2019年8月に読んだものメモ

  • 岸政彦『図書室』(新潮社,2019年6月)
     表題作では、一人で暮らしている50歳の女性の現在の生活と過去の思い出が綴られる。日常から少しだけ離れた図書室で出会った本の話や、子供ふたりの関西弁の会話のテンポがなんだかすごく生々しくて、ふたりの想像がどんどんエスカレートしていくに至る流れの切迫感に、読んでる側の昔の記憶が喚起される。そうそう、私もね……と、物語の語り手に向かって自分の思い出を話したくなってくる。それもドラマティックなことじゃなく、なにかの折のちょっとした感覚とか、手触りなどについて。
     併録の自伝エッセイ「給水塔」も、袖振り合うけど別に多生とかじゃないよね的な縁のエピソードが流れるように並べられていく感じが面白かった。あと、発掘現場でアルバイトしている若い女の子について「人と変わったことをしたい」「世の中のキラキラした部分と無縁」「いつも教室の片隅にいたような」などと分析がなされており、ぐさぐさ来ました。私、かつて発掘現場でバイトする若い女子だった時期があるので。我が人生においてあれほど大量に日焼け止めを消費した日々はなかったぜ……って、まあ、とにかく読み進めながらついついそういう「自分語り」をしたくなるような文章なんですよね。


  • 真藤順丈『宝島』(講談社,2018年6月)
     第160回(2018年下半期)直木賞受賞作。1952年から1972年までの沖縄が舞台。語り部の語り口という体で進む文章のリズムに勢いと軽妙さがあって、ぐいぐい迫ってくる。暑い季節に読むと余計に臨場感が出てくる気がする、熱い話。沖縄の歴史については通りいっぺんのことを習っただけの私も、登場人物の怒りや憧れや慟哭に強制的に感情移入させられ、一方では読んでる自分は「ヤマトンチュ」であるため、こういったことから遠く離れてのうのうと生きてきたこと対する恥の気持ちがずっと脳裏で響くことになる。暴力的かつ原始的でさえあるほどのエネルギーを感じる一方で、構成的には端正で冷静な計算を感じる。沖縄の言葉が多用されており、それが物語の味わいにとても重要だと思うのだけれど、たぶん残念ながら私の脳内で再生されている音声は、現実に現地でなされている発音とはだいぶ違うんじゃないかな。

  • 小川洋子+堀江敏幸『あとは切手を、一枚貼るだけ』(中央公論新社,2019年6月)
     書簡集の体裁で、女性による手紙を小川さん、男性による手紙を堀江さんが書いている。かつて連れ添っていたけど現在は離れ離れで、もう二度とお互いの姿を見ることのない男女が、いまの生活を断片的に報告しあったり、過去の思い出を照らし合わせたりしていくなかで、徐々に見えてくるものと、徐々に消えていくものがある。実在の書籍や音楽が次々と引用されるのに、どこか現実味のない浮遊感のあるやりとり。つかみどころのない部分と、深く深く潜っていくような部分とがシームレスに続いているような感覚。ちらっと見たインタビュー記事では著者のふたりは事前の打ち合わせとか特にせずに交互に自分のパートを書いてたらしくて、それでこうやって、トーンがちぐはぐにならずにまとまるのはさすがです。

  • Shanna Swendson "Enchanted Ever After"(Amazon Services International, Inc.,2019年8月)
     「(株)魔法製作所」シリーズ第9弾。初っ端からルームメイトたちと連れ立ってウェディングドレスを見に行くって話になっていて、ついに! やっと! 8巻かけて! ここまでたどり着いた! よかったねええ!! と思ったのも束の間のこと、当然のようにドレス選び中にも、その後の大きな陰謀にリンクするようなプチ騒動が起こってしまいますよ。ってなわけで今回、ケイティは結婚式に向けての準備に邁進しつつ、禁忌とされている一般の人々への魔法の存在開示をもくろむ者たちの正体や目的を探り、野望を砕くために奮闘します。
     とにかくやっぱり、つくづく主人公がさまざまな局面で発揮する心根の善良さ、堅実さにとても好感が持てるシリーズだな、と改めて。大胆な行動に出るときだって、それは真面目さゆえの逃げない姿勢に起因しているのだ。そしてタイトルからも察したとおり、どうやらここでこの連作はいったんおしまいらしい。最終章では私もケイティと一緒に、これまでのあれやこれやが走馬灯状態になった。
     それと、あとがきで、東京創元社への謝意が改めて特筆されていることに、しみじみした。そうそうそうでした、アメリカ本国の出版社が打ち切りにしちゃったこのシリーズの続巻を、東京創元社がオーダーしてくれて、一時期は英語の原書よりも日本語版のほうが発売が早かったりしてましたよね。おかげで作者さんが執筆を続けてくれて、ケイティたちの活躍をここまで見届けることができました。ありがとう東京創元社。


  • 今村夏子『むらさきのスカートの女』(朝日新聞出版,2019年6月)
     近所に住むちょっと変わった「むらさきのスカートの女」を、ひたすらに観察する「わたし」。友達になりたいと言いつつ、声をかけることもなく、根気強く誘導して自分の職場に来させて、まだまだ観察。そのようすを読んでるうちにどんどん、観察する側とされる側、どっちが余計に「ずれてる」かって言えば……という転換が生じてくる。モノローグのなかの対象への突出したこだわりの強さと、周囲とのかかわりからうかがえる実際の本人の異様な存在感のなさのギャップからも、奇妙な感覚が沸き起こる。語り手の、自分のやってることにまったく疑いを持たず揺るぎないスタンスに、幸せってなんだろう、みたいなことまで考えてしまうのだった。第161回(2019年上半期)芥川賞受賞作。
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