虫のいい日々

あぶはち取らずと言われても、極楽とんぼで過ごしたい。
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2016年5月に読んだものメモ
  • 林綾野『ミッフィーの食卓 なにを食べているの?』(講談社,2016年2月)
     ディック・ブルーナのミッフィー(うさこちゃん)シリーズで食べ物が登場するシーンを拾って紹介。絵本の中ではどれもシンプルにデザイン化されているけど、オランダの食生活などを絡めて具体的にイメージさせる。さらっと読めて、ちょっとだけ物知りになれたような楽しさが。

  • Hao Jinfang "Folding Beijing"(訳:Ken Liu/"Uncanny Magazine Issue Two" 2015年1月掲載/原文:郝景芳《北京折叠》)
     7月に発表される2016年ローカス賞Novelette部門および8月に発表される2016年ヒューゴー賞Best Novelette部門の候補作。膨大な人口を抱えるひとつの都市が時間を区切って物理的に折りたたまれたり展開したりすることで運営されており、市民の生活がはっきりぱっきり分けられた社会。夜間しか活動できない最下層の「第三空間」住人である主人公が、養女を幼稚園に入れる費用を稼ぐため不法に第二空間から第一空間まで手紙を届けにいくことになり、階層間の分断と格差、社会構造の矛盾を垣間見る。現代のアナロジー的に読めちゃう部分が多すぎてなんかどぎまぎする一方で、テクノロジーによって実現している「折りたたまれる都市」のイメージがダイナミックで面白い。中国語の原文もウェブ上で公開されています。

  • 酒井順子『子の無い人生』(角川書店,2016年2月)
     10年以上前に出た同著者のベストセラー『負け犬の遠吠え』を読んだときに、酒井さんは既婚者を即ご自分たちとは別の世界へ行った人みたいに言うけど実際には結婚してても子供がいないと既婚者グループに入れてもらえない場面は多いんだよなあって、少し釈然としないところがあったのです。でも話を単純化するためにそのへんは敢えてスルーしたんだと思ってた。本書の冒頭を読んで、「マジで当時はお分かりじゃなかったんだ!」と愕然とした。でもいまの酒井さんの認識はまた違うんだと知ったことでちょっと胸のつかえが取れた気持ちに(笑)。
     もとから身近なとこでの「子なしあるある」ネタに留まらず、あちこち自発的に取材にも行っていて民俗学的なアプローチもあったりして面白かった。ただ基本、酒井さんはいまのこの時代に子供を持たずに生きていくことについて、最初から「自分はそれ以外ありえなかった」と結論は出ていて、そのうえでの俯瞰的で冷静な社会考察なんだよね。私はまだ「どこで人生が分岐してしまったんだろう」みたいなもやもやを払拭しきれてない修行の足りない段階なわけですよ。少子化ダメと言っても世間が求めているのは健康な若い人が何人も産むことであって、そうじゃない者が医療費を注ぎ込んでがんばって一人だけ産むことじゃないよね(要約)みたいな記述には、深くうなずきつつも涙目なわけですよ。でも折り合いはつけなくてはいけないということは理解しているし、さすがにこの歳になると現に折り合いはついてきて納得できはじめているんだとも、本書を読んでいて自覚が湧いてきました。


  • ケン・リュウ『紙の動物園』(編・訳:古沢嘉通/早川書房,2015年4月/Ken Liu "The Paper Menagerie and Other Stories")
     日本で独自に編纂されたもので、のちに米国で同じタイトルで出た短編集とは収録作が少し違います。刘慈欣の『三体掘抉儻貳任待ちどおし過ぎて、ついに翻訳している人の短編集に手を出しました。
     これ英語で書かれて米国で発表された作品群だけど、向こうの人たちは私たち以上にエキゾチシズムを感じているのでは。予想よりずっと、中国生まれ米国育ちという作者のバックグラウンドが作品に反映されていた。元来、小説を読むときに作者の経歴を念頭に置くのはあまり好きじゃないんだけど、一見、中華要素のない「選抜宇宙種族の本づくり習性」(これすごい好き!)なんかも、語彙がどんどん増えていく年齢の頃に多重的な文化・言語環境に置かれたことが遠くから影響してるんじゃないかなあとか思ってしまう。
     表題作をはじめとして、いくつかは「これを包含できるんだからSFというのは懐の深いジャンルだわ」と、いい意味で呆れつつ感心しながら読んだ。登場人物の目に映る世界の境界線のゆらぎが作品構成のゆらぎとも呼応するようなところに実験的な精神も感じる、ような気もして(自分が受けた印象をうまく説明できている自信がないけど)、そういう部分はたしかにSFであるとも思う。


  • Alyssa Wong "Hungry Daughters of Starving Mothers"("Nightmare" Issue 37 2015年10月15日号掲載の短編)
     2015年ネビュラ賞(選考発表は今月)のShort Story部門受賞作。SFというか、百合ホラー? 人間の精神というか感情を糧にしないと生きられない主人公の女性が殺人鬼の濃厚な感情を摂取したことでほかの希薄な感情では飢えが満たされなくなってしまう一方で、常に清らかでポジティブな感情しか発していない同性の友人への憧れがつのるあまり、わざと疎遠に、しかし……みたいな(雑な説明)。この作者はファミリーネームを見るに中華系なのかな。実家に帰るとお母さんが台湾ドラマを見てるってシーンがあるので、このヒロインは台湾系? 英文のなかに唐突に説明なしに出てくるアルファベット表記の「○○○○」は中国語の「□□」(ネタバレ回避のため伏字)ってことでいいんだよね?
Posted at 19:02 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark
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