Cixin Liu "The Wandering Earth: Classic Science Fiction Collection by Liu Cixin"

(訳:Holger Nahm/編:Verbena C. W./Beijing Guomi Digital Technology Co. Ltd., 2013年/Beijing Qingse Media Co., Ltd.,2013年)

ほかの本の合間合間に、だいぶ長いことかけてちまちまと読んでいた劉慈欣(刘慈欣)の短篇集、ついに最後のお話までたどり着いてしまったので、珍しく各作品について取っていたメモを公開しときます(1編終わるたびに読むのを中断していたので、原題なども含めて覚書を残さないと、どれがどの話だったか忘れそうだったのです)。


  • The Wandering Earth《流浪地球》(2000年)
     かつて『S-Fマガジン』(早川書房)2008年9月号に掲載されたらしい日本語訳のほうは未読です。
     えーと、20世紀にはエコロジー的な視点から「宇宙船地球号」っていう概念が提唱されたりしましたけど(笑)。とにかく大胆な力技的ネタ。果てしない旅を続ける地球に生きる主人公の目に映るさまざまな風景の描写がダイナミックでスケールの大きさを感じさせる一方で、主人公の人生は子供時代から年老いるまで、いくつもの事件を経ながらも流れるように淡々と続き、どこか哀愁のある読後感。
     2019年に中国で春節に公開され大ヒットしたという映画版も観ましたが、そちらは基本設定を除けばまったく違うお話になっていました。正直、原作小説にあった「200年ぶりに開催されるオリンピック」とか、ちょっと映像で見てみたかったです。主人公は凍りついた太平洋を上海からニューヨークまで電動そりで横断する競技に出場するんだ……。


  • Mountain《山》(2006年)
     ファーストコンタクト前に、あらかじめ地球の主要言語各種のデータを解析して意思の疎通可能になっておくうえに、自分たちとはまったく違う地球人のいろんな概念や、科学進歩の歴史、度量衡、比喩に使える重要人物名まで把握して円滑な対話ができるようになってるエイリアン、どんだけ有能!? とツッコミを入れざるを得ない。
     そこに山があれば、たとえ仲間の命を失った過去があってさえもただ登りたいという衝動を抑えられない元登山家と、法で規制されても多大なる犠牲を払っても、どこまでも真理と知識を求めて分厚い分厚い壁を乗り越え宇宙に飛び出したエイリアンたちが、いつしかダブってくる構成、最後に「高みへの希求」だけが残る読後感はけっこう好き。


  • Of Ants and Dinosaurs《白垩纪往事》(2003年)
     蟻と恐竜が相互補完をベースに高度な文明社会を築き上げた大昔の地球。しかし蟻と恐竜間の対立、2国に分かれた恐竜たち同士での対立が、やがて地球全体を揺るがす、とんでもない事態につながり……。とにかく「蟻と恐竜」によって構成される社会とテクノロジーのディテールが楽しかったです。

  • Sun of China《中国太阳》(2001年)
     僻地の農村で生まれ、ろくに教育も受けられなかった少年が、食い扶持を稼ぐため単身で町に出て、そこからさらに大都会へとステップアップしていき、中国の気候コントロールをおこなう壮大なプロジェクトに関与することになり、ついには宇宙へ。知らないことを知りたい、より遠い場所を見たい、俯瞰できる世界を広げたいというシンプルな情熱を肯定している点では、同じ短編集に収録の "Mountain(《山》)" とも通ずるところがあるかも。ちなみに、スティーヴン・ホーキング博士が実名で登場。100歳を超えてなお頭脳明晰でいらっしゃいます(現実世界では2018年に76歳でお亡くなりになりましたが、本作が執筆された頃にはまだまだご活躍中でしたね)。

  • The Wages of Humanity《赡养人类》(2005年)
     この4つあとに収録されている、同じ年に発表された "Taking Care of Gods(《赡养上帝》)" と世界観が共通するお話。タイトルも対になっている。たぶん《赡养上帝》を先に読んだほうが状況がよく分かると思うんですが(日本で発売されたアンソロジーに邦訳があったので私は既読でした)、この短篇集においてなぜこの順番なのか。
     最初のうちは、よそから来た宇宙船が上空に常駐していることを除けばあまりSF要素のないまま(いや、これだけでじゅうぶんSF要素かもしれないんだけど、とにかく主人公が生活していく上でこの宇宙船をほとんど気にしてない)、中国の裏社会に生きる一人の男がプロフェッショナルな殺し屋として少々イレギュラーな仕事を受けることになるまでの経緯が生い立ちから語られるが、やがてそのイレギュラーな仕事の目的が宇宙船の存在と大きく関わっていることが判明する。富める者と貧しい者それぞれの占める割合が極端にアンバランスになった別世界のくだりは、極端さが突き抜けた思考実験になっていて、まるで寓話のよう。


  • Curse 5.0《太原诅咒》(別タイトル《太原之恋》)(2009年)
     恋愛関係のもつれによる恨みつらみを原動力に、とある匿名の女性がこつこつと書き上げたコンピュータウイルスのコード。当初は相手の男への特定的な嫌がらせ以外の悪さをするものではなく、社会にインパクトを与えることもなかったそれが、のちのちほかの者たちによって改変され、感染範囲を広げていく。
     なんと劉慈欣本人が、同じく実在する中国のSF作家、潘海天とともに作中にキャラクターとしてしれっと登場。自信満々で書き上げたハードSF超大作『三千体』(←だよな? 原文は見てないけど英訳で "Three Thousand Bodies")が15部しか売れず、一切合切を手放して路上生活者になっていますが、ネットから隔絶された暮らしをしていたことで……といった役どころ。先生なにやってるんですか(笑)。


  • The Micro Age《微纪元》(1998年)
     急激な環境変化による絶滅の危機にさらされた人類が選んだ道。膨大な年月をかけ入植可能な惑星を求めて太陽系の外をさまよったあげく、たった一人の生き残りとなって、青い色を失い岩と氷に覆われたモノクロの地球に戻った宇宙飛行士が見たものは……。
     宝樹の『三体X』(劉慈欣の公認を受け商業出版された「三体」シリーズの2次創作小説)のとあるネタは、これへのオマージュだったのでは? みたいなことも、ちらっと思ったり。ぜんぜん違うかもだけど。


  • Devourer《吞食者》(2002年)
     ここまでの8つの短編を読んで「あー、なるほどいろんな作品に共通して繰り返し出てくるモチーフがあるんだねえ」と見えてくるものがある。"The Micro Age(《微纪元》)" の読了後に、宝樹のファンフィクションのとある要素はあれへのオマージュではと書いたのですが、むしろ劉慈欣作品にありがちなネタとして出したという感じですね。
     エリダヌス座ε星系から太陽系への「吞食者がやってくる」という警告が届き、地球で検討が始まったが、そのときにはもう遅かった。交渉の努力も虚しく地球は呑み込まれ、人類はエイリアンたちによって家畜化されるかと思われたが――。
     翌年に発表されている "Of Ants and Dinosaurs(《白垩纪往事》)" は、ここで出てきたモチーフをふくらませたものだったのかな、なんて思ったり。手に汗にぎる星間戦争から、急転直下で皮肉な決着、そして地球の新たな未来に思いを馳せることになる終幕。


  • Taking Care of Gods《赡养上帝》(2005年)
     邦訳は、日本で出ている中華SFアンソロジー『折りたたみ北京』(早川書房,2018年/文庫版2019年)所収の「神様の介護係」。
     やっぱりこれ、この短篇集における掲載順がよくないと思うんですよ。このお話の終盤で明らかになる「意外な事実」が、本書前半に入っている同年の作品 "The Wages of Humanity(《赡养人类》)" では最初から大前提になっているので。執筆された順番はどうだったんだろう。たぶんこっちが先だったんじゃないかと思うんですけど。とはいえ、独立した短編として公開されている以上、当時もすべての人が両方を読んだとはかぎらないわけなので、別にいいのかなー。うーん。20億人の、すっかりしおしおになった「神」が、創造主の権利として晩年の面倒を見てもらうために地球に押し寄せてくるっていう、とてつもない規模の老人介護。


  • With Her Eyes《带上她的眼睛》(1999年,2004年)
     旅行などの際、特定の一人に視覚や聴覚をリアルタイムに伝達するデバイス「眼」を携帯し、限られた空間でお仕事している宇宙飛行士たちに対して、自分も地上のさまざまな場所に行ったような気になれるバーチャルな体験を提供する任意活動が推奨されてる時代。
     きつい仕事の息抜きに休暇を取った主人公の女性は、若い女性パイロットの感覚とつながった「眼」を受け取り、ふたりで相談の上、数世代にわたっておこなわれた環境改善が功を奏していまや緑豊かな草原地帯となったタクラマカンへと旅立つ。しかし「眼」の向こう側にいる彼女は、ストレス解消のためのちょっとした娯楽の範疇を超えた、異様な熱意と悲壮感で、実際に旅をしている主人公にあれこれめんどくさい指示をしてくるので……。
     我儘でセンチメンタルな女性として描かれていたパイロットの印象が、後半で一転する。彼女の悲壮感の理由、知らずにいた主人公の衝撃、それらすべてを呑み込む未来への使命感。


  • The Longest Fall《地球大炮》(1998年)
     病魔に侵されるも、治療方法が確立されているであろう未来に望みを託し、妻子を残してひとり冷凍睡眠に入ったシェン博士。数十年後に覚醒させられたとき、記憶のなかでは幼かった息子はすでに亡くなり、さらには人々の怨嗟の対象となっていた。息子の人生を方向づけたという理由で、博士にも世間から憎しみが向けられる。
     これまた、とんでもなくスケールの大きいお話(原題を見よ!)。そして、ひとつの大事業の評価を万里の長城などと引き比べて超ロングスパンで捉える感覚が、中国だなあって思いました。ここまでに収録されていた別作品と同じ世界観だということが途中で判明します。あの彼女は、そういうことだったの……。



私が読んだやつのほか、同じタイトルで2016年にHead of Zeusからも短篇集が出ていて、収録作もほぼ重なっているようです。翻訳者にはあのケン・リュウをはじめとして複数の人が名を連ねているので、たぶん(本書と同じ人が訳しているものを除いて)別バージョンの英訳でしょう(サンプルをダウンロードして目次を見たら、タイトルの訳し方が微妙に違うものが散見されました)。そして価格は現時点ではHead of Zeus版のほうが安いです……。

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