アルトゥーロ・ペレス・レベルテ『戦場の画家』

戦場の画家 (集英社文庫)
(訳:木村裕美/集英社文庫,2009年2月/原書:Arturo Pérez-Reverte "El Pintor De Batallas" 2006)
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主人公フォルケスは、かつては戦争写真で有名なカメラマンでしたが、いまは隠遁して地中海を見下ろす崖の上の望楼で戦争風景の壁画を描いています。そこへ、10年前、旧ユーゴ紛争中にフォルケスが撮影したある写真の被写体だった人物が訪ねてきます。

フォルケスはその写真で大きな賞をとり、名声を得ましたが、当時クロアチア民兵だったその男性は、たまたまフォルケスに撮られたことにより、その後の人生が大きく狂ってしまったというのです。彼がフォルケスを見つけ出したのは、復讐するため。殺すため。

物語は主に、フォルケスとその訪問者マルコヴィチのあいだの6日間にわたる対話と、その合間に挟まれるフォルケスの戦場カメラマン時代の回想、そして現在進行形で制作が進んでいる壁画の描写によって構成されています。

というわけで、表面的には決して大きな動きはないお話なのです。しかしその淡々とした対話、遠い記憶、無言の絵筆さばきのなかに、ものすごい緊迫感がある。

死線ギリギリのところをさまよってきた、けれども立場の違うフォルケスとマルコヴィチとのやりとり、あるいは追憶のなかのフォルケスと亡き恋人、カメラを持ったまま戦場で亡くなったオルビドとのやりとりは、それぞれ趣を異にするのだけれど、一貫して息を呑むような研ぎ澄まされた言葉で語られる脳みそがねじれそうな理屈と感性の応酬。

それを理解できているかと問われれば、読者である私は、たぶん決して理解などできていないのだけれど。これまでに読んだ、この作者のほかの作品と同じく、この発想の転換をぐいぐいと迫られる緊迫感が、心地よいだけなのかもしれないのだけれど。

ただ、この作品にかぎって言えば、戦場での撮影に至るまでの過程やその瞬間の心境などの表現がおそろしくリアルに感じられて、これは果たして想像だけでここまで書けるものなんだろうかと思っていたら、翻訳者あとがきによると、もともとこの作者は、小説家になる前は国際紛争の現場記者だったのですね。これは、初めてこの人の作品に接してからかれこれ十数年になるのに、このあとがきで初めて知ったことでした(これまでに読んだ邦訳作品の著者紹介に、書いてあった記憶がない……見逃していたのだろうか?)。

本作中のフォルケスが、写真作品では言い尽くせない何かを表現したくて絵筆を手にしたように、著者もまた、報道記事では表現しきれない何かのためにこの作品を書いたのかもしれない、という気がしました。

本作では、初っ端にマルコヴィチによるフォルケス殺害予告があるにもかかわらず、そして特に大きな動きもなく淡々と「Xデイ」に向かって物語が進んでいくにもかかわらず、どこに着地するのか最後のページまで予断ができません。なのに、読み終わってしまうと、結局ラストシーンはこれしかないという気もしてくるんだなあ。
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    桜庭一樹『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』

    書店はタイムマシーン―桜庭一樹読書日記
    (東京創元社,2008年9月)
    【Amazon.co.jp】

    東京創元社のWebミステリーズ!で現在も連載中(ご結婚おめでとうございます)の読書日記。本書に収録されているのは、2007年3月から2008年2月分までと、2008年6月に編集部の人たちと一緒に行われた特別座談会。

    これの前の『桜庭一樹読書日記〜少年になり、本を買うのだ。〜』は、2007年11月に読んでいます。

    前回は「らったった」が気になりましたが、今回いちばん気になったのは「もりもり」でした。もりもり食べたり、もりもり○○れたり。あ、「らったった」は今回も、たぶん1回だけだけど、出てくるよ!

    自分の読書歴を振り返ってみると、若い頃と比べて、いまの自分はがっつり読み応えのある本に向き合う体力がまったくなくなってるなあとしみじみ思うので、私と1歳しか違わない桜庭さんがもりもりと本を読むようすを読んでいると、すげーやすげーやと感嘆しきり。

    次々と繰り出されるタイトルにくらくらと眩暈を覚え、それ読んでみたいなあ、これも読んでみたいなあとメモを取りそうになりつつも、ふと「しかしなあ、いまでもすでにこれから読みたい本のリスト長大でしかもぜんぜん読めてないのに……」と遠い目になったり。

    ちょうど、日本推理作家協会賞や直木賞を受賞なさって身辺が慌ただしかった時期のことが書かれていて、特に直木賞受賞後は、「本読み業界」以外の人たちが取材に来ることが増え、そういう人たちにとって「本を読む」というのは変わったことで、本を読む女性というのは珍しい存在で……というような話のところでは、うーん、やっぱりそうかー、と。

    あと、桜庭さんが子供の頃、バーネットの『秘密の花園』を読んでいたら、本を読まない大人にエロい話と思われたというところでは、中3のとき休み時間にコーネル・ウールリッチの『喪服のランデヴー』(ハヤカワ・ミステリ文庫)を読んでいたら、本は好きだが海外ミステリにはあまり詳しくないクラスメートに、めろめろメロドラマなどろどろロマンス小説を読んでると誤解され(たんだと思う、たぶん)、ずざざざっと引かれた自分の経験を思い出したりもしました(でもこれ、学校の図書館で借りたんだぜー)。タイトルの功罪って大きいね。

    そしてまた、こうやって自分に引き付けた記憶をばばばばっとよみがえらせたりしながら読んでいると、書店だけじゃなく、まさにこの読書日記自体が「タイムマシーン」だよなあ、なんてことも思いました。

    そうそう、学校で休み時間に本を読むといえば、巻末の座談会で編集者の方が、米澤穂信さんの作中の言葉から、そういうことをすると非常に変わった人だと思われて浮くらしい、という話をなさったら、桜庭さんがそれを肯定して、学校で本読んでると暗いやつと思われるかも、授業中に読むのは“クール&ストレンジ”だからOKだけど……みたいにおっしゃってて。桜庭さんの場合、休み時間には絶対に本を読まず、お友達とトイレに行って鏡の前で髪をいじりながらおしゃべりしたりしていたそうです。

    ええええええ(汗)。10代の頃、休み時間に欲望のおもむくまま教室で本を読み、その一方で比較的マジメに授業を聞いていた私って(いや、ときには居眠りしてたけどな)、もしかして当時、めっちゃ浮いてた? あと、トイレでおしゃべりした記憶もほとんどないわ!(でも私いままで、“クール&ストレンジ”な女の子も、トイレでおしゃべりはしないような気がしてた! 偏見?)

    あの頃の私と友達でいてくれて、ときには学校の図書館で、ひそひそとあの本がよかった、この本が素敵……とささやき合うだけの時間を一緒に過ごしてくれたり、何の本を読んでいるの? 終わったら貸してね、と話しかけたりしてくれてしていた奇特な人たち、本当にありがとう、ありがとう。あなたがたのおかげで、私は寂しい中高生時代を送らずに済んだのですね。



    過去の関連(?)記事:
    高校時代の100冊(2005年1月30日)
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      三浦しをん『ビロウな話で恐縮です日記』

      ビロウな話で恐縮です日記
      (2009年2月,太田出版)
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      ブログでもずっと読んでいたのですが、まとめて読んでも楽しかった。

      「この脚注って、ブログの段階から付いてたっけ? 記憶にないなあ、でもこの注釈がないと話が通じないところもあるよなあ?」
      などと、首をひねりながら読んだりもしていたんだけど、あるところではっきりと、
      「いや、付いてなかった、ブログのときには注釈なしだったよ!」
      と、確信できてすっきりしました。

      それは、俳優オ○ギリ○ョー氏(三浦さんの表記どおりに書いてみた)が結婚を発表したときの日記。うん、たしかにあのとき、ブログでは固有名詞なしでイキナリ三浦さんが衝撃を受けていたぞ!

      ……と、せっかくすっきりしたのに、ぜんぶ読み終わったら最後のページにちゃんと「脚注などを加筆」と書いてあって拍子抜け(笑)。

      「こんな夢を見た。十一」に出てくる猫のブチャイクのお話は、ブログで読んだときにもきゅーんとしましたが、単行本で読んでもやっぱり改めてきゅーんとしました。種族を超えた愛ばんざい!

      そして、けらけらと笑いながら心身共に弛緩しきって読んでいると、突然、読むのはブログのときから数えると二度目であるにもかかわらず改めて目からウロコが落ち背筋が伸びてしまうような鋭い考察が展開されていたりして、油断がならないのでした。

      なんというか、「好き」っていう感情の底にあるものをどんどん突き詰めていくと浮かび上がってくる構図、みたいなものが人それぞれでたいへん面白く、また自分自身の「好き」を考えるきっかけにもなるので、「好き」を突き詰めて言語化して見せてくれる人の存在はありがたいと思う。
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        柳沢小実『ていねいな暮らし』

        ていねいな暮らし (Siesta! books)
        (新泉社,2003年4月)
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        華道家やイラストレーターへのインタビュー、著者のお気に入り雑貨や余暇の過ごし方に関する文章などを通じて、「地に足のついたていねいな暮らし」を心がける日々を紹介。

        もとが個人編集・発行していたフリーペーパーやプチブックからのコラムらしいので、なるほどどれもぼんやりと頭を休めたいときにさらっと読める感じ。あとがきでも、「お茶の時間や眠る前など、ステキなひとときのお供になれば幸いです。」なんて書いていらっしゃるので、そういった読まれ方を想定しているものと思われます。

        「周囲に無理して合わせない、わたしだけのスタイル」みたいなことが再三、主張されているのですが、本書で紹介されている人もモノも生活も、たぶん誰が見ても文句のつけようがなくオシャレだったり可愛かったり。

        もちろん私も「オシャレだなあ、可愛いなあ」と楽しくページをめくったのですが、他人に左右されずに自分の感性だけに忠実になって選んだものが、たまたま万人受けするものでもある確率って普通はどれくらい? などと、ふと遠い目になってしまったり。まあ、巷で「センスがいい」と言われるのは、そういう人なのでしょう。ちなみに、私が他人の意見を聞かず自分の好みだけで「これすんごくいい感じ!」と盛り上がったものは、周囲に紹介してみてもけっこうな確率で「ナニソレ?」的な反応しかもらえないよ! それはそれで、歪んだ満足感があって幸せだよ!

        写真付きで紹介されてるフクロウの朱肉入れが素敵。購入場所は……福岡だって。ちぇっ(笑)。
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          ナオミ・ノヴィク『テメレア戦記II 翡翠の玉座』

          テメレア戦記II 翡翠の玉座
          (訳:那波かおり/ヴィレッジブックス,2008年12月/原書:Naomi Novik "Throne of Jade" 2006)
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          ドラゴンが実在したという設定でナポレオン戦争時代を描く架空戦記シリーズ第2弾。

          シリーズ最初の巻『テメレア戦記I 気高き王家の翼』を読んだとき私は、英国軍に所属しつつも、あくまでローレンスに対してのみ忠実なテメレアの姿勢が、今後ふたりをまずい方向に追いこんでいくのではないかという危惧を抱きました。そしてまさにこの巻の冒頭でいきなり、ふたりは英国政府の意向によって引き離されようとしており、それを受け入れられないために窮地に陥っています。

          卵の中にいたときに中国からフランスに寄贈され、輸送中に英国戦艦によって奪取されて軍属となったテメレアですが、中国側は本来なら軍役につかせることなどありえない高貴で稀少なセレスチャル種のドラゴンを不当に扱っているとして、テメレアの返還を要求しているのです。外交上の駆け引きの一環として、英国政府はそれに応じるつもりです。

          第1巻では冒険小説の主人公には珍しいような、熱血成分の少ない落ち着いたキャラクターだったローレンスも、さすがにカッとなって上官に逆らってしまうし、もちろんテメレアも納得できず、逮捕されかかったローレンスをさらって勝手に空軍に合流したりと、不穏当な行動に出てしまいます。最終的に、決してローレンスから離れようとしないテメレアを見て、中国使節団の代表者ヨンシン皇子は、さしあたりはローレンスや空軍の「クルー」たち込みでテメレアを自国に連れ戻すと決定。

          そんなこんなで、この巻では前の巻からがらりと舞台が変わって、主にイギリスから中国への巨大輸送船による船旅、そして一行が中国入りしてからのことが描かれています。

          本書でいちばん印象的だったのは、この中国への旅によって、「カルチャーギャップ」や「それぞれのキャラクターたちの立場の違い」が、さまざまなかたちで顕在化していることでした。

          同じイギリス人でも、英国政府の代表として同行する外交官と、外交よりテメレアが大事なローレンスではどうにもソリが合わないし、同じ軍人でも、海軍と空軍のメンバーが輸送船上で共同生活するのは、かなり大変。かつては海軍将校だったローレンスも、空軍に移籍して馴染んだいまとなっては、海軍にとってはよそ者でしかなく、それぞれの慣習や気質のあいだで板挟みになってしまうし、自分で指名した気心知れてるはずの艦長とも、お互いの親が主張を異にする政治家同士であるために、ときには気まずい思いをします。加えて、もちろん中国使節団の人々とイギリス勢との強烈な食い違い。そしてまた、中国人同士のなかにも派閥があって。

          さらには、いままでローレンスとは一心同体かと思われたテメレアも、成長して少年期を脱し、イギリスとはまったく違う思想に基づいてドラゴンを遇する中国文化に接することで考えを深めて、必ずしもローレンスの意向に沿うとはかぎらない、自分自身の意志や嗜好をはっきりと持つようになっていきます。

          それぞれのキャラの思惑が複雑にからみあって、そのからまり具合を、基本的には常に公平たらんとする良識派の英国紳士であるローレンスの視点から描いているので、いろいろと気苦労の多い彼がもう気の毒で気の毒で。

          そうそう、「英国人の目から見た中国文化」が詳細に描写されているのも、本書を読んでいてとても面白く感じた点でした。いまよりずっと、東洋と西洋とが遠かった時代の、異文化見聞。新しい世界に目を開かれてどんどんいろんなものを吸収していくテメレアも可愛いんだよなあ。それを見守るローレンスは少し寂しそうで哀愁ただよったりしちゃってますが。

          物語の終盤で下されるテメレアの決断(そしてテメレアに従うというローレンスの決断)は、そこまでの流れからすれば順当なのだけれど、どのようにその決断内容を具体化していくつもりなのかと考えると困難が山積みなことは明白で、やはり次の巻も読むことになるでしょう。
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            米澤穂信『秋期限定栗きんとん事件』〈上〉〈下〉

            秋期限定栗きんとん事件〈上〉 (創元推理文庫)秋期限定栗きんとん事件〈下〉 (創元推理文庫)
            (創元推理文庫,2009年2月&3月)
            上【Amazon.co.jp】
            下【Amazon.co.jp】

            突然ですが下巻帯の引用箇所、本文中で出てきたとき、読み手としての私が「フィガロ?」と思った瞬間、次の行で小鳩くんが「フィガロ?」と突っ込んだので、脳内タイミングよすぎて吹き出しそうになった。

            それはともかく。捻りの入ったミッシング・リンク探しの結末は、なんとなくエラリイ・クイーンを彷彿とさせて、なかなか面白くいい感じでした。しかし本書で表向きストーリーの中心となっている連続放火事件の犯人は、わりとあからさまに分かりやすい。結局、読了して印象に残るのは(そしてたぶん作者が主眼としているのも)事件の真相なんかじゃなくて、小鳩くんと小佐内さんの思考のありようだったりします。

            シリーズ第1作『春期限定いちごタルト事件』を読んだときには、この子たちの自意識の強さは、わりと年齢相応の一過性のものかもしれないという気もしていて、そのうちいつか、小市民であろうとわざわざがんばって肩肘張らなくたって、周囲とのズレを気にせずに 自然体でいられるようになるんじゃないかなあ、なんてことも思ったりしていたのです。

            でもどうやらこの子たちは、どうにもこうにも、そのズレを常に意識せずにはいられないみたい。本書では、小鳩くんに加えてもう一人の「探偵役」である瓜野くん(こちらは周囲から突出したいと願いつつ実はわりと発想がありきたり、しかも小佐内さんに恋愛感情を抱きつつ彼女の本性がまったく読めていないという、小鳩くんを反転させたようなキャラ)を配して交互に語り手とし、彼らの違いを浮き彫りにすることで、どちらに感情移入しても読んでて居心地が悪いという絶妙な構造を実現しています(笑)。

            そして結局、瓜野くんは小佐内さんの手のひらでいいように転がされ、直接顔を合わせることはないままだったけれども小鳩くんに出し抜かれて、完膚無きまで精神的に叩きのめされてしまうわけです。怖いよう。

            ただ、前作『夏期限定トロピカルパフェ事件』のラストでコンビを解消して以来、本書では最後の最後まで、ほとんど接点がなく言葉を交わすこともないというおそるべき遠回りを経て、決して恋愛ではない(と、少なくとも本人たちは判断している)けれど、お互いの存在があればそのときだけは自然体でいられるという結論に達したふたりが、そのふたりだけの傲慢な世界をどこまで守りきれるのか、それを守りつつ「糠に釘」的な(と、ふたりがみなしている)周囲の世界と折り合いをつけていくことはできるのか……という点には、ものすごく興味を惹かれます。って、長いなこの一文。

            まあとりあえず、ふたりとも受験がんばれ。
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              万城目学『ホルモー六景』

              ホルモー六景
              (角川書店,2007年11月)
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              デビュー作『鴨川ホルモー』の番外編っぽい、ほんのり恋愛がらみのお話が6つ。登場人物は、『鴨川ホルモー』のメインキャラだけじゃなく、ちらっと言及されただけの人やら、よその大学でホルモーをやってた人やら、まったく出てこなかった違う学年の人やら、いろいろです。

              たいへん、面白うございました。デビュー作を書いた時点でここまで設定が練り込まれていたのだったら、恐ろしいくらいすごいけど、どうなんだろ。

              『鴨川ホルモー』にちらっと出てきた何気ない記述が、まったく違う方向に展開していたり、後日談として思いもよらぬ方向に飛び火していたり。そうかと思えば、本書の「六景」のなかでも、互いに意外なところでつながっていたり。その、パズルのような噛み合わせ具合がとても楽しい。

              まあつまり、『鴨川ホルモー』では便宜上、阿倍くんが語り手で主人公だったけれど、そのほかのどんな人だって、その人の視点からすれば主人公だよねえ、というのが、「ホルモー」という競技を軸に、ものすごく分かりやすく多角的に具体化されている、というか。

              むしろ『鴨川ホルモー』が、『ホルモー六景』への伏線をちりばめた長大なプロローグだったのではと思いたくなるくらいに、面白うございました。
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                万城目学『鴨川ホルモー』

                鴨川ホルモー (角川文庫)
                (角川文庫,2009年2月/親本:産業編集センター,2006年4月)
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                先日、ほかの本の感想文記事のコメント欄で「万城目さんの本は文庫落ちしませんねえ」みたいな話をしていたら、なんとその数日後に文庫版発売という素晴らしいタイミング。これはやっぱり、買うしかないよねえ? ってわけで、買ってきました(ちなみに、感想文をいまごろブログに投稿していますが、買ってすぐに読んでいるよ)。

                そしてこれの前にすでに読んじゃってた万城目さんのエッセイ集(『ザ・万歩計』)で、このデビュー作について、本屋さんに入ったら書店員さんによる手書きのポップが「三分の一までガマン! あとは一気にいけます!」というたいへん率直なものであったのでどきどきした、という話が出ていたため、いったいどんだけ読みにくいんだ『鴨川ホルモー』の序盤3分の1! がんばって読まなきゃ! と、ちょっと気負いながら読み始めました。

                えーーーーーーーーーーと。別に、読みにくくないよね……。

                拍子ぬけするほど、さらっと最後まで行ってしまいました。気負ってたせいで、つんのめりそうになったよ。

                引っかかることなく興味を持続させて読めたのは、実は私が、かつて京都市内の大学に通っていた人であるからかもしれないんだけど。これ、土地勘ない人が読んで、どこまで鮮明にイメージできるのかなあ? 関西に住んだことなくても、楽しく情景を思い浮かべながら読めるものなのかなあ? 幸か不幸か、作中に出てくる実際の地名にまったくピンと来ない状態で読んだ場合の自分の頭の中を、まったくシミュレートできないのですが。

                関西出身者でなかったらこれほどには楽しめていなかったかもしれないと思う一方で、もしかしたら、むしろ変な邪念が入らず純粋に楽しめちゃったりしたのかもしれないなあ、なんてことも思います。知りようのないことですが。

                ものすごく馬鹿馬鹿しい(はずの)ことが、ものすごく真剣に隅々まで設定を詰めてかっちりと描写してあるので、なんか知らないうちに作品世界に巻き込まれてしまってる、みたいな感じ。それは、なんか知らないうちに乗せられて「ホルモー」という競技(?)に巻き込まれてしまった登場人物たちと同じなのかも。
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                  J. K. ローリング『吟遊詩人ビードルの物語』

                  吟遊詩人ビードルの物語 (日本語版)
                  (訳:松岡佑子/静山社,2008年12月/原書:J. K. Rowling "The Tales of Beedle the Bard" 2007/2008)
                  【Amazon.co.jp】

                  「ハリー・ポッター」シリーズ最終巻『ハリー・ポッターと死の秘宝』のなかで、ダンブルドア校長の遺品としてハーマイオニーに渡された、魔法界の子供たちにはおなじみ(という設定)の童話集。

                  「魔法使いとポンポン跳ぶポット」、「豊かな幸運の泉」、「毛だらけ心臓の魔法戦士」、「バビティ兎ちゃんとペチャクチャ切り株」、そして『〜死の秘宝』のストーリー内で重要な役割を果たす「三人兄弟の物語」の5つの物語を、ハーマイオニー自身が古代ルーン語から翻訳し、ダンブルドア先生による注釈とともにまとめたもの、ということになっています。

                  ある意味、コレクターズ・アイテムだわね。つまり、ハリポタ好きで最後までぜんぶ読んだ人が、作中に登場する本を三次元において手にできる、というお遊び本。ダンブルドアの注釈部分では、ハリポタ本編に出てきた名前も散見され、作品世界にちょっとだけ奥行きが広がった気分になれます。

                  収録されている童話はまあ、童話ですから、我々マグル(非魔法族)にとってもどこかで知っているパターンを彷彿とさせ、単純なストーリー展開でちょっと頓知の効いた結末に終わる、教訓めいた感じのもの。でも、物語が成立した背景も含めて、こういうの考えるのって、楽しいだろうなあ(笑)。
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                    いじりめぐみ『デブで悪いか! 爆笑!猛獣妻の国際結婚バトル』

                    デブで 悪いか!  爆笑!猛獣妻の国際結婚バトル (角川文庫)
                    (角川文庫,2008年6月)
                    【Amazon.co.jp】

                    この書き下ろしエッセイの前に、同じ角川文庫から『デカくて悪いか!』というのが出ているのですが、どうやらこっちは、去年の7月に読んだ『へこジャパ 凹まぬジャパニーズ』(ユーコン社)とほぼ同じ内容みたいだったので、パスさせてもらいました。

                    前作で語られたようにアメリカ人男性と国際結婚してシアトルに住むようになったいじりさんの、豪快な罵詈雑言に満ち溢れた……日常雑記?

                    この人、すごい頭よさそうなんだよなー(笑)。で、行動のパワフルさと文章における言葉遣いの悪さを除けば、すごく“日本的な感覚に照らしての”常識人なんだと思う。なんかね、実際には家族との会話でも、ここに書いてあるほど汚い言葉遣いはしてないんだろうなあ、と思えてしまってならないのよ。これでもかと駄目押しされる「露悪趣味」をどこまで受け入れられるかで好き嫌いが分かれそう。

                    あとはまあ、とにかく現在のシアトルの描写が楽しかった。アジアンスーパーU屋っていうのは、あそこだよなあ、まだあるのか……いやむしろ、まだ日本食のそろったスーパーっていうとまずはあそこなのかというのがびっくりだ、とか。

                    いじりさんちの娘さんは、日本語補習校への入学を認められなかったそうだけど、あそこはもともと、数年後に帰国する予定の子たちを日本のカリキュラムに馴染ませるところのはずだから、アメリカでずっと暮らしつつ日本語を身につけるのが目的ってんじゃ入れてくれないだろうなあ、とか。30年前、私の同い年の友達(日系2世)は、補習校とは別の、日本語が母語じゃない子も入れる日本語学校に通っていたように思うけど、そういうのはもうなくなっちゃったんだろうか、とか。

                    なんにせよ、私がいた頃のシアトルにはまだ近郊にマイクロソフトもなく、したがって「IT成金」みたいな人たちもいなかったので、なかなかにのどかなところであったよ(少なくとも小学生の観点からは)。いじりさんのエッセイを読んでると、「いまはそんなことになっているのか!」と、いろいろ感慨深い。

                    それと、読みながらずっと「こういう自虐的にえげつない書き方をする人って、けっこう照れやさんで気遣いのひとだったりするんだよねー」みたいなことを考えていたら、巻末解説で酒井順子さんが同じようなことを書いてて笑った。それにしても、酒井さんの会社員時代の同期でいらっしゃったとは!
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                      • 2年が経ちましたね
                        ならの
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