2019年6月に読んだものメモ

  • 川上亜紀『チャイナ・カシミア』(七月堂,2019年1月)
     4つの短編を収録。実家に顔を出しにいく一人暮らしの女性の物語だったはずが、点と点でつないだような記述を追っていくうちにいろんなものが渾然として山羊の群れと灰色猫のイメージに集約されていく表題作は、捉えどころがないストーリーのなかに、自分も気がつくとこんなふうに知らないルールに翻弄されているかもしれない、みたいな手触りが感じられてインパクト強い。いちばん小説として分かりやすく読者に親切な「靴下編み師とメリヤスの旅」は、編み物をする左利きの主人公の実感のこもった述懐が興味深く、ミステリ好きの老婦人との偶然から始まる交流がしみじみと素敵。
     寡聞にして存じ上げない作家さんだったのですが、どうやら詩人としての活動のほうが多いかただったのでしょうか。タイトルに目を引かれ、巻末解説が笙野頼子さんと気付いて読んでみたら、実は「遺稿集」だったので愕然としました。長く闘病なさったことは作品内容からも察せられましたが、没年に誕生日を迎えていらっしゃらなければ50歳手前でお亡くなりになったはずというのはあまりに早い。いまは「雲の上」(と、本書の著者略歴ページに書かれていた)で安らかに楽しく過ごされていることと信じます。


  • 北山猛邦『千年図書館』(講談社ノベルス,2019年1月)
     カバーの裏表紙部分に堂々と「全てはラストで覆る!」と書いてあるのでネタバレにはならないと判断しますが、この惹句どおり、5つの短編どれも、どういうことかな? と雲をつかむような心持ちで読んでいくと最後の最後に「そこに落とすかー」ってなるタイプのやつ。読み終えてから、思わずページを逆にめくって記述の周到さを確認しちゃうような。ただ共通点はそこだけで、物語の傾向は、切ないものからユーモラスなもの、よかったねえと思えるものまでいろいろ充実のラインアップ。なんとなくお得感があった。

  • Jinkang Wang "Pathological"(訳:Jeremy Tiang/Amazon Crossing, 2016年12月/原書:王晋康《四级恐慌》江苏凤凰文艺出版社,2015年5月)
     バイオセーフティーレベル4の施設で厳重保管されているはずの病原体が、密かに持ち出されていたというところから始まるお話。現時点から見て過去の時代から近未来までが描かれる。流出経路は2つあり、ウイルスを手にした2グループの人々は、それぞれの思想、そして信念と執念に従いそれを活用しようとする。結果的にメイン登場人物側は、イスラム過激派によるバイオテロに対抗することになるんだけど、単純に「正義の味方」かというと、やってること自体はなかなかドラスティックで、実は本質的には変わらない部分もあったり。もともと天然にあったものを、人間が罹患する病気の原因になるからと完全に自然界から排除することが傲慢であるなら、ある程度のコントロール下に置きつつ意図的に存続させようとすることもまた、傲慢と言えはしないのだろうか――というようなことを、ぐるぐると考えながら読むことになった。あと、大局を見た判断が個人の犠牲を伴ってしまうことについてとか。狂信的ですらある不屈の精神で自らの使命と思い定めた道に突き進むヒロインは、一方ではとても理性的かつ愛情深い魅力的な人で、感情移入したくなっちゃうんだけど。

  • 高山羽根子『居た場所』(河出書房新社,2019年1月)
     異国の地から、そもそもは実技実習留学生としてやってきた働き者の妻。その故郷の島で発見された遺跡。タッタという小動物。ネット上で見られる地図ではないことにされている、かつての妻の居住地。読めない看板の文字。どこにでもいる微生物。妻がかつて初めて親元を離れて暮らしていた思い出の町を訪ねる夫婦の旅行の記録としては、夫にしてみれば周囲の事象に理解が及ばないもどかしい感じまで含めてとても具体的で現実味がある一方で、そのなかにするりと入ってくる非日常的な要素がもたらすつかみどころのなさがそこにオーバーラップして、なんとも不思議な味わいのお話に。
     一緒に入っている「蝦蟇雨」「リアリティ・ショウ」も短いなかにいろいろ想像を喚起させる要素があって面白い。特に前者は、主人公が淡々と自分のいる場所に適応している日々の生活の、地に足のついた描写と、徐々に垣間見えてくる状況との対比が鮮やかで印象的。


  • 柚木麻子『マジカルグランマ』(朝日新聞出版,2019年4月)
     70代半ばにして、一度は「かわいいお婆ちゃん」枠で女優として再デビューを果たした主人公が、その後バッシングに晒され不遇をかこち、しかしたくましく欲望に忠実に、意識をアップデートしながら道を切り開いていく。そして本人が常に自分にふさわしい次の場所を探してあがいている一方で、周囲の人たちは巻き込まれていくうちにどんどん適材適所に納まって自然に道が開けていく可笑しみ。我が強く自らの気持ちに素直なヒロインは、もちろん迷惑な存在として嫌われることがあるのも分かるんだけど、視点人物として読み手がその思考を追っていくかぎりにおいては、そのバイタリティ、および「あとがない」という気持ちあってこそのアグレッシブさやポジティブなドライさは切実でもあるし、それまでの人生でふつふつと積み重ね溜め込まれてきたものがあるからこそのエネルギーの噴出でもあるんだと思うと痛快。

  • 酒井順子『家族終了』(集英社,2019年3月)
     ご両親に続きお兄さんまで亡くなって、生まれ育った家庭のメンバーが自分ひとりになったという話から始まる、家族にまつわる多角的な考察。若い頃に読んだこのかたのエッセイからは、世代を考えるとかなり進歩的で優しい親御さんのもとで、すくすく聡明に育ったお嬢さんというイメージを抱いていたのですが、ご家族がいなくなって初めて書けたというエピソードを読むと、多感な年頃にけっこうハードな経験もしてらしたんだな、と少し驚きました。あくまでも淡々と、いつもどおりのシニカルさのある筆致で書いてらっしゃるけど。
     私は酒井さんより年齢的には少し下なんですが、たぶん親の生まれ年はそんなに変わらないんですよね。それで、あの世代が中心となって動かしてた頃の社会の影響をがっつり受けつつ育った一方、いまの時代の空気もびしばし感じていて、新しい価値観を肯定する気持ちがありつつどこかコンサバな感覚も自分の中から抜け切らないという、その葛藤はなんかとても分かるなあ、と。そして「家族」や「パートナー」の定義がどんどんゆるやかになっていくんじゃないかっていう展望、私は酒井さんと同じく、息苦しさの減少につながる明るいものとして見ています。
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