2019年7月に読んだものメモ

  • 陳浩基『ディオゲネス変奏曲』(訳:稲村文吾/早川書房,2019年4月/原書:陳浩基《第歐根尼變奏曲》皇冠文学出版有限公司,2019年1月)
     一発ネタのショートショートも含めて全部で17の作品が入った短編集。物語の舞台もジャンルもさまざまだけど、バラエティ豊かなようでいて、一定の方向性も感じられる1冊。なにかこう、本当に書くという行為そのものを楽しんでいる人の本、という感じがした。あと、ひねりのあるパズラーへの純粋な愛。作品の並び順にまで神経が使われていて、大切に編み上げた本。満を持してトリを飾った「見えないX」は、前に電子版のネット上での評価がとても高いのを見ていたのに、読みそびれていた。評判に違わず、すごく面白かった。物語内の現実においても事件は起こらず、理屈を突き詰めること自体によって成立するミステリ。余談ですがコナンや金田一少年へのあっけらかんとした言及がちょっと新鮮でした。むしろ日本の小説のほうが、いくらメジャーでもこういった他作品のキャラ(特に脇役)を注釈なしでたとえに使ったりはしづらいのでは。最近はそうでもない?

  • 今村夏子『父と私の桜尾通り商店街』(角川書店,2019年2月)
     6つの作品からなる短編集。表題作は最後。まあいつものことだがどれもこれも不穏な空気よな。一見、日常のほのぼのひとこまという感じで始まっても、どこか一般的なボリュームゾーンからずれてる人が、それでも自分をおかしいとは思わず確固とした自分自身の感覚で突き進む。突き進んだ先には、カタストロフィが待っているのか、それともずれてる本人は、ずれたまんまで幸せに暮らしていくのか。ずれてる側のビジョン、なんだか楽しそうだったりもするからね。楽しそうというか、少なくとも不幸ではないのかな、と。傍にいる人の戸惑いの言動も明確に書き込まれているけど、それが戸惑いだとは、戸惑わせている側には伝わらないという断絶込みでの描写で、読んでる側のなかでは可笑しさと哀しさがブレンドされる。

  • 西村友作『キャッシュレス国家 「中国新経済」の光と影』(文春新書,2019年4月)
     モバイル決済が普及しまくって社会が大きく変わった中国で実際に生活してらっしゃる大学の先生のレポート。今年の4月に出た本ですが、前書きで日本でこれから登場予定の決済サービスとして7Payの名前も挙がっており、「ところが今月スタートしたら、大変なことになりましたね」と、思わずページに語りかけそうになった。まあ、それはともかく。国内だけですごい規模になるからとはいえ、2強であるアリババも微信も中国独自企業なわけで、一時的に旅行で訪れる人間にとっては、ここまで物理的な現金が排除されていると、いまのところはかえって不便そう……と思ってしまうのですが、この辺は対処されていくのかな。あとやっぱり、旧弊な感覚と言われてしまえばそれまでだけど、便利さと引き換えに個人情報を詳細に取られているのって、なんとなく気持ち悪いというか。でも世界的に、そういう流れになっていくんだろうな。買い物すらできないような状況に陥らないよう、せいぜい、しがみついておくしかないのか。それとしばらく前には知人から、中国ではアリババの「芝麻」という買い物などで付与される信用ポイントがとても重要で、婚活などでも開示は必須、この点数で相手の生活水準や金銭感覚、ひいては価値観そのものを推し量る、みたいなことを言われ、「え、そんな一企業の評価数値で」と思ったのですが、本書ではそういった個人信用情報を制御する事業に、私企業の情報囲い込みを許さず政府が介入し始めていることなどについても触れられており、「あー、やっぱり政府主導になりますよね! それはそれで! それはそれで抵抗が!」という気持ちが湧いた。そうやって相互信用度を数値として可視化して賞罰を与えていくことによって、ある程度は社会の治安やみんなのマナーがよくなっていくという理屈も一応分かるっちゃ分かるんですけどねえ。

  • ヤマザキマリ『パスタぎらい』(新潮新書,2019年4月)
     イタリア留学中の節約生活時代に食べつづけたせいでもはやパスタに食欲が湧かなくなったという著者が、世界各地での食べ物に関する思い出を綴る。「病人食」のパートがすごく面白かったです。これは通常の観光では、あるいは行く先々でダウンするようなことがなければ、あまり味わう機会のないやつ。でもヤマザキさん、滞在先で出されたものをしっかり食べることでコミュニケーションっていう考え方にはすごく納得だけど、けっこう無茶もなさっているので、お願いです、ちょっとだけご自愛を、とも思ってしまった……。

  • 辻村深月『傲慢と善良』(朝日新聞出版,2019年3月)
     ジェーン・オースティンの古典小説を彷彿させるタイトルで、失踪した婚約者を探す青年と、探される婚約者のお話。それまで見えていなかったことが次々と見えてきたりするあたりはかなり不穏だったり、身も蓋もない婚活のいかにもありそうな本音が語られて殺伐とした気持ちになったりするし、題名にある善良さと傲慢さが地続きな感じが、論理立てて語られるあたりも容赦ない。一方で、主役ふたりの弱さ、いじらしさ、ナイーヴさ、そこからだんだんと現れてくる前を向こうという姿勢、見ていなかったものに向き合おうという姿勢、たしかに弱点でもあるんだけど取っ払えない根っこのところの真面目さがあるので、読みながらどちらも応援したくなった。

  • 劉慈欣『三体』(訳:大森望,光吉さくら,ワン・チャイ/監修:立原透耶/早川書房,2019年7月/原書:刘慈欣『三体』重庆出版社,2008年)
     ヒューゴー賞で話題になってから、実に4年を経ての出版ですが、ちゃんと売れているようでなによりです。2015年に英訳版を読んだときは、固有名詞がアルファベット表記だったために、"Mozi" が「墨子」だと理解するのにしばらくかかったりなどの弊害があったので、漢字表記が使える日本語訳はさくさく読めて嬉しい。ありがとうございます。あと、同著者の旧作品の内容を踏まえた部分が、英訳版ではカットされていたことを初めて知りました。本作ではあまり活躍しない脇キャラだけど、『球状閃電』の丁儀博士すごくかっこいいので、こっちもいつか邦訳が出ることを祈ります。いや、まずはこの三体シリーズの続きですけど。2冊目は来年に出るって、訳者あとがきで明言されていた。やったね。


  • 杜康潤『孔明のヨメ。』第10巻(芳文社,2019年7月)
     ついに三顧の礼まで進みました。初回の応対をしたのが林ちゃんになってたー。本作における私の最推し士元さんとはいったんお別れして、舞台は新野に。巻末に、今月から東京国立博物館で始まる「特別展 三国志」の事前取材レポートが。研究員さんのお話から、この展覧会に対する気合のほどが伝わります。私が見たい曹操の墓から出た白磁の壺は「罐」なんですね。この巻には割引券も付属しているのですが、これを実際に使うためには帯に鋏を入れる必要があり、なんか自分には使えなさそうな予感がする。

  • ヤマザキマリ『それではさっそくBuonappetito!』(講談社,2008年8月)
     『パスタぎらい』で、過去に出した食べ物エッセイ漫画として言及されてて、「あれ? 私これ買ったような気がする、でも読んでない気がする……」と積み本のなかを探したら、あったよ、11年前の初版第1刷が。きっと、いま読む運命だったんだ、うん。イタリアやポルトガル、帰国中の日本、旅先のブラジルなどで食べたいろんな美味しいもののお話、レシピ付き。『パスタぎらい』と共通するエピソードも、漫画で読むとまた違った楽しさ。留学中のルームメイトや結婚後のご家族とのやりとりに躍動感がある。

  • 細川貂々『生きづらいでしたか? 私の苦労と付き合う当事者研究入門』(平凡社,2019年2月)
     まず「当事者研究」という概念を知らなかったので、いきなり「当事者」って言われても、なんの当事者なんだ? と戸惑いました。「当事者研究」というひとくくりで固有名詞なんですね。正直ちょっと、いいのか? って感じはした。なんかこう、リンゴの品種名を「くだもの」にしちゃった的な……(すみません)。あと、このタイトルの、意味は通じるのになんとなく引っかかる表現に敢えてしているのが、面白いなあと思って。この引っかかり自体が、日々の社会生活がまるっきり滞るわけではないんだけど、かといってスムーズではない状況と、イメージがダブる。当事者研究団体への取材記であるとともに、しんどい気持ちがあったりする人が、「人」と「問題」を分けて考えて「問題」にフォーカスしたら……など、少しだけ気楽になれるような、発想の転換アドバイス的な内容も。
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