2020年1月に読んだものメモ

年明けから早くも1ヶ月が経ちましたが、改めまして2020年もよろしくお願い申し上げます。

昨年末に抱負として書いたとおり、数日前にこのブログのパソコン版のデザインを変えました。プロバイダからカスタマイズ用に提供されているテンプレートの構成をほぼそのまま流用しているので、前よりは読みやすくなったのではないかと思います。思うんだけどな。どうですか……。

とりあえず、かねてからの懸念事項であった、右側のサイドバーに月別アーカイブのリストがずらっと並んでいたのを、年単位で折りたたむ方式にできたのでほっとしています。10年以上×12ヶ月分のリストはさすがに長すぎた。

まあ、たぶん最近は、スマホから見ている人のほうが多いだろうから、あんまり関係ない話かもしれませんね。スマホ版のほうのデザインは、完全にノータッチでデフォルトのデザインのままにしているので(というか、いじり方が分からない)。


  • チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『なにかが首のまわりに』(訳:くぼたのぞみ/河出文庫,2019年7月/原書:Chimamanda Ngozi Adichie "The Thing Around Your Neck" 2009年)
     ナイジェリア出身でアメリカにも拠点を持つ女性作家による12の短編を収録。ナイジェリアという国や、そこから米国への移民が直面する問題を、私は現実にははまったく知らないわけですが、社会的な固定観念がのしかかってくるときの閉塞感や抑圧感には馴染んだ手触りもあり、息をひそめ目を凝らすようにして読んでしまった。そういった状況下で、誰かとともにあっても分断されている感じ、伸ばした手が届かない感じ、納得のいかない感じ……そして時にはそれと裏腹に、なにかがつながりあったような感覚が得られる一瞬。そういったものが、デリケートな筆致で描写されていて、一文一文に引き込まれる。分かりやすくすっきりとした結論が提示されるわけではないが、読み手が放り出されているわけでもない。ともすれば存在しないことにされそうな心の動きに、たしかな光を細くピンポイントに当てられているという充足感がある。
     民族も宗教も社会階層も異なるふたりの若い女性が、街なかでの暴動から逃げてともに廃屋に身を隠し、一晩限りの交流を持つ「ひそかな経験」がとても好き。本当は好きという言葉ともちょっと違うような、ずっしりとした重たい気持ちもあるんだけど。
     ちなみに、表題作「なにかが首のまわりに」は、出版社のサイトで全文公開されています。


  • 東山彰良『小さな場所』(文芸春秋,2019年11月)
     連作短編集。刺青店が乱立したことに由来して紋身街と呼ばれる台北の一角。そこの食堂の息子、小学生の小武(シャオウ)が、周囲の大人たちとのやりとりから、いろんなことを考え成長していった日々を、あとから振り返るかたちで語る。到底、立派とは言い難いところが多々ある大人たちだけど、小武のことは彼らなりに慈しんでいることが言動の端々からうかがえて微笑ましい。ただ、子供である小武にとって猥雑な紋身街は生まれ育った大事な場所だけれども、その外にも世界があるんだという、大人たちにとっては自明の事実を、彼はまだ物語の最初ではあまり分かっていない。そこから徐々に、いずれ自分の未来を選び取っていくのであろう兆しが見えてくるにつれ、なんだか胸が締めつけられる。

  • 服部まゆみ『最後の楽園 服部まゆみ全短篇集』(河出書房新社,2019年11月)
     2007年に亡くなった著者が遺した17の短編を収録。そのうち4編が以前『時のかたち』(1992年,東京創元社)としてまとめられていた以外は、すべてこれまで単行本未収録だったものかな? 耽美的な描写に気を取られているうちに謎の解明が始まってしまっているミステリ作品群のほか、幻想的なホラーや怪奇小説、金田一耕助のパスティーシュもあって、なかなかバラエティに富んでいるけど、ドラマティックで情念的なストーリー、目の前に浮かぶような美しい情景描写などが読み終えてからもあとを引く作風は一貫している。
     銅版画家でもあった著者本人の作品が装画として使用されていて、とても素敵。


  • Cixin Liu "The Wandering Earth: Classic Science Fiction Collection by Liu Cixin"(訳:Holger Nahm/編:Verbena C. W./Beijing Guomi Digital Technology Co. Ltd., 2013年/Beijing Qingse Media Co., Ltd.,2013年)
     劉慈欣(刘慈欣)SF短篇集。中国では2019年の春節映画になった(まあストーリーめちゃめちゃ改変されてましたけど!)表題作をはじめとして、1998年から2009年までのあいだに書かれた11作を収録。題材はさまざまで、いろんなタイプの「発想の転換」が提示される。また複数の作品で、未知のものを知りたい、認識できる世界を広げたいという欲望がストレートに肯定されていたなというのが印象に残った。各作品についてのメモはこちらに。


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    2019年12月に読んだものメモ

    今月は、途中まで読んで「なんか気分じゃない」とやめてしまった本が複数冊あったり、短編集に入っているお話を休み休み1つずつ読んでいたけどまだ最後までは到達してなかったりしてて、ずっとなんか読んでた記憶があるわりには、「読了」した本としてカウントできるものは少ないです。

    本年も、見に来てくださっていたかたがた、ありがとうございました。来年の抱負としては、えーと、とりあえずこのブログのデザインを手直ししたい……。

    ずーっと何年も何年も同じテンプレートを使っていますが、最近の一般的な環境では見づらいのでは? と思っています。そう思いつつ、気がつけばもう年末になっていました。うん、2020年には、なんとかしたい。



    • ディアドラ・サリヴァン『目覚めの森の美女 森と水の14の物語』(訳:田中亜希子/東京創元社,2019年10月/原書:Deirdre Sullivan "Tangleweed and Brine" 2018)
       童話をベースにした再話集。固有名詞を出さない「あなた」や「わたし」を主語に、もとの物語にひねりを加えたり視点を転換させたりしながら、熱くどろりとした感情を引き出すダークな味付けがなされている。間接的な表現によって深読みを可能にしながら、女性たちが現実の歴史のなかで連綿と抱いてきた怒りや悲しみ、それらに立ち向かう姿を浮き出させていく。

    • スティーヴンスン『宝島』(訳:村上博基/光文社電子書店,2012年2月/底本:光文社古典新訳文庫,2008年2月/原書:Robert Louis Stevenson "Treasure Island" 1883年)
       実は読んだことなかったんですよ。児童書として出版されたものでさえ。そして内容も知らなかった。とにかく "Yo-ho-ho, and a bottle of rum!" って歌うんだよね? くらいの知識しかなかった。あとは、悪役が海賊なんだよね、とか漠然と。そんで宝島というくらいだから、島に宝があるんだろ、と。まあ、そこは合ってた。船に乗って遠くの島へ宝探しに行くお話だった。主人公が大人ではなく少年っていうのは今回初めて知った。
       いちばん予想と違ったのは、悪役のキャラクターかな。こんなにも有名な古典作品のラスボスなら、きっとなんかすごい悪の権化、独特の美学を持つ超人的サイコパスって感じなんじゃないかというようなイメージを勝手に抱いていた。ちょっと違ったね。ジョン・シルヴァーは、思ったよりこすっからい二枚舌、「小物界の大物」みたいなやつでしたね。残忍ではあるけど、血が通っている感じでとても人間味がある。彼に関する最終的な帰結にも意表をつかれた。そうか、古い作品だからって、問答無用で勧善懲悪ってわけではないんだな。
       巻末の訳者あとがきが面白かったです。特に、辞書では「指ぬき」という訳語になってる thimble の形状が分からないため文意が取れない箇所があり苦労した話がけっこうな行数をとって綴られてて。
       私自身は小さい頃から母親が西洋式の指ぬきを使ってお裁縫しているのを実際に見ていますが、いまどきは日本でも手芸店に行けば「シンブル」と片仮名表記で売られてるし、手芸とは無縁でも子供時代に小人さんがあれでお水を飲むシーンがある児童文学の挿絵なんかも見たことあったので、そんな悩むこととは思ってなかったんですよね。お裁縫もせず小人さんが出てくる絵本も読んだことなければ、欧米文化に詳しいはずのプロの翻訳家のかたにとっても馴染みのない知識なんだなあ、と新鮮な思いでした。結局、本書では thimble の訳が「裁縫用の指キャップ」となっています。おお、分かりやすい! たしかに、同じ用途に使う道具ではあっても、日本の指ぬきと違って、thimble は形状的に「ぬいて」ないので、厳密には「指ぬき」じゃないよなあ。


    • 白川紺子『後宮の烏 3』(集英社オレンジ文庫,2019年8月)
       主役ふたりの周囲に、成りゆきで集まり情で留まっているかに思える人々のあいだにも、埋もれていた意外なつながりが見え隠れしはじめ、不穏な予感。宿命として与えられたものに抗おうとする若いふたりの今後を思う。相変わらず、鮮明に描写される服飾や折に触れて出てくる甘味、季節の空気や花々への言及に伴う漢字の選び方が美しくて、読んでいて気持ちがいい。新刊出てるんだよなーと思いつつ気がつけば数か月間、手に取りそびれてしまっていたので、来年になる前に読めてよかった。


    • よしながふみ『きのう何食べた?』第16巻(講談社,2019年12月)
       ケンジのお母さんお姉さんたちや佳代子さんち夫妻など、ふたり一緒の「家族ぐるみのつきあい」が広がってくねえ。日々の炊事に関してはシロさんの貢献のほうが大きいカップルではあるんだけど、その料理担当者へのケンジの対応力が同居人としてすばらしいなって思いました。そしてシロさんもついにお仕事上の立場が。
       佳代子さんと出会って12年ってところで、シロさんと一緒にびっくりしました。そんだけの期間、ただただ伝聞でだけケンちゃんの話を聞いてたら、そりゃ佳代子さんも、いよいよ会うことになってテンション上がるわ。
       ズッキーニの天ぷらは、そういえば20年前に読んだ本にも出てきて、真似してみたいなあと思っていたんでした。忘れてた。夏野菜の時期になったら作ろう(また忘れるのでは?)。
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      2019年11月に読んだものメモ

      • ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー The Real British Secondary School Days』(新潮社,2019年6月)
         アイルランド人と結婚してイングランドで暮らす日本人の著者が、地元の公立中学に通う息子さんのスクールライフを観察して綴ったエッセイ。とても面白く、ちょっと胸が痛く、でも前向きでさわやか。
         胸が痛いのは、この子がとても細やかで豊かな感受性と、まっすぐにものごとを見通す洞察力を持った少年で、それはもちろん、もともとの資質とかご両親の育て方のよさがベースにあるんだろうけど、同時に、もしや10代前半にして、この子は「聡明でなければ生きていけない」人生を送っているのでは……みたいなことも思ってしまうからかな。
         また、著者の力量あってこそだけど、さまざまな状況に置かれた生徒たちが通ってくる学校生活を描写するだけで、こんなにも英国の「現在」が浮き彫りになってしまうのだな、というのも感慨深い。この本に出てくる子たち、そしてすべての子たちの未来が明るいものでありますように。
         互いの靴を履いてみること、シンパシーよりもエンパシー。思わず湧いてくる共感ではなく、もっと能動的な、他者への想像力。そういったものを培っていこうという意志があるならば、きっと彼らが大人になる頃には、いまよりもう少し世界がよいところになっているはず、という希望を垣間見た。


      • 益田ミリ『かわいい見聞録』(集英社,2019年7月)
         日々の生活のなかにある、ちょっとしたささやかな「かわいい」ものたちを、ひとつひとつ取り上げ、改めて詳しく調べたり考察したり。ともすれば見過ごしてしまいそうな「かわいい」さえもすくいあげて気に留めている、益田さんご自身もなんだかかわいい。

      • 吉野万理子『イモムシ偏愛記』(光文社,2019年9月)
         とある下心込みで近所の大きな屋敷に住む老婦人と親しくなった中学生の少女。しかし老婦人はイモムシを捕獲してはホームステイさせちゃう大の虫好きで、お手伝いしてくれる子を求めていたのだった……。最初はいちいち悲鳴を上げたりと動揺していた主人公が、出会う虫たちについて詳しい説明を聞いたりしていくうちに、だんだんと興味を抱き、かわいさを見出していく過程が楽しい。そしてまた、家族や友人との関係、学校生活のこと、老婦人側の思惑などなど、ままならぬ展開に翻弄されつつもまっすぐに受け止め成長していくさまが愛おしい。

      • 砥上裕將『線は、僕を描く』(講談社,2019年7月)
         両親を亡くして虚無の日々を送っていた大学生男子が、たまたま出会った水墨画の大家に半ば強引に弟子入りさせられることになり、しかし大家が見抜いたとおりに資質を発揮し、寝食を忘れるほどにのめり込み、やがて周囲の人々との関わり、そして自然とのつながりを意識するようになって、身のうちに抱えた空洞が満たされ、目指すべき方向を見出すことができる。そのプロセスが、水墨画を描くという行為を通じて、効果的なドラマとして、繰り広げられている。なにより、水墨画の描写、それを描くときの感覚の描写が、秀逸。文字しかないのに、主人公の目の前にあるそれぞれの作品がどういう水墨画なのかが、もともとの知識皆無で読んでても鮮明にイメージできてる気がしてしまう。著者はご自身も水墨画家だそうですが、門外漢の人間をも強烈に引き込むような言語化ができるのすごい、と感嘆しました。

      • 遠田潤子『廃墟の白墨』(光文社,2019年9月)
         病床の父のところに届いた謎の手紙の指示に従い訪れた古いビルで、待ち受けていた男たちの話に耳を傾けるうちに、父の過去そして忘れ去っていた自分自身の記憶と向き合うことになる主人公。世間の「普通」から取り残され排除された人々が、現実的な生活から乖離してふわふわと暮らす一人の女性の周囲に寄り集まって生活していた自堕落な日々と、そのなかに放り込まれていた小さな子供、やがて起こる悲劇。歪んだノスタルジーと退廃と憧憬の入り混じったイメージが美しい印象を残しつつ、救いがあるのかないのか分からない物語を成立させている。


      • 荒川弘『百姓貴族』第6巻(新書館,2019年12月)
         荒川先生のご実家が乳牛部門をやめたのは、たしか当時、ローカル新聞記事のウェブ版がネットで話題になってて読んだような気がします。そのあとで去年9月の北海道の大地震が起こり、酪農家では断水や停電で牛の世話や搾乳などに支障が出て損害が大きかったが、荒川農園ではすでにやめていたので救われた部分も……というのは、あの時点では結び付けて考えていなかったので、そうかーって思いました。「牛社会のいじめ」ネタが興味深かった。同じ環境にいても、意地悪な牛が出てきちゃうくらいには、牛にもそれぞれの個性と性格があるんだなあ。お父さまの半年で4回のICUという入院話、恐ろしい。元気に退院なさってなによりです。荒川先生のご家族が病気になって、産休すら取らなかった先生がお仕事を絞っておられた時期のことにもさらっと言及があり。先生も皆さんも、いつまでもお元気でいてください。
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        2019年10月に読んだものメモ

        • 川瀬七緒『スワロウテイルの消失点 法医昆虫学捜査官』(講談社,2019年7月)
           シリーズ7作目、でいいのかな。前作で赤堀先生といいコンビだったプロファイラー広澤先生は今回裏方仕事に徹して、同じ捜査分析支援センターの技術開発担当である波多野さんが現場に同行。また岩楯刑事の相棒ポジションにつく警察官が、今回はかなり癖のある若者。この、もともとは法医昆虫学に疑念を抱いているふたりが、それを認めるようになっていく。
           このシリーズは、犯罪現場で採取された虫たちを調査することによって真実が追究されていくプロセスと同時に、この新しい捜査方法が、この作品世界のなかで徐々に支持を得ていくプロセスを描くものでもあるのだなと改めて。あと赤堀先生が、ときに常識はずれな言動をとり、目的のためには打算や駆け引きも辞さないタイプではあるんだけど、根底の倫理はちゃんとしていてマッドサイエンティスト的ではないところに安心感がある。
           本作では通常の捜査で歩き回る刑事班と、昆虫から推理を進める支援センター班の行動があまりクロスせず平行線で同じ方角へ……という感じなのがちょっと寂しい気もしたけど、これはこれで、それぞれ別のアプローチで同じ真相に近づいていく構成がスリリング。


        • 川上弘美『某』(幻冬舎,2019年9月)
           誰でもない、未分化な者としてあるときから存在しはじめた語り手が、さまざまな「人」に成り代わりながら変遷し、時代の移り変わりのなかでも存在しつづけ、挙句の果てにはだんだんとその「何者でもなさ」からさえも変容していく。途中までは伴走していた人間たちも、いつのまにか置き去りにされる。異質な者としての複数の「人生」を経て、ようやく出会った仲間としての異質な者たち同士のあいだですら、さらに生じる異質。どこか寂しいような、暖かいような、しんとした読後感。

        • 綾瀬まる『森があふれる』(河出書房新社,2019年8月)
           抑圧されてきた感情、とりわけ「怒り」が、身体のなかからの発芽そして森の形成として具現化するというのが、感覚としてすごく分かるし、ビジュアル的にも惹かれるものがある。社会的な規範やステレオタイプの刷り込みが膜のように作用して気持ちが届かないもどかしさに共感し、しかしそれでも相手を諦めきれない、愛情を手放さない意志と、双方からの歩み寄りへの希求があるところに希望を感じる。美しい。

        • 新井素子『星から来た船(上)』(出版芸術社,2019年5月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1992年)
           「星へ行く船」シリーズ番外編、麻子さん視点による前日譚。太一郎さんとレイディ(この頃はまだそうは呼ばれてないけど)のなれそめ編でもあるわけで、本編でその後のことを知っているので、いま読み返してもちょっとせつないね。
           リライト版恒例のおまけ巻末短編は、太一郎さんが地球にいたとき、養育係(?)として雇われていた女性が語り手。少年時代の太一郎さんの聡明さと不器用さ、注がれていた愛情について。


        • 新井素子『星から来た船(中)』(出版芸術社,2019年6月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1992年)
           27年を経てリライトされた新版の続き、思い込みとうっかりと偶然の一致が重なってどんどん事態が混迷を極めていく中巻。かなり内容を忘れてましたが、そうそうこんな話でした。巻末書き下ろし短編は、事件が片付いた約半年後、料理に関することがからっきし駄目な太一郎さんと所長を麻子さんが語る。こういった、仕事では有能だけど家庭内での生活能力のない男性を可愛く思って甘やかすように受け止め、誇らしそうにする女性像っていうのは、いまどきのヒロインにはあまり見られない、わりと昭和な感じがあって(この話は平成に入ってから出てるけど)、いくら綿密にいまどきの若い人にも話が通じるように未来社会の設定をリライトしても、根本的な価値観みたいなのは同じ物語世界で同じキャラなんだから継承されるし、やっぱりノスタルジーとともに読むことになるよねってしみじみしたり。
           それと、太一郎さんと真樹子さん(レイディ)のラブストーリーは、最終的に太一郎さんと結ばれるあゆみちゃんを裏切ることになるから書けないという、あとがきでのお話、とても新井さんらしいと思いました。若かりし頃のこのふたりはこのふたりで、すごく痛快なエピソード満載の最強カップルではあったはずなんですけどね、仕方ないね。


        • 新井素子『星から来た船(下)』(出版芸術社,2019年7月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1992年)
           あれよあれよとあっちもこっちも丸く収まる下巻。巻末おまけ短編は、「星へ行く船」シリーズ全体を俯瞰してのおまけ短編とも言える内容、でもやっぱりシリーズ番外編である本作のさらなる番外編としても成り立つ麻子さん視点。
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          2019年9月に読んだものメモ

          • ジョー・イデ『IQ2』(訳:熊谷千寿/ハヤカワ文庫,2019年6月/原書:Joe Ide "Righteous" 2017年)
             前作の最後で出てきた手がかりをもとに、兄が轢き逃げされた事件の真相について改めて探っていく過程と、生前の兄の恋人だった女性の依頼で、トラブルに突っ込んじゃった彼女の妹を助けに行く話が、交互に語られる。主人公アイゼイア・クィンターベイ(IQ)の人生を大きく捻じ曲げた兄の死がクローズアップされることもあり、前作よりもIQの人間的に頑なまま固まった部分、強い憎しみに突き動かされるような部分も克明に描かれる。一方、ムショ帰りのちゃらちゃらしたチンピラだった相棒のドッドソンが、堅気な伴侶を得て更生し、なかなか安定感のあるキャラクターになっていて、コンビの印象が入れ替わるかのよう。反発したり張り合ったりしながらも、ふたりの掛け合いはやっぱりテンポよくて、対等な相棒感が板についてきたところで、今後も一緒にやっていきそうな流れになって、これはもうシリーズどんどん続けていくんですね?

          • 高山羽根子『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』(集英社,2019年7月)
             主人公が子供の頃に目にしたものが、長じるにつれ再度現れ意味を持ち、うまく捉えきれず表出させられずにいた感情が、そのたびにだんだんとしっかりとした輪郭を帯びていくさまが、静かできれいで強いイメージを伴う言葉で綴られていた。※第161回(2019年上半期)芥川賞候補作のひとつでした。

          • 山崎ナオコーラ『ブスの自信の持ち方』(誠文堂新光社,2019年7月)
             タイトルの印象とは違って、別に心のコントロール法を指南するようなハウツー本ではありません。主にルッキズムへの反論に絡めて、社会の風潮に対する疑問や過去の納得いかない体験の吐露など。著者についてはデビュー時にインパクトあるペンネームだなーとびっくりした記憶はあるんだけど、当時ここに書かれているようなことがあったとはまったく知らなかった。でも、いかにもである……あの頃(いまもか?)のネットの空気なら。そういうのはつぶしていかんといかん。人の尊厳は守られる必要がある。著者が社会を変えたいっていうのは、正しい。自分が変わっても仕方ないんだよ。自分がいまの社会で攻撃されない存在に変化しても意味がない。実質的には誰にも迷惑かけてない相手を寄ってたかって攻撃するのはよくないことだという空気が形成されなくてはならない。収録されてるエッセイは、とても真面目で、ちょっと堅苦しく抹香臭いところも感じられる。でも、真面目に論じなければならないテーマでもあるんだろう。そして本書全体の感想としては「公平を期して中庸を目指すこと、意識してニュートラルであること、それ自体もまた思想的だな」ということを再確認した。

          • 植本一子『台風一過』(河出書房新社,2019年5月)
             石田さんが亡くなってからの公開日記。途中に空白期間も。植本さんは、お葬式後のほうがかえって石田さんのことを静かに深く考えているようにも思う。あんなにも魂がもつれあったような複雑な関係の人を喪うというのが、いかに大変なことであるか。そして、新しい出会いも。もともと、とても人に対する感情の動きが豊かなかたなんだろうな。だからこそ、シングルマザーとなった植本さんとそのお子さんたちを、さまざまな人たちがサポートしようとしているんだろうな。
             お嬢さんたちは、血のつながらないたくさんのクリエイター気質の大人たちに囲まれて、世間一般からすれば珍しいと言われる環境で育つことになるし、小さいうちは、お友達の多くと違う生活に葛藤することもあるかもしれないけど、これだけ周囲に慈しまれているのだから、きっと大丈夫だろうなと思える。半ば祈りも込めて思うことだけど。
             今年の4月に読んだ『フェルメール』の撮影旅行中の日記が入っていて、あのとき撮影終了後はこんな感じで街歩きしていたのか、と興味深かった。お子さんたちを預けて海外出張に出たら初めて涙を流せるようになったくだりに胸を衝かれた。


          • Baoshu "The Redemption of Time: A Three-Body Problem Novel"(訳:Ken Liu/Head of Zeus, 2019年7月/原書:宝树《三体X:观想之宙》重庆出版社,2011年)
             前書きでの経緯説明によると、日本でも今年ようやく第1部の邦訳が出て話題になってる劉慈欣『三体』シリーズが本国でついに完結してしまった2010年、まだまだこの世界に浸っていたかったファンのひとりがネットで公開し、大反響を呼んだ2次創作小説。著者のかたは現在はご自分もプロのSF作家として活躍中らしい。
             原作者が公認し、原作と同じ出版社から刊行され、原作の1部と3部の翻訳を手がけたケン・リュウが英語に訳して世界に紹介って、ファンフィクションの扱いとしては恐ろしいような最高待遇なのでは。でも著者は、ほかの『三体』ファンはこれを解釈違いだと思ったら受け入れなくていいし、本書が正式に原作の続編になったと主張するつもりはない、と謙虚な断り書きを入れています。
             最初のうちは、雲天明×艾AAかー、個人的には萌えない組み合わせなんで具体的に描写されるとしんどいんだよねー、ぶっちゃけ私は艾AA×程心(百合)推しだしー、などとカプ厨的なことを考えながら読んでましたが、天明がどんどん超人化していってびっくり。この作者さん、天明が大好きで、程心(原作第3部主人公)のことは、わりと嫌いなのでは!?
             ――と、いうようなことはさておき。ストーリー的には、原作を独自の発想で補完して、さらにその後のことを語るもの。原作内で提示された事象の見え方をがらりと変えてしまう大胆な解釈も。そしてどんどんスケールを大きくしていって、最終的にはアクロバティックでありつつも、ある意味王道的とも言える帰結に落ち着いたのではないでしょうか。あらすじをひたすら説明していくっぽい急ぎ足の筆致だなーと感じたところもあったけど、とにかく「あ、原作で語られずに終わったあそこの欠落を埋めていくのか!」という驚きと、大風呂敷の広げ具合を評価すべき作品かと。全体としてはとても楽しかったです。これを(商業出版が決まってから手直しはしただろうけど)原作の第3部が出てから1ヶ月ほどで書き上げたって、どんだけの熱量だ……と、もうそれだけで感嘆。
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            2019年8月に読んだものメモ

            • 岸政彦『図書室』(新潮社,2019年6月)
               表題作では、一人で暮らしている50歳の女性の現在の生活と過去の思い出が綴られる。日常から少しだけ離れた図書室で出会った本の話や、子供ふたりの関西弁の会話のテンポがなんだかすごく生々しくて、ふたりの想像がどんどんエスカレートしていくに至る流れの切迫感に、読んでる側の昔の記憶が喚起される。そうそう、私もね……と、物語の語り手に向かって自分の思い出を話したくなってくる。それもドラマティックなことじゃなく、なにかの折のちょっとした感覚とか、手触りなどについて。
               併録の自伝エッセイ「給水塔」も、袖振り合うけど別に多生とかじゃないよね的な縁のエピソードが流れるように並べられていく感じが面白かった。あと、発掘現場でアルバイトしている若い女の子について「人と変わったことをしたい」「世の中のキラキラした部分と無縁」「いつも教室の片隅にいたような」などと分析がなされており、ぐさぐさ来ました。私、かつて発掘現場でバイトする若い女子だった時期があるので。我が人生においてあれほど大量に日焼け止めを消費した日々はなかったぜ……って、まあ、とにかく読み進めながらついついそういう「自分語り」をしたくなるような文章なんですよね。


            • 真藤順丈『宝島』(講談社,2018年6月)
               第160回(2018年下半期)直木賞受賞作。1952年から1972年までの沖縄が舞台。語り部の語り口という体で進む文章のリズムに勢いと軽妙さがあって、ぐいぐい迫ってくる。暑い季節に読むと余計に臨場感が出てくる気がする、熱い話。沖縄の歴史については通りいっぺんのことを習っただけの私も、登場人物の怒りや憧れや慟哭に強制的に感情移入させられ、一方では読んでる自分は「ヤマトンチュ」であるため、こういったことから遠く離れてのうのうと生きてきたこと対する恥の気持ちがずっと脳裏で響くことになる。暴力的かつ原始的でさえあるほどのエネルギーを感じる一方で、構成的には端正で冷静な計算を感じる。沖縄の言葉が多用されており、それが物語の味わいにとても重要だと思うのだけれど、たぶん残念ながら私の脳内で再生されている音声は、現実に現地でなされている発音とはだいぶ違うんじゃないかな。

            • 小川洋子+堀江敏幸『あとは切手を、一枚貼るだけ』(中央公論新社,2019年6月)
               書簡集の体裁で、女性による手紙を小川さん、男性による手紙を堀江さんが書いている。かつて連れ添っていたけど現在は離れ離れで、もう二度とお互いの姿を見ることのない男女が、いまの生活を断片的に報告しあったり、過去の思い出を照らし合わせたりしていくなかで、徐々に見えてくるものと、徐々に消えていくものがある。実在の書籍や音楽が次々と引用されるのに、どこか現実味のない浮遊感のあるやりとり。つかみどころのない部分と、深く深く潜っていくような部分とがシームレスに続いているような感覚。ちらっと見たインタビュー記事では著者のふたりは事前の打ち合わせとか特にせずに交互に自分のパートを書いてたらしくて、それでこうやって、トーンがちぐはぐにならずにまとまるのはさすがです。

            • Shanna Swendson "Enchanted Ever After"(Amazon Services International, Inc.,2019年8月)
               「(株)魔法製作所」シリーズ第9弾。初っ端からルームメイトたちと連れ立ってウェディングドレスを見に行くって話になっていて、ついに! やっと! 8巻かけて! ここまでたどり着いた! よかったねええ!! と思ったのも束の間のこと、当然のようにドレス選び中にも、その後の大きな陰謀にリンクするようなプチ騒動が起こってしまいますよ。ってなわけで今回、ケイティは結婚式に向けての準備に邁進しつつ、禁忌とされている一般の人々への魔法の存在開示をもくろむ者たちの正体や目的を探り、野望を砕くために奮闘します。
               とにかくやっぱり、つくづく主人公がさまざまな局面で発揮する心根の善良さ、堅実さにとても好感が持てるシリーズだな、と改めて。大胆な行動に出るときだって、それは真面目さゆえの逃げない姿勢に起因しているのだ。そしてタイトルからも察したとおり、どうやらここでこの連作はいったんおしまいらしい。最終章では私もケイティと一緒に、これまでのあれやこれやが走馬灯状態になった。
               それと、あとがきで、東京創元社への謝意が改めて特筆されていることに、しみじみした。そうそうそうでした、アメリカ本国の出版社が打ち切りにしちゃったこのシリーズの続巻を、東京創元社がオーダーしてくれて、一時期は英語の原書よりも日本語版のほうが発売が早かったりしてましたよね。おかげで作者さんが執筆を続けてくれて、ケイティたちの活躍をここまで見届けることができました。ありがとう東京創元社。


            • 今村夏子『むらさきのスカートの女』(朝日新聞出版,2019年6月)
               近所に住むちょっと変わった「むらさきのスカートの女」を、ひたすらに観察する「わたし」。友達になりたいと言いつつ、声をかけることもなく、根気強く誘導して自分の職場に来させて、まだまだ観察。そのようすを読んでるうちにどんどん、観察する側とされる側、どっちが余計に「ずれてる」かって言えば……という転換が生じてくる。モノローグのなかの対象への突出したこだわりの強さと、周囲とのかかわりからうかがえる実際の本人の異様な存在感のなさのギャップからも、奇妙な感覚が沸き起こる。語り手の、自分のやってることにまったく疑いを持たず揺るぎないスタンスに、幸せってなんだろう、みたいなことまで考えてしまうのだった。第161回(2019年上半期)芥川賞受賞作。
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              2019年7月に読んだものメモ

              • 陳浩基『ディオゲネス変奏曲』(訳:稲村文吾/早川書房,2019年4月/原書:陳浩基《第歐根尼變奏曲》皇冠文学出版有限公司,2019年1月)
                 一発ネタのショートショートも含めて全部で17の作品が入った短編集。物語の舞台もジャンルもさまざまだけど、バラエティ豊かなようでいて、一定の方向性も感じられる1冊。なにかこう、本当に書くという行為そのものを楽しんでいる人の本、という感じがした。あと、ひねりのあるパズラーへの純粋な愛。作品の並び順にまで神経が使われていて、大切に編み上げた本。満を持してトリを飾った「見えないX」は、前に電子版のネット上での評価がとても高いのを見ていたのに、読みそびれていた。評判に違わず、すごく面白かった。物語内の現実においても事件は起こらず、理屈を突き詰めること自体によって成立するミステリ。余談ですがコナンや金田一少年へのあっけらかんとした言及がちょっと新鮮でした。むしろ日本の小説のほうが、いくらメジャーでもこういった他作品のキャラ(特に脇役)を注釈なしでたとえに使ったりはしづらいのでは。最近はそうでもない?

              • 今村夏子『父と私の桜尾通り商店街』(角川書店,2019年2月)
                 6つの作品からなる短編集。表題作は最後。まあいつものことだがどれもこれも不穏な空気よな。一見、日常のほのぼのひとこまという感じで始まっても、どこか一般的なボリュームゾーンからずれてる人が、それでも自分をおかしいとは思わず確固とした自分自身の感覚で突き進む。突き進んだ先には、カタストロフィが待っているのか、それともずれてる本人は、ずれたまんまで幸せに暮らしていくのか。ずれてる側のビジョン、なんだか楽しそうだったりもするからね。楽しそうというか、少なくとも不幸ではないのかな、と。傍にいる人の戸惑いの言動も明確に書き込まれているけど、それが戸惑いだとは、戸惑わせている側には伝わらないという断絶込みでの描写で、読んでる側のなかでは可笑しさと哀しさがブレンドされる。

              • 西村友作『キャッシュレス国家 「中国新経済」の光と影』(文春新書,2019年4月)
                 モバイル決済が普及しまくって社会が大きく変わった中国で実際に生活してらっしゃる大学の先生のレポート。今年の4月に出た本ですが、前書きで日本でこれから登場予定の決済サービスとして7Payの名前も挙がっており、「ところが今月スタートしたら、大変なことになりましたね」と、思わずページに語りかけそうになった。まあ、それはともかく。国内だけですごい規模になるからとはいえ、2強であるアリババも微信も中国独自企業なわけで、一時的に旅行で訪れる人間にとっては、ここまで物理的な現金が排除されていると、いまのところはかえって不便そう……と思ってしまうのですが、この辺は対処されていくのかな。あとやっぱり、旧弊な感覚と言われてしまえばそれまでだけど、便利さと引き換えに個人情報を詳細に取られているのって、なんとなく気持ち悪いというか。でも世界的に、そういう流れになっていくんだろうな。買い物すらできないような状況に陥らないよう、せいぜい、しがみついておくしかないのか。それとしばらく前には知人から、中国ではアリババの「芝麻」という買い物などで付与される信用ポイントがとても重要で、婚活などでも開示は必須、この点数で相手の生活水準や金銭感覚、ひいては価値観そのものを推し量る、みたいなことを言われ、「え、そんな一企業の評価数値で」と思ったのですが、本書ではそういった個人信用情報を制御する事業に、私企業の情報囲い込みを許さず政府が介入し始めていることなどについても触れられており、「あー、やっぱり政府主導になりますよね! それはそれで! それはそれで抵抗が!」という気持ちが湧いた。そうやって相互信用度を数値として可視化して賞罰を与えていくことによって、ある程度は社会の治安やみんなのマナーがよくなっていくという理屈も一応分かるっちゃ分かるんですけどねえ。

              • ヤマザキマリ『パスタぎらい』(新潮新書,2019年4月)
                 イタリア留学中の節約生活時代に食べつづけたせいでもはやパスタに食欲が湧かなくなったという著者が、世界各地での食べ物に関する思い出を綴る。「病人食」のパートがすごく面白かったです。これは通常の観光では、あるいは行く先々でダウンするようなことがなければ、あまり味わう機会のないやつ。でもヤマザキさん、滞在先で出されたものをしっかり食べることでコミュニケーションっていう考え方にはすごく納得だけど、けっこう無茶もなさっているので、お願いです、ちょっとだけご自愛を、とも思ってしまった……。

              • 辻村深月『傲慢と善良』(朝日新聞出版,2019年3月)
                 ジェーン・オースティンの古典小説を彷彿させるタイトルで、失踪した婚約者を探す青年と、探される婚約者のお話。それまで見えていなかったことが次々と見えてきたりするあたりはかなり不穏だったり、身も蓋もない婚活のいかにもありそうな本音が語られて殺伐とした気持ちになったりするし、題名にある善良さと傲慢さが地続きな感じが、論理立てて語られるあたりも容赦ない。一方で、主役ふたりの弱さ、いじらしさ、ナイーヴさ、そこからだんだんと現れてくる前を向こうという姿勢、見ていなかったものに向き合おうという姿勢、たしかに弱点でもあるんだけど取っ払えない根っこのところの真面目さがあるので、読みながらどちらも応援したくなった。

              • 劉慈欣『三体』(訳:大森望,光吉さくら,ワン・チャイ/監修:立原透耶/早川書房,2019年7月/原書:刘慈欣『三体』重庆出版社,2008年)
                 ヒューゴー賞で話題になってから、実に4年を経ての出版ですが、ちゃんと売れているようでなによりです。2015年に英訳版を読んだときは、固有名詞がアルファベット表記だったために、"Mozi" が「墨子」だと理解するのにしばらくかかったりなどの弊害があったので、漢字表記が使える日本語訳はさくさく読めて嬉しい。ありがとうございます。あと、同著者の旧作品の内容を踏まえた部分が、英訳版ではカットされていたことを初めて知りました。本作ではあまり活躍しない脇キャラだけど、『球状閃電』の丁儀博士すごくかっこいいので、こっちもいつか邦訳が出ることを祈ります。いや、まずはこの三体シリーズの続きですけど。2冊目は来年に出るって、訳者あとがきで明言されていた。やったね。


              • 杜康潤『孔明のヨメ。』第10巻(芳文社,2019年7月)
                 ついに三顧の礼まで進みました。初回の応対をしたのが林ちゃんになってたー。本作における私の最推し士元さんとはいったんお別れして、舞台は新野に。巻末に、今月から東京国立博物館で始まる「特別展 三国志」の事前取材レポートが。研究員さんのお話から、この展覧会に対する気合のほどが伝わります。私が見たい曹操の墓から出た白磁の壺は「罐」なんですね。この巻には割引券も付属しているのですが、これを実際に使うためには帯に鋏を入れる必要があり、なんか自分には使えなさそうな予感がする。

              • ヤマザキマリ『それではさっそくBuonappetito!』(講談社,2008年8月)
                 『パスタぎらい』で、過去に出した食べ物エッセイ漫画として言及されてて、「あれ? 私これ買ったような気がする、でも読んでない気がする……」と積み本のなかを探したら、あったよ、11年前の初版第1刷が。きっと、いま読む運命だったんだ、うん。イタリアやポルトガル、帰国中の日本、旅先のブラジルなどで食べたいろんな美味しいもののお話、レシピ付き。『パスタぎらい』と共通するエピソードも、漫画で読むとまた違った楽しさ。留学中のルームメイトや結婚後のご家族とのやりとりに躍動感がある。

              • 細川貂々『生きづらいでしたか? 私の苦労と付き合う当事者研究入門』(平凡社,2019年2月)
                 まず「当事者研究」という概念を知らなかったので、いきなり「当事者」って言われても、なんの当事者なんだ? と戸惑いました。「当事者研究」というひとくくりで固有名詞なんですね。正直ちょっと、いいのか? って感じはした。なんかこう、リンゴの品種名を「くだもの」にしちゃった的な……(すみません)。あと、このタイトルの、意味は通じるのになんとなく引っかかる表現に敢えてしているのが、面白いなあと思って。この引っかかり自体が、日々の社会生活がまるっきり滞るわけではないんだけど、かといってスムーズではない状況と、イメージがダブる。当事者研究団体への取材記であるとともに、しんどい気持ちがあったりする人が、「人」と「問題」を分けて考えて「問題」にフォーカスしたら……など、少しだけ気楽になれるような、発想の転換アドバイス的な内容も。
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                2019年6月に読んだものメモ

                • 川上亜紀『チャイナ・カシミア』(七月堂,2019年1月)
                   4つの短編を収録。実家に顔を出しにいく一人暮らしの女性の物語だったはずが、点と点でつないだような記述を追っていくうちにいろんなものが渾然として山羊の群れと灰色猫のイメージに集約されていく表題作は、捉えどころがないストーリーのなかに、自分も気がつくとこんなふうに知らないルールに翻弄されているかもしれない、みたいな手触りが感じられてインパクト強い。いちばん小説として分かりやすく読者に親切な「靴下編み師とメリヤスの旅」は、編み物をする左利きの主人公の実感のこもった述懐が興味深く、ミステリ好きの老婦人との偶然から始まる交流がしみじみと素敵。
                   寡聞にして存じ上げない作家さんだったのですが、どうやら詩人としての活動のほうが多いかただったのでしょうか。タイトルに目を引かれ、巻末解説が笙野頼子さんと気付いて読んでみたら、実は「遺稿集」だったので愕然としました。長く闘病なさったことは作品内容からも察せられましたが、没年に誕生日を迎えていらっしゃらなければ50歳手前でお亡くなりになったはずというのはあまりに早い。いまは「雲の上」(と、本書の著者略歴ページに書かれていた)で安らかに楽しく過ごされていることと信じます。


                • 北山猛邦『千年図書館』(講談社ノベルス,2019年1月)
                   カバーの裏表紙部分に堂々と「全てはラストで覆る!」と書いてあるのでネタバレにはならないと判断しますが、この惹句どおり、5つの短編どれも、どういうことかな? と雲をつかむような心持ちで読んでいくと最後の最後に「そこに落とすかー」ってなるタイプのやつ。読み終えてから、思わずページを逆にめくって記述の周到さを確認しちゃうような。ただ共通点はそこだけで、物語の傾向は、切ないものからユーモラスなもの、よかったねえと思えるものまでいろいろ充実のラインアップ。なんとなくお得感があった。

                • Jinkang Wang "Pathological"(訳:Jeremy Tiang/Amazon Crossing, 2016年12月/原書:王晋康《四级恐慌》江苏凤凰文艺出版社,2015年5月)
                   バイオセーフティーレベル4の施設で厳重保管されているはずの病原体が、密かに持ち出されていたというところから始まるお話。現時点から見て過去の時代から近未来までが描かれる。流出経路は2つあり、ウイルスを手にした2グループの人々は、それぞれの思想、そして信念と執念に従いそれを活用しようとする。結果的にメイン登場人物側は、イスラム過激派によるバイオテロに対抗することになるんだけど、単純に「正義の味方」かというと、やってること自体はなかなかドラスティックで、実は本質的には変わらない部分もあったり。もともと天然にあったものを、人間が罹患する病気の原因になるからと完全に自然界から排除することが傲慢であるなら、ある程度のコントロール下に置きつつ意図的に存続させようとすることもまた、傲慢と言えはしないのだろうか――というようなことを、ぐるぐると考えながら読むことになった。あと、大局を見た判断が個人の犠牲を伴ってしまうことについてとか。狂信的ですらある不屈の精神で自らの使命と思い定めた道に突き進むヒロインは、一方ではとても理性的かつ愛情深い魅力的な人で、感情移入したくなっちゃうんだけど。

                • 高山羽根子『居た場所』(河出書房新社,2019年1月)
                   異国の地から、そもそもは実技実習留学生としてやってきた働き者の妻。その故郷の島で発見された遺跡。タッタという小動物。ネット上で見られる地図ではないことにされている、かつての妻の居住地。読めない看板の文字。どこにでもいる微生物。妻がかつて初めて親元を離れて暮らしていた思い出の町を訪ねる夫婦の旅行の記録としては、夫にしてみれば周囲の事象に理解が及ばないもどかしい感じまで含めてとても具体的で現実味がある一方で、そのなかにするりと入ってくる非日常的な要素がもたらすつかみどころのなさがそこにオーバーラップして、なんとも不思議な味わいのお話に。
                   一緒に入っている「蝦蟇雨」「リアリティ・ショウ」も短いなかにいろいろ想像を喚起させる要素があって面白い。特に前者は、主人公が淡々と自分のいる場所に適応している日々の生活の、地に足のついた描写と、徐々に垣間見えてくる状況との対比が鮮やかで印象的。


                • 柚木麻子『マジカルグランマ』(朝日新聞出版,2019年4月)
                   70代半ばにして、一度は「かわいいお婆ちゃん」枠で女優として再デビューを果たした主人公が、その後バッシングに晒され不遇をかこち、しかしたくましく欲望に忠実に、意識をアップデートしながら道を切り開いていく。そして本人が常に自分にふさわしい次の場所を探してあがいている一方で、周囲の人たちは巻き込まれていくうちにどんどん適材適所に納まって自然に道が開けていく可笑しみ。我が強く自らの気持ちに素直なヒロインは、もちろん迷惑な存在として嫌われることがあるのも分かるんだけど、視点人物として読み手がその思考を追っていくかぎりにおいては、そのバイタリティ、および「あとがない」という気持ちあってこそのアグレッシブさやポジティブなドライさは切実でもあるし、それまでの人生でふつふつと積み重ね溜め込まれてきたものがあるからこそのエネルギーの噴出でもあるんだと思うと痛快。

                • 酒井順子『家族終了』(集英社,2019年3月)
                   ご両親に続きお兄さんまで亡くなって、生まれ育った家庭のメンバーが自分ひとりになったという話から始まる、家族にまつわる多角的な考察。若い頃に読んだこのかたのエッセイからは、世代を考えるとかなり進歩的で優しい親御さんのもとで、すくすく聡明に育ったお嬢さんというイメージを抱いていたのですが、ご家族がいなくなって初めて書けたというエピソードを読むと、多感な年頃にけっこうハードな経験もしてらしたんだな、と少し驚きました。あくまでも淡々と、いつもどおりのシニカルさのある筆致で書いてらっしゃるけど。
                   私は酒井さんより年齢的には少し下なんですが、たぶん親の生まれ年はそんなに変わらないんですよね。それで、あの世代が中心となって動かしてた頃の社会の影響をがっつり受けつつ育った一方、いまの時代の空気もびしばし感じていて、新しい価値観を肯定する気持ちがありつつどこかコンサバな感覚も自分の中から抜け切らないという、その葛藤はなんかとても分かるなあ、と。そして「家族」や「パートナー」の定義がどんどんゆるやかになっていくんじゃないかっていう展望、私は酒井さんと同じく、息苦しさの減少につながる明るいものとして見ています。
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                  2019年5月に読んだものメモ

                  • 三浦しをん『愛なき世界』(中央公論新社,2018年9月)
                     洋食屋店員の青年が、近所の大学で植物学を研究する院生に恋。しかし彼女は、ヒトに対して恋愛感情を持つことはないのだった。登場人物が、個性は突出しているけどことごとくいい人ばっかりという、やさしい世界。そんなやさしい世界でも、ままならぬこと、噛み合わぬことはあって、でもみんな腐らない。そんなやさしい世界を舞台に、一方では綿密に取材したのに違いない植物研究者の毎日が、他方では真摯に食のことを考える料理人修行の日々がいきいきと語られる。なんかこう、人間と人間の性愛に限定しなければ、愛はちゃんとそこにあるのだ、という幸せな気持ちで読み終えた。主役のふたりが、恋愛関係にはならないけど、人間同士としては互いに好感を抱き信頼を積み重ね、それぞれまったく違う専門的な世界で研鑽を積みながら、認めあい敬意を払いあうさまがとてもよかった。

                  • 杉原里美『掃除で心は磨けるのか いま、学校で起きている奇妙なこと』(筑摩書房,2019年3月)
                     素手による公共トイレ掃除を感染症予防など度外視で精神修行の一環として推進されたり、生まれつき髪色の薄い子が強制的に黒染めさせられたり、道徳教科書の裁定が道理に合ってなかったり……個々の事例はここ数年以内にネットで見たなって話ばかりなんだけど、たしかに改めて列挙されると、やはりなんとなく大きな流れとして、教育の場が一定の方向に動かされ始めているのかという感じになりますね。ただ本書にあるように、私らが子供の頃よりも随分と踏み込んだ部分にまで介入する学校が増えていると同時に、反発する子供は昔より減っているのだとしたら、子供たち自身にとっては「そんな理不尽なこと受け入れてていいの?」っていう私らの疑問は、めんどくさい口出しに過ぎず、老害の意見と感じられてしまうのかもしれない、とも。一方で、そういった全体的な趨勢に溶け込めない子供、溶け込むことが正しいと思えない子供だってきっといるだろうから、そういう子が疎外されず声を消されず生きていけるとよいという祈りの気持ちもある。そのためには、余計なお世話と思われても、世間には違和感を表明する者もいるからね、というかたちで小さな風穴をあけていく意味はあると思いたい。

                  • 白川紺子『後宮の烏』(集英社オレンジ文庫,2018年4月)
                  • 白川紺子『後宮の烏 2』(集英社オレンジ文庫,2018年12月)
                     中華文化圏の架空王朝が舞台。特殊な能力を持つヒロインと、時の皇帝とが中心になって、さまざまな人々の感情に起因する怪異の謎を解いていく。メインのふたりがそれぞれに背負うものと、彼らが共有する秘密が徐々に明らかになっていくにつれ、ふたりのあいだの信頼や友情、あるいはそこからさらに芽生えているかもしれないなにかが、かけがえのないものとなっていく、その気持ちの動きの描写が丁寧。脳裏に浮かぶビジュアル的なイメージがとても美しい。今後の展開への緊迫感も強くて、次が楽しみ。

                  • 甘木サカヱ『アラフォーになってようやく気づいたんだけど、私、たぶん向いてない。生きることに…… メンタル編』(KADOKAWA,2019年3月)
                     常日頃から面白くてワードチョイスにパンチのある発言が大人気の、多くのフォロワーを抱えるいわゆるアルファツイッタラーのかたが、反響を呼んだツイートをピックアップしてさらに掘り下げてくださっているエッセイ集。
                     まあ時折リツイートで回ってくるのを拝見していても、根っこは真面目なかただよなあと思っていたけど、本当に真面目で心やさしいかただ。そして謙虚でいらっしゃる。一貫して、「こんなふうに不器用で生きづらさを抱えている人間も、なんとかかんとか暮らしていますよ、だからみんなも頑張ろう?」って言ってくれるスタンスなのである。
                     なんかさ、読んでいるうちに、「逆に客観的に褒められるとこのないこの私、なんでこんなに迷いなく自分のことが好きなんだろう??」って疑問が湧いてきたよ。第三者100人に訊けば100人全員が、この著者と私を比べたら私のほうが断然、生産性皆無のダメ人間だと判定するに違いないんですけど、私この人ほど謙虚になったことないような気がするよ。不器用の自覚も、生きづらさの自覚もあるけど、だからいろんな葛藤や失敗エピソードに「あるある!」と共感するんだけど、それが自己否定の方向に行ったことがないの、逆にヤバくね?
                     ――と、だんだん不安になってきたところで、283ページ中272ページ目になって突然、自分を好きなのはいいことだよって肯定してくれる内容が出てきて、びっくりした。かゆいところに手が届いている構成というか、まんまと手のひらで転がされた感というか。お釈迦さまか! 鬱病に苦しんだときのことも克明に書いてくださっていて、特に駅のホームでのお話は、あまりにも臨場感のある表現力の高さだった。本当に怖かった。マジで涙出た。奇跡のような偶然に助けられて、いま生きていてくださって、本当によかった。


                  • 米澤穂信『本と鍵の季節』(集英社,2018年12月)
                     高校の図書委員ふたりが、なぜか持ち込まれる謎を、淡々と解いていくんだけど、依頼者の当初の思惑からは離れたところに着地していく連作短編集。つかず離れずの微妙な距離感を保つコンビはどちらもそれぞれ別の視点を持ちつつ優れた洞察力を発揮し、見なければ安穏としていられたようなことを見てとってしまう。でも、気づいてしまったからと言って、どこまで相手に介入すべきか。していいのか。なにを伝えればいいのか。伝えるだけならいいのか。どのお話でも、デリケートな部分が最後までデリケートなまま温存される。それゆえに、敢えてすっきりとさせないビターな読後感。一方で、けっこう真面目に委員会活動をしているふたりが、「本」や「図書館」にまつわる知識を適用し、小さな部分に着目して進めていく謎解きには、とても興趣を感じる。
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                    2019年4月に読んだものメモ

                    • フランシス・ハーディング『カッコーの歌』(訳:児玉敦子/東京創元社,2019年1月/原書:Frances Hardinge "Cockoo Song" Macmillan Childeren's Books, 2014年)
                       語り手の少女の記憶がおぼろげでなにがなにやら、というところから始まり、序盤はずっと異常な状況下で不穏と不安がわだかまるような息苦しい雰囲気が続いていくけど、事情が見えてくるに従い、物語はどんどん加速していく怒涛の展開に。よくあるパターンだと脇役ポジションに置かれるような子の視点で話が進むのが目から鱗で「そう来たか!」って思った。懸命に粘り強く事態を打開しようとがんばる姿が健気で応援したくなる。最初は主人公への態度が酷かった奔放な妹ちゃんも、だんだんその率直さが好きになってくる。主役を含めて、どの登場人物にも最初に出てきたときの印象とは違う側面があり、その部分に対して作中では善悪のジャッジがくだされない。すべてを切り分けず切り捨てず、包括していく感じ。日常のすぐ隣にある異形のものたちの暮らす場所の存在がまざまざと脳内で映像化されて背筋がぞわっとするんだけど、同時に、恐ろしく不気味なものの向こう側を見据えた奥には、それでも目をそらすことのできない魅力的ななにかがあるのだ、そういった多層性の提示が世界を豊潤にしているのだというようなことを読みながら考えていた。

                    • 小野秀樹『中国人のこころ 「ことば」からみる思考と感覚』(集英社新書,2018年12月)
                       あいづちやあいさつなど、ちょっとした言葉の使い方に潜む考え方や感性について、具体的な実例が多く挙げられていて面白かったです。そこそこ心当たりのある話も。特に終盤の「有点儿」の用例について説明したくだりで、これまでずっと少し疑問に思っていて複数の中国人のひとに質問したけどいまいち納得いく答えがもらえてなかった(時には、なにに引っかかっているのかすら分かってもらえなかった)、まさにその点がすっきりと整理され説明されており、ひとまず私のなかで決着がつきました。日本語ネイティブスピーカーが中国語学習中にそこはかとなく感じる戸惑いへの答えは、日本語ネイティブな中国語達人に教えてもらうのが近道だったんだ。ありがとうございます。

                    • 絲山秋子『夢も見ずに眠った。』(河出書房新社,2019年1月)
                       一組の男女の、24年間にわたる夫婦であったりなかったりの軌跡。惹かれあうところ、歯車が合わないところ、それぞれの抱える欠落と特別さ、タイミングの皮肉といったものがただ静かに提示され、互いに大切な存在でありつつ分かりやすい関係には落ち着けない流れに、一抹の寂しさ、そして開放感が。ふたりのうち一方が鬱病になったときの描写にやたら説得力があったのと、舞台となるさまざまな場所に関するうんちくが詳しくて興味をかきたてられたのが印象深かった。

                    • 絲山秋子『絲的ココロエ 「気の持ちよう」では治せない』(日本評論社,2019年3月)
                       この著者の小説やエッセイ集をちょこちょこ読んではいたけど、本書を手にとるまで絲山さんご自身がASDの特性を有し、双極性障害とつきあいながら生活してらっしゃるというのは知らなかったのです。平易な文章でいろいろ書いてくださっていて、現時点でメンタル不調の診断を下されていない者にも、コンディションを整えるために実践してらっしゃるノウハウなどはかなり参考になるのでは。また、当事者周囲の人間がどういうスタンスでいればいいのかのヒントも与えられたように感じます。カウンセリングでかえって混乱がもたらされ体調改善にはつながらなかったという記述なども、なるほどそういうこともあるのか、使いどころを見極めないといけないんだなと勉強になりました。「躁」のときの状態を当人の視点から語ることの難しさが吐露された部分では、その、プロの作家さんでも難しいのだという事実そのものに蒙を啓かれる思いが。

                    • 原武史+三浦しをん『皇室、小説、ふらふら鉄道のこと。』(角川書店,2019年2月)
                       個人的には思いも寄らなかった組み合わせのおふたりによる、5回にわたる対談(「遠足」1回を含む)。ちょうど「生前退位」の意向が発表された2016年夏から、いよいよ平成の終わりが見えてきた2018年夏の時期の企画で、天皇家の歴史を研究している原さんに三浦さんがどんどん率直な疑問をぶつけていく流れに。ぽやぽやした私などは、最初に「お気持ち表明」の話が出たときも、「そりゃまあ、そろそろ隠居したいお歳でしょうしね」くらいの感想しかなかったんですが、原さんは直後から、事態の特異さ、このことが政治利用される可能性など、すごい脳味噌高速回転って感じで思い至ってらして、それを三浦さんが、うまく噛み砕いた言葉で引き出すように持ってってる。三浦さんってほんとインタビューお上手ですよね……。昭和天皇の政治的立ち回りとか、過去の皇后たちのポジションとか、いままで正直あまり考えてなかった視点が得られて興味深かった。そしてその合間合間に挟まれる、原さんの鉄オタトーク、団地オタトーク。これもお相手が三浦さんだったからこそ拾えているんじゃないかな。こういう発言がしっかり収録されてることで、対談の記録がぐっと活き活きする感じ。

                    • 植本一子『フェルメール』(ナナロク社 BlueSheep,2018年10月)
                       欧米各地のフェルメール全作品を、可能なかぎり所蔵している美術館のある現地に行って鑑賞し撮影するという贅沢な企画(反面、かなりの強行軍なのでせっかく海外の街を訪れたのにほぼ美術館しか見ずに離脱してる日もあって、もったいなくもある)。作品たちが普段どんなところで、どんなふうに人々の視線を受けているのかといったことは、そういえば絵画そのものにばかり意識が行ってて、深く考えたことなかったかも。掛けられた壁の色は? 窓からの光はどう入る? 日本のよくある美術展示とは照明センスが異なる施設も。たしかに、日本で作品が集められ開催される展覧会とはまた、見え方が違いそうです。
                       いつも直感に牽引される繊細で奔放な筆致が印象的な植本さんが、撮影とコメントを両方担当。敢えて予備知識を仕入れないまま作品と対峙するのだけれど、さすがプロの写真家、構図や光の描写などについて初見でもツボを押さえた感想が。一方で、あの「真珠の耳飾りの少女」を観て、タイトルにある真珠に着目せずに外に出てしまったことにあとで気付いたりと豪快なエピソードも。まあ、あの少女は印刷物で見ても目力が強すぎですもの! 視線が合ったらもうそこばっかりになる感じは分かる。一般公開されていないバッキンガム宮殿内の作品を観に行くときは、撮影者として入るだけでもドレスコードがある、なんていうこまごまとした話も面白かった。


                    • 中島恵『日本の「中国人」社会』(日経プレミアシリーズ,2018年12月)
                       タイトルどおり、近年ますます増えている日本で生活する中国人に取材。具体的に突っ込んだ話がたくさん出てきて興味深い。同じ場を共有する一方で、評価の高い中華料理店がまったく重ならなかったりと、同じ街にいても日本人同士、中国人同士で固まりがちである面などにも指摘が。全体的に、どんどん経済的に発展しつつある中国から来た人たちは、ほぼ皆さんすごくパワーとバイタリティがあって、お子さんの教育にも(一般的な日本人感覚で言えば極端にも思えるほど)熱心で。休む暇もなく努力と研鑽を続けコネクションを作っていくのが当たり前のような価値観で。圧倒される。中国が、人口が多いなかでの競争社会なのだということがよく分かる。ただ最後のほうで、社交的な性格ではなく一人で静かにお茶することで英気を養うタイプの人が、だから日本のほうが暮らしやすいと言っている例なども紹介されており、ですよね、中国広いし、そういう人もいますよねって、なんかホッとした(笑)。もちろんその人だって国境と言語の壁を越えて居場所を確保できるだけの優秀さは備えているわけだけど。そして接するときにはお互い、中国人はこう日本人はこうといった一括的な捉え方をせず個人として対話していこうという、著者による締めくくりが身に沁みた。
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