2020年6月に読んだものメモ

  • ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』(訳:岸本佐知子/講談社,2019年7月/原書:Lucia Berlin "A Manual for Cleaning Women: Selected Stories" 1977, 1983, 1984, 1988, 1990, 1993, 1999)
     2015年に出た同名の短篇集に入っていた43の短編から、24篇を訳出したもの。すべて2004年に68歳で亡くなった著者本人の人生が題材にされている。ひとつひとつは短い物語で、そこだけを切り取れば作中でものすごく大きな転換を伴うドラマはなかったりもするのだけれど、波乱万丈で多面的な生涯を送った人なので、さまざまに特異なシチュエーションが次々と出てくる。そういうちょっとしたところが記憶に残ることってたしかにあるよね……というようなリアルさとユニークさが両立している情景描写の、細やかさ鮮やかさに引き込まれる。そして世間を渡っていくなかで、どこか歯車が噛み合わない乖離した感じと、ままならないけどままならないまま生きていく強さみたいなものが、共存しているところにも。

  • 三浦しをん『のっけから失礼します』(集英社,2019年8月)
     雑誌『BAILA』に2014年から2019年にかけて連載されていたエッセイをまとめたもの。書かれてある言葉だけを見るとちょくちょくご自分を下げる表現を入れることで笑いを取る方向に行ってるんだけど、楽しく親しみやすいばかりで「卑屈」な感じは皆無というのは、すごい文章技術なのでは? というようなことを考えながら読んでいた。
     でもたとえばさ、このかたは自分のだらしなさとかをすごいアピールするけど、手帳に前年12月のページは要らないから予定を書き込むのに翌年1月分のページのある手帳がほしい、という意見を主張してる回で、なぜなら12月に新しい手帳をおろしたくないからと書いてらっしゃるのなんか見ると、「おお! 区切りを大切にする、きっちりした人だ!」って思いますよね(いつも前年から新しい手帳に移行してて、新しい年に合わせて新品をとかまったく発想になかった自分が恥ずかしい)。
     ハマったものに対する愛の炸裂具合の表現も強くて素敵。古くからのお友達との親しい交流がずっと続いているところや、こういう雑誌連載のなかで実家のご家族にずばっとツッコミ入れられる関係にも心がほんわかします。


  • コリン・ブッチャー『モリー、100匹の猫を見つけた保護犬』(訳:杉田七重/東京創元社,2020年2月/原書:Collin Butcher "Molly & Me" 2019年)
     ペット捜索専門の探偵社所属の探知犬モリーについて相棒の人が語ったノンフィクション。ちなみにエピローグの時点で発見済みの猫は74匹だ(原題は猫の数には触れてませんが)。でもまあこのペースでお仕事していたら本書が出版された頃には余裕で100匹超えていたでしょう。
     読む前は、タイトルだけ見て安直に犬は鼻がいいから猫も探せるんだなーなんて思ってましたが、そんな単純な話ではなかった。専門家にも猫を対象とした探偵犬なんてありえないと切り捨てられるなか、すごく才能のある犬との出会いおよび不屈の精神があって初めて実現したのが、この最強の信頼でつながるペット探偵コンビなのだ。さまざまな背景がありそれぞれにかけがえのない失踪ペットと飼い主のエピソードが出てきます。彼らに親身になって寄り添い、再会のために尽力する著者の真摯な姿勢も素晴らしい。
     出版社のウェブマガジンに、モリーの写真とか動画へのリンクとかあるので見てください……。


  • 岸本佐知子『ひみつのしつもん』(筑摩書房,2019年10月)
     漠然とした共感も覚えるような日常的な話題が、どんどん煮詰められて最終的にはこの著者の脳味噌からしか出てこない具体的ななにかの話になっている疾走感が好き。年賀状が返送されて称号がもはやスリではなかったり。「ぬ」が世界征服を目指したり。
     あとがきに雑誌『ちくま』でのエッセイ連載が18年目と書いてあって、もうそんなに! と、びっくりしましたが、たしかに自分の読んだもの記録メモを見ても、シリーズ1冊目を13年前、2冊目を8年前に読んでいるのだった。これからもずっと続けてほしいです。


  • 北大路公子『いやよいやよも旅のうち』(集英社文庫,2020年4月)
     旅嫌いを自認する非行動派の著者が、編集者による企画に従い、一道五県で自発的には絶対にやろうとしなかったであろうような体験をする。私自身がとてもめんどくさがりで出不精な小心者なので、これ全部やりきったんだ、すごいなあ、と感心しきりです。つらつらと語られる億劫さ、往生際の悪さ、そしてぬぐえぬ不安、そこから時折繰り出される発想の飛躍。何度かぷっと笑ってしまいつつ、身につまされもしてどきどき。いや、私がこの状況に置かれたらもっとずっと悲惨でうしろ向きな結末を迎えそうな気がするうえ、それをひとさまに楽しく読ませる文章に仕上げることもできないだろうから、共感などおこがましいのですが。
     (初出『小説すばる』2017年5月号〜2019年11月号)


  • 獸木野生『PALM 42 Task VII』(新書館,2020年6月)
     ああ、ジョゼが……。そしてジェームスがアフリカに拠点を移す道筋がいよいよはっきり見えてきた。この「Task」のエピソードも7冊目に入りましたけど、30年くらい前に作中で明かされた最期に向かって彼が淡々と歩んでいくのを読者はなすすべもなく見守る感じ。

  • 荒川弘『銀の匙 Silver Spoon』第15巻(小学館,2020年2月)
     うっかりタイミングを逃して読むのが遅くなってしまった最終巻。ついに大学受験、そして卒業。いつもなんかしら不憫な事態に見舞われる八軒くんをはじめ、みんなそれぞれにわちゃわちゃとしながら、当初の予定とは違うこともありつつ落ち着くところに落ち着いて。さまざまなかたちで、若者が現実を見据えることと、夢を持ちそれをかなえていくこととを両立させていく過程を詳細に見せていただきました。そしてそういう姿勢が、次の若者の後押しにもなっていく。みんながんばれー! という気持ち。

  • ひかわきょうこ『彼方から』(白泉社・マンガPark版/底本:花とゆめコミックス,1992年12月〜2003年4月〔全14巻〕)
     アプリの期間限定無料公開で。15年くらい前に単行本で読んでるので、再読です。いまではラノベなどで定番の、異世界転生ものなんですが、ヒロインが転生後も、数奇な運命を背負いつつ本人は特別な力を得たりはせず、地道に現地の言葉をこつこつと覚えていったりする描写が丁寧。主人公は普通の女の子だけど、自分にできる精一杯を常に模索している。セーブしない。ためらわない。とにかく、受け入れてくれた集団のなかで自分だけが特殊技能を持たないと分かっていても、自分にできることはなんでもやる。前向き。こう、出会う人、出会う人みんなに好かれることに、説得力がある。こういう人ですよね、最終的に強いのは。そして、運命として外部から提示されたのとは別に、自分の意志で選び取れる道がきっとあるというメッセージ。
     改めていま読むと、とにかく画力がすごかったんだなあ、と感嘆。アクションシーンがやたらとかっこいいね。構図とか、アングルが切り替わるシーケンスとか。ヒロインの顔の絵柄が、この当時としてもすでにわりと古い部類だったと記憶するクラシックな少女漫画の雰囲気なので(しかしとても可愛い)、目をくらまされそうになるけど、美醜にかかわらず老若男女すべてのキャラの造形がかちっと嵌っている。昔の少女漫画って、特に男性キャラについては、あんまり体格に気合を入れては描かれていないことが多かったという印象があるのですが、この人の描く身体的に優れているという設定の男性キャラクターは、しっかり骨格があってその上に筋肉が乗っているというのがはっきり分かる。それがちゃんと、古典的少女漫画ヒーローとしての美しさと両立している。

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    2020年5月に読んだものメモ

    • 陸秋槎『雪が白いとき、かつそのときに限り』(訳:稲村文吾/早川書房,2019年10月/原書:陆秋槎《当且仅当雪是白的》新星出版社,2017年3月)
       共学の高校が舞台だけど、メインになるのは少女たち。それと、同じ学校の卒業生でもある、まだ若い学校図書館の司書の先生。パズラーなので、きちんと手掛かりが提示され、それに応じた謎解きがおこなわれる。でも、印象的なのは、この年頃の少女が抱く、未来への不安、自分という存在の重さへの疑念、とんがった心もとなさ。平凡であることに対する忌避と、平凡であることに対する希求。中国の学園生活の、日本と似ていそうなところ、違ってそうなところに着目して想像をめぐらせながら読むのも面白い。

    • ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』(訳:友廣純/早川書房,2020年3月/原書:Delia Owens "Where the Crawdads Sing" 2018年)
       1969年のノースカロライナ州で、古い火の見櫓から落ちたと思われる死体が発見されたのを起点に、亡くなった男性と一時期かかわりがあったひとりの女性の数奇な半生の振り返りと、男の死に関する警察の捜査が進むさまが交互に語られ、やがてふたつの時間が合流する。この、だんだんと作中時間の差が狭まっていくところに、サスペンスを感じる。家族にも見捨てられ、たったひとり湿地の小屋で暮らしてきた少女が、わずかな出会いから生きるすべを吸収し、向学心を開花させて本来持っていた知性を羽ばたかせ、湿地の自然とともに、たくましく魅力的な女性として生き抜いていく過程に心惹かれる。


    • 那洲雪絵『ここはグリーン・ウッド』(白泉社・マンガPark版/底本:花とゆめコミックス,1987年1月〜1991年10月〔全11巻〕)
       前々から名作としてたびたびタイトルが挙がっているのを見かけていたけど読んだことなかったのが、出版社のアプリで期間限定無料公開されていたので。初めて読むのに、なんだか懐かしく感じたのは、絵柄とテンポのせいか。
       男子校の寮を舞台に、個性的な男の子たちが繰り広げるてんやわんや。あれもこれもアリのてんこもりでさまざまな趣向のエピソードが。
       10代の子たちが家族のもとを離れ、限られた期間を限られた空間で同世代の子たちとともに過ごす。現実にはけっこう大変だろうなとは思いつつ、私もティーンの頃は、親元を離れてみんなでわいわい暮らすって状況に、ちょっとロマンを感じてたよな。こういう漫画は、あの頃読んでいたら、そのロマンを求める心を満たしてくれたのかもしれない。
       それぞれになんらかのかたちで、ほかから突出した人生を歩んでいる、そして自分の居場所を模索している、大人になりかけの発展途上の子供たち。最終回のあと、この子たちは、どんなふうに生きていったんだろうな、と思いを馳せずにはいられない。高校の3年間なんて、あまりにも、人生全体のなかで見ると短いんだけど、でも、あの頃の3年間って、「濃い」よねえ。たぶん誰にとっても、あの時期は、1年1年が、「濃い」。で、少女がメインターゲットである掲載誌において敢えて舞台を「男子寮」にすることで、読む側にとってはほどよく生々しさが薄れていたのかもしれないな、とも。
       いま読むと、ちょこちょこ引っかかる表現もあって、30年前はまだこれがギャグネタとして茶化していいものだったんだな、などと改めて時代の流れを感じるところもあったりしたけど、悪ノリすることもありつつ押しなべて基本は善良なメインキャラクターたちを愛おしく思えて、楽しかったです。


    • 由貴香織里『天使禁猟区』(白泉社・マンガPark版/底本:花とゆめコミックス,1995年2月〜2001年2月〔全20巻〕)
       これも期間限定で無料公開されてたやつ。やはりちょくちょくタイトルだけは聞くんだけど、読んだことなかった。厨2系オタク女子の基礎教養をようやく履修できた、みたいな達成感がありました。さまざまな同人作品で見かけまくった要素が、これでもか、これでもか、と波状攻撃で来た。貫禄を感じた。そして絵が美しい。グロテスクなものですら描線が美しい。

    • 羅川真里茂『赤ちゃんと僕』(白泉社・マンガPark版/底本:花とゆめコミックス,1992年3月〜1997年9月〔全18巻〕)
       さらにこれも期間限定無料公開のやつです。この機に乗じて長編少女漫画をどんどん読んだぜ。小学5年生のときにお母さんを事故で亡くし、仕事で忙しいお父さんをサポートして、歳の離れた弟の面倒を見なければならなくなった男の子が主人公。大人になってから読むと、小学生がしょっちゅう独りで赤ちゃんの命に対する全責任を負うことになる状態を放置するなんて、周囲の大人はそれでいいのかと、もどかしい気持ちにもなるんだけど(とはいえ、じゃあどうすればっていうのもなかなか難しく、結局家庭内の自助努力でなんとかできるならなんとかするしかない、というのがいまでも現実なのかも……30年近く前ならなおさら、経済力が落ちないこと前提で考えられていた父子家庭に対する公的支援はいまよりさらに薄かっただろうし、お父さん仕事削れないよねえ)、とにかくこの子が、すごーく頑張る。時に癇癪を起こし、時に周囲を羨みながらも、とにかくプレッシャーに耐えて頑張るし、弟を心の底から全力で可愛がる。そして彼の周りのほかの小学生たちも、さまざまな家庭に育ち、さまざまな事情を抱えているということが、作者の視点でそこに優劣が付けられたりすることなく、活き活きとした小学生ライフのなかで自然にフラットに語られるのがよかった。
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      2020年4月に読んだものメモ

      • 凪良ゆう『流浪の月』(東京創元社,2019年8月)
         今月発表があった、2020年(第17回)本屋大賞受賞作。第三者の目には「加害者」と「被害者」でしかないふたりが、一度は引き離されても年月を経てふたたび出会い、しかしやはり一方的な糾弾にさらされる。当事者にしか分からない「真実」を拠りどころに、世間を遮断して逃げ続けるような彼らは、この出会いがなければきっと双方、生き延びることはできなかった。繊細で美しい話ではあるけれど、同時に、危うくもあるな、という感想もぬぐえない。この物語の彼らの言い分を認めるなら、間違ったものなんて、この世にはなにもない、ということになってしまう。すべては当事者の主観の問題だ。でも、本当に? そう感じてしまうのは、たぶん読み手である私が、確実にこの主人公たちによって、背中を向けられる側であるからなんだけど。決して入れてもらえない世界を持つ彼らに、拒絶される側。たとえどれだけ、彼らを好きになったとしても、手を差し伸べようとしたとしても、入れてもらえない。一方で、逃げると決めたその先にある、自分たちの真実だけを本当にしていていい世界が提示されているこの作品で、救われるひと、呼吸がしやすくなるひとも、絶対にいるだろうということは分かる。

      • 尾崎俊介『ハーレクイン・ロマンス 恋愛小説から読むアメリカ』(平凡社新書,2019年12月)
         アメリカ文学研究者が、ペーパーバックの出版史を調査していくなかで有名な女性向け恋愛小説の叢書に着目した成果を一般向けの新書にまとめたもの。このジャンルでは代名詞のようにさえなっているハーレクインですが、私はロマンス小説を系統立てて読んだことはないので、初めて知った事実がたくさんありました。そもそも、いまではアメリカのものというイメージがあるハーレクインが、もともとカナダの会社で、初期はずっとイギリスで書かれた作品ばかりを出版していたことも本書を読むまで知らなかった。「量産型商品」としての小説にも、というかそういう小説だからこそかもしれないけど、時代をくっきりと反映した歴史が脈々と存在するのだなあ。あと導入部分で、男性である著者が四半世紀ほど前に書かれた女性向けロマンスを初めて読んでみて、ストーリー展開にいちいち驚くくだり笑いましたが、愛読者たちの熱意にシンクロはできないながらもこのジャンルを独自の文化として尊重する姿勢は一貫しており、好感を持ちました。

      • 妹尾ゆふ子『翼の帰る処 番外編2 ことば使いと笑わない小鬼』(幻冬舎コミックス,2020年4月)
         1冊目の番外編集と同じく本編で脇役だったキャラ視点のお話が2つと、最後はすべての締めくくりになるような、「帰って」きたヤエト視点の短いお話。最初の表題作は、砂漠の国の古くからの言い伝えと、後世の者たちによる意味の見出し方に関する問答のくだりがとてもよかった。
         皇女と、1作目の主人公ファルバーンは時系列順に並ぶ3編すべてに登場。生い立ちと置かれた状況から、最初はツッコミ力の高いドライな思考パターンの陰でどこか自己否定気味で所在なさげでもあったファルバーンが、能力を発揮できる役割と居場所を得て落ち着いていったようすがあとの2作で垣間見られてホッとします。個性的な学友たちに囲まれたキーナンの学園生活を描く2作目も楽しかった。彼も真っ当さとしたたかさを兼ね備えた末頼もしい若者だ。
         それと改めて、シリーズ全体を通じて皇女の屈託ない心根の明るさや強靭さと、ヤエト先生の隠居したいと言いつつやるべきことに手を抜けない誠実さが、なんだかんだと周囲の人たちの気持ちを巻き込んで物語を進めていったのだなあ、みたいな感慨が。みんなヤエト先生大好きだよね。どこまでその好意が伝わっているのか心もとない感じまで含めて。


      • パオロ・ジョルダーノ『コロナの時代の僕ら』(訳:飯田亮介/早川書房,2020年4月/原書:Paolo Giordano "Nel contagio" 2020年)
         発売前にネットに出ていた期間限定無料公開版で読了。2月から3月にかけてイタリアで書かれたものが4月には日本で商業出版されるというのは、かなりスピード感がありますね。日常生活を中断され空白のなかに置かれた作家のなかで流れる思索が、リアルタイムで項目ごとに実況されていくのを一緒に追いかけていくように読んでいると、静かな筆致のおかげでちょっと心が落ち着いてくる気がする。いまのこの世界を、個人の置かれた状況、地球規模の因果のめぐり、グローバルな社会の転換などさまざまな切り口で多角的に捉えて整理していく視点。そしてまた、事態が収束したあとの世界のあり方についての視点。高をくくって楽観視することで手遅れになったあれこれを覚えておくこと、これをきっかけに前進と言える方向に動いた価値観の変遷を巻き戻さないことの大切さの確認。自信はなくても考えつづけていこう、という決意表明まで読んで、襟を正すような心持ちになった。まさにいまのこの特異な時期の世界を切り取る書物なので、まさに「忘れない」ためにも持っておきたいような気持ちになって書籍版も買いました。



       新型感染症COVID-19をもたらすウイルスSARS-CoV-2のせいであれこれと予定がキャンセルされたので、空いた時間でもっとがんがん本を読むかと思いきや、実際にはさほど読めてはいないのでした。とにかく気持ちが落ち着かなくて活字に集中できなかったり、外出自粛が叫ばれていることを受けてネットで公開されたさまざまなコンテンツに食いついてしまったり。まさかこの時代に、世界中が翻弄されるようなこんな事態を経験するとは思わなかった。ここをご覧になっている皆さまもどうか、ご安全に。

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        2020年3月に読んだものメモ

        • 小川洋子『約束された移動』(河出書房新社,2019年11月)
           6つの短編を収録。どこまで意識して編んでいるのか分からないけど、社会の片隅であまり意識されず、しかしプロフェッショナルに働いている人たちが出てくるお話が続く。決して利用者と顔を合わせることのない高級ホテルの客室係、デパートで誰より早く迷子を探し出すエキスパート、超マイナー言語の通訳などなど。抽象的でどこか幻想的にも感じる仕事内容や出来事が、具体的な手順や職業意識の詳細な描写でしっかりと輪郭を与えられていて、現実のほかのお仕事の多くも見ようによってはこんなふうにファンタジックなのかもなあ、と思えてくる。

        • 能町みね子『結婚の奴』(平凡社,2019年12月)
           周囲の人々がやっている「恋愛」なるものがピンと来ない能町さんが、同居人としてはとても相性のいいゲイ男性との事実婚に至るまでの過程を、すごく誠実に言葉を尽くして、読み手に伝えようとしてくださっている。
           私自身はたぶん、物心ついた頃からどっちかというとヘテロ女性だという自認があったし、多少の疑問を抱えつつも、わりとすんなり恋愛が法律婚に結びついたほうだと思うんですよ。だけど、そうであってさえ、世間の「当たり前」と私自身にとっての自然なあり方が相容れないときの、「向こう側には行けない」みたいな絶望感・疎外感を経験したことが、なかったわけではない。なぜ自他双方のなかで、そういう価値観の刷り込みはこんなに強固なんだろうと慄いたことだってある。私の何倍もそういったことを敏感にキャッチして生きてきたであろう能町さんは、本書でそうやって切り裂かれるような思いをしたときの心の動きを平易な文章で克明に言語化していて、そうできるようになるまでにどれだけ突き詰めて考えたのだろうか、と気が遠くなるような心持ちがした。またそのような局面で、ご自身を実験に差し出すような極端な試みをしてしまっていた過去のエピソードも、よくぞここまでというくらいに率直に書かれていて、胸が痛かった。
           胸が痛かったといえばしかし、なんといっても2016年にお亡くなりになった雨宮まみさんについて語った部分です。大切なひとが失われたという理不尽に対する、叩きつけるように熾烈な言葉の連なり。
           この本に書かれているのは、私とはさまざまな点で感覚やスタンスの違うかたの生き方ではあります。ただ、私も含めて多くの人が無意識にしているのであろう、刷り込まれた固定観念的な「幸せ」の指針に身を任せて、わずかな違和感があっても誤差の範囲として踏みつぶしていくようなやり方って、不誠実かもしれないけど、ある意味ラクではあると思うんですよね。少なくとも、効率的ではある。そうはせず、能町さんが自分の正直な気持ちを丹念に模索した結果、いまの生活にたどり着いて、そういうかたちもあるんだと提示してくれていることを、尊いと思いながら読み終えた。


        • 箱崎みどり『愛と欲望の三国志』(講談社現代新書,2019年8月)
           とても正直なことを言うと、別のかたによる書評を読まなかったら、おそらく手には取っていないタイトル。本文中でも使われているフレーズなので、あながち売るための煽情的なキャッチコピーとして編集部が勝手につけたってわけでもなさそうですが。いや、たしかに「愛」はある。たぶん著者的には、欲望も。しかし、タイトルから想像したものとはかなり違ってたんだよー。現役アナウンサーでもある著者は、小学2年生のときに人形劇の三国志に出会って以来、常に三国志について考え続け、東大大学院での研究対象にもしたという筋金入り。本書で中心的に論じられるのは、三国志自体の内容というよりも、この物語がさまざまなかたちを取って、どのように「日本で」受容され親しまれ読み継がれてきたかということ。そういえば、そういう視点で考えたことなかったです。三国志の読まれ方が、それぞれの時代の社会とも密接につながっている(特に、日中戦争のときには「ブーム」になっていたとか)というのが、分かりやすく解説されていて、なるほどなるほど、と思うことばかりで楽しい。各章の最後にまとめられた注釈の文章量が、どんどん増えていくのも熱い。三国志への著者の真面目で真摯な愛が、炸裂している。

        • 北大路公子『ロスねこ日記』(小学館,2020年2月)
           タイトルから想像する内容とはかなり違って、大筋では植物栽培日記なのである。それも原木セットで育つキノコとか水栽培のスプラウトとかヒヤシンスとか、あまりアウトドア趣味にはならない植物栽培。しかしその一方ではまた、たしかに、猫の可愛さ素晴らしさ、そしてその猫の長きにわたる不在が、本書の重要なポイントにもなっている。植物を栽培キットなどで育てるという行為に、これだけスケールが大きかったりディテールが具体的だったりする想像(妄想?)をのっけることができる北大路さんの、イメージを飛躍させる力はやっぱりすごい。そして最後に、あっさりと衝撃の展開が綴られたあげく、連載最終回分のあとに加筆されたおまけの部分では、なんだかほのぼのとしんみりの波状攻撃がやってくる。まさか大豆もやしで、こんな。

        • 円居挽『キングレオの冒険』(文春文庫,2018年4月/親本:文藝春秋,2015年6月)
           すみません、本来は新型コロナウイルス騒ぎで休校中の若者向け企画だったと思われるKindleの期間限定無料公開版で読みました。公的に犯罪捜査をおこなうことができる日本探偵公社なる企業が存在する架空の日本。その本社がある京都を舞台に、花形スター探偵キングレオの活躍を描く。システム的にはちょっと清涼院流水のあれみたいだなって連想していたら、巻末解説でモロに言及があった。語り手でもあるワトソン的なポジションの登場人物が、実は自分自身も推理力と洞察力にかなり優れていて(しかも社会常識もある)、その上で破天荒なホームズ役とのあいだに圧倒的なバックグラウンドの共有と信頼関係が存在するというのが面白い。現実味という点ではどうだろって感じの真相もこの世界観のなかでなら受け入れられてしまって、パズラーとして楽しい。モリアーティ的ポジションの登場人物もちゃんと出てきてサービス精神! って思いました。

        • 村山早紀『かなりや荘浪漫2 星めざす翼』(PHP文芸文庫,2020年1月/親本:集英社オレンジ文庫,2015年11月)
           いくつもの、並び立ち認め合う関係が提示される。違う道を進みながらも互いを大切に思い、互いに対して恥じない生き方をしていく主人公と幼馴染のふたり。それぞれが漫画家の卵を育てている、友情と思い出でも結ばれているライバル編集者ふたり。片方はもうこの世にいない(しかしなぜか成仏していない)、同時デビューの漫画家ふたり。そしてこの本の段階ではまだ名前しか出てきていないけれども、きっと主人公と切磋琢磨していくことになる女の子たち。暑苦しい熱血展開になりそうなものだけれど、主人公が芯は強くてもふんわりと純粋な子で、ほかの登場人物にも悪意のある人がいないので、穏やかにやさしい気持ちで読み進めることができる。あとカフェや本屋さん、ホテルなどの「場所」の描写が好き。


        • 笹生那実『薔薇はシュラバで生まれる 70年代少女漫画アシスタント奮闘記』(イースト・プレス,2020年2月)
           少女漫画黄金期と呼ばれる時代に、漫画家としてデビューしたのち、あちこちでアシスタントもしてらした著者の思い出語り。私が少女漫画を読み始めた頃にはたぶんすでに大御所だった先生がたのお若い頃のエピソードあれこれ。いまもなお世に残る名作の数々が描かれていた現場では、こんなやりとりが……というのはとにかく興味深い。山岸凉子先生の「天人唐草」にまつわるお話など、少女漫画というジャンルにおける新しい道が拓かれていった時代の証言という感じ。そして、そういったことを紹介するのに、各先生それぞれの画風を踏襲してらっしゃるのが、とにかくすごいなー、さすがだなーって。32年ぶりの商業出版とのことですが、すみずみまで気を配って描かれていることが分かる。当時一緒にお仕事されてた先生方への敬意と、漫画そのものへの愛情が伝わってくる、とても暖かい本でした。


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          2020年2月に読んだものメモ

          • 米澤穂信『巴里マカロンの謎』(創元推理文庫,2020年1月)
             帯の「11年ぶり、シリーズ最新刊!」という惹句に戦慄。そうか、もうそんなに。しかし作中の時は進んでおらず主役のふたりも相変わらず「小市民」を目指す高校生です。地名を冠したお菓子をめぐる謎のお話が4つ。番外編集という位置づけになるのかな、季節縛りタイトルの本編シリーズと比べて、冷徹な毒気はほんのちょっぴり垂らす程度。日常に潜むパズル(と、いちいちこねまわされる小鳩くんの理屈)および美味しいお菓子(と、それらに一喜一憂する小佐内さんの可愛さ)を素直に堪能しました。「冬期限定〜」も、気長にお待ちしています。

          • 米澤穂信『Iの悲劇』(文藝春秋,2019年9月)
             一度無人化した集落に、移住者を募って地域をよみがえらせようという、いわゆる「Iターン」企画を担当することになった公務員の視点で進む、謎解きものの連作短編集。新しい住人たちはそれぞれ個性が強く、不可解なトラブルが次々と発生する。飄々としているようで時たま鋭い課長や、有能さは垣間見えるけどお調子者の後輩女性に翻弄されつつ、主人公は真面目に職務を果たそうとしているんだけど、ところどころのなりゆきに、なんとなく違和感が。そして最後に……。復興を謳ってもなかなか理想どおりには行かない地方行政のシビアな現実とか、実際にもこういう問題はあるんだろうなと考えてしまって、しんどさが残る。都会に出ている弟との意見の対立も、双方の言い分が理解できてしまってジレンマに陥る。この主人公は今後どうするのか。理念を持って公務員をやっている善良な彼に幸あれと願う。

          • 梶谷懐+高口康太『幸福な監視国家・中国』(NHK出版新書,2019年8月)
             経済学者と、中国事情に詳しいジャーナリストの共著。あらかじめ白状しておきますが、読んだことをちゃんと理解できてはいないなという自覚はあります。ただ、テクノロジーによる総合的な管理と監視とスコアリングでいろいろ便利かつお行儀のいい社会になりつつあることに、現地の人たちは総じて肯定的で個人情報を取られまくることにも抵抗ないみたいだよなっていうのは、私自身が直接の知り合いのようすから常々感じていることでもあった。
             実際の運用例を読むと、思った以上にガツンといかず緩やかに行動を一定方向に促すような反発を誘引しない巧妙なアルゴリズムが導入されている。一方で、(本書が出てから半年のあいだにまた微妙に事情が変わってきてても不思議はないけど)少なくとも執筆時点では地域行政主導のスコア制の実効性がいまいちだったりという個人的には少し意外な実態も。そして、時に社会秩序を保つための予測的な功利主義が暴走して、現実の人間の尊厳をないがしろにしていないかという「監視を監視」するような仕組みが不足していれば、ウイグル自治区での非人道的なやり方のような問題が生じてくるってことなのかな。
             どこの社会でも、テクノロジーが便利さを連れてくるなら、それは受け入れられてしまうだろうというのは分かる。そして門外漢である一般庶民にとっては、その中身はブラックボックスだというのも。だからこういったことは、かの国のみに特有の対岸の火事のような現象だと片づけてはいけない。
             また本書でも指摘があったけど、たしかに私自身も中国のあれこれのエピソードを聞いてて時に危うさを感じる一方で、問題が出てくればそこで修正すればいいのさ〜みたいなカジュアルさで新しい試みがどんどん実施されていくスピード感に驚嘆する気持ちもあるんですよね(最近のウイルス対策がらみでもちょっと思ってる)。そういった新しくできてしまったものを、なかったことにはできない。しかしそれがどう扱われているかに人々が無関心だといつか怖いところに落ち込みかねないのだろうな、と。どこまで、社会全体でフィードバックをかけていくことができるだろうか。


          • 千葉雅也『デッドライン』(新潮社,2019年11月)
             第162回(2019年下半期)芥川賞の候補作でした。修士論文の執筆が難航しているゲイの青年の、締め切り(デッドライン)までの日々。授業に出たり刹那的な出会いを渡り歩いたり友人たちと交流しつつ少し醒めた目でいたり実家の事情による生活の変化に対処したりといった事柄が、断片を並べていくように綴られる。
             授業で話題になった荘子の逸話が、現実の生活のなかでの出来事と重なるなど、すべての事象がつながっている感じ、自分と他者の視線が交わる・対立する・同化する・入れ替わるような、ぴこーん! と直感が走る感じ(めちゃめちゃ頭悪そうな表現で申し訳ない)を、「生々しい」と感じた。


          • 村山早紀『かなりや荘浪漫 廃園の鳥たち』(PHP文芸文庫,2019年11月/親本:集英社オレンジ文庫,2015年3月)
             行くところのない最悪状態のなか、幸運と自らの気立てのよさの帰結としてたどり着き迎え入れてもらったアパート。ただただ個人的な趣味として絵を描きつづけていて自分の才能に気づいていなかった少女が、そこでの出会いをきっかけに、プロの漫画家を目指すようになる。生きてる人間にも死んでる人間(幽霊)にも、それぞれの思いと抱える過去が。今後は、今回クローズアップされた人たち以外についても、さらに詳しく語られるときが来るのかな。検索したら続編が出ていたので近々読むと思います。主人公が、とても健気でいい子。
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            2020年1月に読んだものメモ

            年明けから早くも1ヶ月が経ちましたが、改めまして2020年もよろしくお願い申し上げます。

            昨年末に抱負として書いたとおり、数日前にこのブログのパソコン版のデザインを変えました。プロバイダからカスタマイズ用に提供されているテンプレートの構成をほぼそのまま流用しているので、前よりは読みやすくなったのではないかと思います。思うんだけどな。どうですか……。

            とりあえず、かねてからの懸念事項であった、右側のサイドバーに月別アーカイブのリストがずらっと並んでいたのを、年単位で折りたたむ方式にできたのでほっとしています。10年以上×12ヶ月分のリストはさすがに長すぎた。

            まあ、たぶん最近は、スマホから見ている人のほうが多いだろうから、あんまり関係ない話かもしれませんね。スマホ版のほうのデザインは、完全にノータッチでデフォルトのデザインのままにしているので(というか、いじり方が分からない)。


            • チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『なにかが首のまわりに』(訳:くぼたのぞみ/河出文庫,2019年7月/原書:Chimamanda Ngozi Adichie "The Thing Around Your Neck" 2009年)
               ナイジェリア出身でアメリカにも拠点を持つ女性作家による12の短編を収録。ナイジェリアという国や、そこから米国への移民が直面する問題を、私は現実にははまったく知らないわけですが、社会的な固定観念がのしかかってくるときの閉塞感や抑圧感には馴染んだ手触りもあり、息をひそめ目を凝らすようにして読んでしまった。そういった状況下で、誰かとともにあっても分断されている感じ、伸ばした手が届かない感じ、納得のいかない感じ……そして時にはそれと裏腹に、なにかがつながりあったような感覚が得られる一瞬。そういったものが、デリケートな筆致で描写されていて、一文一文に引き込まれる。分かりやすくすっきりとした結論が提示されるわけではないが、読み手が放り出されているわけでもない。ともすれば存在しないことにされそうな心の動きに、たしかな光を細くピンポイントに当てられているという充足感がある。
               民族も宗教も社会階層も異なるふたりの若い女性が、街なかでの暴動から逃げてともに廃屋に身を隠し、一晩限りの交流を持つ「ひそかな経験」がとても好き。本当は好きという言葉ともちょっと違うような、ずっしりとした重たい気持ちもあるんだけど。
               ちなみに、表題作「なにかが首のまわりに」は、出版社のサイトで全文公開されています。


            • 東山彰良『小さな場所』(文芸春秋,2019年11月)
               連作短編集。刺青店が乱立したことに由来して紋身街と呼ばれる台北の一角。そこの食堂の息子、小学生の小武(シャオウ)が、周囲の大人たちとのやりとりから、いろんなことを考え成長していった日々を、あとから振り返るかたちで語る。到底、立派とは言い難いところが多々ある大人たちだけど、小武のことは彼らなりに慈しんでいることが言動の端々からうかがえて微笑ましい。ただ、子供である小武にとって猥雑な紋身街は生まれ育った大事な場所だけれども、その外にも世界があるんだという、大人たちにとっては自明の事実を、彼はまだ物語の最初ではあまり分かっていない。そこから徐々に、いずれ自分の未来を選び取っていくのであろう兆しが見えてくるにつれ、なんだか胸が締めつけられる。

            • 服部まゆみ『最後の楽園 服部まゆみ全短篇集』(河出書房新社,2019年11月)
               2007年に亡くなった著者が遺した17の短編を収録。そのうち4編が以前『時のかたち』(1992年,東京創元社)としてまとめられていた以外は、すべてこれまで単行本未収録だったものかな? 耽美的な描写に気を取られているうちに謎の解明が始まってしまっているミステリ作品群のほか、幻想的なホラーや怪奇小説、金田一耕助のパスティーシュもあって、なかなかバラエティに富んでいるけど、ドラマティックで情念的なストーリー、目の前に浮かぶような美しい情景描写などが読み終えてからもあとを引く作風は一貫している。
               銅版画家でもあった著者本人の作品が装画として使用されていて、とても素敵。


            • Cixin Liu "The Wandering Earth: Classic Science Fiction Collection by Liu Cixin"(訳:Holger Nahm/編:Verbena C. W./Beijing Guomi Digital Technology Co. Ltd., 2013年/Beijing Qingse Media Co., Ltd.,2013年)
               劉慈欣(刘慈欣)SF短篇集。中国では2019年の春節映画になった(まあストーリーめちゃめちゃ改変されてましたけど!)表題作をはじめとして、1998年から2009年までのあいだに書かれた11作を収録。題材はさまざまで、いろんなタイプの「発想の転換」が提示される。また複数の作品で、未知のものを知りたい、認識できる世界を広げたいという欲望がストレートに肯定されていたなというのが印象に残った。各作品についてのメモはこちらに。


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              2019年12月に読んだものメモ

              今月は、途中まで読んで「なんか気分じゃない」とやめてしまった本が複数冊あったり、短編集に入っているお話を休み休み1つずつ読んでいたけどまだ最後までは到達してなかったりしてて、ずっとなんか読んでた記憶があるわりには、「読了」した本としてカウントできるものは少ないです。

              本年も、見に来てくださっていたかたがた、ありがとうございました。来年の抱負としては、えーと、とりあえずこのブログのデザインを手直ししたい……。

              ずーっと何年も何年も同じテンプレートを使っていますが、最近の一般的な環境では見づらいのでは? と思っています。そう思いつつ、気がつけばもう年末になっていました。うん、2020年には、なんとかしたい。



              • ディアドラ・サリヴァン『目覚めの森の美女 森と水の14の物語』(訳:田中亜希子/東京創元社,2019年10月/原書:Deirdre Sullivan "Tangleweed and Brine" 2018)
                 童話をベースにした再話集。固有名詞を出さない「あなた」や「わたし」を主語に、もとの物語にひねりを加えたり視点を転換させたりしながら、熱くどろりとした感情を引き出すダークな味付けがなされている。間接的な表現によって深読みを可能にしながら、女性たちが現実の歴史のなかで連綿と抱いてきた怒りや悲しみ、それらに立ち向かう姿を浮き出させていく。

              • スティーヴンスン『宝島』(訳:村上博基/光文社電子書店,2012年2月/底本:光文社古典新訳文庫,2008年2月/原書:Robert Louis Stevenson "Treasure Island" 1883年)
                 実は読んだことなかったんですよ。児童書として出版されたものでさえ。そして内容も知らなかった。とにかく "Yo-ho-ho, and a bottle of rum!" って歌うんだよね? くらいの知識しかなかった。あとは、悪役が海賊なんだよね、とか漠然と。そんで宝島というくらいだから、島に宝があるんだろ、と。まあ、そこは合ってた。船に乗って遠くの島へ宝探しに行くお話だった。主人公が大人ではなく少年っていうのは今回初めて知った。
                 いちばん予想と違ったのは、悪役のキャラクターかな。こんなにも有名な古典作品のラスボスなら、きっとなんかすごい悪の権化、独特の美学を持つ超人的サイコパスって感じなんじゃないかというようなイメージを勝手に抱いていた。ちょっと違ったね。ジョン・シルヴァーは、思ったよりこすっからい二枚舌、「小物界の大物」みたいなやつでしたね。残忍ではあるけど、血が通っている感じでとても人間味がある。彼に関する最終的な帰結にも意表をつかれた。そうか、古い作品だからって、問答無用で勧善懲悪ってわけではないんだな。
                 巻末の訳者あとがきが面白かったです。特に、辞書では「指ぬき」という訳語になってる thimble の形状が分からないため文意が取れない箇所があり苦労した話がけっこうな行数をとって綴られてて。
                 私自身は小さい頃から母親が西洋式の指ぬきを使ってお裁縫しているのを実際に見ていますが、いまどきは日本でも手芸店に行けば「シンブル」と片仮名表記で売られてるし、手芸とは無縁でも子供時代に小人さんがあれでお水を飲むシーンがある児童文学の挿絵なんかも見たことあったので、そんな悩むこととは思ってなかったんですよね。お裁縫もせず小人さんが出てくる絵本も読んだことなければ、欧米文化に詳しいはずのプロの翻訳家のかたにとっても馴染みのない知識なんだなあ、と新鮮な思いでした。結局、本書では thimble の訳が「裁縫用の指キャップ」となっています。おお、分かりやすい! たしかに、同じ用途に使う道具ではあっても、日本の指ぬきと違って、thimble は形状的に「ぬいて」ないので、厳密には「指ぬき」じゃないよなあ。


              • 白川紺子『後宮の烏 3』(集英社オレンジ文庫,2019年8月)
                 主役ふたりの周囲に、成りゆきで集まり情で留まっているかに思える人々のあいだにも、埋もれていた意外なつながりが見え隠れしはじめ、不穏な予感。宿命として与えられたものに抗おうとする若いふたりの今後を思う。相変わらず、鮮明に描写される服飾や折に触れて出てくる甘味、季節の空気や花々への言及に伴う漢字の選び方が美しくて、読んでいて気持ちがいい。新刊出てるんだよなーと思いつつ気がつけば数か月間、手に取りそびれてしまっていたので、来年になる前に読めてよかった。


              • よしながふみ『きのう何食べた?』第16巻(講談社,2019年12月)
                 ケンジのお母さんお姉さんたちや佳代子さんち夫妻など、ふたり一緒の「家族ぐるみのつきあい」が広がってくねえ。日々の炊事に関してはシロさんの貢献のほうが大きいカップルではあるんだけど、その料理担当者へのケンジの対応力が同居人としてすばらしいなって思いました。そしてシロさんもついにお仕事上の立場が。
                 佳代子さんと出会って12年ってところで、シロさんと一緒にびっくりしました。そんだけの期間、ただただ伝聞でだけケンちゃんの話を聞いてたら、そりゃ佳代子さんも、いよいよ会うことになってテンション上がるわ。
                 ズッキーニの天ぷらは、そういえば20年前に読んだ本にも出てきて、真似してみたいなあと思っていたんでした。忘れてた。夏野菜の時期になったら作ろう(また忘れるのでは?)。
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                2019年11月に読んだものメモ

                • ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー The Real British Secondary School Days』(新潮社,2019年6月)
                   アイルランド人と結婚してイングランドで暮らす日本人の著者が、地元の公立中学に通う息子さんのスクールライフを観察して綴ったエッセイ。とても面白く、ちょっと胸が痛く、でも前向きでさわやか。
                   胸が痛いのは、この子がとても細やかで豊かな感受性と、まっすぐにものごとを見通す洞察力を持った少年で、それはもちろん、もともとの資質とかご両親の育て方のよさがベースにあるんだろうけど、同時に、もしや10代前半にして、この子は「聡明でなければ生きていけない」人生を送っているのでは……みたいなことも思ってしまうからかな。
                   また、著者の力量あってこそだけど、さまざまな状況に置かれた生徒たちが通ってくる学校生活を描写するだけで、こんなにも英国の「現在」が浮き彫りになってしまうのだな、というのも感慨深い。この本に出てくる子たち、そしてすべての子たちの未来が明るいものでありますように。
                   互いの靴を履いてみること、シンパシーよりもエンパシー。思わず湧いてくる共感ではなく、もっと能動的な、他者への想像力。そういったものを培っていこうという意志があるならば、きっと彼らが大人になる頃には、いまよりもう少し世界がよいところになっているはず、という希望を垣間見た。


                • 益田ミリ『かわいい見聞録』(集英社,2019年7月)
                   日々の生活のなかにある、ちょっとしたささやかな「かわいい」ものたちを、ひとつひとつ取り上げ、改めて詳しく調べたり考察したり。ともすれば見過ごしてしまいそうな「かわいい」さえもすくいあげて気に留めている、益田さんご自身もなんだかかわいい。

                • 吉野万理子『イモムシ偏愛記』(光文社,2019年9月)
                   とある下心込みで近所の大きな屋敷に住む老婦人と親しくなった中学生の少女。しかし老婦人はイモムシを捕獲してはホームステイさせちゃう大の虫好きで、お手伝いしてくれる子を求めていたのだった……。最初はいちいち悲鳴を上げたりと動揺していた主人公が、出会う虫たちについて詳しい説明を聞いたりしていくうちに、だんだんと興味を抱き、かわいさを見出していく過程が楽しい。そしてまた、家族や友人との関係、学校生活のこと、老婦人側の思惑などなど、ままならぬ展開に翻弄されつつもまっすぐに受け止め成長していくさまが愛おしい。

                • 砥上裕將『線は、僕を描く』(講談社,2019年7月)
                   両親を亡くして虚無の日々を送っていた大学生男子が、たまたま出会った水墨画の大家に半ば強引に弟子入りさせられることになり、しかし大家が見抜いたとおりに資質を発揮し、寝食を忘れるほどにのめり込み、やがて周囲の人々との関わり、そして自然とのつながりを意識するようになって、身のうちに抱えた空洞が満たされ、目指すべき方向を見出すことができる。そのプロセスが、水墨画を描くという行為を通じて、効果的なドラマとして、繰り広げられている。なにより、水墨画の描写、それを描くときの感覚の描写が、秀逸。文字しかないのに、主人公の目の前にあるそれぞれの作品がどういう水墨画なのかが、もともとの知識皆無で読んでても鮮明にイメージできてる気がしてしまう。著者はご自身も水墨画家だそうですが、門外漢の人間をも強烈に引き込むような言語化ができるのすごい、と感嘆しました。

                • 遠田潤子『廃墟の白墨』(光文社,2019年9月)
                   病床の父のところに届いた謎の手紙の指示に従い訪れた古いビルで、待ち受けていた男たちの話に耳を傾けるうちに、父の過去そして忘れ去っていた自分自身の記憶と向き合うことになる主人公。世間の「普通」から取り残され排除された人々が、現実的な生活から乖離してふわふわと暮らす一人の女性の周囲に寄り集まって生活していた自堕落な日々と、そのなかに放り込まれていた小さな子供、やがて起こる悲劇。歪んだノスタルジーと退廃と憧憬の入り混じったイメージが美しい印象を残しつつ、救いがあるのかないのか分からない物語を成立させている。


                • 荒川弘『百姓貴族』第6巻(新書館,2019年12月)
                   荒川先生のご実家が乳牛部門をやめたのは、たしか当時、ローカル新聞記事のウェブ版がネットで話題になってて読んだような気がします。そのあとで去年9月の北海道の大地震が起こり、酪農家では断水や停電で牛の世話や搾乳などに支障が出て損害が大きかったが、荒川農園ではすでにやめていたので救われた部分も……というのは、あの時点では結び付けて考えていなかったので、そうかーって思いました。「牛社会のいじめ」ネタが興味深かった。同じ環境にいても、意地悪な牛が出てきちゃうくらいには、牛にもそれぞれの個性と性格があるんだなあ。お父さまの半年で4回のICUという入院話、恐ろしい。元気に退院なさってなによりです。荒川先生のご家族が病気になって、産休すら取らなかった先生がお仕事を絞っておられた時期のことにもさらっと言及があり。先生も皆さんも、いつまでもお元気でいてください。
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                  2019年10月に読んだものメモ

                  • 川瀬七緒『スワロウテイルの消失点 法医昆虫学捜査官』(講談社,2019年7月)
                     シリーズ7作目、でいいのかな。前作で赤堀先生といいコンビだったプロファイラー広澤先生は今回裏方仕事に徹して、同じ捜査分析支援センターの技術開発担当である波多野さんが現場に同行。また岩楯刑事の相棒ポジションにつく警察官が、今回はかなり癖のある若者。この、もともとは法医昆虫学に疑念を抱いているふたりが、それを認めるようになっていく。
                     このシリーズは、犯罪現場で採取された虫たちを調査することによって真実が追究されていくプロセスと同時に、この新しい捜査方法が、この作品世界のなかで徐々に支持を得ていくプロセスを描くものでもあるのだなと改めて。あと赤堀先生が、ときに常識はずれな言動をとり、目的のためには打算や駆け引きも辞さないタイプではあるんだけど、根底の倫理はちゃんとしていてマッドサイエンティスト的ではないところに安心感がある。
                     本作では通常の捜査で歩き回る刑事班と、昆虫から推理を進める支援センター班の行動があまりクロスせず平行線で同じ方角へ……という感じなのがちょっと寂しい気もしたけど、これはこれで、それぞれ別のアプローチで同じ真相に近づいていく構成がスリリング。


                  • 川上弘美『某』(幻冬舎,2019年9月)
                     誰でもない、未分化な者としてあるときから存在しはじめた語り手が、さまざまな「人」に成り代わりながら変遷し、時代の移り変わりのなかでも存在しつづけ、挙句の果てにはだんだんとその「何者でもなさ」からさえも変容していく。途中までは伴走していた人間たちも、いつのまにか置き去りにされる。異質な者としての複数の「人生」を経て、ようやく出会った仲間としての異質な者たち同士のあいだですら、さらに生じる異質。どこか寂しいような、暖かいような、しんとした読後感。

                  • 綾瀬まる『森があふれる』(河出書房新社,2019年8月)
                     抑圧されてきた感情、とりわけ「怒り」が、身体のなかからの発芽そして森の形成として具現化するというのが、感覚としてすごく分かるし、ビジュアル的にも惹かれるものがある。社会的な規範やステレオタイプの刷り込みが膜のように作用して気持ちが届かないもどかしさに共感し、しかしそれでも相手を諦めきれない、愛情を手放さない意志と、双方からの歩み寄りへの希求があるところに希望を感じる。美しい。

                  • 新井素子『星から来た船(上)』(出版芸術社,2019年5月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1992年)
                     「星へ行く船」シリーズ番外編、麻子さん視点による前日譚。太一郎さんとレイディ(この頃はまだそうは呼ばれてないけど)のなれそめ編でもあるわけで、本編でその後のことを知っているので、いま読み返してもちょっとせつないね。
                     リライト版恒例のおまけ巻末短編は、太一郎さんが地球にいたとき、養育係(?)として雇われていた女性が語り手。少年時代の太一郎さんの聡明さと不器用さ、注がれていた愛情について。


                  • 新井素子『星から来た船(中)』(出版芸術社,2019年6月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1992年)
                     27年を経てリライトされた新版の続き、思い込みとうっかりと偶然の一致が重なってどんどん事態が混迷を極めていく中巻。かなり内容を忘れてましたが、そうそうこんな話でした。巻末書き下ろし短編は、事件が片付いた約半年後、料理に関することがからっきし駄目な太一郎さんと所長を麻子さんが語る。こういった、仕事では有能だけど家庭内での生活能力のない男性を可愛く思って甘やかすように受け止め、誇らしそうにする女性像っていうのは、いまどきのヒロインにはあまり見られない、わりと昭和な感じがあって(この話は平成に入ってから出てるけど)、いくら綿密にいまどきの若い人にも話が通じるように未来社会の設定をリライトしても、根本的な価値観みたいなのは同じ物語世界で同じキャラなんだから継承されるし、やっぱりノスタルジーとともに読むことになるよねってしみじみしたり。
                     それと、太一郎さんと真樹子さん(レイディ)のラブストーリーは、最終的に太一郎さんと結ばれるあゆみちゃんを裏切ることになるから書けないという、あとがきでのお話、とても新井さんらしいと思いました。若かりし頃のこのふたりはこのふたりで、すごく痛快なエピソード満載の最強カップルではあったはずなんですけどね、仕方ないね。


                  • 新井素子『星から来た船(下)』(出版芸術社,2019年7月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1992年)
                     あれよあれよとあっちもこっちも丸く収まる下巻。巻末おまけ短編は、「星へ行く船」シリーズ全体を俯瞰してのおまけ短編とも言える内容、でもやっぱりシリーズ番外編である本作のさらなる番外編としても成り立つ麻子さん視点。
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                    2019年9月に読んだものメモ

                    • ジョー・イデ『IQ2』(訳:熊谷千寿/ハヤカワ文庫,2019年6月/原書:Joe Ide "Righteous" 2017年)
                       前作の最後で出てきた手がかりをもとに、兄が轢き逃げされた事件の真相について改めて探っていく過程と、生前の兄の恋人だった女性の依頼で、トラブルに突っ込んじゃった彼女の妹を助けに行く話が、交互に語られる。主人公アイゼイア・クィンターベイ(IQ)の人生を大きく捻じ曲げた兄の死がクローズアップされることもあり、前作よりもIQの人間的に頑なまま固まった部分、強い憎しみに突き動かされるような部分も克明に描かれる。一方、ムショ帰りのちゃらちゃらしたチンピラだった相棒のドッドソンが、堅気な伴侶を得て更生し、なかなか安定感のあるキャラクターになっていて、コンビの印象が入れ替わるかのよう。反発したり張り合ったりしながらも、ふたりの掛け合いはやっぱりテンポよくて、対等な相棒感が板についてきたところで、今後も一緒にやっていきそうな流れになって、これはもうシリーズどんどん続けていくんですね?

                    • 高山羽根子『カム・ギャザー・ラウンド・ピープル』(集英社,2019年7月)
                       主人公が子供の頃に目にしたものが、長じるにつれ再度現れ意味を持ち、うまく捉えきれず表出させられずにいた感情が、そのたびにだんだんとしっかりとした輪郭を帯びていくさまが、静かできれいで強いイメージを伴う言葉で綴られていた。※第161回(2019年上半期)芥川賞候補作のひとつでした。

                    • 山崎ナオコーラ『ブスの自信の持ち方』(誠文堂新光社,2019年7月)
                       タイトルの印象とは違って、別に心のコントロール法を指南するようなハウツー本ではありません。主にルッキズムへの反論に絡めて、社会の風潮に対する疑問や過去の納得いかない体験の吐露など。著者についてはデビュー時にインパクトあるペンネームだなーとびっくりした記憶はあるんだけど、当時ここに書かれているようなことがあったとはまったく知らなかった。でも、いかにもである……あの頃(いまもか?)のネットの空気なら。そういうのはつぶしていかんといかん。人の尊厳は守られる必要がある。著者が社会を変えたいっていうのは、正しい。自分が変わっても仕方ないんだよ。自分がいまの社会で攻撃されない存在に変化しても意味がない。実質的には誰にも迷惑かけてない相手を寄ってたかって攻撃するのはよくないことだという空気が形成されなくてはならない。収録されてるエッセイは、とても真面目で、ちょっと堅苦しく抹香臭いところも感じられる。でも、真面目に論じなければならないテーマでもあるんだろう。そして本書全体の感想としては「公平を期して中庸を目指すこと、意識してニュートラルであること、それ自体もまた思想的だな」ということを再確認した。

                    • 植本一子『台風一過』(河出書房新社,2019年5月)
                       石田さんが亡くなってからの公開日記。途中に空白期間も。植本さんは、お葬式後のほうがかえって石田さんのことを静かに深く考えているようにも思う。あんなにも魂がもつれあったような複雑な関係の人を喪うというのが、いかに大変なことであるか。そして、新しい出会いも。もともと、とても人に対する感情の動きが豊かなかたなんだろうな。だからこそ、シングルマザーとなった植本さんとそのお子さんたちを、さまざまな人たちがサポートしようとしているんだろうな。
                       お嬢さんたちは、血のつながらないたくさんのクリエイター気質の大人たちに囲まれて、世間一般からすれば珍しいと言われる環境で育つことになるし、小さいうちは、お友達の多くと違う生活に葛藤することもあるかもしれないけど、これだけ周囲に慈しまれているのだから、きっと大丈夫だろうなと思える。半ば祈りも込めて思うことだけど。
                       今年の4月に読んだ『フェルメール』の撮影旅行中の日記が入っていて、あのとき撮影終了後はこんな感じで街歩きしていたのか、と興味深かった。お子さんたちを預けて海外出張に出たら初めて涙を流せるようになったくだりに胸を衝かれた。


                    • Baoshu "The Redemption of Time: A Three-Body Problem Novel"(訳:Ken Liu/Head of Zeus, 2019年7月/原書:宝树《三体X:观想之宙》重庆出版社,2011年)
                       前書きでの経緯説明によると、日本でも今年ようやく第1部の邦訳が出て話題になってる劉慈欣『三体』シリーズが本国でついに完結してしまった2010年、まだまだこの世界に浸っていたかったファンのひとりがネットで公開し、大反響を呼んだ2次創作小説。著者のかたは現在はご自分もプロのSF作家として活躍中らしい。
                       原作者が公認し、原作と同じ出版社から刊行され、原作の1部と3部の翻訳を手がけたケン・リュウが英語に訳して世界に紹介って、ファンフィクションの扱いとしては恐ろしいような最高待遇なのでは。でも著者は、ほかの『三体』ファンはこれを解釈違いだと思ったら受け入れなくていいし、本書が正式に原作の続編になったと主張するつもりはない、と謙虚な断り書きを入れています。
                       最初のうちは、雲天明×艾AAかー、個人的には萌えない組み合わせなんで具体的に描写されるとしんどいんだよねー、ぶっちゃけ私は艾AA×程心(百合)推しだしー、などとカプ厨的なことを考えながら読んでましたが、天明がどんどん超人化していってびっくり。この作者さん、天明が大好きで、程心(原作第3部主人公)のことは、わりと嫌いなのでは!?
                       ――と、いうようなことはさておき。ストーリー的には、原作を独自の発想で補完して、さらにその後のことを語るもの。原作内で提示された事象の見え方をがらりと変えてしまう大胆な解釈も。そしてどんどんスケールを大きくしていって、最終的にはアクロバティックでありつつも、ある意味王道的とも言える帰結に落ち着いたのではないでしょうか。あらすじをひたすら説明していくっぽい急ぎ足の筆致だなーと感じたところもあったけど、とにかく「あ、原作で語られずに終わったあそこの欠落を埋めていくのか!」という驚きと、大風呂敷の広げ具合を評価すべき作品かと。全体としてはとても楽しかったです。これを(商業出版が決まってから手直しはしただろうけど)原作の第3部が出てから1ヶ月ほどで書き上げたって、どんだけの熱量だ……と、もうそれだけで感嘆。
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