米澤穂信『追想五断章』

家庭の事情で大学をやめて、伯父が経営する古書店を手伝っている芳光は、ある女性の亡父が書いた短編小説が掲載されている同人誌を扱ったのがきっかけで、残る4編の探索を個人的に引き受けます。それらはすべて、結末の解釈が読者に委ねられている「リドルストーリー」形式のものでした――というところから始まるお話。

社会背景として不況への言及があるので、わりと近い時代の話なのかと思いきや、しばらく読んでいくとこれが「バブル崩壊」直後の不況であることが分かります。ということは、ここに出てくる若者たちは、じつは私と近い世代なんだな。

こういう時代設定にしたのは、芳光が調査をおこなうにあたり、インターネットや携帯電話が普及していると別の展開になってしまうからかな……と思っていましたが、読み進むうちに、散逸したリドルストーリーが書かれた時代背景の設定のほうが先にありきなのかな、とも思いました。まあ卵が先か鶏が先か、みたいなものかもしれませんけれど。

探索しているうちに浮かび上がってくる過去の事件と、見つかった5つの短編およびその解釈から推定されるその事件の真相が判明しても、読後の後味は「すっきり」とはほど遠く、むしろ知ってしまったことによりこの依頼者はこれから一生これを背負うんだな、という重い気持ちで本を閉じることになります。また、「事件」に関しては第三者である芳光自身が背負う事情も、この物語の中ではまだ具体的な解決には向かっていません。

この5つの「作中作」を含む長編作品そのものが、登場人物たちの抱える閉塞感に回答を与えず、これからを想像させるに留まっているという点では、ある意味リドルストーリー的なものかもしれません。この入れ子構造(※)の単純な面白さと、描かれている漠然とした閉塞感への感情移入のしやすさで、なんだか読者としての自分の身の置きどころに迷う感じになるのだけど、結局は「そこがいい」から読んじゃうんだろうなあ。

※これを書いてから、ほかの人とtwitterでこの作品についてやりとりしていて気がついたので追記しますが、この話って、バブル崩壊直後に20歳そこそこの主人公が、1970年前後の事件を調べるわけですよね。で、それって本書が刊行された2009年時点で主人公と同年代の読者が物語内の時代(17年前)を想像しながら読むと、距離感的にはほぼ同じになる。そういう意味でも「入れ子構造」なんだ。
0

    コメント
    コメントする








       
    この記事のトラックバックURL
    トラックバック
    古書店アルバイトの大学生・菅生芳光は、報酬に惹かれてある依頼を請け負う。依頼人・北里可南子は、亡くなった父が生前に書いた、結末の伏せられた五つの小説を探していた。調査を続けるうち芳光は、未解決の...
    • 粋な提案
    • 2011/03/26 2:01 AM

    calendar

    S M T W T F S
       1234
    567891011
    12131415161718
    19202122232425
    2627282930  
    << April 2020 >>

    ここはなに?

    ウェブサイト「虫の居所」の一部です。
    管理人ならのが、そのときどきに考えたことや興味を引かれたもの、読んだものなどについて、心のおもむくままに、だらだらと綴るところです。心がおもむかないときは、更新停止しています。

    links

    最近の日々

    カテゴリ―別の日々

    これまでの日々

    コメントされた日々

    • 2016年3月に読んだものメモ
      ならの
    • 2016年3月に読んだものメモ
      かえる 改め きと
    • 2014年1月〜2月に読んだものメモ
      ならの
    • 2014年1月〜2月に読んだものメモ
      かえる
    • 2013年8月に読んだものメモ
      ならの
    • 2013年8月に読んだものメモ
      かえる
    • 2013年4月に読んだものメモ
      ならの
    • 2013年4月に読んだものメモ
      walkman
    • 2年が経ちましたね
      ならの
    • 2年が経ちましたね
      To-ko

    トラックバックされた日々

    日々の検索

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM