虫のいい日々

あぶはち取らずと言われても、極楽とんぼで過ごしたい。
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2017年2月に読んだものメモ
  • 新井素子『通りすがりのレイディ』(出版芸術社,2016年9月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1982年)
     シリーズ2作目の改訂版。巻末書き下ろし短編は同僚の中谷くん視点。本編中では(主人公の眼中にあまりないせいで)キャラの見えづらかった彼の、けっこうめんどくさい規範に縛られめんどくさい思考に陥っている側面が語られる。
     先月、シリーズ1作目の改訂版を読んだときに「価値観が昭和なのでメタ的に読んでしまう」という話をしたんだけど、本作でもちょくちょく引っかかりはする。そして、初めてこれを読んだときには特に引っかからなかったんだよなあというところに、時の流れと社会の変遷、自分の意識の転換を見る。いっそ、旧バージョンではビデオテープだったのを「超小型ディスク」に変更するとかしないで、当時のまま残して、はっきり古い作品だといま初めて読んだ人にもすぐ分かるようにしたほうが全体のバランスよかったかもしれない(異論はあると思いますが)。今後ディスクも廃れそうな気がするし。


  • 新井素子『カレンダー・ガール』(出版芸術社,2016年11月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1983年)
     シリーズ3作目の改訂版。書き下ろし短編は、熊谷さんが水沢総合事務所に入るまでの経緯。本編では最も常識人のように見えていた最年長の彼もなかなか頑固かつマイペースでそれゆえ属する場所を選ばねばならぬ人であった、という。
     ずっと言ってる、登場人物の感覚が昭和っぽい問題については、だんだんむしろ、現在の情勢に鑑み、日本社会が未来に向けて古い価値観へのバックラッシュを推進しつつガラパゴス状態を続けていく展開も完全否定できないのでは? 世界的にもどんどん民族的な分断が進んで、このシリーズ内のように、21世紀初頭の東京ですら比較の問題で人種のるつぼに見えちゃうほど日本人で固められたコミュニティが、宇宙進出後にも存在しうるのでは? この作品世界は一周まわってSF小説的にアリなのでは? という気持ちさえ湧いてきた。
     それに思い出せ私、これはもともと、80年代にハタチかそこらだった著者がドリームを詰め込んだ、コバルト文庫の少女小説だったんだぞ。当時のマジョリティな乙女の萌えツボは、当時の世間一般的な恋愛・結婚観に沿ったかたちでないと、刺激できなかったであろうよ。少なくとも当時少女だった私はこのシリーズが大好きだった。


  • 新井素子『逆恨みのネメシス』(出版芸術社,2017年1月/親本:集英社文庫コバルト・シリーズ,1986年)
     シリーズ4作目の改訂版。書き下ろし短編の主役は麻子さん。「レイディ」事件の前日譚部分の時期、太一郎を失った(と思われた)所長のためにご飯を作る話。多彩多芸で有能かつ一途な彼女にかかると、どんどんスケールが単なるお料理の範疇を逸脱していく。
     初出の年を確認して、本編が前作からわずか3年後の発表であったことに驚いた。記憶では、3巻と4巻のあいだはもっともっと長く期間が空いたような気がしてた。というか、当時はまさか4作目が出るとは夢にも思っていなかったほどだった。若い頃の体感時間ヤバいな! ここまでの3作の伏線回収が始まる巻。
     最初にこれとあとに続く最終巻を読んだときは、前3作での、若年向け作品にありがちかもしれない主人公にとって妙に都合のいい展開や、主人公の天然おひとよしな性格そのものをストーリー上のキー(しかもSF的な)にしてしまうという、ある意味「開き直りかよ!」ともとれる力技に、やられたなーと思ったことを覚えている。


  • 今村夏子『あひる』(書肆侃侃房,2016年11月)
     第155回芥川賞候補だった表題作のほか「おばあちゃんの家」、「森の兄妹」の計3篇を収録。いずれの作品も、明確には口にされない暗黙の了解的な人とのつながりや相手への期待が、暗黙のままであるが故にすれちがっていく不条理へのもどかしさや物悲しさ、そしてそれらに対する淡々としたほの明るい受容の話として記憶に残った。

  • J. K. Rowling, Jack Thorne, John Tiffany "Harry Potter and the Cursed Child (Special Rehersal Edition Script) [Kindle Edition]"(Pottermore, 2016年7月)
     去年わりと発売直後に買ったんですが、結局、日本語訳が発売されたあとになっても放置してしまっていた。や、その……なんか怖くて(なにがだ)。
     さて、読了後の感想は。萌えどころはたくさんあるんですが、すごく正直なことを言うと、最初に思ったのは「ここ十数年間ファンフィクライターたちが鋤や鍬でちまちまと耕していたところを原作者が公式展開という名のブルドーザーでドドドドドーッと掘り返してガーーーッと巨大ローラーでならし固めていったわ!」でした。ハリーの息子アルバスとドラコの息子スコーピウスが親友同士に、しかも周囲から疎外されて追い込まれ親世代のハリーとロンなどよりずっと互いに依存的な親友同士になっていったりとか。「父親のお手本」を持たないハリーが息子との断絶に悩み、あのヘタレな意地悪キャラだったドラコのほうがむしろはっきり愛情を示せる父親だったりとか。そもそもドラコが完全に「いいやつ」側だったりとか。時間を逆行して改変された世界を生きる(そして大人気キャラだったあの人の再登場)とか。大人になったドラコが少年時代のハリーたちへの羨望を吐露するとか。いろいろいろいろ何度も「あ、これファンフィクのアーカイブサイトにありそう」って思った。あと、旧作で、セドリック・ディゴリーの死の扱われ方がずいぶんあっさりしてるよな、実際ハリーはどう思っていたの? っていうところも、多くのファンが自由な妄想の入る隙間を見出してきた部分であったかと思うのですが、そこも原作者ががっつり埋めてきたよ!
     しかしそうやってツッコミ入れつつ、作者がいまでもこの世界にこんなにも深い愛情を抱いているのだということが伝わってきて嬉しくもあった。
     〔和訳版『ハリー・ポッターと呪いの子 第一部・第二部 特別リハーサル版』(訳:松岡佑子)〕
Posted at 23:10 | permalink | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark
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