2019年5月に読んだものメモ

  • 三浦しをん『愛なき世界』(中央公論新社,2018年9月)
     洋食屋店員の青年が、近所の大学で植物学を研究する院生に恋。しかし彼女は、ヒトに対して恋愛感情を持つことはないのだった。登場人物が、個性は突出しているけどことごとくいい人ばっかりという、やさしい世界。そんなやさしい世界でも、ままならぬこと、噛み合わぬことはあって、でもみんな腐らない。そんなやさしい世界を舞台に、一方では綿密に取材したのに違いない植物研究者の毎日が、他方では真摯に食のことを考える料理人修行の日々がいきいきと語られる。なんかこう、人間と人間の性愛に限定しなければ、愛はちゃんとそこにあるのだ、という幸せな気持ちで読み終えた。主役のふたりが、恋愛関係にはならないけど、人間同士としては互いに好感を抱き信頼を積み重ね、それぞれまったく違う専門的な世界で研鑽を積みながら、認めあい敬意を払いあうさまがとてもよかった。

  • 杉原里美『掃除で心は磨けるのか いま、学校で起きている奇妙なこと』(筑摩書房,2019年3月)
     素手による公共トイレ掃除を感染症予防など度外視で精神修行の一環として推進されたり、生まれつき髪色の薄い子が強制的に黒染めさせられたり、道徳教科書の裁定が道理に合ってなかったり……個々の事例はここ数年以内にネットで見たなって話ばかりなんだけど、たしかに改めて列挙されると、やはりなんとなく大きな流れとして、教育の場が一定の方向に動かされ始めているのかという感じになりますね。ただ本書にあるように、私らが子供の頃よりも随分と踏み込んだ部分にまで介入する学校が増えていると同時に、反発する子供は昔より減っているのだとしたら、子供たち自身にとっては「そんな理不尽なこと受け入れてていいの?」っていう私らの疑問は、めんどくさい口出しに過ぎず、老害の意見と感じられてしまうのかもしれない、とも。一方で、そういった全体的な趨勢に溶け込めない子供、溶け込むことが正しいと思えない子供だってきっといるだろうから、そういう子が疎外されず声を消されず生きていけるとよいという祈りの気持ちもある。そのためには、余計なお世話と思われても、世間には違和感を表明する者もいるからね、というかたちで小さな風穴をあけていく意味はあると思いたい。

  • 白川紺子『後宮の烏』(集英社オレンジ文庫,2018年4月)
  • 白川紺子『後宮の烏 2』(集英社オレンジ文庫,2018年12月)
     中華文化圏の架空王朝が舞台。特殊な能力を持つヒロインと、時の皇帝とが中心になって、さまざまな人々の感情に起因する怪異の謎を解いていく。メインのふたりがそれぞれに背負うものと、彼らが共有する秘密が徐々に明らかになっていくにつれ、ふたりのあいだの信頼や友情、あるいはそこからさらに芽生えているかもしれないなにかが、かけがえのないものとなっていく、その気持ちの動きの描写が丁寧。脳裏に浮かぶビジュアル的なイメージがとても美しい。今後の展開への緊迫感も強くて、次が楽しみ。

  • 甘木サカヱ『アラフォーになってようやく気づいたんだけど、私、たぶん向いてない。生きることに…… メンタル編』(KADOKAWA,2019年3月)
     常日頃から面白くてワードチョイスにパンチのある発言が大人気の、多くのフォロワーを抱えるいわゆるアルファツイッタラーのかたが、反響を呼んだツイートをピックアップしてさらに掘り下げてくださっているエッセイ集。
     まあ時折リツイートで回ってくるのを拝見していても、根っこは真面目なかただよなあと思っていたけど、本当に真面目で心やさしいかただ。そして謙虚でいらっしゃる。一貫して、「こんなふうに不器用で生きづらさを抱えている人間も、なんとかかんとか暮らしていますよ、だからみんなも頑張ろう?」って言ってくれるスタンスなのである。
     なんかさ、読んでいるうちに、「逆に客観的に褒められるとこのないこの私、なんでこんなに迷いなく自分のことが好きなんだろう??」って疑問が湧いてきたよ。第三者100人に訊けば100人全員が、この著者と私を比べたら私のほうが断然、生産性皆無のダメ人間だと判定するに違いないんですけど、私この人ほど謙虚になったことないような気がするよ。不器用の自覚も、生きづらさの自覚もあるけど、だからいろんな葛藤や失敗エピソードに「あるある!」と共感するんだけど、それが自己否定の方向に行ったことがないの、逆にヤバくね?
     ――と、だんだん不安になってきたところで、283ページ中272ページ目になって突然、自分を好きなのはいいことだよって肯定してくれる内容が出てきて、びっくりした。かゆいところに手が届いている構成というか、まんまと手のひらで転がされた感というか。お釈迦さまか! 鬱病に苦しんだときのことも克明に書いてくださっていて、特に駅のホームでのお話は、あまりにも臨場感のある表現力の高さだった。本当に怖かった。マジで涙出た。奇跡のような偶然に助けられて、いま生きていてくださって、本当によかった。


  • 米澤穂信『本と鍵の季節』(集英社,2018年12月)
     高校の図書委員ふたりが、なぜか持ち込まれる謎を、淡々と解いていくんだけど、依頼者の当初の思惑からは離れたところに着地していく連作短編集。つかず離れずの微妙な距離感を保つコンビはどちらもそれぞれ別の視点を持ちつつ優れた洞察力を発揮し、見なければ安穏としていられたようなことを見てとってしまう。でも、気づいてしまったからと言って、どこまで相手に介入すべきか。していいのか。なにを伝えればいいのか。伝えるだけならいいのか。どのお話でも、デリケートな部分が最後までデリケートなまま温存される。それゆえに、敢えてすっきりとさせないビターな読後感。一方で、けっこう真面目に委員会活動をしているふたりが、「本」や「図書館」にまつわる知識を適用し、小さな部分に着目して進めていく謎解きには、とても興趣を感じる。
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