2020年3月に読んだものメモ

  • 小川洋子『約束された移動』(河出書房新社,2019年11月)
     6つの短編を収録。どこまで意識して編んでいるのか分からないけど、社会の片隅であまり意識されず、しかしプロフェッショナルに働いている人たちが出てくるお話が続く。決して利用者と顔を合わせることのない高級ホテルの客室係、デパートで誰より早く迷子を探し出すエキスパート、超マイナー言語の通訳などなど。抽象的でどこか幻想的にも感じる仕事内容や出来事が、具体的な手順や職業意識の詳細な描写でしっかりと輪郭を与えられていて、現実のほかのお仕事の多くも見ようによってはこんなふうにファンタジックなのかもなあ、と思えてくる。

  • 能町みね子『結婚の奴』(平凡社,2019年12月)
     周囲の人々がやっている「恋愛」なるものがピンと来ない能町さんが、同居人としてはとても相性のいいゲイ男性との事実婚に至るまでの過程を、すごく誠実に言葉を尽くして、読み手に伝えようとしてくださっている。
     私自身はたぶん、物心ついた頃からどっちかというとヘテロ女性だという自認があったし、多少の疑問を抱えつつも、わりとすんなり恋愛が法律婚に結びついたほうだと思うんですよ。だけど、そうであってさえ、世間の「当たり前」と私自身にとっての自然なあり方が相容れないときの、「向こう側には行けない」みたいな絶望感・疎外感を経験したことが、なかったわけではない。なぜ自他双方のなかで、そういう価値観の刷り込みはこんなに強固なんだろうと慄いたことだってある。私の何倍もそういったことを敏感にキャッチして生きてきたであろう能町さんは、本書でそうやって切り裂かれるような思いをしたときの心の動きを平易な文章で克明に言語化していて、そうできるようになるまでにどれだけ突き詰めて考えたのだろうか、と気が遠くなるような心持ちがした。またそのような局面で、ご自身を実験に差し出すような極端な試みをしてしまっていた過去のエピソードも、よくぞここまでというくらいに率直に書かれていて、胸が痛かった。
     胸が痛かったといえばしかし、なんといっても2016年にお亡くなりになった雨宮まみさんについて語った部分です。大切なひとが失われたという理不尽に対する、叩きつけるように熾烈な言葉の連なり。
     この本に書かれているのは、私とはさまざまな点で感覚やスタンスの違うかたの生き方ではあります。ただ、私も含めて多くの人が無意識にしているのであろう、刷り込まれた固定観念的な「幸せ」の指針に身を任せて、わずかな違和感があっても誤差の範囲として踏みつぶしていくようなやり方って、不誠実かもしれないけど、ある意味ラクではあると思うんですよね。少なくとも、効率的ではある。そうはせず、能町さんが自分の正直な気持ちを丹念に模索した結果、いまの生活にたどり着いて、そういうかたちもあるんだと提示してくれていることを、尊いと思いながら読み終えた。


  • 箱崎みどり『愛と欲望の三国志』(講談社現代新書,2019年8月)
     とても正直なことを言うと、別のかたによる書評を読まなかったら、おそらく手には取っていないタイトル。本文中でも使われているフレーズなので、あながち売るための煽情的なキャッチコピーとして編集部が勝手につけたってわけでもなさそうですが。いや、たしかに「愛」はある。たぶん著者的には、欲望も。しかし、タイトルから想像したものとはかなり違ってたんだよー。現役アナウンサーでもある著者は、小学2年生のときに人形劇の三国志に出会って以来、常に三国志について考え続け、東大大学院での研究対象にもしたという筋金入り。本書で中心的に論じられるのは、三国志自体の内容というよりも、この物語がさまざまなかたちを取って、どのように「日本で」受容され親しまれ読み継がれてきたかということ。そういえば、そういう視点で考えたことなかったです。三国志の読まれ方が、それぞれの時代の社会とも密接につながっている(特に、日中戦争のときには「ブーム」になっていたとか)というのが、分かりやすく解説されていて、なるほどなるほど、と思うことばかりで楽しい。各章の最後にまとめられた注釈の文章量が、どんどん増えていくのも熱い。三国志への著者の真面目で真摯な愛が、炸裂している。

  • 北大路公子『ロスねこ日記』(小学館,2020年2月)
     タイトルから想像する内容とはかなり違って、大筋では植物栽培日記なのである。それも原木セットで育つキノコとか水栽培のスプラウトとかヒヤシンスとか、あまりアウトドア趣味にはならない植物栽培。しかしその一方ではまた、たしかに、猫の可愛さ素晴らしさ、そしてその猫の長きにわたる不在が、本書の重要なポイントにもなっている。植物を栽培キットなどで育てるという行為に、これだけスケールが大きかったりディテールが具体的だったりする想像(妄想?)をのっけることができる北大路さんの、イメージを飛躍させる力はやっぱりすごい。そして最後に、あっさりと衝撃の展開が綴られたあげく、連載最終回分のあとに加筆されたおまけの部分では、なんだかほのぼのとしんみりの波状攻撃がやってくる。まさか大豆もやしで、こんな。

  • 円居挽『キングレオの冒険』(文春文庫,2018年4月/親本:文藝春秋,2015年6月)
     すみません、本来は新型コロナウイルス騒ぎで休校中の若者向け企画だったと思われるKindleの期間限定無料公開版で読みました。公的に犯罪捜査をおこなうことができる日本探偵公社なる企業が存在する架空の日本。その本社がある京都を舞台に、花形スター探偵キングレオの活躍を描く。システム的にはちょっと清涼院流水のあれみたいだなって連想していたら、巻末解説でモロに言及があった。語り手でもあるワトソン的なポジションの登場人物が、実は自分自身も推理力と洞察力にかなり優れていて(しかも社会常識もある)、その上で破天荒なホームズ役とのあいだに圧倒的なバックグラウンドの共有と信頼関係が存在するというのが面白い。現実味という点ではどうだろって感じの真相もこの世界観のなかでなら受け入れられてしまって、パズラーとして楽しい。モリアーティ的ポジションの登場人物もちゃんと出てきてサービス精神! って思いました。

  • 村山早紀『かなりや荘浪漫2 星めざす翼』(PHP文芸文庫,2020年1月/親本:集英社オレンジ文庫,2015年11月)
     いくつもの、並び立ち認め合う関係が提示される。違う道を進みながらも互いを大切に思い、互いに対して恥じない生き方をしていく主人公と幼馴染のふたり。それぞれが漫画家の卵を育てている、友情と思い出でも結ばれているライバル編集者ふたり。片方はもうこの世にいない(しかしなぜか成仏していない)、同時デビューの漫画家ふたり。そしてこの本の段階ではまだ名前しか出てきていないけれども、きっと主人公と切磋琢磨していくことになる女の子たち。暑苦しい熱血展開になりそうなものだけれど、主人公が芯は強くてもふんわりと純粋な子で、ほかの登場人物にも悪意のある人がいないので、穏やかにやさしい気持ちで読み進めることができる。あとカフェや本屋さん、ホテルなどの「場所」の描写が好き。


  • 笹生那実『薔薇はシュラバで生まれる 70年代少女漫画アシスタント奮闘記』(イースト・プレス,2020年2月)
     少女漫画黄金期と呼ばれる時代に、漫画家としてデビューしたのち、あちこちでアシスタントもしてらした著者の思い出語り。私が少女漫画を読み始めた頃にはたぶんすでに大御所だった先生がたのお若い頃のエピソードあれこれ。いまもなお世に残る名作の数々が描かれていた現場では、こんなやりとりが……というのはとにかく興味深い。山岸凉子先生の「天人唐草」にまつわるお話など、少女漫画というジャンルにおける新しい道が拓かれていった時代の証言という感じ。そして、そういったことを紹介するのに、各先生それぞれの画風を踏襲してらっしゃるのが、とにかくすごいなー、さすがだなーって。32年ぶりの商業出版とのことですが、すみずみまで気を配って描かれていることが分かる。当時一緒にお仕事されてた先生方への敬意と、漫画そのものへの愛情が伝わってくる、とても暖かい本でした。


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