港への侵攻が背景として色濃い。表題作タイトルの「傾城」には敢えて一般的読みとは違う「けいじょう」というルビが振ってあり、読んでみるとたしかに、いわゆる傾城(けいせい)の恋という言葉で想像するような、その恋によって城が傾くといった物語ではなく、逆に城市(街)が壊れていくことで初めて完成形になる恋愛といったような話なのだった。意地と欠落を抱えた者同士の保身的なやりとりがひりひりする。少女時代からの家族との確執を綴った苛烈で感傷的なエッセイ「囁き」の随所に挟まれるアイテムの選択も巧いなあと思う。巻末の解説も充実。
     〔収録作品:「さすがは上海人」《到底是上海人》1943年/「傾城の恋」《傾城之恋》1943年/「戦場の香港――燼余録」《燼余録》1944年/「封鎖」《封鎖》1943年/「囁き」《私語》1944年〕


  • ジェローム・K・ジェローム『ボートの三人男 もちろん犬も』(訳:小山太一/光文社古典新訳文庫,2018年4月/原書:Jerome K. Jerome "Three Men in a Boat: To Say Nothing of the Dog" 1889年)
     原書は1889年発表。新訳が出ていたので久々に。日本語で通読するのは初めてです。久々に読んでも、こいつらほんと自己中なことばっか言ってぐだぐだしてんなー。でも旅はなんとかなっちゃうんだよなー。
     前に英語で読んだときには、なにか元ネタがあるんだろうけどと思いつつスルーしていた事柄に訳注がしっかり入っていてありがたい。巻末の解説や年表も。この著者は、これまで作品だけ読んで、いったい19世紀イングランドにおいて、どのあたりのコミュニティにいた人なんだろうかと、不思議に思うことが何度かあったんですよね。解説で経歴を初めて詳しく知って納得。けっこう激しいクラス移動人生だった。あと、本作で「僕」がモンモランシー(犬)を飼っているということ自体が、執筆当時の現実の著者よりも上の階級に属するキャラとして主人公を位置づけるための設定だったという話など、わりと目からウロコな感じ。彼が本当にペットを飼い始めたのは、もっとずっとあとなんですね。
     それと、この新訳版の翻訳者のかたがあとがきで、丸谷才一先生による旧訳版へ思いをなかなか熱烈に語っていらっしゃるので、いまさらですがそっちも読んでみたくなりました(実は旧訳版もかれこれ20年くらい家にある)。


  • C・S・ルイス『ナルニア国物語 阻盻兒佞里い〜』(訳:土屋京子/光文社古典新訳文庫,2016年9月/原書:C. S. Lewis "The Magician's Nephew" 1955年)
     1960年代から読み継がれてきた旧訳版の個性が、古いということを差し引いても強いので、どう訳してもすごく雰囲気変わるのは予想していましたが、最初は読んでる途中でどんどん脳裏に旧訳の記憶が湧いてきて二重写しみたいになって大変でした。
     いちばんインパクトが強いのは、主役の子供たちの言葉遣いが、かなり現代寄りになっていること。ただ、このお話自体が、もともと「昔のできごと」なんですよね。作中でもほかの巻で老人として登場する人の少年時代だし、いまの読者から見ればなおさら時代設定が昔なわけだし。旧訳版に引きずられているだけかもしれないけど、個人的には、微妙に古臭いくらいがイメージだったなあと。そこはちょっと好みが分かれるかと思いました。あのですね、旧訳の「とっかえ!」が新訳で「チェンジ!」だったことに、正直ショックを受けました(笑)。でも新訳も、きびきびとした読みやすい文章。いまのお子さんには、こちらのほうがとっつきやすいでしょう。
     新しく付いたイラストも、どこかユーモラスな動物たちの表情やダイナミックな構図が印象的で、原書の緻密で美麗な挿絵をそのまま使っていた旧訳版とはまた違った魅力が。
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2018年5月に読んだものメモ
今月は読了できたものがとても少ないのですが、下旬に入ってから現在の視力に適合する新しい眼鏡を作ったので、来月はもうちょっと読める……かもしれない。


  • 阿部公彦『史上最悪の英語政策 ウソだらけの「4技能」看板』(ひつじ書房,2017年12月)
     大学入試の英語関連で予定されている改変については、私の視界に入る範囲ではプラスに評価している人がいなくて、私も詳しい変更内容は覚えていなかったものの、民間試験の導入という話だけでも、すごい混乱と不公平感を招きそう……という素人考えを抱いていたのですが、本書では具体的にどの辺がダメかという著者の意見が、有識者会議の議事録なども引用してツッコミを入れつつ解説されています。私は教育や受験産業については門外漢で、口出しする資格もないんですが、お若い人たち振り回されて大変だなあ、なんとかならんかなあという思いを新たにはしました。ただ語り口が、痛快で読みやすいけど、なんかこう「煽っていくスタイル」的な感じなので、しんどいときもあった(笑)。あと語学習得には本当に地味な努力が必要なんですよね、分かってるんですけどねって、ちくちく刺さってくるような記述も……。

  • 鳩見すた『アリクイのいんぼう 家守とミルクセーキと三文じゃない判』(メディアワークス文庫,2017年8月)
     印鑑の作成を請け負いつつ店主の手作りスイーツも提供している「有久井印房」に引き寄せられてくるいろんなお客さんと、ハンコのエピソード。この店にはなにか特殊な磁場でも働いているのか、各話の登場人物同士があまりにも相関していて、誰もが誰かの知り合いだったりするものすごく世間が狭い世界です。
     第1話の、お前も実印を作れば分かると言い残して会社を辞めた同僚……ってところから「印鑑を登録しようと役所へ行ったらすでに自分名義の実印が!? それは社員の名前を不正使用する会社ぐるみの犯罪だった!」みたいなのを思い浮かべてたら、全然違ってさわやかに前向きな話だったので自分のデフォルト発想の殺伐具合を思い知ったのですが、かといって実際の本書がほんわか一辺倒というわけでもなく。みんなそれぞれ背負うものがある。
     ここ最近、書店の平台を観察しているかぎりでは、ラノベを読みなれた大人向けっぽい感じのレーベルで「お店」を舞台にした連作短編集みたいなのやたら多いなって感じているんですが、そのなかでこれを手に取ったのは、まあカバーのアリクイおじさんのインパクトですよね。しかし読み進めているうちにだんだん気になってくるのはアリクイよりもむしろ、なぜこの地域はやたらカピバラの影がちらついているのかということです。続編で明らかになるのでしょうか?


  • 鳩見すた『アリクイのいんぼう 運命の人と秋季限定フルーツパフェと割印』(メディアワークス文庫,2018年2月)
     ……と、いうわけでさらに読んでみたシリーズ第2弾。相変わらずこのお店の周辺は、すごい偶然で誰かが誰かの知り合いである。まあそれはともかくカピバラそしてカピバラ。やっぱり本人(本カピバラ)は淡々と地味な仕事してるように見せかけつつ、実はこの地域で暗躍してると思うんだ。
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