Cixin Liu "The Wandering Earth: Classic Science Fiction Collection by Liu Cixin"

(訳:Holger Nahm/編:Verbena C. W./Beijing Guomi Digital Technology Co. Ltd., 2013年/Beijing Qingse Media Co., Ltd.,2013年)

ほかの本の合間合間に、だいぶ長いことかけてちまちまと読んでいた劉慈欣(刘慈欣)の短篇集、ついに最後のお話までたどり着いてしまったので、珍しく各作品について取っていたメモを公開しときます(1編終わるたびに読むのを中断していたので、原題なども含めて覚書を残さないと、どれがどの話だったか忘れそうだったのです)。


  • The Wandering Earth《流浪地球》(2000年)
     かつて『S-Fマガジン』(早川書房)2008年9月号に掲載されたらしい日本語訳のほうは未読です。
     えーと、20世紀にはエコロジー的な視点から「宇宙船地球号」っていう概念が提唱されたりしましたけど(笑)。とにかく大胆な力技的ネタ。果てしない旅を続ける地球に生きる主人公の目に映るさまざまな風景の描写がダイナミックでスケールの大きさを感じさせる一方で、主人公の人生は子供時代から年老いるまで、いくつもの事件を経ながらも流れるように淡々と続き、どこか哀愁のある読後感。
     2019年に中国で春節に公開され大ヒットしたという映画版も観ましたが、そちらは基本設定を除けばまったく違うお話になっていました。正直、原作小説にあった「200年ぶりに開催されるオリンピック」とか、ちょっと映像で見てみたかったです。主人公は凍りついた太平洋を上海からニューヨークまで電動そりで横断する競技に出場するんだ……。


  • Mountain《山》(2006年)
     ファーストコンタクト前に、あらかじめ地球の主要言語各種のデータを解析して意思の疎通可能になっておくうえに、自分たちとはまったく違う地球人のいろんな概念や、科学進歩の歴史、度量衡、比喩に使える重要人物名まで把握して円滑な対話ができるようになってるエイリアン、どんだけ有能!? とツッコミを入れざるを得ない。
     そこに山があれば、たとえ仲間の命を失った過去があってさえもただ登りたいという衝動を抑えられない元登山家と、法で規制されても多大なる犠牲を払っても、どこまでも真理と知識を求めて分厚い分厚い壁を乗り越え宇宙に飛び出したエイリアンたちが、いつしかダブってくる構成、最後に「高みへの希求」だけが残る読後感はけっこう好き。


  • Of Ants and Dinosaurs《白垩纪往事》(2003年)
     蟻と恐竜が相互補完をベースに高度な文明社会を築き上げた大昔の地球。しかし蟻と恐竜間の対立、2国に分かれた恐竜たち同士での対立が、やがて地球全体を揺るがす、とんでもない事態につながり……。とにかく「蟻と恐竜」によって構成される社会とテクノロジーのディテールが楽しかったです。

  • Sun of China《中国太阳》(2001年)
     僻地の農村で生まれ、ろくに教育も受けられなかった少年が、食い扶持を稼ぐため単身で町に出て、そこからさらに大都会へとステップアップしていき、中国の気候コントロールをおこなう壮大なプロジェクトに関与することになり、ついには宇宙へ。知らないことを知りたい、より遠い場所を見たい、俯瞰できる世界を広げたいというシンプルな情熱を肯定している点では、同じ短編集に収録の "Mountain(《山》)" とも通ずるところがあるかも。ちなみに、スティーヴン・ホーキング博士が実名で登場。100歳を超えてなお頭脳明晰でいらっしゃいます(現実世界では2018年に76歳でお亡くなりになりましたが、本作が執筆された頃にはまだまだご活躍中でしたね)。

  • The Wages of Humanity《赡养人类》(2005年)
     この4つあとに収録されている、同じ年に発表された "Taking Care of Gods(《赡养上帝》)" と世界観が共通するお話。タイトルも対になっている。たぶん《赡养上帝》を先に読んだほうが状況がよく分かると思うんですが(日本で発売されたアンソロジーに邦訳があったので私は既読でした)、この短篇集においてなぜこの順番なのか。
     最初のうちは、よそから来た宇宙船が上空に常駐していることを除けばあまりSF要素のないまま(いや、これだけでじゅうぶんSF要素かもしれないんだけど、とにかく主人公が生活していく上でこの宇宙船をほとんど気にしてない)、中国の裏社会に生きる一人の男がプロフェッショナルな殺し屋として少々イレギュラーな仕事を受けることになるまでの経緯が生い立ちから語られるが、やがてそのイレギュラーな仕事の目的が宇宙船の存在と大きく関わっていることが判明する。富める者と貧しい者それぞれの占める割合が極端にアンバランスになった別世界のくだりは、極端さが突き抜けた思考実験になっていて、まるで寓話のよう。


  • Curse 5.0《太原诅咒》(別タイトル《太原之恋》)(2009年)
     恋愛関係のもつれによる恨みつらみを原動力に、とある匿名の女性がこつこつと書き上げたコンピュータウイルスのコード。当初は相手の男への特定的な嫌がらせ以外の悪さをするものではなく、社会にインパクトを与えることもなかったそれが、のちのちほかの者たちによって改変され、感染範囲を広げていく。
     なんと劉慈欣本人が、同じく実在する中国のSF作家、潘海天とともに作中にキャラクターとしてしれっと登場。自信満々で書き上げたハードSF超大作『三千体』(←だよな? 原文は見てないけど英訳で "Three Thousand Bodies")が15部しか売れず、一切合切を手放して路上生活者になっていますが、ネットから隔絶された暮らしをしていたことで……といった役どころ。先生なにやってるんですか(笑)。


  • The Micro Age《微纪元》(1998年)
     急激な環境変化による絶滅の危機にさらされた人類が選んだ道。膨大な年月をかけ入植可能な惑星を求めて太陽系の外をさまよったあげく、たった一人の生き残りとなって、青い色を失い岩と氷に覆われたモノクロの地球に戻った宇宙飛行士が見たものは……。
     宝樹の『三体X』(劉慈欣の公認を受け商業出版された「三体」シリーズの2次創作小説)のとあるネタは、これへのオマージュだったのでは? みたいなことも、ちらっと思ったり。ぜんぜん違うかもだけど。


  • Devourer《吞食者》(2002年)
     ここまでの8つの短編を読んで「あー、なるほどいろんな作品に共通して繰り返し出てくるモチーフがあるんだねえ」と見えてくるものがある。"The Micro Age(《微纪元》)" の読了後に、宝樹のファンフィクションのとある要素はあれへのオマージュではと書いたのですが、むしろ劉慈欣作品にありがちなネタとして出したという感じですね。
     エリダヌス座ε星系から太陽系への「吞食者がやってくる」という警告が届き、地球で検討が始まったが、そのときにはもう遅かった。交渉の努力も虚しく地球は呑み込まれ、人類はエイリアンたちによって家畜化されるかと思われたが――。
     翌年に発表されている "Of Ants and Dinosaurs(《白垩纪往事》)" は、ここで出てきたモチーフをふくらませたものだったのかな、なんて思ったり。手に汗にぎる星間戦争から、急転直下で皮肉な決着、そして地球の新たな未来に思いを馳せることになる終幕。


  • Taking Care of Gods《赡养上帝》(2005年)
     邦訳は、日本で出ている中華SFアンソロジー『折りたたみ北京』(早川書房,2018年/文庫版2019年)所収の「神様の介護係」。
     やっぱりこれ、この短篇集における掲載順がよくないと思うんですよ。このお話の終盤で明らかになる「意外な事実」が、本書前半に入っている同年の作品 "The Wages of Humanity(《赡养人类》)" では最初から大前提になっているので。執筆された順番はどうだったんだろう。たぶんこっちが先だったんじゃないかと思うんですけど。とはいえ、独立した短編として公開されている以上、当時もすべての人が両方を読んだとはかぎらないわけなので、別にいいのかなー。うーん。20億人の、すっかりしおしおになった「神」が、創造主の権利として晩年の面倒を見てもらうために地球に押し寄せてくるっていう、とてつもない規模の老人介護。


  • With Her Eyes《带上她的眼睛》(1999年,2004年)
     旅行などの際、特定の一人に視覚や聴覚をリアルタイムに伝達するデバイス「眼」を携帯し、限られた空間でお仕事している宇宙飛行士たちに対して、自分も地上のさまざまな場所に行ったような気になれるバーチャルな体験を提供する任意活動が推奨されてる時代。
     きつい仕事の息抜きに休暇を取った主人公の女性は、若い女性パイロットの感覚とつながった「眼」を受け取り、ふたりで相談の上、数世代にわたっておこなわれた環境改善が功を奏していまや緑豊かな草原地帯となったタクラマカンへと旅立つ。しかし「眼」の向こう側にいる彼女は、ストレス解消のためのちょっとした娯楽の範疇を超えた、異様な熱意と悲壮感で、実際に旅をしている主人公にあれこれめんどくさい指示をしてくるので……。
     我儘でセンチメンタルな女性として描かれていたパイロットの印象が、後半で一転する。彼女の悲壮感の理由、知らずにいた主人公の衝撃、それらすべてを呑み込む未来への使命感。


  • The Longest Fall《地球大炮》(1998年)
     病魔に侵されるも、治療方法が確立されているであろう未来に望みを託し、妻子を残してひとり冷凍睡眠に入ったシェン博士。数十年後に覚醒させられたとき、記憶のなかでは幼かった息子はすでに亡くなり、さらには人々の怨嗟の対象となっていた。息子の人生を方向づけたという理由で、博士にも世間から憎しみが向けられる。
     これまた、とんでもなくスケールの大きいお話(原題を見よ!)。そして、ひとつの大事業の評価を万里の長城などと引き比べて超ロングスパンで捉える感覚が、中国だなあって思いました。ここまでに収録されていた別作品と同じ世界観だということが途中で判明します。あの彼女は、そういうことだったの……。



私が読んだやつのほか、同じタイトルで2016年にHead of Zeusからも短篇集が出ていて、収録作もほぼ重なっているようです。翻訳者にはあのケン・リュウをはじめとして複数の人が名を連ねているので、たぶん(本書と同じ人が訳しているものを除いて)別バージョンの英訳でしょう(サンプルをダウンロードして目次を見たら、タイトルの訳し方が微妙に違うものが散見されました)。そして価格は現時点ではHead of Zeus版のほうが安いです……。

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    Kate Morton "The Forgotten Garden"

    およそ1年前に読んだ本なのですが、来たる2月18日に、めでたくもケイト・モートン『忘れられた花園(上・下)』として東京創元社から邦訳版が出るみたいなので、まるでわざわざこのときを待っていたかのようにブログで紹介してみます(本当はサボっていただけ)。とにかく「物語」を読んだ! という充実感が得られる本でした。

    *


    1913年、オーストラリアの波止場に、イギリスからの客船に乗ってきたと思われる4歳前後の女の子が一人、置き去りにされていました。童話の本などが入った小さな鞄以外の所持品はなく、記憶が曖昧で自分の名前さえ言うことができなかったその子は、船着き場の職員に引き取られてネルと名付けられ、1930年まで、自分がもらわれっ子だということを知らずに育ちます。

    それから1世紀近くが過ぎた2005年。実母の代わりに自分を育ててくれた祖母ネル(95歳)の最期を看取ったカサンドラは、ネルが自分を引き取る直前の1975年に一度渡英していたこと、そのときコーンウォールで古いコテージを購入していたこと、じつは妹らと血のつながりがなかったこと、それがずっと彼女の心にのしかかり家族とのあいだに壁を作る原因となっていたことを初めて知って驚きます。そしてネルの遺志を継ぎ、彼女の出自の謎を探るために、イギリスへと向かいます。しかしそんなカサンドラ自身も、ずっと癒えることのない、ある「傷」を抱えているのでした。

    さかのぼって、1900年。父を知らず、病死した母に続いて双子の兄弟をも亡くし、独りぼっちになった12歳の少女イライザは、施設に送られる寸前になって、母の身内の手の者に発見されます。ロンドンの下町からコーンウォールにある大きなお屋敷へ連れてゆかれた彼女は、同じ年頃の当主の娘ローズと一緒に育ち、お互いをかけがえのない親友とみなすようになります。

    物語は、イライザが少女から大人の女性になっていく過程と、1975年に英国を訪れたネルの足取り、そして2005年のカサンドラの足取りを三本柱として、ときにそれ以外の人物の視点も盛り込みながら進みます。それぞれの時代を生きる3人の女性の人生が、さまざまなところで交錯し、次第につながりはじめます。

    時代を飛び越えてあちこち並行で追いかけることになるので、最初のうちは混乱せずにいる自信がなくて、「えーと、この人が○歳のとき、あの人は△歳で、あっちの人が生まれたとき、こっちの人は☆歳で時代は19××年で……」などとちまちまメモを取りながら読んでいました。だんだん、そんな作業ももどかしくなってひたすらページを繰るようになっていったのですが。

    それと、自分が北半球の常識に凝り固まっていたことに気づきました(笑)。オーストラリアが舞台になっている序盤で真夏の描写があって、その2か月前が11月だったという文章が出てきたら、一瞬「なんかの叙述トリックかも!」と身構えてしまったのです。いやいや、南半球ならその頃は普通に夏だろ……。

    と、まあそれはさておき。ペーパーバック版で650ページ近く、厚さ4cm(←わざわざ計った)の大長編で、オンライン書店から届いたときは「読み通せるか?」と心もとなかったのですが、読み終えてみると、このボリュームがあるからこその面白さだったと思いました。「濃密なお話を堪能した!」という実感がありました。

    幼いネルが持っていた本に収録された数々のおとぎ話の、不思議な力強さ、そして本筋との絶妙な絡み具合。閉ざされ忘れ去られた庭と、そこに封じ込められた記憶のイメージ。

    誰にも知られることなく終わるはずだった、当事者でさえそのときは知らずにいた、とある事実が、ずっとあとの時代の人間に明らかとなる、運命的なめぐり合わせへの感嘆。

    ひっそりと闇に葬られた遠い過去のできごとに思いを馳せるときの寂寥感と、「現在」を生きる者たちが過去から受け継いだものを未来へとつなげていくのだと考えるときの、やわらかく晴れわたるような気持ち。

    そういったものが、読みおわったあともずっと頭の中に残っていて、酔ったようなくらくらとした感覚が続いていたことを、その感覚そのものを、いまでも私は、はっきりと思い出すことができるのです。


    ケイト・モートン『忘れられた花園』上ケイト・モートン『忘れられた花園』下
    『忘れられた花園』(上)

    『忘れられた花園』(下)

    (訳:青木純子/東京創元社,2011年2月)
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      ケイト・モートン『リヴァトン館』

      武田ランダムハウスジャパン
      (2009-10-16)

      (翻訳:栗原百代/原書:Kate Morton "The Shifting Fog" 2006, のちに "The House at Riverton" と改題)

      去年の夏に読んだ本ですが、今頃。

      先に "The Forgotten Garden"(2011年2月18日に邦訳が『忘れられた花園』として発売予定) を読んでとても面白かったので、すでに翻訳が出ている同著者の作品を探したのでした。

      老人ホームで過ごす98歳の老女グレイスが回想する、14歳のときからメイドとして仕えていたお屋敷でのある事件の知られざる全貌。

      期待どおりの、濃密な本でした。これが第1作ってすごいなあ。

      "The Forgotten Garden" と同じく、キラキラとした才気と活気に満ちていた個性的で魅力的な女の子が、成長するにしたがって、その時代の社会の価値観や残酷なめぐり合わせに翻弄されて、じわじわと型にはめられ、破滅に向かって追いやられていくさまが、痛々しい。

      たった一度の、なんの悪気もなくただわざわざ訂正せずにおいた、とてもささいな勘違いが、何年もの月日が経ったある日、悲劇につながる最後の引き金を引いてしまうという、とても残酷な物語。

      しかし読み手である私のほうは、その残酷さにさえ魅せられて、「その瞬間」を危惧しつつ、息を詰めて次々とページをめくってしまう。そしてその反面、ひとつひとつのシーンのディテールの書き込み、時代の移り変わりの描写がとても丁寧なので、じっくりと味わいながら読み進めたくもある。贅沢なジレンマだなあ。

      ただ一人、真相を知るグレイスのその後の日々も、時代とともに流転する波瀾万丈なものであったことが察せられます。最終的には、そう悪い生涯でもなかったらしいことが垣間見える記述にホッとしつつ、そのつかみとった人生自体が、悲劇を踏まえたうえで成り立っていることも事実。やはり彼女が若いときに経験したその「事件」の重さ、やるせなさは、常にどこかに影を落としていたに違いないと思うと、身をよじりたくもなる。

      そしてまた、ほぼ1世紀を生き抜いたそんなグレイスも、やがてはぷつりとこの世に存在しなくなるだろう、ということを考えざるをえなくなってくる。しかし世界そのものは、より若い者たちの手に残されて存続していくのです。

      そういった《時間》の重みが、ずっしりとした質感と手応えをもって感じられるような気がするお話でした。
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        能町みね子『お家賃ですけど』

        能町さんが平成14年に出会った、牛込の古いアパート。一度は退去したものの、また舞い戻ってきた「彼女」の、平成16年冬から平成19年春までのここでの暮らしを綴ったエッセイ。もとが個人的にリアルタイムで書いていたmixi日記だということで、細々とした心の動きが臨場感をもって語られます。

        文章全体からは、どちらかというとテンション低めで淡々とどこか第三者的に、常に自分にツッコミを入れているかのような印象を受けるのに、時になんだかすごく熱い、ような気がする。それが心地よい。

        能町さんがOL稼業とデザイナーのアシスタントを並行させていた時代から、OLをやめて、お師匠さんの都合でデザインのお仕事も先細りになって、性転換と心臓病の治療という2種類の手術のために入院をして(この頃リアルタイムで能町さんのブログを見てて持病があるという話も読んでたんですが、当時はわりと軽い感じで書いてらしたので、ここで「ああ、心臓だったのか!」と初めて知って驚きました)、そしてまたアパートに戻ってくるまでのことが書いてあるんだけど、読み終えたとき、この本の主役はきっと、このアパート「加寿子荘」なのだなあ、と思ってしまう。

        それくらい、能町さんの「加寿子荘」に対する愛情を感じる。昭和の香りのする、玄関に共同の下駄箱がある築40年のアパート。その木の床や階段や手すりが、いかにきれいに磨かれているか。NTTにも届け出があった部屋番号の付け方がいかに通常と違っているか。そういった描写を読むだけで、なんかじわんとする。

        表裏のカバーのや折り返し部分には、実際に「加寿子荘」の畳の部屋や階段やクラシックな形状の鍵の写真が使われていて、微妙にセピアがかったそれらの写真も、このアパートがたしかに現実の存在であることを示しているはずなのに、どこか現実味のない遠い世界というような空気も感じてしまう。それはもしかしたら、読む側の脳内で映像化される「加寿子荘」が、あくまでも能町さんの愛情というフィルターを通してのものだからなのかも。
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          高橋郁代『ル・ベスベ花物語』

          著者は、南青山にあるお花屋さん「ル・ベスベ」のオーナー。なんとなく手に取って開いてみたとき目に入った、お店の写真が、よくある「生花店」のイメージとぜんぜん違っていて、花と緑に取り囲まれたようすが、まるで「物語」のなかのお店のようだと感じました。

          店内のコーディネートも、高橋さんが作ったというブーケやリースの写真も、とても素敵。なんというか、上品で落ち着いた雰囲気を醸し出していて、それがかえって華やかさで目を引く組み合わせよりも、ずっと洒落た感じになってる。

          本文を読んでみると、お花屋さんというのが、肉体労働でありつつ、繊細な気配りや知識も必要とするたいへんなお仕事であることが分かります。高橋さんが独立して店を構えるまでには、紆余曲折もありました。それでもお花について語る高橋さんの文章からは、誇りと充実感がにじみ出ていて、「ああ、たしかにこのかたは、お花を扱うのが天職なんだ」とまぶしく思える。

          いつか、このお店を実際に覗いてみたいなあ。


          【関連リンク】
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            中島たい子『結婚小説』

            主人公は、39歳の小説家、本田貴世さん。担当編集者の意見で、それまでの自分の持ちネタにない「結婚」をテーマとした小説を書くことになって、呻吟の日々。

            同世代の新婚さんやシングル仲間の友人たちにも意見を聞いてみたり、取材とサクラをかねて“蕎麦打ち合コン”に潜入してみたり。そしてその蕎麦打ちの場で、思いもよらぬハプニングと出会いが……。

            「結婚」ってなに? どうして女性は結婚をしたいと思うの? 男性は? 結婚したら、なにがどうなる? 結婚せずにいたら、なにがどうなる?

            どこまでも突き詰めて突き詰めて、とことん考え抜いた末に、安易に流されそうな自分も意固地な自分も、矜持を貫きたい自分も、そして自分と相手をそれぞれ尊重したい自分も、どんどんさらけ出されていく。そして結局、主人公はとうとう自分がどうしたいのかという結論に達します。

            その結論が、これからもずっとずっと続くのかは、このお話だけでは未知数。だけど出た結論は、その瞬間の、心からの真摯な気持ち。それが分かるから、すがすがしい読後感。

            ヒロインから友人たちへの、ミもフタもないけど愛のあるツッコミなど、軽快な筆致で楽しく読ませてくれつつ、自分自身の「結婚」というシステムに対するスタンスなども改めて振り返ることになりました。
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              宇山あゆみ『少女スタイル手帖』

              人形作家の著者がコレクションしている、昭和30年代〜40年代の女の子向けグッズの数々。

              私とほぼ同世代のかたですが、紹介されているさまざまな雑貨や玩具には、私たちが生まれる前に出た商品も多数含まれており、知ってるものと知らないものが入り混じっていました。

              でもおおむね、どれを見ても「ああ、昭和のこの時代のデザインって、たしかにこんな感じだったなあ」と懐かしい。著者による思い出話のコメントも、楽しく読みました。

              とりわけ、当時のことが鮮明によみがえって動揺するほどだったのは、「ぬりえ」のページのコメント。描線に沿った縁取り部分は力を入れた濃い色にし、中央にいくにつれてぼかしていく塗り方……! たしかにあの頃みんな、そうやって塗っていたわ! なのに、これを読むまですっかり忘れていました。

              そういった、本当に細かいことに関する記憶が、いちばんその時代のことを生々しく思い出させてくれる気がする。
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                中村うさぎ『狂人失格』

                中村さんが数年前に出会ったネット上のとある実在の作家志望の女性にコンタクトをとった顛末。例によって、中村さんの筆は対象を通して、ひたすらご自分を追い詰め暴いていこうとする方向へ。

                モデルとなったかたの実際のネット上でのお名前は本書では伏せられているのですが、じつは彼女のブログも拝見したことがありました。そして、私の感性が鈍いだけかもしれませんが、失礼ながら、中村さんによる描写のほうが、実際のブログよりもずっと迫力あって得体の知れなさと異常性が際立っている気がします。正直、これでここまで書かれなくちゃいかんのか、みたいな。ああ、だからこそノンフィクションではなく小説として提供されているのか?

                以前、中村さんの対談集を読んでて、彼女が思春期にキリスト教を身近に感じる環境にあったことを知り、深く納得したことがありました。彼女の苦しみのみなもとである自意識とか自己嫌悪の問題は、たぶん原罪に対する贖罪の思想があればかなりの割合で棚上げされうる。

                けれど、いったんその思想を拒否してしまったからには、それを棚上げしてはならないし、しかも外部からのほかの思想に頼ることなく、純粋に自力でなんとかするしかないんだ……と中村さんは自分を縛っているんじゃないかなあ。って、勝手に忖度して申し訳ないんだけど、私にはそういうふうに見える。本書の終盤でも、キリスト教的な比喩が多用されているしね。

                現実には、宗教に頼らずとも、ある程度は棚上げしないと、生きてくのが辛すぎると思うんだけど。だから私はキリスト教徒にはなれないと悟ったあとも棚上げしているという自覚があるし、だからこそ私自身は凡庸な人生を送るだろうという自覚もあるんだけど。棚上げしないで突き詰めていくという決意をした中村さんが、最終的にどこに行きつくのだろうかというのは、やはり心の片隅で今後もなんとなく気になりつづけるのだろうと思う。
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                  香山リカ『しがみつかない死に方』

                  サブタイトルは「孤独死時代を豊かに生きるヒント」。

                  以前読んだ益田ミリの『言えないコトバ』でも定義があいまいな表現として取り上げられていた(本書でも引用されています)「孤独死」という言葉が含む範囲を、一人暮らしのひとが誰にも看取られず亡くなったあとに発見される死、と規定して、そういった最期を迎えるかもしれないという危機感を抱いているひとに向けて書いた本。

                  生きてるあいだにやっておけること、考えておくべきこと、そしてあまり思いつめず構えておくための心の持ちようまで、いろいろ広く浅く、という感じ。

                  個人的には、精神バランスを崩して病院に行くほど「孤独死を恐れる」ひとがいるという事実に軽い衝撃を受けました。私は若い頃はずっと、最終的には森茉莉みたいなお婆さんになって誰にもその瞬間を目撃されることなく(他人から見ればゴミだらけの)好きなものに囲まれた部屋で亡くなるのが理想だなーという気持ちが強かったので。というか、本音ではいまでもちょっとそう思っていたんですが、本書を読んで、そういう死に方はけっこうメイワクなんだな、と改めて認識して反省しました。

                  自分の好きなように生きて死んでそれでもなお苦笑くらいで済まされたければ、森茉莉くらい非凡なひとでなければいけないんだなー。私は凡人なので、やはり老後一人暮らしになったら最低限のことは考えておいたほうがよさそうです。

                  ところで。この本を読むことにしたのは、本書のなかで、ライター島村麻里さんの最期のようすと、有志でおこなわれた「お別れ会」の詳細が述べられているということを知ったからでした。

                  自分のブログを読み返してみたところ、島村さんの本を初めて読んだのは2007年3月のことで、だからそんなに年季の入ったファンというわけではなかったのですが、私は島村さんがお書きになるものがとてもとても好きでした。だから、2008年の夏に51歳の若さで亡くなったと知ったときは、ものすごくショックだった。これからもいろんな作品を読めると信じ込んでいたのに。

                  けれども本書で、島村さんがいかに周囲のひとたちに慕われていたか、そして彼女のことを思うひとたちがどれほど心を砕いて、彼女にふさわしい個性的でじめじめ感のない「お別れ会」を開いたかを、知ることができました。

                  島村さんご自身が、「誰にも看取られず一人暮らしの部屋で亡くなる」ということについて、どんなご意見を持っておられたかは、分かりません。でも、ファンとして、島村さんと親しく交流しておられた香山先生の視点による文章が読めて、心が凪いでゆく感覚がありました。
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                    小倉千加子『結婚の才能』

                    数年前のベストセラー『結婚の条件』の続編的な位置づけだけれど、より断片的な印象。結婚をめぐるいろんなシーンを小倉先生の視点で切り取ってスケッチしたというような。

                    「条件」も「才能」も、もとは同じ雑誌に掲載されていたものだそうですが、スタンスが少し違うのかな? スタンスだけでなく、社会情勢も、2冊の本のあいだに、いや本書収録分の連載中にだって、どんどん移り変わっている。そして、それを著者は、いいとも悪いとも断定しない。ただ、このご時世で結婚してそれを持続させたいなら(もちろん、そもそも結婚をしないというのもあり)、それには恋愛とは別種の能力と覚悟がないとね、みたいな例をシビアにあげてくれはする。

                    そういう淡々とした筆致が、最初は突き放しているようにも感じられ、やがて理念も理想も突きぬけたところで、すべての事象を受け入れて包み込んでいるようにも思えてくる、不思議な読後感。
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                        ならの
                      • 2016年3月に読んだものメモ
                        かえる 改め きと
                      • 2014年1月〜2月に読んだものメモ
                        ならの
                      • 2014年1月〜2月に読んだものメモ
                        かえる
                      • 2013年8月に読んだものメモ
                        ならの
                      • 2013年8月に読んだものメモ
                        かえる
                      • 2013年4月に読んだものメモ
                        ならの
                      • 2013年4月に読んだものメモ
                        walkman
                      • 2年が経ちましたね
                        ならの
                      • 2年が経ちましたね
                        To-ko

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