虫のいい日々

あぶはち取らずと言われても、極楽とんぼで過ごしたい。
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ここはなに?
ウェブサイト「虫の居所」の一部です。
管理人ならのが、そのときどきに考えたことや興味を引かれたもの、読んだものなどについて、心のおもむくままに、だらだらと綴るところです。心がおもむかないときは、更新停止しています。
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2019年3月に読んだものメモ
  • フィリップ・リーヴ『移動都市』(訳:安野玲/創元SF文庫,2006年9月/原書:Philip Reeve "Mortal Engines" 2001年)
     映画がすごく面白そうだったのですが近場でやってなくて機会を逃してしまったので、とりあえず原作小説を読んだ。とにかく都市が疾走し都市を喰らうというイメージが強烈。これに尽きる。機械仕掛けのなかに、現代の現実の町並みの特徴が混じり込むのも読んでてテンション上がる。主役の少年少女たちが、よい子すぎず、かといってひねくれすぎてもおらず、自然に肩入れしたくなる。大人キャラもアクが強く面白い。映画版も、トレイラーを見たかぎりでは、かなり気合を入れて映像化してるみたいだし、大画面で観たかったなあ。

  • 山口恵似子『おばちゃん介護道 独身・還暦作家、91歳母を看る』(大和出版,2018年11月)
     以前読んだ同じ著者の小説のヒロインが、このお母さまをモデルにしてるということで、それ読んだときも思ったんだけど、本当に著者はお母さまのことが大好きなんですね。だからこそ頼りにしていた相手が弱ってきて、どんなにか心細かったことだろう。気丈に献身的に介護を続ける日々の記録にも、体調不良に気を揉み、少しでも食事ができれば心から喜び……といった気持ちが切実ににじみ出ている。その一方で、自分がそんなふうに母娘で仲良しなのは、あくまでも相性によるもので、距離をあけたほうがいい親子関係だってあって、それもぜんぜん悪くないんだということを真摯に語っているくだりもあり、これまでの人生経験でいろいろ見てきてらっしゃるんだろうなーって感じ。ちょこちょこ入る「DV猫」さんたちのお話は、振り回されていても悲壮感なくてホッとする。

  • 飛浩隆『零號琴』(早川書房,2018年10月)
     初めて出会うようでいてどこか懐かしいような遥か未来の宇宙で、鮮やかなイメージがこちらに向かってぶつかってくるのに圧倒され押し流される感覚を味わった。作中の音楽や概念に、なんだか手で触れているかのごとき質感や重量感を覚えて、言葉に言葉が二重写しになって隠されていたものが顕現していく過程をわくわくしつつも息詰まる心持ちで読んだ。いくつもの層が積み重なった世界を、キャラクターたちは軽妙にたくましく生き抜いていて、彼らみんなのこれまでやこれからがとても知りたくなったけど、知らずにいるのもそれはそれで……という気もする。

  • Cixin Liu "Ball Lightning"(訳:Joel Martinsen/Head of Zeus, 2018年8月/底本:Tor Books, 2018年8月/原書:刘慈欣《球状闪电》四川科学技术出版社,2005年6月)
     14歳の誕生日に、突如発生した球電現象に伴い不可解な状況で両親を失った主人公・陈は、この特異な自然現象の正体を知るため研究の道に進むが、やがて武器を手にすることに異様なほどこだわる軍属の女性・林云に出会ったことをきっかけに、単なる気象研究の域を超えて、国の兵器開発プロジェクトに巻き込まれていく。試行錯誤を繰り返しながらこの世の法則を新たに見出そうとしていく際の、目指すところにたどり着けないのではという絶望が、光明が見えたときの興奮に変わっていくプロセスに引き込まれつつ、一方では「知りたい」という単純な欲求の成果が人殺しに転用されてしまうことや、惹かれた相手が殺戮行為に「美」を見出していることに対する陈博士の葛藤もトレースすることになる。全体的には殺伐とした世界なんだけど、最後にはロマンティックで感傷的な余韻も。
     一応、電子書籍内の情報だとこの英訳版は最初2016年にTor Booksから出版されたことになっているんですが、Torのウェブサイトによると、初刊行も2018年のようです。


  • チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(訳:斉藤真理子/筑摩書房,2018年12月/原書:조남주(Cho Nam-joo)『82년생 김지영(Kim Jiyoung Born in 1982)』Minumsa Publishing Co., Ltd., 2016年)
     真面目に堅実に生きてきた女性が、社会からの「女性」へのプレッシャーにじわじわやられていく過程が淡々と語られる。ひとつひとつの事例が、ああ日本でもあるよね、ありうるよね……と驚くほど似通っていて、自分の過ぎ来し方のあれこれも想起してしまう。
     私は作者やこの主人公よりも上の世代で、まあ隣接する国同士とはいえ前提条件は違うだろうけど、でも主人公の母親や女性上司が、娘や部下がやりたいことをやろうとするのを応援する姿勢を見せているのは、心強いよねって読んでる途中では思っていました。私自身は若い頃、性別を理由に活動に制限をくらった場合に、上の世代の女性からそういうふうに個人としての意思の存在を肯定されたという実感は正直あまりないので。でも結局この作品のなかでも、がんばってたはずのほかの女性たちだってしんどい状況に追いやられていくし、主人公をサポートしてくれようとした善良な男性たちにだって理解の限界があったりする。そして最後の一文にこめられた、いっそ小気味よいくらいの皮肉。
     現在の私はもう、自分自身のためにはすでに戦うことをほぼ諦めてしまってぬるま湯に浸かっている自覚がある臆病者だけど、せめて下の世代に古い価値観を継承することだけはしないよう、ここで断絶できるよう目の届く範囲では心がけなければと、現状ではさほど状況改善に貢献できていないうしろめたさとともに、改めて考えました。作中の、はっきりと過酷で理不尽な環境を生き抜いてきた上の世代の女性たちが、決してそれを若い世代にも押し付けようとはしていないところに作者の抱く希望を見るのは楽観的に過ぎるだろうか。少しずつだけど時代は動く。こういう作品が世に出て広く読まれることも含めて。
     あと、キム・ジヨン氏が作中冒頭のような状況になるのって、一見「壊れて」いるんだけど、その周囲を困惑させる壊れ方自体が、それまでの積み重ねへの反撃になっており、フィクションとしては軽妙さが感じられてちょっと痛快でもあるんだよな。


  • 西岡文彦『語りたくなるフェルメール 教養としての名画鑑賞』(角川書店,2018年12月)
     現存する作品を、たとえば登場人物の顔で分類して、同じ顔立ちの女性が何度も出てくることを確認し、さまざまな背景要素からフェルメールとの関係を推測したり。題材へのまなざしや構図、光の当て方から、この時代の新しい思想や生活感覚を読み解いたり。「こういう作品がありますよ」という入門段階からもう少し踏み込んだ感じの、初心者向けガイダンス。図版の入れ方が異様に親切(話題に上るたびに同じ図が出てきたりもするので最初は重複しすぎでは? って思ったけど、たしかに分かりやすいのは分かりやすい)。


  • よしながふみ『きのう何食べた?』第15巻(講談社,2019年3月)
     よそんちの子に久々に会うと一気に大きくなってて「文章でしゃべった!」ってすごい分かる(笑)。つい最近自分も入学祝い問題で悩んだので筧先生に超共感です。お菓子作りに目覚めた千波さんはこの巻でも自分が作ったおかずは不味いと思ってるんだなとか、ケンちゃん担当の夕食は自制したバージョンでもやっぱり筧先生のメニューよりは微妙にこってりしてるよなとか、相変わらずキャラと紹介されるレシピが矛盾しないのが好き。よそんちの子が大きくなっていく一方で、自分の親もだんだん歳をとっていって、今後のことを真面目に考えざるをえなくなっていく流れとか、もう本当にそうですよねって感じで。1巻のまだ若々しかった頃から考えると、ここまで来たか、と主役のふたりを近所の知り合いみたいに思ってしまう。

  • あしべゆうほ『クリスタル☆ドラゴン』第29巻(秋田書店,2019年3月)
     アリアンロッドのなかに秘められた力は、どう発現していくのかまだまだ分からんですね。グリフィスは、薄々やばいことを分かっていてもバラーへの忠誠は揺らがないのだなあ。どんどん、あちこちにちらばってた物語の要素が集結していく感じ。

  • 獸木野生『PALM 41 Task VI』(新書館,2019年4月)
     存在そのものが薄れてきているジョゼからの、フロイドへの信頼が切ない。ふたりで幸せになってほしいけど無理っぽいよう。そしてその謎の化学物質は、どう物語に絡んでいくんですか、その最後のページはなんなんですか、というところでたぶん1年後に出る次の巻へ。
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2019年2月に読んだものメモ
  • フランシス・ハーディング『嘘の木』(訳:児玉敦子/東京創元社,2017年10月/原書:Frances Hardinge "The Lie Tree" 2015, Macmillan Childeren's Books)
     ヴィクトリア朝時代。14歳の少女が、敬愛していた父親の死の謎を遺された不思議な木の力を使い探ろうとする。聡明で向学心があっても女の子だという理由でその素質を抑圧される時代に、知略を尽くした「嘘」によって暗躍し目的に近づいていく主人公に、はらはらしつつも肩入れしてしまう。主人公の視野の広がりに応じて、周囲の大人の女性たちにも、よくも悪くもそれぞれのしたたかさがあることが見えてくるのがよかった。「木」の存在があるからジャンル的にはファンタジーなんだろうけど、読後感的にはミステリ好きの人にもおすすめしたい。

  • 乾石智子『青炎の剣士 紐結びの魔道師掘戞陛豕創元社,2019年2月)
     同時進行していた厄介事が片付いていく完結編。魔道師だけど腕っぷしも強い主人公エンスが、本当に頼りがいと人間味のある性根の明るい人なので、邪悪な誘惑や陰惨な思念に絡め取られることはないと信じられるの心強い。この境地に達するまでに、これまでに語られた以上にいろいろしんどい経験もしてそうですよね、この人。ユース少年の健やかな成長もよかったし、〈思索の蜥蜴〉ダンダンが可愛さを保ったまんまで進化(?)していくのもわくわくした。人知を超えた現象が発動するときの描写の迫力と美しさはこの著者ならでは。

  • 櫻木みわ『うつくしい繭』(講談社,2018年12月)
     それぞれ東ティモール、ラオス、南インド、九州の南西諸島を舞台とした、微妙に接点のあるお話が4つ。現地の生々しい空気が感じられるリアリティと、そこに重なる浮遊感のある緻密で幻想的な描写、自他の記憶への希求に引き込まれる。各短編のタイトルも美しい。

  • Cixin Liu "The Weight of Memories" (訳:Ken Liu/Tor Books, 2016年8月/原文:刘慈欣《人生》〔作品集《2018》所収/江苏凤凰文艺出版社,2014年11月〕)
     私はKindle版を買いましたが、ウェブマガジン(という括りでいいのかな?)Tor.comに掲載されたバージョンもまだ読めます。母と子の対話で始まり、違和感が出てきたところで状況が明かされ、シニカルな結末へ。SF要素よりも、地方の貧しい農村で育った母親の回顧パートが、こういうのリアルにあった(ある?)んだろうなと思わせてきつい。


  • 張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第1巻(KADOKAWA,2018年11月)
     読了:張六郎『千年狐 干宝「捜神記」より』第1巻 - 最初のエピソードだけウェブで読んだことあって、単行本にまとまっていることを最近知った。「捜神記」(4世紀に東晋で書かれた小説)の内容を知らないので、今後の展開も分からぬまま、狐さんかわいい、かわいそう、面白い、と無心に楽しんでいます。
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2019年1月に読んだものメモ
  • 倉田タカシ『うなぎばか』(早川書房,2018年7月)
     うなぎ絶滅後の世界を舞台とした5つの連作短編。うなぎの妙なる美味しさ、うなぎを救えない日本人の愚かさ、うなぎを大切に偲ぶ者たちのせつない思い、うなぎの墓を自認するうなぎ型ロボットのけなげさ……。もどかしさと、焦燥感と、希望がないまぜになる読後感。

  • 大友義博(監修・解説補遺)『フェルメール 生涯の謎と全作品』(解説執筆:池畑成功,伊藤あゆみ,植田裕子,岡田大/宝島社,2015年10月)
     タイトルそのまんまの本。作品鑑賞の手引きに加え、フェルメールの一生、時代背景、同時代のオランダの画家の簡単な紹介、世間を騒がせた盗難事件や贋作事件の概要まで、ひととおりの知識を分かりやすくまとめてくれてる入門書。『魅惑のフェルメール全仕事』(2015年1月刊,宝島社TJMOOK)を加筆修正・再構成して改題したもの。

  • 小林頼子+朽木ゆり子『謎解きフェルメール』(新潮社, 2003年6月)
     やはり作品鑑賞の入門書だけど、フェルメールの故郷デルフトの案内ページなどもあり。全体として文章が少し口語的に砕けていて、好みが分かれるかも。制作当時の状況や作品の真贋に関して、小林先生がご自分の意見をずばずば表明するのが楽しい。いま上野でやってる展覧会に来てた「赤い帽子の娘」(12月に引き上げられたので、1月に行った私は観ていません)は、普通にフェルメールの作として展示されてたみたいだけど、小林先生は作品の質自体は評価しつつ、フェルメール作ではなさそうという立場をとっておられるんですよね(奥付を見たら古い本だったので、あとで比較的最近の小林先生の本もちらっと見てスタンスが変わっていないことを確認しました)。

  • 篠田節子『鏡の背面』(集英社,2018年7月)
     さまざまな背景のある女性たちが頼りにし、信じて見上げていた人が、実は「その人」ではなかった、という発端から、新たに判明した事実によって外堀がどんどん埋まっていくなかで、むしろ「その人」とは、そして「もとの人」とはなんなのか……と、ひとの人格部分に対する認識のゆらぎが常に存在し、強まっていくのがスリリング。視点人物側からは古い価値観のゲスなおじさんという位置づけにされているキャラクターに、作者がわりと最初からそれでも憎めない、彼なりの倫理と誠実さの分かる描写を付加しているのも印象的でした。

  • 姫野カオルコ『彼女は頭が悪いから』(文藝春秋,2018年7月)
     現実に起こった事件にインスパイアされたフィクション。出版されてすぐの頃にあちこちで話題になっていたんだけど、精神的にすごいダメージを喰らいそうな予感がしてずっと腰が引けていた。まあ案の定、ぐったりしています。
     被害者側と加害者側から、事件までの過程と背景を俯瞰的かつ分析的に追っていく。平凡な女の子を自認し心やさしく世間狭く自己評価過小気味の謙虚さを身につけて育った被害者と、エリート層として自分に疑問を持ったり社会的に自分より下とみなした他人の内面を慮ったりする暇を切り捨て効率的に育った、悪気のない加害者たち。その悪気のなさと両者間の断絶に心を削られる。最後まで自分のやったことの重みを実感できない加害者側の無邪気さにより読んでいるこちらにも、自分だって立場の違う誰かに対して想像力のなさや思慮の浅さに起因する加害をしてしまっているのではないかという怖さが突き刺さる。


  • 星野ルネ『まんが アフリカ少年が日本で育った結果』(毎日新聞出版,2018年8月)
     時々ツイッターでRT回ってきてたかただ! 書籍でまとめ読みできたんだ! と、今頃気付いて。カメルーン生まれで4歳直前から日本に住み、ふたつの国のあいだを行き来している作者が、そのルーツと生い立ちに起因する幼少期からの特別な体験をシェアしてくれたり、日本の大多数の人が抱きがちであるステレオタイプな認識を嫌味なく指摘してくれたり。とても明るく聡明なご両親のもと、健やかかつ伸びやかに広い視野で育ったことがうかがえる、笑いのテンポも軽快でハッピーな1冊。

  • 杜康潤『孔明のヨメ。』第9巻(芳文社,2019年1月)
     徐庶が母親を人質に取られて劉備のもとを離れる巻。徐ママが白井三国志バージョンみたいな不死身の猛烈婆さんだったら心穏やかに読めるのにって泣いたけど(脳内混線)、こっちのお母さまもお強い。主人公側からは敵方だけど色男な策士・郭嘉さん逝去も寂しい。
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2018年12月に読んだものメモ
2019年もよろしくお願い申し上げます。


  • 多和田葉子『穴あきエフの初恋祭り』(文藝春秋,2018年10月)
     自分がいる「いま、ここ」に、うまく馴染めていなくて、ずれた位相のとこで暮らしている登場人物の視点で、主観的に入ってくる外界認識を言葉に置き換えて、その言葉でジャグリングをしているような短編集。私には説明が難しいが、たしかに存在する面白さ。

  • 三浦しをん『ののはな通信』(角川書店,2018年5月)
     足掛け27年にわたる、「のの」と「はな」の書簡集(後半はメール)。同級生として毎日のように顔を合わせていた多感な少女期の文通から、それぞれの道が分かれて直接会うことはない大人の女性同士としてのやりとりまで。ふたりのうち、むしろ無邪気なお嬢さま気質と思われた「はな」のほうが、最終的にその核の部分にあった強靭さを発現させて苛烈な選択に向かい、「のの」は「のの」で真摯にプロフェッショナルに自分の力で人生を歩む。思春期のごく短い期間に最高に純粋で曇りない輝くような恋愛を共有したふたりの、その後おそらく死ぬまで上書きされることのない、強烈で濃密な精神的つながりと、それでもともにあることはできない/しないやるせなさ。物語の始まりのところ、1通目の少女時代のお手紙のなかで『日出処の天子』最終回への言及があるのは、最後まで読むと暗示的なものを感じて、なるほどと思う。

  • 呉明益『自転車泥棒』(訳:天野健太郎/文藝春秋,2018年11月/原書:吳明益『單車失竊記 The Stolen Bicycle』,麥田出版社,2015年7月)
     父親が自転車とともに失踪したことをきっかけに古いモデルの自転車を収集し復元するマニアとなった主人公のもとに、20年の時を経てその父が乗っていた自転車が現れる。家族の過去と現在、自転車を媒介に知り合った人々の記憶、戦時下の凄まじい体験、蝶に関する思い出、ゾウがつなぐ縁……さまざまな物語が詳細だけど淡々とした筆致で、しかし時にがつんと鮮烈なフレーズを伴い、次々と繰り出され展開する。個人的な視点で綴られつつも、台湾の複雑な歴史的・民族的背景がぶわっと浮き上がってくる。そして最後には静謐な美しいものを堪能したという心持ちに。
     ここから読書感想じゃないんですけど、翻訳をなさった天野健太郎さんが、本書の刊行直後の11月12日に急逝されたという報道があり、ご病気だったことも存じ上げなかったので、とても驚きました。こういった読み応えのある小説から絵本まで幅広く手がけておられて、直接やりとりさせていただいたことはなかったけど、私がツイッターに書いた拙い読書感想メモに「いいね」をつけてくださって「ひええ、お目汚しを」と、おののいたりしたこともありました。これからも台湾を中心に中国語圏の面白い本をいっぱい紹介してくださるものだと思い込んでいたので、とても残念です。ご冥福をお祈りします。


  • 島本理生『ファーストラヴ』(文藝春秋,2018年5月)
     父親殺害で逮捕された女子大生と面会を重ねる臨床心理士の女性が主人公。殺人者の心理を探っていくはずが、自身のなかにあった問題とも向き合うことになっていく。異性であっても恋愛とは違う部分で同じ心を分かち合う同志のような存在と出会うのって奇跡的なことかもしれないけど、その同じ心というのが歪みを含んでいて傷つけあう結果になり、しかしそこをすべて包み込んで健やかで穏やかな方向に引っ張ってくれる別個の存在もいて、というの希望を感じる構図だなー、と思ったり。第159回(2018年上半期)直木賞受賞作。
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2018年11月に読んだものメモ
  • 川端裕人(著)・海部陽介(監修)『我々はなぜ我々だけなのか アジアから消えた多様な「人類」たち』(講談社ブルーバックス,2017年12月)
     かつては多様な「人類」がいたことが判明しているのに、なぜ現在地球にはホモ・サピエンスしかいないのかって、言われてみればそうだね不思議だね! って思うのにこれまで考えたことがなかった。なんせ、中学校で習った「ピテカントロプス・エレクトス(私の教科書での表記はたぶんエレクトゥス)」が、いまは使われていない旧称であることすら、ずっと知らずにいたのである。それくらいのド素人である私が、アジアで見つかった化石に基づく最先端の研究などについての話を、読む端から抜けていくわ! と焦る部分もありつつ、終始わくわくしながら読み進められたって、すごくないですか。こういったアプローチが、いかに多角的な技術や発想でおこなわれているかを垣間見ることができて楽しかったです。2018年の科学ジャーナリスト賞を受賞なさったそうで、遅ればせながらおめでとうございます。

  • 乾石智子『白銀の巫女 紐結びの魔道師供戞陛豕創元社,2018年9月)
     すごいクリフハンガーで終わってるぞ。これ3部作でしたっけ。あと1巻? 状況としては深刻なんだけど、この著者の作品では随一でない? っていうくらい主人公である魔道師のお兄さんが、どっしりと安定感や包容力はありつつ、基本的に明るいキャラなところに救いを感じる。あと、一見、作品の舞台は、異世界ファンタジーの王道らしい、わりとオーソドックスな価値観で動いている一方で、作品自体の根底にある価値観はとても現代的だな、みたいに感じるので、読んでてホッとする。

  • 北大路公子『すべて忘れて生きていく』(PHP文芸文庫,2018年5月)
     これに収録されてる、新聞連載の書評を褒めてらっしゃるかたがいたので。新刊書に限定せず紹介してるのがまず嬉しいし、毎回同じ文章量で、筆者本人のお人柄をうかがわせつつ、ときにツッコミ混じりに、「どんな本だよ」って読んでみたく思わせるのも巧い。しかし私は、最後に入っている短編小説2つが印象的だったです。いつものエッセイではなんてことない日常生活を文章の力で面白おかしく描写している北大路さんが、同時にその同じ脳内でこんなふうに、日常からふっと立ち位置がずれたような世界を展開しているのか、という。

  • 花田菜々子『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』(河出書房新社,2018年4月)
     ウェブの連載は、面白いなーと思いつつ、部分的にしか読めてなかったので。とにかく、すごいバイタリティのかたで、いろんな出会いをきちんと糧にして、プライベートでのしんどいことも、この活動を続けていくうちに、心の整理がつけられてしまうし、人生において自分がなにを主眼に置きたいのかが見えてきてしまう。心に響いたものをほかの人とも共有したいと強く思える人は素敵だな。私にとっては、読書は最近、どんどん超個人的な経験として狭まっていく感じなので。勝手ながら私がこの著者の人に、なにか本をお勧めしてもらったら……という想像をしてみたんだけど、まず自分がオープンマインドにならなきゃ無理だ、という結論が出てきただけだった。お勧めされる側にも、スキルが要るのだ。

  • 彩瀬まる『不在』(角川書店,2018年6月)
     縁が切れていた父親の死後、名指しで生家を相続したことをきっかけに、家族や人間関係の捉え方のいびつさや無意識下の抑圧が顕在化してくる過程が突き刺さる。自分の人生を作品に反映させてきた漫画家の主人公の、創作と連動する問題との向き合いが力強い読後感につながる。

  • 上田早夕里『破滅の王』(双葉社,2017年11月)
     倫理や理想や純粋な探究心が、戦時下の異常事態に飲み込まれていく無力感と、そんななかでも、ひとりひとりの力の及ぶ範囲でできることをやろうとする者たちがいるという希望。綿密に調べ上げた史実と科学的事実に、フィクションを織り交ぜて重い題材を書き上げた力作。
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2018年10月に読んだものメモ
  • 谷崎由依『鏡のなかのアジア』(集英社,2018年7月)
     東洋のいくつかの場所を舞台とした、時に幻想的な、それぞれテイストの違う短編5つ。とりわけ主に本来は言語ではない純粋な「音」の表現において、異なる言語間の境界がゆらいだり重なったりするような表記方法が面白い。大都会クアラルンプールの場面から始まり、遠い遠い昔に巨大な樹木であった男性の遍歴を語る最後の物語が圧巻。京都でのお話「国際友誼」は、実際にそういう発音上の行き違いを著者が経験しているのかもと思わされて(いや、ご自分でお考えになったのかもしれないんだけど)、ほんのり楽しい。

  • 乃南アサ『六月の雪』(文藝春秋,2018年5月)
     ちょうど無職になったタイミングで祖母が台南生まれだということ、そして台湾がかつて日本の植民地だったということを初めて知った32歳の女性が、少女時代を懐かしむ入院中の祖母のために台湾に渡って彼女の生家を探す。
     それまでまったく台湾とその歴史に興味のなかった人が、予備知識もさほどないまま渡航してみて、知らない土地に飛び込んで新しい体験をしたいというような意欲も強くない状態で出会う、さまざまな事象への新鮮かつ往々にしてうしろ向きな反応がリアル。
     旅を続けるうちにだんだんと実感されてくる歴史に、素直かつ真摯に向き合おうとするさまには好感を抱くのだけれど、現地で案内役をしてくれる台湾の人たちのうちのひとりと主人公の相性がとても悪く、私はどっちかというとその主人公にドン引きされてる側の人のほうに感情移入しちゃうタイプかも、そこまではいかずともこの主人公ほどいちいちむかついたりしないかもと思うので、ところどころで差し挟まれる内心の声に「え、そこでそんな感想!?」とびっくりすることがたびたびで、なんだか自分が主人公に嫌われているような気持ちになってつらかったです。終盤までそのギスギスした感じを引きずる、ストーリー上の理由はあるんですけど、それはそれとして!
     そして日本でも台湾でも、うまく歯車が回らない家族・親子の問題がクローズアップされる一方で、その土壌となった従来の価値観から孫娘を逃がそうとする祖母、台湾で助けれてくれた人たちとのつながりなど人間関係の上で力強く前向きな要素もあり。しかしとにかく「私この主人公と行動を共にしたら絶対ギクシャクするうううう」という怯えの気持ちが強くてちょっと読みながら居心地が悪かった(笑)。


  • 川瀬七緒『紅のアンデッド 法医昆虫学捜査官』(講談社,2018年4月)
     シリーズ6作目。この巻から、赤堀先生が、警察に正式雇用され、犯罪心理学を専門とするプロファイラー、技術開発部の研究員とともに科捜研の分室的な支援センターの職員というポジションを与えられる。警察組織の中では微妙な立ち位置のこの3人が、今後は連携を取って頭の固い上層部の先入観をぶっつぶしていくことになるのかな。特にプロファイラーの広澤先生との、まったくタイプ違う女性同士の遠慮会釈ない会話がいい感じ。これまで赤堀先生、同性の対等な仕事仲間には恵まれていなかったので。また、ここに来て初めて、赤堀先生の過去の一端と、単なる能天気な研究馬鹿ではない屈折した部分が明かされる。それを黙って受け止めるのはずっと彼女の仕事ぶりを見てきた岩楯刑事で、このふたりの互いを気にかけつつ絶対にウェットにならない(ようにコントロールしている)関係性もやっぱり好きだなあ。そして、やけど虫ことアオバアリガタハネカクシ、めちゃめちゃ怖い。いくら謎解きのきっかけになると言っても、文章で描写を読んでるだけで怖すぎる。

  • 陸秋槎『元年春之祭』(訳:稲村文吾/早川書房,2018年9月/原書:陆秋槎《元年春之祭 巫女主义杀人事件》新星出版社,2016年3月)
     前漢字代の中国を舞台に、現代とは異なる常識と倫理感に基づいて行動する人たちのあいだで起こる連続殺人。真相解明に挑むのは、潔癖で熾烈な少女たち。登場人物のとんがりかたから、次々と繰り出される衒学的な要素、理屈として因果関係がつながってはいても決して普遍性があるとは言えない特異な結論まで、なんかすごく、ここしばらく個人的に遠ざかり気味だったけどかつては慣れ親しんでいた新本格の雰囲気が! って感じだったのですが、それが中文からの「翻訳物」であるという事実に、ああこのジャンルは気がつけばもう別に「新」ではないのか、と感慨を覚えたりも(そもそも私自身が「この感覚、久々に味わうけど懐かしい」と感じている時点で……)。でもそうだ、私はこういうのが、好きだったのだ!
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2018年9月に読んだものメモ
  • 温又柔『空港時光』(河出書房新社,2018年6月)
     空港が出てくる短編10作は、どれも淡々と細やかな筆致で、ちょっとした出来事を切り取る感じ。台湾と日本を行き来する、さまざまな背景を持ちさまざまなシチュエーションに置かれた老若男女が順繰りに主人公になっている。まさにこの著者だからこそ、このすべての視点に立って、きっとこういう人は本当にいるな、と思えるような物語を作れるのだろう。最後に収録されたエッセイは、読みながら著者の旅路を一緒にたどるような気持ちで複雑な歴史に思いを馳せ圧倒されるとともに、同行したご友人たちとのやりとりが暖かい。

  • JYYang "Waiting on a Bright Moon"(Tor, 2017年)
     これはいわゆる「シルクパンク」というジャンルになるんだろうか。中華要素てんこもりSF短編。スペースコロニーで政府のために働く主人公女性は、遠方にいるパートナーと漢詩を同時に詠唱することにより感応を同期させ両者間に亜空間トンネル的ななにかを開いて物質を転送できる能力者。最初あまりにも普通になんの注釈もなく中国語が分かること前提の記述が混じってくるので困惑したが、著者名で検索したらシンガポールの人だったので納得。本来、英語だけを読む人に向けて書かれた作品ではなく、たぶん「英語も読む華人」がターゲットなんですね。視点人物が常に二人称youで語られ、一貫して現在形しか使われない特徴的な文章が、臨場感とともに、どこか語り手から主人公が突き放され乖離したような不穏な雰囲気もかもし出している気が。厳然とした無情感が漂う一方で、漢詩の響きともあいまって場面によっては描写に濃密な美しさを感じる。
     余談ですが、中国語理解前提っぽいところは、たとえば、とある集団メンバーがJia, Yi, Bing, Ding……と呼ばれてるとか。これが甲・乙・丙・丁……であることを知らない読者は、単なるニックネームと受け止めて、個性を剥ぎ取られた呼称、みたいな解釈はしないのでは。あと漢詩はそのまんま簡体字で引用。ちなみに作中で使われているのは、岳飛(1103-1142)「満江紅」と、蘇軾(1037-1101)「水調歌頭」です。(←ググったので自分用にメモ)


  • 宇佐美まこと『骨を弔う』(小学館,2018年7月)
     小学校時代に5人が共有したとある体験を、そのうちのひとりが40歳になって思い出し、ほかの面々を訪ね歩くことで、徐々に明らかになってくる、最初に思っていたのと違う真相。単に謎が解けていくだけでなく、当時に立ち返ることによって、登場人物たちのある意味それぞれに停滞していた現在が、よい方向かどうかは未知数ながら動き始めたところで終わる。正直、当時小学生だったなかでいちばんクズいのはみなを訪ね歩く男性(そして作中いちばんの良キャラは彼の父親)なのではって思うんですが、彼が子供の頃のことが、子供の頃のことだからって物語全体でなんか許される感じになってるの、もやっとするんですが、彼が動いてあれこれ掘り返すことがきっかけでほかのみなの人生も動いてさわやかなラストに導かれるのでもやっとはしながら飲み込んで読み終えてしまうのだった。お父さんいいキャラだし、そのお父さんの息子だし。

  • 阿川佐和子+大石静『オンナの奥義 無敵のオバサンになるための33の扉』(文藝春秋,2018年1月)
     対談集。ちょうど阿川さんがご結婚されたしばらくあとから始まっているので、ご夫婦の幸せそうなお話とか微笑ましい。ずっと自分の名前を世間に出して表現に携わるお仕事をしてこられたおふたりなので、その辺の強さが見えるやりとりもかっこいい。ただ、両者ともここまでそうやって生き延びてこられたわけだから、ある程度はマッチョな考え方でいらっしゃるのも自然なことかもしれないけど、パワハラやセクハラ、ぶっ倒れるほどのブラックな働かされ方があってこそ面白いものが作れる、みたいなことを普通に思ってらっしゃることがうかがえる対話を読んでいると、胸がきゅーっと苦しくなった。そんなものがあると明るみに出た時点でコンテンツの受け手側は素直に楽しめないし、なくてもちゃんと面白いものは生まれていくんだ、いまはその過渡期なんだと信じたい。私よりだいぶ上の世代であるこのおふたりのような感覚が、私より下の世代に波及しないように、私らのような名もない庶民であっても、あいだに立って身近なところからの草の根運動で食い止めていかねばならんのだなという思いを新たにした。だいたい、よく分かってないおじさんたちにセクハラの説明をするとき、よく「上司の娘さんに向かってできないことはほかの女性にもやっちゃ駄目」みたいなことが言われるじゃないですか。阿川さんなんかは、常に背後に、お父さまという周囲の年上の業界人にとっての「上司」的な存在があったから、小娘時代にも、人間としての尊厳をとことんずたずたにされるような経験を回避しやすかったんじゃないですかね(ひがみっぽい感想でごめんなさい)。もちろん、阿川さんご本人がお父さまとの関係にご苦労なさったのは、この対談でもほかで読んだ文章でも分かってるんだけど。

  • 八島游舷『天駆せよ法勝寺』(東京創元社,2018年6月)
     第9回創元SF短編賞受賞作。『年刊日本SF傑作選 プロジェクト:シャーロック』に収録されたなかの1編。電子書籍ではバラ売りしてました。
     「佛理学」に基づいて開発されたお寺が祈祷で推力を得て「中有(宇宙)」へと飛び立つ。だいたいもうイメージで押し切られて読んじゃってるんですが、仏教に支えられたテクノロジーと社会のありようがとても面白いしこの短い物語の周囲に奥行きと広がりを感じる。
     発売直後の話題になってたときに買ったまま読みそびれていましたが、このところの災害続きでツイッターのみんながしきりに大仏造立が望ましいとかハイブリッド大仏がよいとか言いはじめたので「そうだ! いま読むのは!」ってひらめいて開きました。
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2018年8月に読んだものメモ
  • 石井遊佳『百年泥』(新潮社,2018年1月)
     流されるように南インドのチェンナイに日本語教師として放り込まれた主人公の女性が、100年に1度の大洪水で出現した泥の山の中から出現するさまざまなものたちを媒介に過去や現在を語る。巻末のプロフィールによれば実際にインドで暮らしているらしい著者が書いた現地生活のこまやかなリアリティが、人を喰ったような大法螺とシームレスにつながって、あれよあれよと違うところへ連れていかれる疾走感。主人公にとっては扱いづらく厄介だけど、未経験なまま体当たりで進める授業を成立させるには不可欠な生徒でもある、ヒネた美青年ディーヴァラージが、どんどん魅力を増していく。第158回(2017年下半期)芥川賞受賞作。

  • 小田嶋隆『上を向いてアルコール 「元アル中」コラムニストの告白』(ミシマ社,2018年3月)
     なんというか、理屈としてはとても分かりやすく順を追って筋が通るように第三者に向けて説明してくださっているのに、心情としてはほとんど追体験できないという読書を久々にした。アルコール依存症、大変。とはいえ、自分が連続飲酒しないのは、あくまでも体質的な制約による面が大きいという自覚はある。最終章でのネットを介したコミュニケーション依存の話でもそうだけど、お酒以外のものに過度にリソース取られて人生削っちゃってる人はいくらでもいるよな。ただ、なににも依存せずに生きていくということは、果たして可能なのだろうか、健康被害や社会的破綻が生じて初めて問題になるだけで、誰しもなにかにバランスを欠いた入れ込みようをしてしまうことはあって、しかし境界を見定めることの難しさは本書にすでに書いてある……とかなんとか考えているうちに、どんどん心がぐるぐるしてくるのであった。

  • ジョー・イデ『IQ』(訳:熊谷千寿/2018年6月,ハヤカワ文庫HM/原書:Joe Ide "IQ" 2016年)
     日系アメリカ人の著者58歳のデビュー作という情報はいったん頭の外に置いたほうがいいかもしれない、ラップとバイオレンスに彩られた、ロサンゼルスの黒人コミュニティを中心に回る物語。しかし主人公の黒人青年アイゼイア(IQ)は、そんな環境にあって古いジャズを好み暴力より知力で問題解決に当たる物静かなシャーロック・ホームズ型の探偵というのが、こちらのステレオタイプなイメージを崩してくれる。ワトソンっぽいポジションに入るギャング上がりの元同居人との、相棒と言っていいのかすら分からない殺伐とした腐れ縁だけど一蓮托生な過去を共有する複雑な距離感も面白い。ある出来事さえなければ、その頭脳を活かして裏社会とは無縁の人生を歩んでいたかもしれないIQの、現在のスタンスの根底にある倫理感が、その出来事によって補強されているという皮肉。短いエピローグは最初、「いまさらだよね」みたいなどうしようもない話をぽーんと出して諸行無常感を余韻として残す文学的構成なのかと思ってしまったんだけど、巻末解説を読んでそうではないと知り、次の巻が楽しみになった。


  • 白井恵理子『STOP劉備くん!! リターンズ!』第2巻(潮出版社,2018年5月)
     第1巻が出たとき、連載開始から単行本刊行までずいぶんかかったなと思ってたら、今度は続きが2ヶ月で出てるじゃないか。気付いてなかったぜ! 夏侯惇が「とんとん」って呼ばれるの可愛くない!? 可愛くない!? 諸葛瑾と馬超の組み合わせ新鮮。個人的に、白井先生が雑兵Aのこと「なんでも中途半端にできる」とコメントしてたの、ちょっと意外。なんでもできる超有能兵で、ときおりの失敗は周瑜をおちょくるためってイメージだった。そうか本気で偽りなく中途半端なんだ!〔初出『Webコミックトム』2015年7月〜2016年5月〕

  • 白井恵理子『STOP劉備くん!! リターンズ!』第3巻(潮出版社,2018年7月)
     劉備の玄ちゃん並みに孫子の兵法とか知らないので勉強になるわあ。そして第2巻の感想メモでは瑾さんとの組み合わせに受けてたけど、やっぱり馬超は姜維と一緒のときがいちばん好きかも。姜維くんみたいに「愚者がまた愚考を!」って私も誰かに言ってみたい(やめなさい)。あとがきで、白井先生が認知症のご家族を介護なさっていたと知り、そんな大変ななかで、のーてんきな武将たちの漫画を描けていた精神力に感服する思いです。あと表紙の剣舞する周瑜たんかっこいい。一枚絵のキャラの決めポーズがいつもすごく好き。〔初出『Webコミックトム』2016年6月〜2017年4月〕

  • 瀧波ユカリ『ありがとうって 言えたなら』(文藝春秋,2018年3月)
     瀧波さんのお母さまの末期癌が分かってからの経緯を描いた作品で、読むとつらくなるんじゃないかなって覚悟していたんですが、とにかくお姉さまとともに、体力も感情も振り絞ってやり切った感のある看取りで、胸が痛くなると同時にこういう言い方は失礼かもしれないけど、さわやかささえある読後感であった。お母さまの個性がとても強くて、きれいごとでない話も率直に語られているにもかかわらず、全部ひっくるめて人間味があって魅力的なかただったことが分かるようになっているのが、愛だなあって。〔初出『CREA WEB コミックエッセイルーム』2016年5月〜2017年10月〕
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2018年7月に読んだものメモ
  • ケイト・フォックス『イングリッシュネス 英国人のふるまいのルール』(訳:北條文緒・香川由紀子/みすず書房,2017年11月/原書:Kate Fox "Watching the English: The Hidden Rules of English Behaviour" 2nd Edition, 2004/2014年)
     各種の社会的区分に依存しないイギリス人全般における言動パターンの共通項を抽出しようという試み。会話の潤滑油としてのお天気話や、お約束としての謙遜などは、日本人同士でも「あるある」だよなーと思う一方で、やっぱり外部の者には永遠に分からんなーというような言葉の使い分けなんかもあったりして興味深い。序文のあとテーマ別に論考が進められるんですが、特に総括とかなく突然終わるなーと思ったら、なんとこれ前半部分(アマゾンのカスタマーレビューによれば正確には全体の約3分の1)のみの翻訳なのでした。最初に表紙とかで言っといてくれよそういうことは! 原書の無料サンプルをダウンロードして目次をチェックしてみたら、むしろ翻訳されなかった部分に(私にとって)面白そうな項目があるような気もするし、最後にちゃんと全体のまとめに割いた章もあるみたいなので、余裕があるときに読んでみたいかも。

  • 乾石智子『赤銅の魔女 紐結びの魔道師機戞陛豕創元社,2018年5月)
     最初は短編集のなかの1編の主人公だったのが、まるまる1冊が彼を主役にしている連作短編集が出て、今度はついに長編3部作開幕。著者にとってもリクリエンス(エンス)はよほどお気に入りなんでしょう。実際、結んだ紐で発動する魔術の設定なんてすごく面白いと同時に説得力があるし、エンスの魔道師らしからぬ身体能力や豪快な性格も魅力的。前の短編集では物語がいろんな時代にわたっていたけど、今回は祐筆のリコが存命の頃のお話で嬉しい。お爺さんだけど耄碌とは程遠く口の達者なリコとエンスのコンビ好きです。タイトルロールの魔女も荒んでいるけど強くて美しくてかっこいいぞ。エンスたちに出会って変わり始めたとこで、まだ彼女の思惑の全貌も分からないわけですが、続きが楽しみ。ほかの女性キャラも印象強烈で、今後お話のなかでどういう役割を果たすのか気になる。
     ところで、これを読むにあたって、前作の連作短編集『紐結びの魔道師』も再読したんだけど、リコが亡くなったあとのお話でヒロインポジションにいるニーナに、エンスは今回の長編に出てくる赤銅の魔女の面影を見たりとかしたんだろうか(髪の色が同じ)。


  • いとうせいこう+星野概念『ラブという薬』(リトルモア,2018年2月)
     いとうさんと、いとうさんのカウンセリングに当たっている精神科医の星野さんが、両者の合意のもと診察内容にも触れて公開前提の対談をするという企画。身体の傷を負ったときと同じように心に傷を負ったときにも病院に行こうよっていう導入から、認知行動療法の考え方や、精神科医と心理士の違いなどを紹介してくれたうえで、傾聴や共感というキーワードを経て、最終的には、いまの世の中の不寛容な相互監視の風潮、ネット上のとげとげしい言葉などにも触れ、「現実がきつい」すべての人によりそうような内容になっている。

  • 鴻巣友季子『翻訳ってなんだろう? あの名作を訳してみる』(ちくまプリマー新書,2018年6月)
     取り上げられている作品の傾向がバラバラで、それぞれの押さえるべきポイントも違っていて、あらためて言われると目の前がどんどんひらけていくようでとても面白い。たとえばエドガー・アラン・ポー作品の怖さは(ストーリーそのものだけでなく)文体に宿っているという解説にぞくぞくした。どの章もスリリングです。文芸翻訳を勉強した経験はないのだけれど、「翻訳とは“体を張った読書”」という表現は、ものすごく納得がいく、ような気がして膝を打った(しかし所詮は素人なので気がするだけかも)。あと、昔よく似た形式の別ジャンルのワークショップに参加していたときの空気が脳裏によみがえって、じたばたしたりした(羞恥で)。この本からうかがえる講師としての鴻巣さんは、とっても器が大きく徳が高いかたという感じがします。そして受講者の皆さんも優秀なのだな。

  • 倉数茂『名もなき王国』(ポプラ社,2018年8月)
     8月4日発売予定のものを、期間限定ウェブ公開で読みました。太っ腹PR企画。そしてその後、同じくウェブで公開されていた、本作品の舞台裏についての文章を読んで、もともとは個々の短編として書かれていた複数の物語をまるっとくるみ込んでしまう大枠を作ってつなげてしまうという本作の構成は、編集者のかたによる提案だったことを知りました。なるほど、プロの判断だと、そのほうが一般的な希求力は強くなるんだな、と不思議な感じがしました。というのは、私個人としては、鉱物標本のような粒よりの、幻想的だったり内省的だったりする物語たちは、互いに干渉しあうことなく標本箱にしっかり区切られて並べられているほうが、断然好みだったからです。標本箱のフレームそのものの上面に模様が描けるほどの面積って、必要かなあ、みたいな感想だったのです。
     ただ、大きな枠組みを伴い長編として完成したこの作品はこの作品で、互いに響きあうイメージ、ひとつのお話から別のお話にまたがる伏線など、緻密な計算に基づいて配置されていることがうかがわれ、楽しく翻弄されました。最後に向かって物語が突き進みはじめたときも、もしや欠けてるように見えたピースをきっちり理詰めで嵌めてきちゃうんだろうか、それかえって興醒めになるかも……と心配していましたが、読み終えてみたら脳裏には濃密かつ美しい情景が残りました。しかしやっぱり本音を言えば、初稿から削られたという4本(めっちゃ読みたい!)をも含めた「掌編集」として、第5章を独立させた書籍が欲しいです……。


  • よしながふみ『きのう何食べた?』第14巻(講談社,2018年7月)
     自分は炊飯器のおかゆモードで充分と思っていても、休日の朝食にはケンちゃんの乙女心を満たすためにビジュアル重視して土鍋で白がゆを作ってあげる筧先生すごくないですか!? 猛暑の日に読むと余計に心に響くわあ(って、たぶん作中ではそこまで暑い日じゃない、ふたりとも半袖だけど)。佳代子さんちのお孫さんが来年は小学生だったり、お墓の話題が出てきたり、ほんと容赦なく月日が読者と同時進行ですね。ズッキーニを浅漬けにして和風の一品として食べるって発想はなかった、やってみたい。
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2018年6月に読んだものメモ
後半から、古典新訳文庫の消化キャンペーンでした(って、3冊ですけど)。


  • 王谷晶『完璧じゃない、あたしたち』(ポプラ社,2018年1月)
     間隔の空くウェブ連載は毎回楽しみにしていたのに、全部まとめてさらに書き下ろしを追加した単行本は読了にずいぶん長くかかってしまった。バラエティ豊かすぎて1編ごとに頭がインターバルを要求するので。私、短編集読むのヘタクソだわあ……。さまざまな語り口、さまざまなジャンルで書かれた23の短編すべて、メインに据えられているのが女同士の関係。ストーリーがことごとく予想外な方向に転がっていくと感じるのは、もちろん着想自体が斬新に飛躍しているからなんですけど、同時に、いかに自分がこれまで、男女で物語が構成される既存パターンに染まっていたかってことでもあるのではないかって思いました。ウェブで読んだときいちばん好きだった「友人スワンプシング」が、再読してもやっぱりすごく好きで、なんだろうこの若い女の子ふたりがかもし出す潔さとせつなさとハードボイルドな感じ。

  • 山口恵以子『食堂メッシタ』(角川春樹事務所,2018年4月)
     店主がたったひとりで切り盛りする、こぢんまりとした本格イタリア料理店。こんなお店があったらいいよねっていう、夢と理想が詰め込まれている感じ。学生時代に偶然チェーン店でアルバイトしたことをきっかけに、本格的な料理人への道を邁進しはじめた女性が、惚れ込んだ師匠のもとで学び、彼の片腕となり、初めて自分のお店を持ち、そこからさらに先のステップに進む直前まで。ストーリー的には王道なので喰い足りない印象もないではないのだけれど、とにかく出てくるお料理がひとつひとつ詳細に説明されており、どれもとても美味しそうなので、そっちで満腹感。終盤になって、お店の常連のなかに本書の出版元の社長である角川春樹氏がいるという記述があり、こういったお遊びには好き嫌いが出るでしょう(私は実はちょっと引いた)。しかしやはりこの著者は、才能ある女性が突き進むさまを書くとき筆致に勢いがありますね。

  • 張愛玲『傾城の恋/封鎖』(訳:藤井省三/光文社古典新訳文庫,2018年5月)
     1943〜1944年に発表されたエッセイ3編と小説2編。1941年の日本軍による香港への侵攻が背景として色濃い。表題作タイトルの「傾城」には敢えて一般的読みとは違う「けいじょう」というルビが振ってあり、読んでみるとたしかに、いわゆる傾城(けいせい)の恋という言葉で想像するような、その恋によって城が傾くといった物語ではなく、逆に城市(街)が壊れていくことで初めて完成形になる恋愛といったような話なのだった。意地と欠落を抱えた者同士の保身的なやりとりがひりひりする。少女時代からの家族との確執を綴った苛烈で感傷的なエッセイ「囁き」の随所に挟まれるアイテムの選択も巧いなあと思う。巻末の解説も充実。
     〔収録作品:「さすがは上海人」《到底是上海人》1943年/「傾城の恋」《傾城之恋》1943年/「戦場の香港――燼余録」《燼余録》1944年/「封鎖」《封鎖》1943年/「囁き」《私語》1944年〕


  • ジェローム・K・ジェローム『ボートの三人男 もちろん犬も』(訳:小山太一/光文社古典新訳文庫,2018年4月/原書:Jerome K. Jerome "Three Men in a Boat: To Say Nothing of the Dog" 1889年)
     原書は1889年発表。新訳が出ていたので久々に。日本語で通読するのは初めてです。久々に読んでも、こいつらほんと自己中なことばっか言ってぐだぐだしてんなー。でも旅はなんとかなっちゃうんだよなー。
     前に英語で読んだときには、なにか元ネタがあるんだろうけどと思いつつスルーしていた事柄に訳注がしっかり入っていてありがたい。巻末の解説や年表も。この著者は、これまで作品だけ読んで、いったい19世紀イングランドにおいて、どのあたりのコミュニティにいた人なんだろうかと、不思議に思うことが何度かあったんですよね。解説で経歴を初めて詳しく知って納得。けっこう激しいクラス移動人生だった。あと、本作で「僕」がモンモランシー(犬)を飼っているということ自体が、執筆当時の現実の著者よりも上の階級に属するキャラとして主人公を位置づけるための設定だったという話など、わりと目からウロコな感じ。彼が本当にペットを飼い始めたのは、もっとずっとあとなんですね。
     それと、この新訳版の翻訳者のかたがあとがきで、丸谷才一先生による旧訳版へ思いをなかなか熱烈に語っていらっしゃるので、いまさらですがそっちも読んでみたくなりました(実は旧訳版もかれこれ20年くらい家にある)。


  • C・S・ルイス『ナルニア国物語 阻盻兒佞里い〜』(訳:土屋京子/光文社古典新訳文庫,2016年9月/原書:C. S. Lewis "The Magician's Nephew" 1955年)
     1960年代から読み継がれてきた旧訳版の個性が、古いということを差し引いても強いので、どう訳してもすごく雰囲気変わるのは予想していましたが、最初は読んでる途中でどんどん脳裏に旧訳の記憶が湧いてきて二重写しみたいになって大変でした。
     いちばんインパクトが強いのは、主役の子供たちの言葉遣いが、かなり現代寄りになっていること。ただ、このお話自体が、もともと「昔のできごと」なんですよね。作中でもほかの巻で老人として登場する人の少年時代だし、いまの読者から見ればなおさら時代設定が昔なわけだし。旧訳版に引きずられているだけかもしれないけど、個人的には、微妙に古臭いくらいがイメージだったなあと。そこはちょっと好みが分かれるかと思いました。あのですね、旧訳の「とっかえ!」が新訳で「チェンジ!」だったことに、正直ショックを受けました(笑)。でも新訳も、きびきびとした読みやすい文章。いまのお子さんには、こちらのほうがとっつきやすいでしょう。
     新しく付いたイラストも、どこかユーモラスな動物たちの表情やダイナミックな構図が印象的で、原書の緻密で美麗な挿絵をそのまま使っていた旧訳版とはまた違った魅力が。
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